あの人のスマートワークが知りたい! - 第11回

出社なし・納品なしでも顧客満足は高められる――ソニックガーデン式スマートワーク



社員全員テレワーク、月額定額制の受託開発……常識を超えた体制づくり

ソニックガーデンというユニークなIT企業があります。そのモットーは「納品しない、出社しない、管理しない」というもの。テレワークのみならず、顧客とのコミュニケーションにも革新的な手法を取り入れ、注目を集める同社は、100社以上のスタートアップ企業や成長著しいウェブサービスのシステム開発を支えています。代表取締役社長の倉貫義人さんにお話を伺いました。

文/まつもとあつし


倉貫義人
1974年京都生まれ。1999年立命館大学大学院を卒業し、TIS(旧 東洋情報システム)に入社。2003年に同社の基盤技術センターの立ち上げに参画。2005年に社内SNS「SKIP」の開発と社内展開、その後オープン ソース化を行う。2009年にSKIP事業を専門で行う社内ベンチャー「SonicGarden」を立ち上げる。2011年にTIS株式会社からのMBOを行い、株式会社ソニックガーデンの創業を行う。

時間管理は矛盾だらけ――人月計算をやめよう

―― 書籍のタイトルにもなっていますが、受託開発を行っているにも関わらず「納品なし」という方針がとてもユニークです。

倉貫 一般的には「納品」に向かって仕事が進んでいきますからね。納品すればおカネがいただけるというのが、多くのビジネスモデルとなっていますから。でも近年のシステム開発では、顧客にとっては「納品されてからこそが本番」なんです。実際にシステムが動いて毎日使われ始めてから、本当に必要な機能や仕様が見えてくることが多い。発注の際に完璧に納品後を見通すことは我々はもちろんのこと、クライアントにとっても難しいのです。かといって、万が一に備えて「アレもコレも」と仕様を盛り込むと冗長になったり、それでも「やっぱりこっちの方がいいかも」とどうしても変更が生じて、結局追加費用が掛かったりする。

―― 「開発あるある」ですね……。

倉貫 建築であれば設計図通りであることが望ましいのですが、システム開発の場合は逆なんですよね。これを何とかできないかと、IT企業でエンジニアをしていたときから感じていました。ベンダーにとっては納品がゴールだけれど、クライアントにとってはそこがスタートだという矛盾を排除したかった。クライアントはシステムそのものが欲しいのではなくて、それを使って業務を効率化したり、顧客との円滑なコミュニケーションによって、利益を上げたい、というのが目的なのですからプロトタイピングを行いながら磨き込んでいくのがよい。そこで、「納品という考え方を止めて、ずっと開発を続けていけば良いじゃないか」という発想に至ったんです。それが納品のない受託開発という我々のモデルです。

―― 下請保護法でも「発注→納品」という流れが定められている中で、思い切った転換です。

倉貫 シンプルに「月額定額制(サブスクリプション)」にしましょう、としたんです。その金額の中で何ができるのか、クライアントの相談に乗りながら開発を続けていこうと。

―― 世の中的にも定額制が拡がる中、考え方としてはとてもわかりやすいですね。しかし受託開発ですから、定額=開発し放題というわけにはいきませんよね?

倉貫 そこにも実は発想の転換があります。クライアントが望んでいることは、僕たちがたくさん作業することでは本来ないはずなんです。本当に望まれているのは、クライアントの問題解決をすることです。開発コストの計算方法に「人日」というものがありますが、我々の仕事とは、デスクに長くいれば問題が解決するわけではありません。ですから、我々は「何人日かかります」といった見積もりを示すことはしません。毎週打ち合わせをして、「今週はこのくらいまでは作ります」あるいは「この点について調査します」というお約束はもちろんしますが、実際どのくらい時間が掛かっているかをご報告することもないのです。他にもっと良い問題解決方法があれば「作りません」とさえ言います。

―― 課題解決こそがゴールという点を徹底されているわけですね。「納品をなくす」は刺激的に聞こえますが、人日による見積もりを止めようというのが、その本質なのかもしれません。

倉貫 毎週課題が解決されていけば、クライアントにも満足いただけるはず。時間ではなく、あくまで成果で評価をいただく。ここまではクライアント側の話なのですが、実は開発側にとってもうれしい話なんです。漫然とただ長く手を動かせば完成するものではない一方、すごい閃きがあればとても短時間で成果を上げられることもあります。頭脳労働ですから時間と成果が比例しないのです。

 優秀なエンジニアになればなるほど、短い時間で成果を出せる。人日計算をそこに持ち込むと、売上が下がってしまう。ベテランになればなるほど、売上に貢献できなくなるから、やる気も下がってしまうという(笑) そういう連鎖はもう止めよう、というわけです。

成果を上げるためのワークスタイル

―― 月額定額制を取り入れ、時間ではなく成果で仕事を評価することによって、貴社とクライアント企業双方がWIN-WINであるということがよくわかりました。それを実践するための働き方はどのようなものなのでしょうか?

倉貫 納品のない受託スタイルを取り入れた後、受託開発でよくある「客先での開発」を私たちは止めました。打ち合わせも、原則すべてテレビ会議で行います。客先を訪問するとなると、移動や準備だけで非常に時間がかかります。そのコストをクライアントに請求するのも、もう止めようと。テレビ会議であれば、用件が終わればすぐにまた開発に戻れるわけですから。

 そういった仕事の進め方に理解いただける企業にクライアントを絞り込み、そのスタイルを突き詰めていった結果、そもそも会社に来る必要もないのではないか? となったのです。今30名の社員は皆、在宅勤務ですし、その半数以上が地方在住です。

―― このスタイルに行き着く過程も興味深いですね。テレワークありきではなかったと。

倉貫 そうですね。納品を無くしたのは今から6年ほど前ですが、その頃はオフィスがあり、出社していました。社内の打ち合わせもテレビ会議に移行していきましたので、出社する必要はない、というのは皆薄々感じていたとは思うのですが。そんなとき、東日本大震災が起こり、完全に「出社しない」スタイルに移行したところ、これで行ける、という確信をもったというわけです。

 それが我々にとってのパラダイムシフトだったわけですが、「出社しなくてもよい」というワークスタイルは人材採用にも大きなメリットをもたらしました。都内で優秀な人材を採用しようとすると、非常にコストがかかりますし、おカネ目当てで来る人は正直欲しくない(笑) 「出社しない」スタイルであれば、全国どこからでも応募してもらえるわけです。今日このインタビューにテレビ会議で同席している秘書の彼も新卒採用の1年目ですが、いつも兵庫から私の仕事を「カバン持ち」としてサポートしてくれています。

社長秘書もテレワークで業務をこなしている。

―― カバン持ちなのにテレワークなんですね!?

倉貫 はい、バーチャルにカバンを持ってくれています(笑)

 我々は「論理出社」と呼んでいるのですが、ネット上のツールにログインをすると、出社している全国のメンバーの現在の様子がそこには並んでいます。仕事をしている間はこのツールに接続したままです。

 このようなツールが出揃ってきましたし、私たちも使いこなせるようになりました。そのため、新入社員が出社しなくてもまったく問題なく仕事ができるようになっています。例えるなら、リアルなオフィスをRemottyに、タイムカードをF-Chair+に、会議室をZoomに置き換えたというイメージですね。これが言わば「3種の神器」です。

 今取材を受けているこの場所もオフィス物件ではなく、ここで作業したい人が使ったり、出張時の宿泊目的で使用するマンション物件ですので、オフィスコストも大幅に下げることができています。

デジタルオフィスツール「Remotty」の画面。ライブカメラ越しに社員の様子がわかる。

ソニックガーデンで導入しているテレワーク関連ツール「3種の神器」

オンライン出社「Remotty

勤怠管理「F-Chair+

テレビ会議「Zoom

―― これらのツールは、会社という枠組みをバーチャルに置き換えるものだと思います。一方で、開発を進めていくにあたってのスケジュールや、人的リソースなどの管理ツールは導入されていないのでしょうか?

倉貫 ソニックガーデンでの3つめのコンセプトである「管理しない」がまさにそこに関わってきます。弊社では1クライアントを1人で担当しますので、プロジェクト管理が発生しないのです。いわば顧問弁護士や顧問会計士のように、“顧問プログラマー”がいるイメージです。相談・提案から開発・運用・保守までその人間がすべて担当します。

 月額定額制での長いお付き合いを前提としており、毎週オンラインでの打ち合わせを行っていますから、突然大規模な開発が降りかかってくる、といったこともそうそう起こりえません。そういった関係を普段から築ける仕組みになっているのがポイントですね。

―― プログラマーもただ開発できるだけでは不十分で、課題を見抜いたりクライアントとの関係を築くコミュニケーション能力が求められますね。

倉貫 我々は、あえて誇りを持って自らをプログラマーと呼んでいるため誤解されることもありますが、我々の仕事の本質は問題解決だと捉えているため、コンサルタント・プロジェクトマネージャーとしても一流でなければいけません。またそれが参入障壁となっていると認識しています。

―― そんな一騎当千の人材を集めるのは大変そうです。

倉貫 その通りです。そこでも全国から採用できる「出社しない」ワークスタイルが有効なのです。中途採用の方は最低でも半年間の選考を経て、入社後も1年間のトレーニング期間が設けられています。その上ではじめて弊社ホームページに「プログラマー」として紹介されるのです。

―― なるほど。コンサルからプログラミングまでを1人で行うと、外からはプロセスや成果物がチェックしづらいようにも思えますが、クオリティの管理という面ではどのように担保を図っていますか?

倉貫 ソースコードはクラウド上で共有し、他のメンバーがレビューする体制になっています。本番リリース前には全員で“叩き(=チェック)”ます。コンサルティングの品質は、弊社では「フロント」と呼んでいる最初の窓口担当者を置いているのですが、クライアントが専任担当には相談しづらいことが生じた場合は、そちらで対応する体制となっています。

―― 最後に、倉貫さんにとっての「スマートワーク」とはどんな働き方でしょうか?

倉貫 よくみんなで話しているのは「時間を掛けるのではなく、頭を使って仕事をしよう」ということです。時間を掛ける、がむしゃらに頑張るというのは誰でもできるし、僕らはちょっとかっこ悪いと思ってます(笑) それこそスマートに働きたい。お客さんに言われた通りに作るのではなく、本質を捉えた提案を行って問題を解消することが、互いに幸せだと思うんです。優れたプログラムとは、短いコードが早く走る(=処理が進む)ことです。それと同じように私たちは合理的な働き方、経営を目指しているのです。

逆転の発想!? テレビ会議成功のコツは「全員が独りになること」

 インタビュー中に「テレビ会議が失敗しないコツ」を教えていただいた。

倉貫 最初のうちは我々も、“会議室に社内の人間がずらっと並び、大画面テレビにはテレワークしている社員の顔が映っている”という状態でテレビ会議をしていました。ところがこの方法だと、いつの間にかテレビ画面を忘れて人数が多いほう(この場合は会議室)だけで話し合ってしまいがちなのです。こうなるとテレワークの社員は疎外感を感じて話しかけづらくなってしまうので、実りある会議にならない。これは“一対多”になってしまうことが原因なんです。

 そこで、全員が独りになってテレビ会議に出席するよう変更したところ、上手くいくようになりました。たとえばこの部屋に3人、テレワークで1人という場合、3人はわざと別の部屋に散って、あえて4人全員がノートPCから参加するわけです。単純ですが、これこそ“オンライン・オフラインでの参加度合いの差”を生まない工夫なんです。

筆者プロフィール:まつもとあつし

スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ新書/堀正岳との共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。