そもそもサーキュラーエコノミーとは何か

本書の「はじめに」で、著者は「サーキュラーデザインは、サーキュラーエコノミーを実現するためのデザインであり、地球環境を維持しつつ経済活動を発展させ、社会をより豊かにしていくためにある」と宣言している。では「サーキュラーエコノミー」とは何なのだろうか。持続可能な社会の実現に向けて2015年にEUが採択、提唱した経済活動に関する概念であり、経済活動のあらゆる段階で循環系を構築し、モノやエネルギーの消費を低減することが基本だという。

サーキュラーエコノミーを推進しているエレン・マッカーサー財団は、基本原則として下記の3つを挙げている。

・ゴミ、汚染を生み出さない
・製品と素材を捨てずに使い続ける
・自然のシステムを再生させる

これは、リサイクルなどの「3R」とはどこが違うのだろうか。3Rは下記の3つのRを示す。

・無駄、非効率的、必要以上な消費、生産を抑制する「リデュース(Reduce)」
・一度使われた製品をそのまま、あるいは修理して繰り返し使う「リユース(Reuse)」
・不要品、廃物を回収して再利用する「リサイクル(Recycle)」

似ているようでちょっと違う。リデュースはゴミの発生を減らすまでで、ゴミをゼロにするとは言っていない。だが、サーキュラーエコノミーでは「ゴミを出さない」と言い切ってしまう。リユースは繰り返し使うが、サーキュラーエコノミーでは捨てずに使い続けると「永続化」している。リサイクルは不要品を再利用するだけだが、サーキュラーエコノミーでは「システムそのものを再生させる」と、対象をより広く捉えている。

リサイクルのプロセスは、サービス提供者に加え、その製品の製造者、部品の製造者も含むため、関係者は多くなり、リサイクルするたびに製品としての価値は失われていく。「リサイクルするよりも使い続ける方がエネルギーコストが低いため、リサイクルは最終手段として考えられている」というのだ。

リサイクルなどの3Rレベルでは地球環境の危機に対応できないということで持続可能な経済発展のためには、より徹底した消費低減、サーキュラーエコノミーが必要になる。

本書は、4章構成になっており、第1章は「サーキュラーデザインとは何か」、第2章は「サーキュラーデザインから見る、衣食住が抱える課題」、第3章は「サーキュラーデザインの現在-萌芽的事例」、そして第4章が「サーキュラーデザインを実践するためのガイドとツール」となっている。

サーキュラーエコノミーの歴史を紐解く第1章

第1章の「サーキュラーデザインとは何か」では、1940年代からのデザインの発展、科学としてのデザイン研究の胎動から50年代、60年代、70年代と時代を追ってデザインと環境との関係を詳しく解説している。

ここで登場するのは単なるデザイン研究だけではない。特に公害や環境保護といった概念が広まった70年代は、デザインが消費社会批判や消費者の権利保護と結びついた時代であり、デザイン・アクティビスムやサーキュラーエコノミーの萌芽期と言える。本章では消費者運動のラルフ・ネーダーやレイチェル・カーソンの『沈黙の春』も取り上げられている。

参考文献も多数取り上げられているので、この章を読めば、サーキュラーデザインに関する基本的な知識は身につくだろう。

衣食住、3つの分野ごとに問題点を明らかにする第2章

第2章は、衣食住という、私たちの生活に密着している3つの分野ごとに、サーキュラーデザインの視点から問題点を指摘している。

衣に関する課題は、CO2、水、在庫、そしてマイクロファイバーの4つである。大量生産・大量消費のファストファッションは環境負荷が大きい。木綿栽培は農薬大量散布と不可分で、土壌汚染の大きな原因ともなっている。毎年作られる服の85%は売れ残り、焼却や埋め立てで処分されている。ポリエステル繊維などの衣服を洗濯すれば、排水にマイクロプラスチックファイバーが流出する。海中に浮遊しているマイクロプラスチックの35%が洗濯によるという。

環境意識の高いアパレルブランド、たとえばNIKEは年次インパクトレポートで温室効果ガス削減、化石燃料の使用削減、化学物質管理、廃棄物低減、そしてサーキュラーシステムデザイン導入などを優先順位の高い懸案事項として取り上げている。

生物である人間にとって、「食」はもっとも基本的な消費活動であるが、食にかかわる過程でもサーキュラーエコノミーの考え方が必須となってくる。

生産から加工、流通を経て最終的に消費されるまでのフードシステムにおける温室効果ガス排出量は、全体の21~37%を占めている。森林から農地への転換、窒素肥料や家畜のゲップによるメタンガスなどの放出、農薬製造工程、化石燃料の使用、輸送などで大量の温室効果ガスが排出されている。

土地や水の利用、農薬汚染、土壌劣化などは生物多様性に悪影響を与えている。生物多様性は花粉媒介や病虫害の抑制、気候変動への順応など、生態系やフードシステムを支えているが、それが失われていくのだ。

農業の持続性、食料の安全保障という面でも危険な状況にある。現在の傾向がそのまま続くとすると、2030年までに飢餓をゼロにする「ゼロ・ハンガー」を達成する目処は立たないという。

住に関わる課題としては、建築物だけでなく家具、家電製品、電子機器、関連業界まで幅広く取り上げている。

1950年以降、世界的な人口増加、所得増加、都市化が進んだ。これによって雇用の創出、生活水準の向上、貧困レベルの低減などがもたらされたが、同時にそれは大きな環境負荷の代償を伴うものであった。化石燃料、バイオマス、鉱石、水など天然資源の使用量は60年間で7倍以上に増加し、気候変動、食料安全保障の低下、水不足、大気汚染などをもたらした。「現在の消費と生産のパターンに基づくライフスタイルでは、1人当たり年間25~30トンもの大量の天然資源を必要とするとされており、地球の生態系の吸収能力はすでに限界に達している。現在の消費と生産のパターンは、環境的に持続不可能であり、社会的にも不公平である」と、危機感をあらわにしている。

パソコン、スマートホン、テレビ、エアコン、洗濯機などの電子機器は、世界中で急速に増加している廃棄物のかなり部分を占めている。製品寿命が短く、リサイクルを考慮しない計画的陳腐化は状況を悪化させる。電子機器には金、銀、プラチナなどの貴金属、コバルト、パラジウム、レアアース希土類などの多くのレアメタルが使われている。電子機器廃棄物を「都市鉱山」と言われる資源の供給源として再利用を勧めることで、資源採掘を減らすことができる。

サーキュラーデザインに取り組んでいる企業の実例を紹介する第3章

第3章「サーキュラーデザインの現在 -萌芽的事例」は、実際にサーキュラーデザインに取り組んでいる研究機関や企業の例が取り上げられている。

石油由来や動物由来の素材を使わない、微生物・発酵技術で作り出した繊維の研究が進んでいる。人口合成クモ糸繊維やキノコなど菌類由来の繊維が主流で、布地や建材が作られる。CADによる設計、光造形3Dプリンタによるツール生成などで無駄の出ない製造工程、製品作りもある。たとえば、アディダスのあるスニーカーは柔らかい部位も固い部位も全パーツを単一素材で作ることにより、リサイクル効率を高めている。持続可能性に配慮した企業として定評のあるアパレルブランド、パタゴニアはリサイクル素材やオーガニック素材を利用し、一般消費者が修理する権利を保障し、回収した古着を再販するといった取り組みを実施している。

最近はスーパーマーケットの店頭でも見かけるようになってきた昆虫食や代替肉といった事例も登場している。衣食住とは関係が無さそうなソニーコンピュータサイエンス研究所は、無耕起、無施肥、無農薬による協生農法に着目し、国内外で実験を行うだけでなく、環境技術関連事業を推進するための新会社まで設立した。ソニーグループは本気でサーキュラーエコノミーに取り組むようだ。

サーキュラーデザインを実践するためのガイドとツールを紹介する第4章

第4章「サーキュラーデザインを実践するためのガイドとツール」は、読者が実際に「サーキュラーデザイン」を実践するにあたり、有用だと思われる具体的なデザインガイドやツールを紹介している。

もっとも「この手法を用いれば、誰もがサーキュラーデザインを実践できますといえる完全で唯一の方法はない」とも言い切っている。サーキュラーデザインはガイドラインが錯綜し、多くのジレンマを抱えている。だが嘆いていても問題は解決しない。あらゆる側面から「今すぐできることを実現する」ことが何よりも重要なのだ。

ここで紹介しているガイドとツールとは、7つのWebサイトと1つのパッケージ。イケア、ナイキといった著名企業も取り上げられている。ほとんどが英語だけのサイトだが、第3章に登場したソニーコンピュータサイエンスは、協生農法を日本語・英語・フランス語・中国語で解説している。

本書は、日本におけるサーキュラーエコノミー・サーキュラーデザインの第一人者がまとめた包括的な解説書。情報量が膨大で、網羅的であり、気軽に読むのはつらいかもしれない。だがこの1冊でサーキュラーエコノミー・サーキュラーデザインの現状、課題を押さえることができるだろう。企業や自治体で環境問題やCSRなどを担当している人にお勧めの1冊だ。

まだまだあります! 今月おすすめのビジネスブック

次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をスマートワーク総研がピックアップ!

『サーキュラーエコノミーを加速する「情報革命」』(廃棄物処理・リサイクルloT導入促進協議会 著/環境新聞社)

本書は産官学連携で設立された「廃棄物処理・リサイクルIoT導入促進協議会」の主要メンバーにより2年間にわたって続けられた、廃棄物処理・リサイクル業界へのIoT導入促進をテーマにした環境新聞連載コラムを中心に、各種論文や同協議会が関連各省庁等に向けて毎年行ってきた提言などをまとめたもの。情報とその活用技術で新たなイノベーションを生み出すための、ヒントが得られる内容となっている。(Amazon内容紹介より)

『サーキュラーエコノミー実践:オランダに探るビジネスモデル』(安居昭博 著/学芸出版社)

デジタルテクノロジー、建築、コンポスト等サーキュラーエコノミーへ移行するオランダ。現地調査で見えた日本のビジネスチャンス。デジタルテクノロジー、インフラ、建築、フード、アパレル等、官民一体で先進的サーキュラーエコノミーへ移行するオランダ。廃棄を出さない仕組みづくりは、経済効果・環境負荷軽減・リスク管理等を同時に達成する手法として世界の注目を集めている。欧州5年間と国内調査による日蘭17事例で見えてきた、これからに向けた大きなビジネスチャンス。(Amazon内容紹介より)

『世界の現場から 実践SDGs 格差・環境・食糧問題の現実解(別冊日経サイエンス253)』(日経サイエンス編集部 編/日経サイエンス)

SDGs「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)」を実践するための決定版! SDGs「持続可能な開発目標」は、2015年の国連総会で採択されて以来、世界中のメディアや教育の場で 多く取り上げられ、広く一般社会に浸透しています。今や、SDGsへの取り組みは、企業に求められる社会的責任となり、 持続可能な社会の創出に向け、地球規模で国や地域社会で、具体的な取り組みが急がれています。 本書では、SDGsの17の目標に関連のある記事を通して、私たちの社会が抱える問題の総合的な理解を深めるとともに、科学の基礎知識や最新テクノロジーを活かして解決への道を探ります。 (Amazon内容紹介より)

『こんな会社で働きたいSDGs編2』(クロスメディアHR総合研究所 著/クロスメディア・パブリッシング)

本書は就活生を対象に、企業規模を問わずSDGsに積極的に取り組んでいる「18社+1都市」を総力取材しています。巻頭にはSDGsの学術的研究の第一人者、慶應義塾大学の蟹江憲史教授による「ポストコロナ時代の企業経営とSDGs」を掲載。「SDGs」を単なるお題目で終わらせないために。持続可能な未来に向けて今も取り組んでいる、企業の声をお届けします。《掲載企業》東京海上日動火災保険/星野リゾート/三菱ケミカル・クリンスイ/アワーズ/名鉄協商/B&DX/二川工業製作所/江崎グリコ/ミキハウス/Lib Work/日本取引所グループ/有馬芳香堂/SAKURUG/JTB/農林中央金庫/カンロ/三菱重工環境・化学エンジニアリング/エデルマンジャパン/北九州市(Amazon内容紹介より)

『未来実現マーケティング 人生と社会の変革を加速する35の技術』(神田昌典 著/PHP研究所)

仕事がうまくいかない、会社が変わらない、人生の先が見えない……そんなあなたへ。カリスママーケターが厳選した「35のマーケティング技術」を用いて、自分を、会社を、そして社会を変えるための方法論を説くのが本書。様々な分野において、どのようにマーケティングを用いて成果を出していくかを、極めて具体的に紹介していく。「SDGs」との連動も本書の大きな特徴。本書は、17の分野それぞれについて具体的なソリューションを提供する。まさに「SDGsビジネス実践編」とも呼べる内容となっている。成長戦略を描きたい経営層から、仕事で理想を実現したいビジネスパーソンや公務員、未来に向けた人材を育てたい教育者まで……読めば必ず新しい発見がある。(Amazon内容紹介より)

著者プロフィール

土屋 勝(つちや まさる)

1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。