あの人のスマートワークが知りたい! - 第15回

AI時代の生存戦略としてのソフトインテリジェンス――中川美紀氏が提唱する「女性職」という働き方



「実質的なフェアネス」がスマートワークを実現する

働き方改革で強調される「総活躍」。多様な人々の活躍にはもちろん女性も含まれていますが、体力面での性差や、出産のようなライフステージの違いを、雇用や就労面で十分に考慮できているという会社は必ずしも多くありません。そんな中「女性職」という考え方を提案し、柔軟な働き方を提唱しているのが、今回お話を伺う中川美紀さんです。形式的な男女平等主義を超えた真の女性活躍の形とそこに至る術(すべ)を聞きました。

文/まつもとあつし


中川美紀
東京学芸大学教育学部を経て、戦略系経営コンサルティング会社XEED入社。アナリストとして様々なプロジェクトに従事。近年は、企業の人材育成やキャリアマネジメント、及びダイバーシティ推進など人事系の分野で活躍。大学生・転職希望者に対する適職実現の講演やセミナーでも好評を博している。現在、女性のキャリア支援を目的とした「ソフトインテリジェンス塾」を主宰。

働く女性には「ケアとフェア」が欠かせない

―― 中川さんが提唱される「女性職」とはどういうものなのでしょうか?

中川 わたしが2008年に刊行した『<女性職>の時代――ソフトインテリジェンスの力』のなかで提唱したものですが、当時は「女性の活躍」とはどういうことなのか、定義が今以上に定まっていませんでした。

 多くの企業では一般職・総合職という職種区分で仕事内容や処遇が決められていますが、わたしはこの職種区分にとらわれない「女性職」を提唱しました。

 女性職という考え方がなぜ必要なのか? その理解のためには働く女性を巡る2つの考え方があることをまず押えておく必要があります。

 1つはケア(Care=配慮・気配り)、そしてもう1つはフェア(Fair=公正な扱い)です。

 この2つが女性の活躍には欠かせません。ケアは弱者への配慮という側面ですね。出産・育児で働きたいのに十分に働けないという事情を抱えた方への支援を指します。もう1つのフェアは、仕事に対して男女の分け隔てがない公平な機会と、公正な評価があること。その2つが揃っている必要があります。

 わたしはこれまで人材育成・人事を中心にコンサルティングを行っており、様々な企業に出入りしていました。そんななか、たくさんの働く女性から話を聞き、実態を知る機会を得ました。そこにあったのは理想と現実のギャップです。どうしたら、そのギャップを埋め、現実的に企業と女性の双方にメリットのある関係を構築していけるのか、そう考えて辿り着いたのが、この「女性職」という考え方なのです。

「ソフトインテリジェンス」を活かす働き方

―― ケアとフェアのバランスがとれた状態とは?

中川 2018年現在、ケアについては充実してきたと思います。しかし、フェアはまだ十分に整ったとはいえない状態です。あるいはフェアであることの本質を捉え切れていない、というケースが見受けられます。例えば、出産・育児休暇・介護への対応策としてのケアの制度は整ってきましたが、残念ながらそれを活用すると、実際には休暇を取ることが不利に働くことがあります。ケアのための制度はあるけれど、その取り扱いはフェアではない、ということですね。

 また逆に女性へのケアが行き過ぎて、逆差別の状態になっている企業もあるようです。本来は、優秀で意欲的な人にフェアに機会と処遇を与えるべきなのに、例えば、数字ありきで女性だからと優遇して重要なポストを与える。下駄をはかせてもらっての待遇に女性も嬉しくないし、これも本当のフェアではない。実力で評価され、実力を活かせる仕事に就きたいと望んでいる女性も少なくないはずです。

 10年前に「女性職」という考え方を提唱したのは、こういった制度やケア・フェアを巡る考え方・価値観が会社・社会に浸透するのを待っていたのでは遅すぎる、まずは女性個人の意識を変え、選択とコミュニケーションを通じて周囲に影響を与えながら、キャリアを作っていく動きを生み出していきたいと考えたからです。

―― フェアというのは公正であって、均等という意味ではないのですが、その違いについてはまだまだ浸透していないと感じます。

中川 脳科学的・心理学的にも男性と女性の性差は証明されています。それを否定するのではなく、逆に性差を活かして、女性が女性として活躍しやすい場所に身を置き、「女性の生来的な能力」を強みとして働いた方が合理的ではないかと考えます。

 女性の生来的な能力とは、気遣いや心配りをベースに、人と人との共感を紡いで良好な人間関係を構築したり、コミュニケーションを通じて多様な状況に柔軟に対応できる、といったものを指します。

 これをわたしは「ソフトインテリジェンス」と呼んでいます。

 この力を意識して活用しようということですね。そう考えると、先ほど例にあげた出産・育児・介護も、キャリアを継続する上では頭を悩ます大変なライフイベントではありますが、それらの経験を通じて主婦の視点や親の立場を持つことで、ソフトインテリジェンスをさらに高めることができる機会にもなり得るのです。

「女性職」を提唱した2008年当時は、「活躍する女性」といえば起業家であったり、男性と張り合って戦う役員であったりと「強い女」というハードなイメージが強かった。また、会社も社会も、効率や合理性を優先するあまり、インテリジェンスといえばロジックとかデータ分析といったハードなものに偏重していたように思います。

 けれども、実際は女性の誰もが男性顔負けのハードな活躍と働き方をする彼女らのようにはなれないし、なりたいわけでもない。また、何百通りもの複雑な感情を持つ人間と人間とが交わり関わってするのが仕事だとすると、人に理解してもらったり納得してもらう際には、ロジックやデータ一辺倒ではうまくいかないのも現実です。

 本来、働き方もスキルタイプも活躍の形も、一つの型にはめられるものではないはずです。でも、特に女性のキャリアにおいては、こうした一義的な価値軸で結果を出せない場合はすぐ使い物にならないとの烙印が押され、望まぬままにキャリアの一線から降ろされてしまう現実を、私自身、たくさん目の当たりにしてきました。ならば、多くの女性の資質や志向が活かせる仕事やキャリアコースがあってもよいではないかと。

―― ロールモデルを示したかった。

中川 おっしゃる通りです。じつは当時、女性の特性を活かしたワーキングスタイルを提唱することは、男女平等論の視点から「時代に逆行する考え方だ」といった批判もいただきました。でも、働く女性の現場と現実を知るものとしては、実質的に女性の活躍を進める上で「女性職」という考え方は必要だという確信を持っています。

 ソフトインテリジェンスを活かした職業として象徴的なのは、保育士・看護師・人事・広報などですが、営業やわたしたちコンサルタントでも、データやロジックを何時間も掛けて分析するのは体力もある男性が担いつつ、女性はそのコミュニケーション能力を活かしてプレゼンテーションや顧客への説明を担当する、といった互いの強みを活かした働き方もできますよね。評価は、売上のように数字的な営業成績といった具合に分かり易い形とは違いますが、「この人がいなければこの成果は難しかった」といった明確な評価に値すべき種類の仕事は間違いなくあるのです。

 わたしが特に注目しているのは「エグゼクティブ・セクレタリー」、海外や外資系企業では当たり前のように存在するトップ個人の秘書職ですね。まさにトップの右腕として、トップが本務に専念できるために必要な全ての業務を執り行っています。ソフトインテリジェンスをフルに活かしながらエグゼクティブの業務を円滑化するだけでなく、トップの生産性向上に多大な貢献をしています。

 残念ながらまだ多くの日本企業においては、特に女性秘書はスケジュール管理やお茶出し業務が中心で、経営の一端を担うような重要度の高い仕事を任されていません。英語で国務長官のことを「Secretary of State」と呼ぶように、本来の秘書のあるべき姿は全く異なります。海外では「エグゼクティブ・セクレタリー」の仕事の難易度や重要度や貢献度を考慮して、実質的には課長どころか本部長クラスに相応するポジションや処遇を与えている企業も存在するほど。「エグゼクティブ・セクレタリー」という職業が、優秀で意識の高い女性が目指す仕事としてぜひ日本に根づいて欲しいですし、女性職を象徴する職業としてもっと評価されてほしいと思います。

 いま思うのは、この「女性職」つまり、ソフトインテリジェンスを活かした働き方、というのは、じつは女性に限ったものではないということです。保育士や看護師として働く男性も増えましたし、ソフトインテリジェンスの高い男性もたくさんいます。これまでハードインテリジェンスを追求する路線をひたすら走ってきた反動もあり、またAIの発展に伴って、今後ますます人間の人間らしい側面である心理を司るソフトインテリジェンスの価値が見直されてくると思います。

形式的なフェアネスから、実質的なフェアネスへ

―― なるほど、まさに多様な働き方に通じるお話です。では、「女性職」という考え方は働き方改革・スマートワークにどのように活かせるのでしょうか?

中川 女性の活躍のあり方、「女性職」を新しい役職や制度として考えることは、ひいては働き方改革やスマートワークの本質を考えることに通じます。女性に関する話とも共通点が多いのですが、いまの「働き方改革」は労働時間の短縮といった「ケア」に偏っていると感じています。たしかに10年前であれば、ケアが喫緊の課題でしたが、これからは「一人一人の資質と志向を最大限に活かして柔軟に働けるしくみを整え、企業が生産性を高め業績を上げる」ということが大前提であるべきなんですね。やはり「フェア」の部分がややもすると置き去りになっていないかと。

 そしてフェアへの取り組みも、例えば内閣府は「社会のあらゆる分野において、2020年までに指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度とする」という目標を掲げていますが、これは公正であることと均等・均質であることを取り違えた取り組みにはなっていないでしょうか?

 個々の企業の事業内容によっては、女性は30%では足りなくて100%であったほうが良い、ということもあれば、 逆に男性100%にした方が圧倒的に生産性が上がる、というケースだってあるはずです。それが多様である、ということの本来の姿ではないでしょうか。

 女性も皆が皆、指導的立場=管理職になりたい人ばかりではありません。そして、先ほどお話したような性差は厳然とありますし、むしろそれを活かした方が良い結果が出ることの方が多いと感じています。それは男女の差別ではな く、実態に合った区別だとわたしは考えています。

 現在、一般職と総合職の間の転換というのは多くの企業の現実としては実際にはあまり行われていませんし、もはや管理職に皆が進める/進みたいわけでもありません。ならば、ソフトインテリジェンスを主に活かした女性職が、ハードインテリジェンスを主に活用するような管理職・専門職と並び立つ職種、としてあっても良いはずだ、ということですね。

 AIが人間の仕事の大部分を置き換えるのではないか、とも言われる時代ですが、ソフトインテリジェンスはAI にもなかなか代替が効かないスキルです。ロジックやデータ解析と言ったコンピュータが得意とする領域ではなく、女性、いや人間が生来持つソフトインテリジェンスを磨くことが、これからの高付加価値人材としてのキャリアパスの1つであるはずなのです。

 女性職がそのまま実現した例はいまのところまだ聞きませんが、例えば、ユニクロをはじめ地域限定正社員制度を始めるなど、社員の事情や志向に応える形で新しい職種を設けるといった事例は出てきています。地方の中小・中堅企業では、明確な制度を設けないまでも、先見の明のある経営者が、柔軟な働き方を推進し、実質的に女性職が実現している例も珍しくありません。テレワークのようなハードなインフラを整備することだけが、経営者の役割ではない、ということですね。

 形式的なフェアネスではなく、実質的なフェアネスにそろそろ移行すべき頃合いです。それが引いては本来的なダイバーシティのあり方だと思います。それこそが、働き方改革・スマートワークを進める上での根幹であるべきではないでしょうか。

―― ケアからフェアへと考え方をシフトすることの重要性と、そのために女性職=ソフトインテリジェンス職を考えることが、企業の強靱さにも通じる多様性を担保するためにも重要だということがよく分かりました。本日はありがとうございました。

筆者プロフィール:まつもとあつし

スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ新書/堀正岳との共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。