太田肇直伝! 働き方改革を100倍加速する「分化」の組織論 ― 第2回

仕事を「分化」したら生産性が3倍に!



従業員のモチベーションをどう上げるかが生産性向上のカギに

働き方改革が謳われている昨今、重要なのは社員の生産性をどう向上させるかにかかっている。そのためには、分化することで、個々のモチベーションを高く維持することが必要だ。2回目の今回は、集団から個人へ「分化」の重要性について説明する。

文/太田 肇


集団の仕事では「手抜き」が起きる

 「働き方改革」といえば残業の規制や休暇の取得率向上にばかり目が向けられるが、生産性を上げずに労働時間を短縮したら経営は成り立たない。その意味で「働き方改革」の成否は生産性向上にかかっているといってよい。

 そして生産性を左右する要因の1つが、社員のモチベーションである。しかも単純な仕事がIT化に取って代わられ、創造、推理、判断といった知的活動の比重が増した現在、これまで以上に質の高いモチベーションが求められる。そこで、組織・集団から個人を「分化」することが必要になる。

 日本企業では大部屋のうえ、仕事の分担は必ずしも明確ではない。一応は分担が決められていても、日々の仕事は課や係といった集団単位で行う場合が多い。そのため常に周りの目を意識し、互いに気を遣う。したがってある程度のモチベーションは保たれる。しかし、みんなで一緒にする仕事は少々力を抜いてもわからないし、特別にがんばっても報われない。

 集団だと手抜きが生じることを実証したのは、約1世紀前に行われた「リンゲルマン効果」である。壁に固定したロープを全力で引っぱらせて1人あたりの引く力を測定したところ、1人で引いたときに比べて7人だと76%、14人だと72%にまで低下した。人数が増えるほど手抜きが起きやすいのである。しかも複雑な仕事ほど集団で行えば質が落ちる、という研究もある。

リンゲルマン効果は、1913年にフランスの農業技術者Maximilien Ringelmannによって発見された、パフォーマンスの効率性とグループの生産性の関係における研究結果。Source gallica.bnf.fr / BnF

 要するに集団のなかで発揮されるモチベーションには、たとえて言うと「床」もあるが「天井」もあるのだ。このように標準的なモチベーションは、決まった仕事を正確にこなすことが大切な工業社会には適していたが、今の時代には通用しなくなっている。だからこそ、個人の「分化」が必要なのである。

「分化」するとモチベーションが上がる理由

 仕事の分担と責任の範囲を明確にすれば、がんばって成果をあげると評価され、有形無形の報酬に結びつく。そのため「外発的モチベーション」が上がる。また自分が担当する範囲では裁量権が与えられるので自分のペースで仕事ができ、やり方を工夫する余地も生まれる。それが「内発的モチベーション」、すなわち仕事の楽しさやおもしろさによるモチベーションをもたらすのである。

 最も一般的な「分化」の方法は、このように個人の仕事の分担を明確にしておくことだ。仕事の内容や責任の範囲を定めて個別に契約する、欧米型の職務主義はその典型である。ただ、組織も仕事内容も流動化した今日、職務主義は柔軟性に欠けるという欠点もある。

独立自営に変えたら生産性が3倍にアップ!

 むしろこれからは、個人である程度まとまった仕事を受け持つような働き方を目指すべきではなかろうか。たとえば自分が開発した製品についてはマーケティングまで責任を持つとか、プロジェクトを企画した者がその運営まで担当する、などだ。かつては1人が川上から川下まで担当することは不可能だったが、周辺の作業がIT化されたりアウトソーシングしたりできるようになったため、個人の守備範囲が広がった。製造現場における電気製品などの「一人屋台」生産もその1つである。組織は工程や役割ごとに部署が設けられるのが普通だが、今後は個人が個別の製品やビジネスを丸ごと受け持つ自営業の集団に近いような組織が増えてくるかもしれない。

 いずれにしても自分の仕事に一体化するようになればモチベーションは上がる。ある企業では社員の身分を雇用から独立自営に切り替え、個人の成果が収入に直結するようなシステムにしたところ、1人あたりの生産性が約3倍に上がったという。

 もっとも、あらゆる仕事で個人の「分化」ができるわけではない。なかには集団での作業や連係プレーが大半を占めるような仕事も存在する。そのような仕事では、一人ひとりの仕事を「見える化」するとよい。すなわち認識上の「分化」である。たとえば会議やミーティングで誰がどんな発言をしたかを記録しておくとか、仕事の進捗状況を社内のグループウェア上に掲載するだけでも効果がある。たいていの人は自分の努力や貢献が直接金銭で報われなくても、みんなに認められれば満足し、やる気につながるからである。

 日本人はあまり自己主張しない。「みんなでがんばろう」とか「一丸となってやろう」と言えばそれなりに努力する。しかし、そこに天井を突き抜けるようなモチベーションは生まれない。「分化なくして生産性向上はない」ということを肝に銘じておきたい。

「太田肇直伝! 働き方改革を100倍加速する「分化」の組織論 」

筆者プロフィール:太田肇

 同志社大学政策学部・大学院総合政策科学研究科教授。1954年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。京都大学博士(経済学)。専門は組織論。近著『ムダな仕事が多い職場』(ちくま新書)、『なぜ日本企業は勝てなくなったのか―個を活かす「分化」の組織論―』(新潮選書)のほか『「見せかけの勤勉」の正体』(PHP研究所)、『公務員革命』(ちくま新書)など著書多数。