ファシリテーションには3つの「極意」

著者は、テレビ朝日で報道・情報番組のキャスターとして活躍し、現在はインターネット上の報道番組『ABEMA Prime』進行役を務める平石直之さん。ABEMA Primeといえば、ひろゆき(西村博之)氏、乙武洋匡氏、夏野剛氏、田端信太郎氏、池澤あやか氏など癖の強い論客が並ぶが、平石さんはそれらをうまく仕切り、番組を進行させていく。要求されるのは、ファシリテーション(会議やミーティングを円滑に進める技法)力。それは「ダイバーシティ(多様性)」が重要とされる社会で必要とされる能力だ。

平石さんは「まずは何よりも『準備』です」という。参加者の顔ぶれ、目的、時間などを確認し、必要な情報を一つひとつ集め整理しておく。出演者の著書や記事を読み、YouTubeやSNSをチェックして、それぞれの活動や主張を把握しておき、その人にとってこれだけは言いたいというコアな主張をしっかりと話してもらい、ファシリテーターとしてこれだけは聞きたいことをきちん聞くという『芯を外さない進行』を頭の中で組み立てておく。

番組が始まれば参加者どうしの議論に全エネルギーを集中させ、全力で「聞く」側に回る。参加者の言葉を拾って補足し、軌道修正し、『芯を外さない進行』を実現させる。この段階では「聞く力」が要となる。本来ならば「話す」側であるアナウンサーがファシリテーターを担っているのだが、自分は話す力で場をもたせるのではなく、参加者の投げるボールに飛びついてでもキャッチすることに全神経を集中させているという。

そして番組をイキイキとしたものにし、議論を活性化させるために欠かせないのが、ファシリテーターによる「ムード作り」だという。参加者たちの垣根を取り払い、緊張しているゲストの気持ちを解きほぐすことによって自由にホンネを話せるムードを作るわけだ。

会議をどう進行させるか

もちろんトーク番組と会議は違う。トーク番組は発言者がどれだけ持論を述べられるか、それが視聴者にとって面白いかどうかが勝負だろう。普通の人がトーク番組に出演することはまずないだろう。一般的な例でいえば、シンポジウムかパネルディスカッションなどが該当するだろうか。会議は参加者全員が納得するかどうかは別として、結論を出すことが目的だ。社内の会議で喧々囂々(けんけんごうごう)に紛糾することはあまりない。会議は本来、参加者が貴重な時間を割いて集まり、各自の主張をぶつけ、適切な意思決定をする場だ。

企業の会議が形式化し、あるいは単なる儀式化しているほうが問題となっている。たとえば年収1,000万円社員の時間給は5,000円以上。それが20人揃って3時間費やし、結論が出なければ1回で30万円の損失になる。会議に出席しているのに何も言わずに黙っている参加者というのも存在意義がなく、給料泥棒と言われるゆえんだ。

逆に社長や上司が決めたことを一方的に承認する会議というのも意味がない。承認するだけなら、文書通達で良いではないか。あらかじめ結論が決まっている会議というものがあったら、シャノンの情報理論によれば情報量はゼロ、0bitだ。

本書では「時間は有限であり、設定されたアジェンダを消化し、会議の成果をきちんと出すことが自分に与えられたミッションなのだと最初に宣言しておく」ことが大切だという。参加者全員の意見を求めるのであれば、「会議の冒頭で『今日はお一人ずつ、きちんとご意見をうかがう時間を取りたいと思います』と宣言する」。不意打ちは悪手で、突然発言を求められて、しどろもどろになってしまい、場がシラケてしまう可能性が高いからだ。

また、上司が部下を延々と叱責するような場面になったら、「ある程度までは言いたいことを言わせつつ、『部長、お話し中にすみません。時間が迫っているのでその件についてはまたのちほどお願いいたします』と、下手に出ながらうまくカットインし、できるだけ穏便に次の議題に移る工夫が必要」という。

紛糾する会議、どう収めるか

出席者が興奮し、乱暴な言葉が飛び交うようになったら、優しい言葉に言い換えることで収める方法がある。『「それは政策としては最悪だ!」と言う論客に対しては、『○○さんのご意見としては、その政策はあまりよろしくないということですが、それはどうしてでしょうか?』」と言い換えて反復することで場を落ち着かせることができる。これは会議だけでなく、日常の場面でも通用するだろう。「お前の方が最悪だ!」と売り言葉に買い言葉で返してはケンカになるだけだし、「まぁまぁ落ち着いて」となだめようとしてもバカにされていると思われては効果が出ない。

しゃべりたがりの人で、話し出すと止まらなくなってしまうようならば、早い段階でひとしきりしゃべってもらい、話がループしたり脱線し始めたら司会者が「なるほど~ ○○についてはどうお考えですか」などと意見を聞き取り、満足させることが上手な進行の技術という。それなりにしゃべらせておけば、後から他人の意見に口を挟もうとしたときに「のちほどご意見をうかがいます」と制しても引き下がってくれる。

それでも出席者が対立し、険悪な場面が続くようであれば「わかりました○○さん。この話、いったんこちらで引き取らせていただきます」というフレーズが使える。意見を強制終了させるのではなく、あくまでも「引き取る」スタンスを守ることで双方のメンツを守り、次の議題に進むことができる。

部署内の打ち合わせから社内会議、他社・取引先を交えてのプロジェクト会議、地域や趣味の団体での会議など、誰もがさまざまな会議に出席することがあるだろう。その中で司会を務める場面もきっと出てくる。あまり人前で話すのが得意ではないとか、仕切るのが苦手という人も少なくない。自分もとある会議で議長を務め、うまく進行できなかったことはいくらでもある。会議をうまく進め、意味のある場にしたい。そう思っている人にお勧めの一冊だ。

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著者プロフィール

土屋 勝(つちや まさる)

1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。