森本萌乃さん

株式会社MISSION ROMANTIC代表取締役。1990年、東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒業、うち1年間ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジに留学。 2013年に株式会社電通に入社し、プランナーとして4年間従事したのち退職。My Little Box、FABRIC TOKYOに携わりながらパラレルキャリアで、「本棚で手と手が重なる偶然の出会いを叶える」ため、2019年2月株式会社MISSION ROMANTICを創業。ベータ版のネット書店「Chapters bookstore」をオープンするもコロナ禍に突入。2021年6月、「Chapters bookstore」グランドオープン。
https://chapters.jp/top

読者が語り合い、めぐり会う書店

――森本さんが運営しているネット書店「Chapters bookstore」は2021年6月にグランドオープンしたので、ちょうど1年ですね。おめでとうございます。最初に、この書店の概要、サービス内容についてお話しいただけますか。

森本 ありがとうございます。「Chapters bookstore」(https://chapters.jp/top)は、「本棚で手と手が重なる偶然の出会いを叶える」というコンセプトで、毎月、季節やトレンドを踏まえて設定される独自のテーマに沿って、書店員さんや出版社さんと一緒に文庫本4冊をセレクトしています。会員の方は、紹介された4冊の中から推薦文などを頼りに1冊を選ぶと、その文庫本が自宅に届いて、それを読んで、その後「アペロ」というビデオチャットで同じ本を読んだ者同士が本の感想を共有したり、会話を楽しんだりできるという月額定額のサブスクリプションサービスです。

会員数は1年間の延べで約3000人です。

文庫本を読むことがベースになるので、本好きが集まるかなとか、マーケット的にニッチになるかなと懸念しながら、サービスをスタートしたのですが、蓋を開けてみると、本を月に1冊しか読まないとか、何年かぶりで久しぶりに本を読んだとか、そういうエントリー層の女性のお客様を中心にがたくさんご登録してくださって、それはとてもうれしい発見でした。リアルな書店ではこういうユーザーさんはなかなか接点を持てないと思うので。こうした「そういえば本を読みたかったんだよね」とか、「Chaptersで読書を始めてみようかな」みたいな方たちに楽しんでいただけているというのが、このサービスの会員特性になっています。

Chapters bookstoreのトップページ(https://chapters.jp/top)。

Chapters bookstoreのトップページ(https://chapters.jp/top)。

――何を読んだらいいかわからないという人たちが多いのでしょうか。

森本 そうですね。私も本屋さんで本がたくさんありすぎて圧倒され、買わずに帰るみたいなことがあります。本は読みたいけれど、読書にはけっこう時間がかかるから、その時間に見合うくらい素敵な経験をさせてくれるのかを最近は気にする傾向にあります。結末を知ってから映画を観る人もいるくらいで、「コスパ」を意識するのが次世代のエンタメの楽しみ方なんです。私は悪いことだとは思いません。コンテンツの数も量も豊富にある時代ですから、限られた時間の中で、安心してコンテンツを楽しみたいのだと思います。昔は、娯楽といえば映画か本か演劇、テレビくらいしかなかったのが、今はそれらに加え、YouTubeがあり、いろいろな種類のSNSもあり、数多ある中で、全部楽しもうと思ったら、やっぱりコスパとか、それによってどんな情報が得られるのかはとても大事になりますよね。

読書はすごくストイックな作業で、理解するのに頭で考える時間が必要です。でもその分、読み終えたあとの達成感はすばらしい。活字を読んで登場人物が頭に浮かんでくる、そんな体験は読書でしかできないと思っています。

それをユーザーさんに味わっていただくために、「Chaptersがセレクトした」という安心感があって、1ページ目から楽しめるというのを、私たちはすごく大切にしています。そこに価値を感じてもらえているというのはすごくありがたいなと思います。

私たちが本を選ぶときの判断基準は、
①小説を中心にノンフィクションからエッセイまで幅広く、すべて文庫作品であること
②エンタメ作品としての読みやすさ、読書をしない友人にもお勧めしたい作品であること
③誰かと感想を話したくなる読後感
④教養としての読む価値
としていますが、特に「本の冒頭の100ページの間に作品に入り込めるか」を大事にしています。

本ってだいたい100ページくらい読むと、登場人物と状況把握ができるんです。起承転結の起が終わるところで入り込めないと、いわゆる「コスパ」悪い認定になるのではと。ですから、私が100ページ読んで「味見」をしてみて、魅力を感じられなかった本は選ばないようにしています。

もちろんそれが作品の良し悪しを決めるわけではありません。ただ、本に普段触れないエントリー層のお客様のことを考えると、「100ページ読んだら絶対に面白いよ」って言えるのは安心材料になりますよね。

今のユーザーさんは、本が好きという人と、人と出会いたいという人が半々です。ただし、私たちの業務内容は8割方が書店です。選書作業で本を読んだり、推薦文を書いたり、出版社さんとやりとりしたり、倉庫でブックカバーを付けて、梱包して、住所ラベルを貼って送るとか。

マッチングサービスは、一度組んでしまえば、あとはプログラムが自走していくのでほとんど手がかかりません。テクノロジーはほんとに無駄を省いていくなと。ただ、省きすぎてしまうこともあるなとも感じています。私がやりたい人と人との出会いは、もっと面倒くさいものです。平安時代の人は恋い焦がれて、歌を詠むじゃないですか。その心情は今も変わらない。そこはインターネットやDXとかを使っても簡略化されていかないと思うんですよ。そこを丁寧に汲み取りたいなと思って、ある種「面倒くさい書店」や「面倒くさい読書」と掛け合わせる。そこで新しい可能性を見つけることに挑戦しているのです。

本を読んだあとに、何か人に話したいとか、人とコミュニケーションしたくなるじゃないですか。本を読んで終わりではなくて、このサービスでは、その先の出口をめざしてやっています。

ただし、「出会い」を恋愛関係だけに限定しているわけではなく、広義の言葉として使っているので、同性同士の出会いもたくさんあります。この間うれしかったのは、お客様アンケートで「Chaptersを通じて大親友ができた」とか、「遠距離だけど気があうのでお付き合いすることになりました!」という声も最近増えてきたことです。Chaptersは、出会いの場ではあるけど、その目的や、その出会いが何につながるかは人それぞれです。

一般的なマッチングアプリは、「出会いたいです」「恋人欲しいです」とか入力して、自分の感情をいっぱい言わなきゃいけない。その後、ルックスやスペックで人をスワイプして、それによって最適化されていくんですけれど、そこで削ぎ落とされる気持ちがあるんです。「なれそめは友だちの紹介」って言いたかったり、「飲み会は自分が開催するより呼ばれたい」とか、そういう感情が人間にはありますよね。なのに、マッチングアプリはそういうのを全部削ぎ落として、簡略化していきます。それを使いこなせる人はすばらしいと思うのですが、「そうじゃない人って絶対いる」と私は思うので、そういう感情は大事にしたいなと思っています。

なので、男女の恋愛だけにしなかったのもそれゆえです。異性と付き合ってる人もいますし、友だちができた人もいます。既婚者の場合は同性の既婚者とマッチングするようになっています。

「100ページまででのめり込める本が若者に安心感を与える」と語る森本さん。

「100ページまででのめり込める本が若者に安心感を与える」と語る森本さん。

きっかけは「耳をすませば」

最初は構想を全部紙に書いて、資料を作りました。それから、Facebookの友だち限定グループにいた当時の会社の同期に、こんなことを今考えてて、テストでやってほしいんだけどと言って、有志を募ったんです。私が本を無料で届けるので、皆さん、本を読んだ上で食事会をしてください。私が合コンの幹事になったみたいなものです。そこでどんな話が出るのか、どんなふうに出会うかというのを教えてくださいというのをやったんですよね。それを2回ぐらいやりました。食事会の費用は、私が出したような気がします。忘れちゃったな。とりあえず何十万円も飛んでいきました。ほんの一瞬でした。お金はないけどなんだかいい予感がするみたいな(笑)。

このテストを踏まえて作ったのが最初のウェブサイトです。友人のデザイナーに依頼して、こんなページというイメージを伝えて作ってもらいました。最初に作ったウェブサイトはほぼチラシのようなものですね。それを見て応募してくれた方にアナログで招待状を送って、決済フォームを送って、決済してくださった方にブックカバーを付けて本を郵送するということで、ウェブサイト以外の作業は全部、私が手作業でやりました。これを始めたのが2019年、3年前です。会議室の一室で本の発送とか全部やりました。カッコよくスタートアップ的に言うと、MVP(Minimum Viable Product)ということになるんでしょうけど、全部アナログでやっていたわけですね。

始めてみたら、コンセプトが面白いということで、メディアに取り上げてもらうことが多かったので、半年ぐらいで累計1200人ぐらいになりました。これはすごいことですよね。

マッチングアプリが市民権をどんどん得ているのと同時に、マッチングアプリに疲れている人もどんどん増えていると思います。なので、こういう次のマッチングサービスみたいなことも受け入れられ始めてるのではないかと思います。マッチングサービス市場はずっと右肩上がりで、2026年ぐらいまでに1000億円ぐらいまで行くと言われています。多くのマッチングサービスでは、無料で利用する人の分を有料の人が支えるという構造になっていますが、Chaptersの構造は、本の売上げで成り立っているので本屋さんそのものです。全員会員制で、全員からお金をいただいているから、一般のマッチングサービスとはマネタイズのモデルが全然違うんです。なので、ビジネスモデルとしても、サービスのコンセプトとしても、いままでにない新しいマッチングサービスになったらいいなあと思っていました。

ベータ版のアナログのサービスを1年やったころに、ちょうどコロナがやってきました。それで、コロナ禍に入った途端、私は副業の会社をクビになったんです。そのとき私は30歳、働き盛り。手前味噌ですが、仕事はできるほうだと思っていたから、ほんとうにびっくりしました。そのときに思ったのが「私がやりたいことはChaptersだ、これしかない」と思ったので、そこから資金調達をし、自分で借金をして、その半年後にオンライン完結型のサービスとして立ち上げたのが「Chapters bookstore」です。

あのときのスピード感はほんとに自分でもすごいなと思います。コロナ禍で世の中が停滞したって言われますが、私にとっては逆で、世の中が停滞していたから、自分はすごい速く行けた気がします。みんな独りぼっちだったので、私の独りぼっちが目立たなかった。

今思うと、緊急事態宣言を全面的に解除すると安倍首相(当時)が宣言したあたりが一番つらかったですね。明けても行く会社がないから、本当に孤独でした。それがほんとうにつらくて、どうしていいかわからないからあのときはお酒の量も増えました。でも、そんなときに自分を律したのは、このサービスをやりたいという気持ちだけでしたね。


――ウェブ完結型のサービスはプログラマーが手伝ってくれたのですか。

森本 そうなんです。新しいサービスを作りたいけれども、私は自分でプログラムを書ける人ではないのでどうしようとなったときに、過去の名刺を漁って、技術とか、テクノロジーとか、エンジニアとか付いてる人全員に連絡したんです。それで、ご縁がつないでくれた人が、今のCTO(Chief Technical Officer、最高技術責任者)。彼は業務委託、外注先としてシステムを作ってくれたんです。彼は別のビジネス開発チームの日本法人の代表をやっていますが、「これは世の中にないサービスだから、ちゃんと設計図を描かないといけないね」と言ってくれました。

これが大きなターニングポイントになりました。私はけっこう直感型の人間で、すぐに「ヤバい、ヤバい、ヤバい!」とテンパる癖があるのですが、彼は私と異なるエンジニアリングの能力を持っているのに加え、器が大きくてどっしり構えて励ましてくれるタイプ。まったくタイプの違う2人が、いい具合に化学反応を起こした結果が今のサービスなんです。

毎回、オリジナルのブックカバーとしおりが同封される。

毎回、オリジナルのブックカバーとしおりが同封される。

出版社や書店とのコラボが面白い

――書店さんや出版社さんとのコラボは森本さんがお声掛けしてるんですか。

森本 そうですね。全部、私から言ってます。もうほんとにドアノックです。お問い合わせフォームからご連絡したり、知り合いを辿ってご紹介をお願いしたり、色々ですね。

Chaptersって、出版社さんからはとても好評なんですよ。彼らは編集のプロで、お薦めの本とか、お薦めポイントを話させるともうほんとに面白い。居酒屋に行って、本の話で7時間ぐらい飲めちゃうぐらい面白いんです。でも、彼らは面白いものを作れば売れると思っていて、売り方を知らない。もう、そういう時代ではないですよね。

私は本を作れないけど、売り方を知っているから、いいパートナーだと思います。出版社さんとのコラボのときは、選書に半年くらいかかるんです。名著がたくさんある中から4冊しか選ばないから。絶対に最高の4冊にしようってなると、私も粘ってしまうし、あっちも編集長とか出てきて割と大騒ぎになる。で、決まったときには両社でヤッターみたいな(笑)。

書店さんはともすると競合になりますが、Chaptersはリアル書店を持たないので協業できると思います。Chaptersの過去の選書全48作品を棚展開するという書店フェアを3、4、5月に1カ月に1店舗ずつやったんですが、全店舗でその棚の売り上げが通常月のより良かったんですよね。

書店さんの販売にも寄与できているというのはすごくいいことだなと思っています。


――4冊選ぶのにだいたい何冊ぐらいの本をチェックするんですか。

森本 30冊ぐらいですかね。だから月に30冊は読んでいます。いつもベッドサイドに本が積んであって、まず100ページずつ読んでいくんです。読まない日もあるんで、読む日には1日4冊とか読んでいますね。で、つまらなかった本はこっち、面白かった本はこっちに積んでいってみたいなことを家でやっています。

あまりにストーリーが入ってこない本や難しすぎる本は排除しているんですが、最近特に気をつけているのは、逆に文体やストーリーが軽すぎないこと。Chaptersは、ユーザー像がしっかりしているので、ユーザーさんに本を読む素養はあるということを前提に置いて、慎重に選んでいます。

広報担当のスタッフ七海さんと。ブックカバーやしおりのデザインも2人で行う。

広報担当のスタッフ七海さんと。ブックカバーやしおりのデザインも2人で行う。

「本棚で手と手が重なる本屋さん」にさらに近づきたい

――グランドオープンから1年経ったわけですけども、この1年間でわかってきたことはありますか。

森本 1年間を今振り返って、とても長かったなあと思います。もうはるか昔に感じる。自分でビジネスをやっていくことの速度を、たぶんその渦中にいると気づかないんですが、今となるとずいぶん進んだことに気づきました。

ただ、社長って問題があるときにしか呼ばれないんですよ。うまくいっているときはスタッフやインターンが日々の業務としてやってくれるので。私にはヤバい話しか来ない(笑)。社長にはつらいことばかり来るっていうのが気づきです。

でも、このサービスが生まれて、ほんとに子どもみたいにかわいくて、大変なことは多いんですけど、やめようと思ったりとか、つまらない、飽きたということが1回もないんです。私、飽き性なのに、4年間続いてて、向いているんだなあって毎日思います。楽しくてしょうがない。毎日、このサービスのことしか考えていないです。

さっきまで倉庫で発送作業をしていたのですが、これは大分に行くんだとか、これは宮城に行くんだとかを見てて、たくさんの人が同じ本を読むんだと思ったら、感動しちゃいますね。

今、一番悩んでいるのは、ユーザー数の伸びが鈍化してきたこと。Chaptersは現在、有料での月額サービスしかご提供できていないので、もうちょっと無料で楽しめるとか、お試し選書で答えがちょっと見えるとか。何かそういう、入会を検討している人たちが安心して入れるような橋渡し的なコンテンツを作れたらいいなというふうに思っている最中です。

最近思うのは、Chaptersを始めたのは、「本棚で手と手を重ねる出会いをつくりたい」からなので、ある程度夢がかなっているんですよね。だからこれからは、自分は夢がかなっているという前提に立って生きていこうと思っています。これからやりたいことは、この夢のつづきをずっと見続けたいし、「本棚で手と手が重なる本屋さん」という理想にさらに近づけていくこと。その作業をちゃんとやって、理想と現実を埋めていくことというのをやろうと思います。

著者プロフィール

豊岡 昭彦(とよおかあきひこ)

フリーランスのエディター&ライター。大学卒業後、文具メーカーで商品開発を担当。その後、出版社勤務を経て、フリーランスに。ITやデジタル関係の記事のほか、ビジネス系の雑誌などで企業取材、インタビュー取材などを行っている。