あの人のスマートワークが知りたい! - 第7回

オフィスで一緒に働いている「感覚」を追求する――テレワークマネジメント田澤由利氏のスマートワーク



テレワークとは「人の生き方・社会の在り方」を実現する働き方

「働き方改革」の主要施策の1つとなっている「テレワーク」。今回はそのテレワークに20年以上取り組み、社名にも据え、導入企業へのコンサルティングを行ってきたテレワークマネジメントの代表取締役 田澤由利氏にお話を聞く。

文/まつもとあつし


テレワークマネジメント代表取締役/ワイズスタッフ代表取締役
田澤由利
 上智大学卒業後、シャープでパソコンの商品企画を担当していたが、出産と夫の転勤でやむなく退職し、フリーライターとして独立。1998年、夫の転勤先であった北海道北見市で「在宅でもしっかり働ける会社を作りたい」とワイズスタッフを設立。2008年には、柔軟な働き方を社会に広めるためにテレワークマネジメントを設立。2015年 総務省「平成27年度情報化促進貢献個人等表彰」を受賞。2016年「テレワーク推進企業等厚生労働大臣表彰」個人賞受賞。

日本の働き方を変える=企業を変える

―― テレワークそのものを事業の中心に据えておられますが、きっかけは?

田澤 約20年前に長女の出産、夫の転勤でシャープを辞めなければならなくなったんですね。その時から日本の働き方を変えたいと考え始めました。それで退職後、起業して最初は在宅で誰でも仕事ができるようにとワイズスタッフを作ったのですが、10年経っても在宅で働ける人は150人くらいしか集められませんでした。それでは世の中変わらないなと。

 そこで『どうすれば日本の働き方が変わるのか?』と考えた結果、企業を変えようと。企業に勤めている女性の方も含めて、子育て中でも、地方在住であっても働けるようになれば、より多くの方々が働きやすくなりますから。そこで、企業にテレワーク導入のコンサルティングをするという、現在のテレワークマネジメントを立ち上げたのが2008年のことでした。当時は「意義のある挑戦だと思うけれど、市場もなければニーズもない」などと言われていましたが。

 テレワークという言葉、考え方を知ってもらうために講演行脚をする時期が続きましたが、だんだん必要性も生じてきて、国・自治体の動きが出てきました。一番の追い風は昨年8月の改造内閣の「働き方改革」からですね。

 政府はテレワークを「ICTを活用した、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方」と定義していましたが、最近これを「ICTを活用し、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方」と変えました。「場所や時間にとらわれない」というと、好きな時間に好きな場所で働くという印象を受けます。このため、過剰労働につながったり、逆にサボりをイメージされる方も多い。テレワークの本質は、時間や場所を有効に活用し、働きたくても働けなかった人に活躍の機会が生まれる働き方です。

 テレワークはこのように分類され、日本の場合は「雇用型」が8割です。そもそも自営の方は時間や場所の制約が少ない。やはり日本の場合は、雇用型の働き方を変えなければならないんです。

テレワークの分類。日本では雇用型テレワークを推進する必要があるという(以下すべて田澤氏の資料より)。

―― 先ほどの「企業を変える」ということですね。

田澤 その通りです。ワイズスタッフではこの図の「在宅ワーカー」=結婚・出産を機に退職した人たちを対象にしていたんですが、一社では限界がある。そこで、企業に「在宅勤務者」を増やしてもらおうと考えたわけです。テレワークマネジメントでは、(1)システム、(2)制度、(3)業務改革、(4)意識改革の4つを柱としたコンサルティングを行っています。

 2008年の時点でも、すでにテレワークを導入している企業はそれなりに存在していたと思います。でも、実際にやってみると、「在宅でできる仕事はウチにはそんなにない」「やっぱり生産性が下がる」という企業が少なくありません。仕事をしているか不安、申請や連絡の処理に手間がかかるといった管理者の不安、在宅勤務者に対する「私がその分オフィスの電話に出ている」「上司から指示が直接私の方に来る」という同僚の不満、「家で仕事するといっても居場所がない」「サボっていると思われたくないから、ついつい家で仕事を頑張り過ぎてしまう」という在宅勤務者の声も根強いです。世の中的に「テレワークだ」という空気があるなかで、表立ってみな不安・不満は口にしないけれど、だんだんギクシャクしてくるんです。

―― まさに本音ですね。とてもよくわかります。

必要なのはテレワークできるように仕事のやり方を変えること

田澤 コンサルティングをする際、最初にお話しするのが「目指すべきテレワーク」の姿です。テレワークを始めよう、というときに得てして陥りがちなのが「在宅でできる仕事を切り分けようとすること」なんです。在宅でしやすい仕事とは、切り分けやすい業務、1人で集中した方が効率が良い業務、重要なデータを扱わない業務、といった具合です。でもそんな仕事はごく一部のはずなんです。作業の切り分けや、あるいはテレワークに適した仕事を「作る」ために、かえって生産性が下がることすら起こります。

 そこで「今の仕事をテレワークでできるように仕事のやり方を変える」方向に発想を切り替えてください、と最初にお話しします。『全ての仕事のうち、できる仕事だけ』という発想では、すぐに限界を迎えてしまうからです。

―― 100%テレワークに?

田澤 100%は無理だと思います。でも、現実的な低い目標を設定してはいけないということですね。その低い目標に仕事を収めようとしたり、そのために新しい仕事を「作ったり」してしまうからです。

 「今の仕事をテレワークでできるように」、まずは、紙情報の電子化、コミュニケーションのIT化、フリーアドレスの導入、会社機能のクラウド化、仕事の進め方の見直し(BPR)などを通じて、いつでもどこでも仕事ができる環境を作って行く。

 ところで、そもそもなぜ皆さん会社に行くのでしょうか?

―― んーー……、やはり習慣という面は大きいのではないでしょうか?

田澤 そうですね。それを具体的に言えば、仕事仲間が会社に居て、仕事道具がそこにあるから、ではないでしょうか。会社に行かないと仕事ができない。たしかにパソコンは持ち出せるようになりました。でもそれだけでは、先ほど挙げたような不安・不満が出てくる。だから、仕事仲間や仕事道具がクラウド上にいる/あるようにすれば、会社に行かなくても、仕事ができるようになります。

 会社からその仕事道具を使ってもいいし、家から使ってもいい。そういった環境を整えておくことが、災害時の事業継続性(BCP)にもつながっていきます。とはいえ、高い目標に、一気に辿り付くのは難しい。だからステップを踏んでいきます。その第一歩を踏み出してもらうのが私たちコンサルタントの最大の使命です。

ステップを踏むことで、在宅勤務ができる頻度と社員の数を増やしていく。

 上の図のようにまずは「育児・介護」の必要がある社員の週1回のテレワークを可能にする、というのがSTEP1です。すでにそういった制度を取り入れている会社も少なくないとは思います。でも、そこからSTEP2(特定部門:必要性が高くそこで導入に成功すれば他でも……という部門)、STEP3(希望社員・緊急時全員)へと駒を進めていくことが大事なんです。そして、そのステップを進めていく際には「目指していくテレワーク」の方向性を企業トップのメッセージとして伝えていくことも重要です。

テレワークは働き方

―― 働き方改革には、このスライドにも登場している「ワークライフバランス」、今回のテーマである「テレワーク」、スマートワーク総研でもたびたび登場する「ダイバーシティ」といった様々な用語が登場します。

田澤 私もよく「カタカタ言葉が多くてよくわからない」と言われます(笑)。今出てきた3つの言葉は、このように理解しておくと良いと思いますね。

働き方改革で頻出する3つのカタカナ言葉を言い換えると……。

 「人」は社員、「社会」は会社と読み替えてもらっても良いと思います。テレワークとは、言ってしまえば「ワークライフバランス」と「ダイバーシティ」というコンセプトを実現するための「働き方」なのです。

働き方改革におけるテレワーク

田澤 今「労働力不足」や「東京一極集中」といった問題が日本経済に大きく影を落としています。そこに加えて少子高齢化を背景とした「制約社員(フルタイムでの勤務が難しい社員)」の数が増えています。テレワークというのは、それを解決する働き方であって、最終的に目指すのは経済成長です。普通に考えると、働き方を変える――テレワークを導入することによって、成長できるのか? という疑問がわくと思います。

 かつては、男性が仕事に専念できていた時代がありました。家に帰ればお風呂もご飯も用意されていて、ある意味、その時代におけるワークライフバランスが取れていたのかもしれません。しかし、若い世代が減り、制約社員が増える今の時代において、同じ働き方はできません。だから長時間労働はもうやめましょう、となった。しかし、仕事のやり方を変えなければ単純に生産量は落ちてしまいます。

―― 国際比較でも日本のホワイトカラーの生産性は低いと指摘されていますからね。

田澤 そうですね。長時間労働の是正をきっかけとして、これまで男性を中心に実施してきた働き方を変え、時間あたりの生産性を向上させなくてはいけません。また、それに加えて、短時間勤務や、介護離職などで失われていく時間を最小限にするために、制約社員の労働参加率の向上が求められます。

少子高齢化・制約社員の増加に伴う労働力不足(斜線の部分)を補うためにテレワークが必要となる。

 また、もはや経済が右肩上がりという環境ではありませんから、企業も今の規模で正社員を囲い続けることはできません。外部人材の有効活用とそれが行える組織・発注体制を作っていく必要があります。これは働き方改革のキーワードの1つである「兼業・副業」とも関わりますね。もちろん、介護や子育てに従事したあとは、また現場に復帰できる柔軟な雇用体制も大切です。

 このように見ていくと、実は上の図の斜線部分は「テレワーク」が担うべき重要な箇所であることがわかるのです。

―― では、テレワーク導入において、アドバイスをお願いします。

田澤 「Web会議システムがあればテレワークは実現できる」と誤解している企業さんが少なくありません。テレワークで、Web会議を導入するのは、社員間のコミュニケーションをよりリアルにするためです。「一緒に仕事をしている」という感覚を持てる状態を作る、ことを目指しましょう。

 これは、実際に我が社の取り組みを見ていただくのが手っ取り早いと思います。

テレワークマネジメントが利用している仮想オフィスツール「Sococo Virtual Office」。

 テレワークマネジメントでは、仮想オフィスツール「Sococo Virtual Office」を導入し、独自の在席時間を集計するアプリと組み合わせて毎日の業務を行っています。この画面を見ていただくとお分かりいただけるように、あたかもオフィスがそこにあるような間取り図が表示されていて、誰が今「どこに」いるかが明示されています。左上が私の(仮想の)社長室で、(ビデオ会議などで)いつでも社員を呼び出すことができます。

また、逆に私の方から会議中の部屋に「飛び込んで」、話をすることができるのです。クリックひとつで瞬間移動できますから、実際のオフィスよりも効率的ですよ(笑)。

「Sococo Virtual Office」では、他の従業員とすぐにビデオ会議ができる。

―― なるほど! これだとあたかも同じ場所で仕事をしている感覚が得られますね。「今からWeb会議を始めます」という呼びかけをして、でもなかなかつながらなくてイライラするといったこともなくなる。

田澤 そうですね。私が社員たちが集まっている部屋に「移動」すると、私の声がそこにいる他の社員にも自然に耳に入る仕組みです。仮想の社長室に「戻る」と声は聞こえなくなります。

 社員の皆さんには勤務時間中はいつ呼ばれてもいいようにしてくださいと言っています。テレワークといえども、自由気ままに仕事をする、というわけではなく、あくまでオフィスにいるような緊張感を保って仕事をすることが大事なんです。

 我が社はテレワークの最先端を実践していくことがミッションです。そのために、これからもより良い環境作りに積極的に取り組んで行きます。

筆者プロフィール:まつもとあつし

スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ新書/堀正岳との共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。