太田肇直伝! 働き方改革を100倍加速する「分化」の組織論 ― 第4回

よどんだ共同体は異分子投入で変えよう



~戦略的ダイバーシティのすすめ~

働き方改革やワーク・ライフ・バランスのひとつとして、人材の多様化、いわゆるダイバーシティの推進も経済産業省を中心に図られている。しかし、単なるそういった人材登用をしているだけで、なかなか改革に結びついていないのが現状だと思う。今回は、そんなダイバーシティの意識改革についてお話する。

文/太田 肇


会社共同体が強みから弱みに

 少数者の働く機会を増やし、人材不足対策にもつなげようと、近年ダイバーシティ(人材の多様化)の推進が叫ばれている。しかし欧米などに比べると、わが国ではダイバーシティの浸透が著しく遅れており、先進企業といってもせいぜい障害者や外国人をどれだけ雇用しているとか、女性の管理職比率が2割に達したとかいう程度である。

ダイバーシティに積極的に取り組んでいると感じている人は、わずか19%。出典:2017年4月エン・ジャパン「職場のダイバーシティ」意識調査より。

 ダイバーシティの推進を妨げている原因は、なんといってもわが国特有の「共同体型組織」にある。囲い込まれた疑似共同体のなかでは、会社と社員、それに社員同士も単なる仕事上の関係にとどまらず、情緒的かつ長期的に結びつく。メンバーが空気を共有し、組織への忠誠心や団結、「和」を大切にすることが求められる。したがって社員の学歴や経歴、能力、価値観なども似通っていることが望ましいわけである。

 たしかに決まった仕事を着実にこなすことが何より大切な工業社会、国内外の先進的な技術やビジネスモデルを模倣すればよいキャッチアップ型経済のもとにおいては、共同体型組織こそ最適だった。

 しかし、AI(人工知能)やロボットが定型的な業務から順次、人間に取って代わり、グローバルな市場で横一線の競争が繰り広げられる時代には、共同体型組織は長所よりも短所・弱みのほうが大きくなる。


人材の多様化によるメリットとデメリットの意見を管理職1000人の回答。出典:P&G「ダイバーシティ時代の“管理職1000人の本音”調査」より。

 まずメンバーが同質的で共同体の存続が最優先されるので、イノベーションや経営革新が起きにくく、環境変化への適応力も劣る。また組織内外を厚い壁が隔てるので、情報化やグローバル化の潮流と相容れない。

 さらに社員は個人的な目的や利害を口に出せないため、本音が潜行し、機会主義(自分の利益のために状況を利用すること)が横行してシロアリのように組織を蝕むことがある。トップが崇高な経営理念を唱え、社員を鼓舞しても「笛吹けど踊らず」で、徐々に活力を失い衰退していく企業や、組織的不祥事を繰り返す企業には、このような病巣が潜んでいるものだ。

外国人の雇用が旧弊一掃の契機に

 しかし、共同体型組織は既得権の均衡のうえに成り立っていることもあり、自発的な改革を期待することはできない。そのため放っておくと「ゆでガエル」状態になる。そこで救世主になるのが、共同体の空気や慣習に染まっていない異質な人材である。

 外国企業と合併した企業や、経営破綻して海外企業に身売りされた職場、あるいは日本人社員が採用できずやむなく外国人を採用するようになった企業では、組織のなかにしばしば次のような変化が生じたといわれる。

 まず、彼らはワーク・ライフ・バランスを当然のことと考えているので、緊急性の乏しい残業は行おうとしないし、有給休暇は目一杯取ろうとする。その結果、会社全体として恒常的な残業を見直すようになり、有給休暇も計画的に取得させるようになった。同時に非効率な会議や仕事の進め方が改められた。

内閣府は「仕事と生活の調和の実現に向けて」として「カエル!ジャパン」のサイトを設置。ワーク・ライフ・バランスのポイントや好事例集なども公開している。

 また、彼らは場の空気に縛られず、自分の主張や反対意見を述べるので、ほかの社員もその影響を受け、活発な議論が行われるようになった。希望や不満を口にしやすくなったので、若手の突発的な離職が減ったという声もある。

 注目したいのは、外国人社員の雇用を契機としたこのような制度や慣行の見直しは、日本人社員、とりわけ若手社員や女性社員にも、おしなべて好評だということだ。そして組織の風通しがよくなり、業務も効率化されたため、間接的な形で生産性の向上にもつながったケースは少なくない。

多様性を含む企業はそうでない企業と比べて業種平均の業績よりも優れた業績を達成する確率が高い傾向が見られる。出典:2016年11月経済産業省経済産業政策局 経済社会政策室「競争戦略としてのダイバーシティ経営(ダイバーシティ2.0)の 在り方に関する検討会」第4回配布資料より。

 ところで、業種によっては自社の正社員と他社の社員やフリーランスなど、所属や立場の違う人たちがチームを組んで仕事をするケースが増えている。そこでも、メンバーがそれぞれの立場から意見を主張し、効率的な仕事の進め方を追求するなど、従来の共同体型組織には存在しなかったような光景が見られる。そして個々のメンバーが受け身ではなく、主体的に参加しているのでチームの結束力も強い。

 好むと好まざるとにかかわらず、わが国でも労働力の多様化が進むと予想される。短期的には社内で摩擦が生じたり、追加のコストがかかったりしてマイナスかもしれないが、長期的にはポスト工業社会モードの組織へ生まれ変わるチャンスである。多様化の波を奇貨として、変革を先取りするのが得策だろう。

「太田肇直伝! 働き方改革を100倍加速する「分化」の組織論 」

筆者プロフィール:太田肇

 同志社大学政策学部・大学院総合政策科学研究科教授。1954年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。京都大学博士(経済学)。専門は組織論。近著『ムダな仕事が多い職場』(ちくま新書)、『なぜ日本企業は勝てなくなったのか―個を活かす「分化」の組織論―』(新潮選書)のほか『「見せかけの勤勉」の正体』(PHP研究所)、『公務員革命』(ちくま新書)など著書多数。