転職先ではITに疎い最年長組

私ごとながら先日の誕生日で65歳になった。前期高齢者、マスメディアでは「65歳以上の高齢者」とくくられる世代だ。同期の友人たちからは「退職した」という知らせが続いている。もう仕事相手で年長者と会うことはほとんどない。エンジニア、営業、企画の担当者はもちろん、経営者すら自分よりも若い人ばかりである。彼らとチームを組むとき、年長者に何ができるのか。その役割と義務を説いた本書は新しい刺激を与えてくれた。

著者のチップ・コンリー氏は、1960年生まれなので、まさにベビーブーマー世代に入る。スタンフォード大学でMBAを取得後、26歳でホテル事業を立ち上げた。以降24年間にわたってCEOを務め、業界2位の小規模・高品質ホテルチェーンに育てた。そのコンリー氏は52歳の時に民泊仲介大手であるAirbnb(エアビーアンドビー)社、グローバル・ホスピタリティー&ストラテジー部門責任者に転職した。Airbnb社は2007年、当時27歳の若者2人によって立ち上げられたので、コンリー氏が転職した時の経営トップは30歳代、他の社員となれば20歳代がほとんどだった。コンリー氏は、自らをホテル業界には詳しいけれど、ITには疎い中年だったと語っている。

Airbnb社は、191か国で2億5,000万人を越えるゲスト(顧客)を迎え、2021年10~12月期の決算は売上高が15億3219万ドル、日本円でおよそ1,770億円、従業員5,500人あまりという大企業だ。

ビジネスモデルは民泊、つまり空き部屋や一軒家を提供したいホストと、そこに宿泊したいゲストとをWeb上でマッチングさせ、その手数料収入で成り立っている。ホストとゲストとの膨大なトランザクションをさばき、お互いのセキュリティを確保し、レビューを公開するといった、ITに全面的に依拠したハイテク企業でもある。コンリー氏は、旅行業界での長年のキャリアを活かし、Airbnb社で20歳以上も若い創業メンバーに助言を与え、会社を発展させるために尽力した。本書では中高年に対し自らをバージョンアップし、若者たちとうまく付き合う方法として、若者たちを指導する「モダンエルダー」になれと説いている。

「モダンエルダー」とは何か

まず本のタイトルにもなっている「モダンエルダー」とは何だろうか。おそらくコンリー氏の造語だろうか。『40代以上が「職場の賢者」を目指すこれからの働き方』と定義している。優れた判断力、本物の洞察、高い心の知能指数(EQ)、俯瞰的な思考力、そして奉仕の心を持つ年長者のことだ。

「歳をとったら判断力は鈍り、過去の成功体験に固執し、自慢話ばかり垂れ流す老害になるだろう」と思うかもしれない。確かに中年以降になると記憶力と思考スピードは衰える。だが、豊富な経験からくる判断力や俯瞰的な思考力はかなり年をとっても伸び続けるという。

激烈な競争が繰り広げられているアメリカ、特にIT企業では人生経験の少ない若者たちが急拡大中の企業を経営する立場にいる。スキルと経験を持ち、心の知能指数が高く、判断力に優れ、専門知識があり、人脈も広いモダンエルダーが、志の高い若者たちと組むことで、よちよち歩きの企業を持続性のある企業へと発展させることができるという。

「メンターン」になれ

企業などで個人の成長を支え、職場内での悩みや問題解決をサポートする「メンター」制度の導入が増加している。「助言者」とか「相談者」とも呼ばれている。モダンエルダーはその経験と知恵を活かして若いメンバーのメンターとなることが求められる。だが、進化の激しい現在の企業、特にIT分野では過去の蓄積から教えるだけではやっていけない。常に学習し、新しい分野を貪欲に取り込む姿勢が求められる。

コンリー氏はAirbnb社に転職した最初の週、エンジニアとの会議で25歳のメガネ少年から「フィーチャーをシップしても誰も使わなかったら、それは本当にシップしたことになるんだろうか?」と問われた。言葉の意味さえわからなく、『とんでもなくまずい状況にあることに気づいた』と白状している。「フィーチャー」とはアジャイル開発過程での小さな機能価値のことを指す。メガネ少年は「ある機能を公開(シップ)したけれど、誰も使わなかった。これは意味があったのか」とでも言いたかったのではないだろうか。

コンリー氏は、モダンエルダーはメンターであると同時に、インターンでもあれという。インターンは、見習いや研修のこと。日本でも主に大学生が在学中の一定期間、企業に入って社員の指導のもとで実際の業務にあたることを「インターンシップ」と呼ぶ。コンリー氏のいう意味は、ITや新分野に秀でた社員の指導を受けて業務を学べという意味だろう。

メンターでありつつ、インターンでもある存在。それをコンリー氏は「メンターン」と呼ぶ。いくつになっても学ぶこと、そして学んだことを他者に伝えていくことが大切なのだ。

アメリカにも厳然としてある「年齢差別」

ブラック・ライブズ・マターや#MeToo運動など、アメリカでも様々な差別との闘いが続けられている。年齢差別もないはずだが、厳然として存在している。あからさまな年齢差別でなくても、年長者を軽く見る企業風土はリスクをもたらす可能性がある。ある世界的会計事務所は「ミレニアル世代に適した職場」「社員は驚くほど若い」と積極的にPRした結果、集団訴訟を起こされてしまった。若さを強調しすぎることは「中高年が働きづらい職場環境を招く」のだ。

50歳以上の社員は増えているが、年長社員をどう活躍させるか、長寿時代に向けての包括的な戦略を立てている会社はほとんど無い。この時代に成功するのは、競合他社に先駆けてモダンエルダーが働きやすい職場を積極的に作れる会社なのだ。差別意識や偏見を温存している会社は、結局のところ顧客や市場、そして従業員からも見放され、衰退していく。コンリー氏は「長寿戦略は政治的に正しく、良い気分になるからやるのではない。優れたビジネス戦略だからやるのだ」と企業の意識変革を求めている。

本書は本編だけで380ページを越える。全部を読み通すのは辛いと思われる方には、シリコンバレーで長く活躍してきた起業家・外村仁氏による巻末の「解説」だけでも有意義だ。単なる本の解説ではない。外村氏の豊富な経験を元に、モダンエルダーになるためにはどうすればいいのか、図やグラフ付きでわかりやすくまとめてあり、一読をお勧めしたい。

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著者プロフィール

土屋 勝(つちや まさる)

土屋 勝(つちや まさる)
1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。
土屋 勝(つちや まさる)