終身雇用の崩壊と雇用形態の変化

キャリアオーナーシップは日本で生まれた言葉で、経歴を意味する「キャリア(career)」と所有者を意味する「オーナーシップ(ownership)」を組み合わせた造語です。

なぜ今、キャリアオーナーシップが注目されているのでしょうか。その背景には、終身雇用制度の崩壊があります。終身雇用とは、企業が採用した従業員を定年まで雇用する人事制度のことです。2019年5月、トヨタ自動車の豊田章男社長が終身雇用の限界を発言したことが話題になりました。実際に同一企業で働く人は年々減少傾向にあります。総務省統計局の統計データによると、2019年の転職者数は351万人と過去最多を記録。この数年の転職率は上昇傾向にあります。終身雇用に安定を求めるのではなく、柔軟な働き方を選択する人が増えてきたといえます。

一方、企業の雇用形態も変化しつつあります。求める人材が多様化するなか、従来の新卒一括採用を抑制し、中途採用を増やす動きが加速しています。これまでのように、雇用し続けることで人材を囲い込むのではなく、社外でも活躍できるようなキャリア形成を支援する「キャリア開発」が重要視され始めました。勤続年数によって昇進や昇給が判断される「年功序列制度」も見直され、スキルや成果によって評価する企業も増えています。2019年、経団連(日本経済団体連合会)は成果を評価対象とする「ジョブ型雇用」を取り入れる意向を発表。今後、ジョブ型雇用に注力し、キャリアオーナーシップ推進に取り組む企業も増えるでしょう。

キャリアオーナーシップのメリット

個人がキャリアオーナーシップを持てば、主体性を向上させ、自身のキャリアを切り開くことができます。キャリアアップによりモチベーションが高まり、責任感や仕事へのやりがいが生まれます。エンゲージメントを持って積極的に働くことで、さらに高いパフォーマンスを発揮できることになります。このように、自ら考え行動する人材が増えれば、組織全体の生産性の向上につながります。個人が成長することで、企業の持続的な成長を促し、やがて社会を変えていく力になるかもしれません。

キャリアオーナーシップを持つには、自分のキャリアに向き合う必要があります。例えば、「どのようなスキルを持っているのか」「現在のキャリアを仕事に生かすにはどうすればいいのか」「将来、どのようなキャリアを築きたいのか」を考えることです。目標と問題点を明確にし、具体的なビジョンを描いて、キャリアの幅を広げるための行動をとることが重要となります。

また、キャリアを構築するためには、自分らしさを忘れないことも大切です。仕事のためだけにスキルを身につけるのではなく、「自分らしく生きるためにはどうありたいか」を考えることが望ましいでしょう。

企業の取り組み方

企業は具体的にどのようにキャリアオーナーシップを推進すればいいのでしょうか。まず、従業員たちのキャリア形成を支援することです。そのためには、以下のような取り組みが考えられます。

  1. 従業員が自分のキャリアについて考え、向き合うきっかけを作るために、社内外でキャリア研修やスキルアップ研修を行う。新たな知見を得ることで、目標や問題点がはっきりし、今後の展望が生まれる。
  2. ジョブ型雇用を導入する。現在のメンバーシップ雇用では、入社後に業務スキルを磨き、職務を割り当てる。ジョブ型雇用は、成果やスキルで評価されるので、主体的に労働する人が増える。
  3. 副業を解禁し、本業以外の仕事に挑戦することで、さまざまなキャリアを積む機会を作る。
  4. 従業員のモチベーションを維持する。スキルを生かせる業務やポジションなど、キャリア形成できる環境を整える。定年後に業務委託するなど、キャリアの選択肢を広げる制度を導入して、従業員にポジティブな未来を意識させることも効果的。

従来の終身雇用制度で働いてきた従業員は、キャリアオーナーシップの考え方をネガティブにとらえるかもしれません。会社が自分の将来を保証してくれないと感じるからです。キャリアオーナーシップの重要性をきちんと説明し、従業員に理解してもらうことが、取り組みの第一歩です。

「人生100年時代」の到来で、定年が働くことのゴールではなく、生涯現役が求められる社会になりました。自分らしく生きるためには、働くことへの主体的な姿勢が必要です。キャリアについて自律的な人材は、企業の競争力を高めるために欠かせない存在。今後は、キャリアの築き方を自分で考えながら働く時代となり、キャリアオーナーシップがいっそう重要となるでしょう。

著者プロフィール

青木 逸美(あおき・いづみ)

大学卒業後、新聞社に入社。パソコン雑誌、ネットコンテンツの企画、編集、執筆を手がける。他に小説の解説や評論を執筆。