エンジニアやデータサイエンティストだけではない! DXを担う人材に求められる役割やスキルはさまざま

デジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)の波があらゆる業界に押し寄せている。生産プロセス全体のあらゆるデータをICTでつなぐことで建築現場の最適化を支援するソリューション「スマートコンストラクション」を提供する小松製作所、創薬プロセスにおけるAI活用を実践する中外製薬など、日本でも業種業態を問わずさまざまな企業がDXに取り組み、その成果をあげている。こうした事例は、必ずしもプログラミングをはじめデジタル技術の専門知識やスキルを持った人だけで実現されているわけではない。本稿では、学校でプログラミング教育を受けなかった人がDXへ貢献していく方法について考えていきたい。

そもそもDXとは、スウェーデン・ウメオ大学のエリック・ストルターマン教授らが2004年に発表した論文「Information Technology and the Good Life」で提唱した概念である。同論文においてDXは「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でよりよい方向に変化させること」と定義されている。

また、経済産業省の定義では、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」(経済産業省「デジタルガバナンス・コード2.0」より)とされている。

いずれにしても、DXとは単なるデジタル化のことを指しているわけではない。ビジネスモデルや個人の生活、社会・組織構造などの変革を成し遂げてはじめてDXと呼べるものとなる。したがって、DXの対象となる範囲は幅広く、それを担う人材に求められる役割やスキルもさまざまだ。DXを進めるにあたって、データサイエンスやデジタル技術の専門知識・スキルが求められる領域は取り組み全体の一部であるといえる。

デジタル社会の人材像(経済産業省「デジタルスキル標準」より引用)

デジタル社会の人材像(経済産業省「デジタルスキル標準」より引用)

情報処理推進機構(IPA)は「DX白書」にて、DXに対応する人材として7つの職種を定義している。

  • プロダクトマネージャー:デジタル事業の実現を主導するリーダー格の人材
  • ビジネスデザイナー:デジタル事業(マーケティング含む)の企画・立案・推進等を担う人材
  • テックリード(エンジニアリングマネージャー、アーキテクト):デジタル事業に関するシステムの設計から実装ができる人材
  • データサイエンティスト:事業・業務に精通したデータ解析・分析ができる人材
  • 先端技術エンジニア:機械学習、ブロックチェーンなどの先進的なデジタル技術を担う人材
  • UI/UXデザイナー:デジタル事業に関するシステムのユーザー向けデザインを担当する人材
  • エンジニア/プログラマー:デジタル事業に関するシステムの実装やインフラ構築、保守・運用、セキュリティ等を担う人材

同白書内では、「全社でDXを主導できる変革リーダー」や「現場で業務プロセス改革を牽引できるビジネスパーソン」、「ビジネスデザイナー」の重要性が指摘されている。また、IPAの「2021年度組込み/IoT産業の動向把握等に関する調査」からは、DXに取り組むにあたって企業は「専門技術者」よりも「ビジネスをデザインできる人材」「システム全体を俯瞰して思考できる人材」の不足に課題を抱えているという状況も明らかになっており、ビジネスや業務に精通したうえでDXの推進を担っていく人材が求められていることがわかる。

深いビジネス理解のもと、リスキリングでリテラシーを身につけ、DXを体感してみる

先述のとおり、DXの領域においては学校でプログラミング教育を受けてこなかった人たちにも活躍の場は多く残されているといえる。では、どのようにしてDXに貢献していくべきだろうか。3つの観点から具体的な方法を見ていきたい。

1. DXのビジョン策定・浸透や課題設定に貢献する
DXに向けた取り組みをリードし実行していくためには、DXの対象となるものや領域をIT・デジタルの活用によってどう変革したいのか、その方針・ビジョンを明確に持っていることが必須となる。

そこで重要となるのが、「課題設定力」だ。課題設定は、実現したいあるべき姿を描き、現状を把握したうえであるべき姿とのギャップを分析・特定し、あるべき姿に近づける方法を考え出すという流れで進めていく。現状を正しく把握するためには、ビジネス・業務の理解や状況の可視化が欠かせない。一方で、あるべき姿を考える際には、データやデジタル活用の専門家たちの知見も必要になる。したがって、デジタル技術の非専門家がDXに貢献するには、ある程度のITリテラシーを身につけたうえで、デジタル技術とビジネスとの架け橋としての役割を担うというアプローチが考えられるだろう。

繰り返しになるが、DXはビジネスや組織を変革してこそ実現できたといえるものであり、IT部門やDX推進部門だけでなく、現場の従業員も巻き込んで全員が当事者意識を持って取り組んでいく必要がある。そのため、DXの目的や重要性を組織全体に伝え、全社として取り組んでいく空気をつくりあげていけるかどうかが成否を分ける。DXに向けたミッション・ビジョン・バリューを策定し、カルチャーを組織内に浸透させるという取り組みに関与するのも、非専門家がDXへ貢献するためのアプローチとしてありえる。

2. リスキリングで知識やスキルだけでなく学び続ける姿勢を身につける
IT人材不足の解消やDX人材の育成に向けた取り組みとして、人々の関心を集めているのが「リスキリング」である。大手企業では、DX人材育成に向けた社内研修やリスキリングにかかる費用の補助を用意している事例も増えてきた。岸田文雄首相もリスキリングへの投資を表明するなど、環境整備が進む。

個人レベルでも、以下のようなサービスを活用すればDXに関する知識やスキルを学ぶことができる。組織横断的にDXを実現するには、自分自身の手でプログラミングや開発をする機会はなくとも、ITの専門家たちと一緒に取り組まなければならない。彼らに相談や説明ができるようなリテラシーを身につけるという意味でも、リスキリングは重要であるといえる。また、デジタル技術は常に進化を続けており、たとえデータサイエンティストやエンジニアといった専門知識・スキルを持つ人たちであっても学び続けていかなければならない。学習を進めていくにあたっては、知識やスキルはもちろん、ぜひ学び続ける姿勢も身につけてほしい。

ポータルサイト
IPAが運営するポータルサイト「マナビDX」では、社会人にとって必要なデジタルスキルを学べる学習コンテンツが集約されている。eラーニングやオンライン講義など、自分のペースで勉強できるコンテンツも多く掲載されている。コンテンツの分野やレベル感などは多様であるため、自身の目的や興味関心、習熟度、ライフスタイルに合ったものを探してみてほしい。

プログラミングスクール
プログラミングスキルを身につけたいという方は、「TECH CAMP」「SAMURAI ENGINEER」「DMM WEB CAMP」といった社会人向けプログラミングスクールに通う方法もある。学んだスキルを活かして転職や就職を目指す場合は、サポートが充実しているスクールを選ぶとよいだろう。

大学
文部科学省の「DX等成長分野を中心とした就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業」など、国による支援も行われている。同事業以外にも、DXに関連する社会人向け講座を行っている大学は多いので、ぜひチェックしてみてほしい。1科目から受講できる放送大学を利用するのも一つの手だろう。近年では世の中のニーズを踏まえ、データサイエンスやAIに関する科目も充実している。

3. ノーコード/ローコードツールでDXを体感する
IT部門のエンジニアだけでなく、現場の従業員でもシステム開発が可能になる「ノーコードローコード開発」への注目度が高まっている。「ノーコード開発」は、ドラッグ&ドロップなどの簡単な操作でモジュールを組み合わせてシステムを開発すること、「ローコード開発」は必要最低限のプログラミングでシステムを開発することを指す。「ホームページビルダー」のようなノーコードのWebサイト作成ツールは1990年代からあるが、近年ではECサイト構築や業務アプリケーション開発など、ノーコード/ローコードで実現できる領域が拡大しつつあり、ビジネスの現場でも活用が進んでいる。

たとえば米国では、コロナ禍で苦戦する地元企業を支援するため、スタートアップ企業がノーコード開発ツール「Bubble」を利用して小規模ビジネス向けギフトカードアプリ「GiveLocal(現・Support Local)」をわずか3日間で構築し、その後1週間でUSA Todayに買収されたという事例もある。

プログラミングやDXの取り組みが未経験の人にとって、ノーコード/ローコード開発のメリットは、現場で小さく始めてみて成功体験を得るという進め方ができる点にある。自らが開発したアプリケーションによって業務やビジネスがどのように変化するのか具体的にイメージできるようになるだけでなく、ツールを活用していくなかで失敗を恐れずまずはやってみるという意識が生まれれば、より大きな変革へと挑戦するモチベーションとなる。

ただし、企業全体で取り組む場合、シャドーITの乱立や管理体制のサイロ化などのリスクがあるので、ノーコード/ローコードツールの活用を本格化する際には、全社的にガバナンスを効かせる仕組みが必要な点に注意すべきである。

課題だらけの日本だからこそ、変革の余地は大きい

他の先進国に比べデジタル化の取り組みが大きく遅れているといわれている日本。高齢化社会や労働人口減少といった課題先進国でもある。だからこそ、デジタル技術によって変革できる余地は大きい。未経験だからといって尻込みせず、DXの世界へ飛び込んでみてはいかがだろうか。

著者プロフィール

周藤 瞳美(すとう ひとみ)

フリーランスの編集者/ライター。新卒でIT系出版社に入社し、書籍編集に携わる。その後、Webニュースメディアの編集記者として取材・執筆・編集業務に従事し、2017年に独立。守備範囲はテクノロジー、ビジネス分野。現在は、DX、IT導入・活用などの話題を中心に執筆。