人口も経済力も異なるさまざまな国

「世界の働き方」では、それぞれの国の人々の労働意識やワークライフバランスの考え方などを、現地在住の日本人の筆者に紹介してもらってきた。すでに10カ国に到達した連載では、さまざまな地域のさまざまな規模の国を取り上げてきた。

「世界のワークスタイル」登場国の総人口(2023年WHO統計による)

「世界のワークスタイル」登場国の総人口(2023年WHO統計による)

連載に登場する国を総人口で比べてみても3億4千万人のアメリカから、1300万人のエストニアまで大きく異なっている。なお、香港は中国の一部であるが、その政治面での特殊性と、本連載が都市単位であることを考え、グラフでは香港のみの人口で表示している。また、参考として日本の人口も追加してある。

一方、経済力で比較すると、こちらでもアメリカは別格だが、続くのはG7の国で、メキシコやタイ、ベトナムなど近年経済成長が急な国々とはまだ大きな開きがある。エストニアは小国であるためGDPは少ないが、電子政府先進国だけあって一人当たりの数字ではかなり大きい。こうした数字はどんどん変わっていくが、そうした国力の変化は、住んでいる人、働いている人の意識にもちろん大きな影響を与える。

「世界のワークスタイル」登場国のGDP(2022年IMF統計による)

「世界のワークスタイル」登場国のGDP(2022年IMF統計による)

ベトナムやタイなど、国民の平均年齢が若い国は、今後人口ボーナスによる経済発展が見込まれる。日本で言えば1970年代のような高度経済成長が出現すると予想されるわけだが、当時とは世界情勢が変化しているため、必ずしも同じ状況が現れるわけではない。現在のベトナムの人は、20世紀の日本人のようには労働や生活をとらえてはいない。これらの国より一足先に経済発展したメキシコでは、大気汚染と通勤ラッシュが問題になっているなど、当時の日本と共通する課題を抱えている国もある(「メキシコ・メキシコシティー編」)。また、エストニアでは都市部の家賃が急騰しているといった事態も出現している(「エストニア・タリン編」)。こうした経済成長の弊害は解決すべき課題として存在している。

庶民の移動を支える民営マイクロバス「ペセロ」(メキシコ・メキシコシティー編より)

庶民の移動を支える民営マイクロバス「ペセロ」(メキシコ・メキシコシティー編より)

インターネットで狭くなった地球

1970年代当時との1番の違いはインターネットの普及だ。インターネットの登場で、地球はとても狭くなった。情報量は加速度的に増加し、それらはネットワークを経由して、遠い国々でも瞬時に共有される。昔は海外の最新情報を知ろうとすると大変だったが、今は遠く離れた国で数分前に起きたことも、PCやスマホで即座に確認できるようになった。

これに伴って、人々の判断基準も自国の身の周りの観察だけでなく、グローバルスタンダードとの比較が大きな意味を持つようになった。日本で暮らしていると、グローバルスタンダードな価値観が重要で、仕事も生活もそれに合わせていかなくてはならないという無言の圧力を感じることも少なくない。しかし、グローバルスタンダードな価値観というのも曖昧であって、アメリカやEUなどの人々の価値観がグローバルスタンダードなのだとすれば、人口的にはもはや世界の多数派ではない。G7などの先進国は経済規模で見れば大国だが、人口減少に悩んでいる国が多い。ある国の常識は別の国では非常識かもしれない。宗教的な価値観が最も優先される国は少なくないし、そうした国でもグローバルスタンダードを取り入れる努力はされている。こうした2つの価値観を常に意識しなくてはならないのが現代だ。

ジェンダーやエネルギーの問題など、今後グローバルスタンダードに合わせていかなくてはならないものは多いだろう。日本でも多様性を許容できる持続可能な社会を作っていくためには、まだ色濃く残っている昭和的な価値観はアップデートされていく必要がある。もちろん、働き方だって、世界標準を意識していく必要があると信じられている。

これまでに「世界のワークスタイル」に登場した10カ国も。それぞれの国の特殊な事情や価値観を持ちながら、グローバルを意識せずにはいられないのが、インターネット普及以降の地球事情というものだ。

グローバルスタンダード以上に人々の働き方に影響するもの

そういう意味では、グローバルスタンダードな働き方はある程度共通していると言えるだろう。そうすると、各国の働き方の差異はどこに生じるのか? ここまでの連載を振り返ってみると、仕事自体よりも、その国の文化や歴史、風土などに根ざすワークライフバランスに違いが見られる。故郷との結びつきや、親戚との付き合いの深さはどうだろう? 祭りはどれだけ地域に根差しているだろう? 子育てを支援するのは法制か、それともコミュニティか? こうしたバランスの差が、仕事と生活についての考え方を変えていく。

「タイ・チェンマイ編」では興味深いエピソードがあった。日本のホームレスの人への炊き出しの映像を見たタイの女性が、なぜこの人たちは故郷に帰らないのだろうと不思議そうにいう。タイでは、日本のような都会と地方の分断はまだ進んでいないのだ。血縁や地縁が生きていくことをサポートしてくれる社会が存在する。

「ベトナム・ハノイ編」ではテトという休暇の様子が描かれている。個人の生活は、土着の習慣に強く影響されている。昔は日本も正月には車の交通量が激減したものだ。一方、「フランス・バイヨンヌ編」ではもっと賑やかな祭りが紹介されている。

テトの町の様子と飾りつけ(ベトナム・ハノイ編より)。テトは懐かしさを感じさせる

テトの町の様子と飾りつけ(ベトナム・ハノイ編より)。テトは懐かしさを感じさせる

バイヨンヌ祭は陽気で賑やかだ(フランス・バイヨンヌ編より)

バイヨンヌ祭は陽気で賑やかだ(フランス・バイヨンヌ編より)

先進国の大都市、「アメリカ・サンフランシスコ編」「ドイツ・デュッセルドルフ編」から読み取れるのは、個人主義が進んだ先進国では、労働基準などの法整備が進み、労働と生活は別物としてとらえられるケースが多いことだ。こうなって初めて働き方の多様性も獲得され、ワークライフバランスという言葉が重要になってくる。

いつも満員のコワーキングスペース(ドイツ・デュッセルドルフ編より)

いつも満員のコワーキングスペース(ドイツ・デュッセルドルフ編より)

もちろん、どの国においても、過酷な労働は排除されるべきだし、そのための法制は進み、多くの労働はグローバルスタンダードに向けて標準化されていく部分は大きくなるだろう。しかし、国の規模や経済状況の差が全部埋まるわけではない以上、その時々、それぞれの国で仕事や生活をどう考えているかには当然違いがある。グローバルスタンダードが常に正しいわけではない。

この違いを意識することは、地球全体で人々が幸せを感じられるようにするにはどうすればいいかを考える契機になるはずだ。連載「世界の働き方」では、今後もそんな人々の感じ方、考え方の違いをお伝えしていきたい。

著者プロフィール

狐塚 淳(こづか じゅん)

ITライター&エディター。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。インプレス等の雑誌記事を執筆しながら、キャリア系の週刊メールマガジン編集、外資ベンダーのプレスリリース作成、ホワイトペーパーやオウンドメディアなど幅広くICT系のコンテンツ作成に携わる。現在の中心テーマは、スマートワーク、生成系AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど。