人の幸せを測る指標

ウェルビーイングという言葉が初めて登場したのは、1946年に世界保健機関(WHO)が設立されたときです。世界保健機関憲章の前文にその概念が記されました。

「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.」
世界保健機関(WHO)憲章前文より

これを機に、ウェルビーイングは単なる身体的な健康だけでなく、肉体的にも精神的にも社会的にも満たされた「幸せ」な状態を表す概念として、世界中に広まりました。

ウェルビーイングには「PERMA」という幸福度の指標があります。「ポジティブ心理学」を提唱した米国の心理学者マーティン・セリングマンによって考案されたものです。以下の5つの要素を満たしている人は「幸せである」とするもので、頭文字から「PERMA」と呼ばれています。

1.Positive Feeling(ポジティブな感情)⇒うれしい、面白い、楽しいなど、前向きな感情
2.Engagement(エンゲージメント)⇒時間を忘れて何かに没頭すること
3.Relationship(関係性)⇒友人・家族など、周囲の人々とのよい関係性
4.Meaning(意味や目的)⇒生きる意味、何のために生きているのか
5.Achievement(達成)⇒何かを成し遂げること、達成感

最近では、国民の幸せを測る新しい指標として、国内総充実度(GDW)が注目されています。GDWは「Gross Domestic Well-being」の略称。まだ、国際的に統一された算出方法がなく、現在も議論が進行している状態です。

国連機関が毎年発表している「世界幸福度ランキング」も幸福度を測る指標の一つ。「1人当たり国内総生産(GDP)」「健康寿命」「社会的支援」「人生の自由度」「他者への寛容さ」「国への信頼度(腐敗の認識)」の6要素を加味して順位付けされます。2022年の順位を見ると、日本は146か国中54位。残念なことに他の先進諸国と比べると、顕著に低い結果となりました。日本はGDPも健康寿命も高いのに、なぜ順位が低いのでしょうか。その理由は「人生の自由度」と「他者への寛容さ」が低いことに起因するようです。

現在の日本人は、客観的に見れば幸福度は高いが、自分の人生を自由に選択できていないし、他者を理解し助け合う寛容さに欠けていると感じているわけです。

ウェルビーイングが注目される背景

なぜ、ウェルビーイングが注目されているのでしょう。

そもそもウェルビーイングは、社会福祉や医療関連の分野で使用される専門用語でした。しかし、働き方改革や新型コロナウイルスの感染拡大による影響で、ビジネスシーンでも使われるようになり、職場環境を見直す重要な指標と考えられています。

その背景として、若年層の人口減少による労働力不足の慢性化があります。このまま少子高齢化が加速すれば、40年後の労働人口は4割減少すると予測されています。人材確保はさらに困難になり、いずれ深刻な人材不足に陥ると考えられます。企業経営において「人的資本経営」の重要性が高まっているのです。

また、働き方や生き方の価値観の多様化もウェルビーイングが注目されるようになった要因の一つです。若者たちは終身雇用という概念が希薄で、価値観が合わなければ、転職することに抵抗がありません。さらに、新型コロナウイルスの感染拡大によるワークスタイルの変化が、柔軟な働き方について考えるきっかけになりました。その一方で、リモートワークによるコミュニケーション不足やメンタルヘルスの問題が浮上してきました。

ウェルビーイングは企業の働き方の仕組み作りや、健康経営の取り組みにも、深く関係しているのです。

企業が優秀な人材を確保するためには、企業のイメージアップが必須。利益追求だけでなく、従業員やその家族の健康や幸福に配慮して、ロイヤルティを向上させることが重要です。ウェルビーイングの概念の導入により、従業員の職場に対する満足度が向上し業績アップにつながる可能性が、企業にとって最も大きなメリットでしょう。

幸福度が高くなれば、生産性も高くなる

日本人の幸福度が低いのは、「人生を自由に選択できていないし、他者を理解し助け合う寛容さに欠けているから」と書きましたが、そこには、私たちの働き方も大きく影響しています。条件のよくない職場で長時間働き、思うように成果が得られず、労働に見合った賃金がもらえない。このような労働環境であれば、人生を自由に選択することも、他者を思いやる余裕もなくなってきます。

ウェルビーイングの取り組みは、国全体のテーマでもあります。昨年6月に公表された政府の骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)でも、経済・財政運営の指針としてウェルビーイングの実現が謳われています。国民の幸福度を向上させることが、国の政策運営という視点でも重要視されています。

米国では「幸福な従業員は不幸な従業員よりも創造性が3倍高く、生産性が1.3倍高い」という研究もあるそうです。本当の意味で生産性の向上や業務効率化を達成するためには、個人にとっての幸せや満足とは何かを考えることが大切なのです。

著者プロフィール

青木 逸美(あおき・いづみ)

大学卒業後、新聞社に入社。パソコン雑誌、ネットコンテンツの企画、編集、執筆を手がける。他に小説の解説や評論を執筆。