空き家を活用しサテライトオフィスとして誘致~企業も自治体もWinWin



お試し期間中はデルもPC支援。メガネの街鯖江市がIT企業に注目されるわけ

総務省が地方で仕事や新しい働き方を生み出すことを目指し、平成28年度第2次補正予算より「お試しサテライトオフィス」事業に取り組んでいます。今回、昨年11月に採択された10自治体の中で、今年の8月までお試しサテライトオフィスを実施している福井県の鯖江市へ訪れ、サテライトオフィス開設に興味のある企業と鯖江市の思いをそれぞれ伺いました。

文/飯島範久


空き家マッチングプロジェクトを活用して場所を提供

 福井県鯖江市は、石川県小松空港から高速を使って1時間ほどの距離に位置する人口7万人ほどの町。明治時代から続くメガネフレームづくりが有名で、国内製造シェアの約9割を占めています。また、漆器産業も約1500年の歴史があり、業務用漆器の生産シェアは約8割以上、さらに繊維産業としてナイロンやポリエステルなどの合繊を中心とした繊維製品を生産しています。

北陸本線の鯖江駅。福井市の南に位置する鯖江市は、高い建物もなく中心地を外れると田園風景が拡がる。

 そんな鯖江市が近年IT企業を中心に注目を集めています。2010年にW3C( ワールドワイドウェブコンソーシアム)から「データシティ鯖江」ということで、市民に情報共有する行政サービスができないか検討を開始。民間企業の協力により、2012年にはトイレ情報やコミュニティバス位置情報を公開しました。国が電子行政オープンデータ戦略を策定する1年半前から取り組みを推進していたことが認められ、オープンガバメントサミットが開催されたり、2013年にはオープンデータ流通推進コンソーシアム最優秀賞ほか各種賞を受賞しています。その後も都市的サービスが享受できる街を目指して、公開データは150種類、「さばれぽ」をはじめとした民間作成アプリが120種類にものぼります。

鯖江を写真でレポートできる「さばれぽ」。地域の穴場スポットなどの写真を共有できる。

 ほかにも高齢者の生涯学習を担う「高年大学」を開校し、IT講座には500人以上受講していたり、小学校ではプログラミングクラブを発足して、「IchigoJam」を使ったプログラミングを学んだりと、老若男女を問わずITに力を入れている鯖江市。こうした活動も含め、さまざまなIT企業が鯖江市の支援を行っており、今回もデル株式会社がお試しサテライトオフィスで利用する機材の貸し出しを行っています。

 今回取材したのは駅から少し離れた吉谷町という山間部にある空き家を利用したサテライトオフィス。「空き家マッチングプロジェクト」によって提供された古民家ですが、木造2階建で木の香りが心地よく、室内はとてもキレイ。オフィスとして利用するほか、もともと一軒家なので台所や畳部屋などもあり、布団さえあれば寝泊まりもできます。広い庭もあるので、休みの日にはバーベキューなども楽しめそうです。冬場は雪が積もるため雪かきは必要なものの、いわゆる豪雪地帯ではないとのことで、都会育ちの人でも慣れてしまえば問題なさそうです。

今回のためにリフォームしたわけではないそうだが、建物はとてもキレイ。1階部分がサテライトオフィスとして利用できる。

民家だったので台所もある。もちろん利用して構わない。

 サテライトオフィスということで、通信環境は重要ですが、下り2Gbps、上り1Gbpsの回線速度があり、仕事の環境としても申し分ないでしょう。デルから用意されたマシンは、「在宅型+クリエイティブ型」企業を想定し4Kディスプレー「U2718Q」やデスクトップマシン「OptiPlex」、ボタン1つでSkype会議ができるシステムなど、効率性と生産性を向上する最適なハードウェアや周辺機器、サービス、セキュリティのソリューションを提供。お試し期間は自由に使えるそうです。

今回のために通信環境は光回線を新設。しっかり整えられている。


デルの協力により、お試し期間中はデル製PCを利用できる。左がボタン1つでSkypeができる「マルチメディアモニタ P2418HZ」。右はスモールシャーシタイプの「Optiplex 7050」。

先日日本で発表されたばかりの27インチ4Kディスプレー「U2718Q」。最新機器を貸し出していた。

地元の優秀な人材確保にもつながるサテライトオフィスの有効性

 ちょうど取材時にはLIFULLグループ 株式会社LIFULL Marketing Partnersの子会社、株式会社SUI Productsの方々がお試しとして4日間の滞在を実施していました。旅費は鯖江市がすべて負担とのこと。なぜこの鯖江市のサテライトオフィスに興味を持ったのか、LIFULL Marketing Partnersの代表取締役社長・数野敏男氏とSUI Productsの代表取締役社長・定野秀紀氏にお話を伺いました。

 「昨年Yahoo!Japanが『サバオク』を立ち上げた際、鯖江市の行政の課題で空き家の利活用の話があり、そういった案件を含めた地方活性や地方創生に取り組んでいた弊社にお話をいただき、鯖江市の行政とつながりがありました。鯖江市はIT推進に積極的な町で、官民含めて非常に一体感があるのも、この拠点を選んだ理由の1つです」(数野氏) 。

LIFULL Marketing Partners代表取締役社長・数野敏男氏。株式会社LIFULLの執行役員でもある。株式会社LIFULLは不動産のポータルサイト「Homes」を運営。

 LIFULLは、育児で働けないという女性にもキャリアスキルを習得してもらうために、託児所付きのオフィス環境を提供して女性に事業機会を与える事業も行っており、この点でも鯖江市を選んだ理由の1つになっています。

 「子育ての事業については、福井県は共働き率が1位だったり、女性の就労率が1位だったりしますが、女性の働き方に関してはまだまだ課題があるとのこと。そこに我々の新しい働き方を推進することで、職場や雇用が増えればという思いも、鯖江を候補にした理由です」(数野氏)。

 今回お邪魔したのはお試し滞在の2日目で、SUI Productsのクリエイティブ部隊が体験中でした。

 「クリエイティブな仕事は、集中できる環境が必要で、その中で自然が多かったり庭があったりして開放的な空間ができることは、アイデアにもプラスに寄与するのではないかと思います。東京のオフィスだと無機質な場所で、与えられた席で仕事をするという感じですが、家自体から自分たちのものとして働けるので、コミュニケーションの範囲が広がってより濃くなると考えています。団結力にはプラスに働くのではないでしょうか」(数野氏)。

 「東京では制作を外注でお願いしていますが、それらを内製化していくことを目指しています。概算では1ヵ月あたり80万円から100万円の外注費を削減できると予想しています。教育は必要ですが若手を地方で採用することで、東京のオフィスよりも生産効率が高くなるはずです」(定野氏)。

株式会社SUI Products代表取締役社長・定野秀記氏。株式会社LIFULL Marketing Partnersの経営管理本部長でもある。※初出時お名前の漢字が間違っておりました。大変失礼いたしました。

 地方に拠点を作ることで、LIFULL的にはコストも抑えられ優秀な人材を確保でき、地方の優秀な若手は有名企業で働くチャンスが地方に居たまま生まれるということで、WinWinな関係になります。サテライトオフィスの活用は、働き方改革の1つの手段になりそうです。

 「当初は東京の仕事を回すことになりますが、のちのちは地元のWeb周りの仕事をいろいろな企業とできればと思っています。東京の下請けとしてではなく、ここから新しいものを発信していったり、地元や地域ならではの考えを取り入れて活かしていきたいですね」(数野氏)。

今回の山間部のサテライトオフィスにお試しツアーとして参加した4人。

 諸条件が整えば秋ぐらいには事務所を開き、およそ2年後には約10名、子育て事業も10名ほど確保したいとのこと。場所は山間部なのか都市部なのかは確定していないそうですが、実現に向けてかなり前向きに話を進めているようでした。

 今回のお試しサテライトオフィスは4ヵ所で実施しています。鯖江市本町にある駅近くの商店街に、都市部のお試しサテライトオフィスがあるのでこちらにも伺いました。2階にあるフロアは畳部屋で、通信環境は山間部と同様、下り2Gbpsの光回線。デル提供の機材も設置されていました。こういった場所なら、託児所付きで働く環境を構築できるかもしれません。

商店街の空き室を利用したサテライトオフィス。すべて畳部屋になっていて、このまま使うのであれば、オフィスとしては珍しい空間になる。

若者が働ける場につながれば地方にも企業にもメリット

 最後に鯖江市市役所にて、市長の牧野百男氏と今回機材を提供したデルの常務執行役員である山田千代子氏にお話を伺いました。

 「鯖江市の認知度は年々高まっていて、2014年から2年間で約7.6%アップの71.2%になっています。そのためなのか、今回お試しサテライトオフィスツアーの参加者は19社、計26名に上り、その中で実際に鯖江市にオフィスを開設したいという意思の強い企業は4社ほどありました。大阪と東京で事前説明会を開いたときも、合わせて50社くらい来ていただきましたが、デルさんやインテルさんといった世界規模の企業がこの小さな町に協力していただけたのが大きかったと思います。県外から視察に来られる方もなぜ鯖江なのかとよく聞かれますね」(牧野氏)。

鯖江市の認知度について。「よく知っている」「少し知っている」「名前を聞いたことがある」を合わせると71.2%になる。

鯖江市市長の牧野百男氏。2004年に市長として初当選、現在4期目。

 そんな鯖江市にデルが協力したきっかけとは、「2016年2月にインテルさまと一緒にWeb会議システムとタブレット20台を導入させていただいたのがきっかけです。今回は、鯖江市が推し進めるお試しサテライトオフィスに最適だと思う機材を提供いたしました。なぜ、提供を考えたかといえば、弊社は働き方改革と7つのメソッドを推進しており、この鯖江市の取り組みが、私どものビジネスチャンスにつながると考えたからです」(山田氏)

 デルはいま、「業種や職種、部署単位」で導入する機材を決めるのではなく、7つのパターンに分けた「働き方」で最適な機材を提供しようと考えています。7つのパターンとは、社内移動型社員、デスク型社員、外勤型社員、在宅型社員、クリエイティブ型社員、エンジニア型社員、そして現場作業型社員です。

7つのメソッドが働き方改革を成功に導くポイント。デルのサイトでも公開している

 「今回、LIFULLさんが利用された機材はクリエイティブ型として、普段使われている環境を考慮して選びました。最新のハードウェアかつ働き方にあったものを提案することで、幅広いポートフォリオを提供できます。現在はパートナービジネスにも力を入れており、こうしたホームワークに貢献できると自負しています」(山田氏)。

 ITに明るい鯖江市ですが、やはり若者の都心への流出は課題となっています。

 「鯖江市の求人倍率は2倍程度ですが、若者に適した職業が少ないのです。このため今回のサテライトオフィス事業によって雇用の場をつくれるならば、首都圏で勉強してもまた戻ってきてくれる機会が生まれます。今回この事業がうまくいけば、大きな変化になると期待しています」(牧野氏)。

 今年の4月1日時点で初めて人口が増えたという鯖江市。毎年40人以上減っていただけに、この変化は奇跡だといいます。

 「まだ分析結果は出でいませんが、Uターンが増えたのだと思います。(市内の女子高生がメンバーとなってまちづくり活動を行なっている)鯖江市市役所JK課が発足して今年で4年目になりますが、最初に入ってくれた13人のうち11人が県内に残ってくれました。そのうち9人がいろいろな地域で社会活動などに参加しています。そうやって地域のことを知ってもらえれば残ってくれるのかなと思いました」(牧野氏)

デル株式会社の常務執行役員・山田千代子氏(写真右)。クライアント・ソリューションズ統括本部 統括本部長でもある。

 今回のサテライトオフィス事業を軌道に乗れば、若者の都心への流出にもある程度歯止めがかかり、Uターン人口も増えることでしょう。仕事の効率化や地元の優秀な人材の確保とともに、東京にいなくても仕事をこなせる環境の構築で、都心では味わえない充実した生活もできます。デルとしても「個々で成功してITを使えるとわかれば、検討する自治体も増えると思います。デルとしてもコンサルも含めて最適なソリューションを提供できると思います」(山田氏)と、新たなビジネスチャンスにつなげようとしています。

 今年度も新たに群馬県みなかみ町や北海道下川町など8自治体が選ばれました。サテライトオフィス事業に興味のある企業や自治体は、総務省の「お試しサテライトオフィス」のサイトへアクセスしてみてください。