社員が幸せになるための働き方を、パッケージとして打ち出した「さぶりこ」



サーバーなどのインターネットインフラ事業で日本最大級のさくらインターネット株式会社。同社の成長を支えるのは、社員数の6割強を占めるエンジニアたちだ。同社が社員に「働きがい」を感じてもらいたいと、2016年10月に導入した「働き方プラットフォーム」が「さぶりこ」だ。導入から1年が経過した「さぶりこ」の導入の意図と、その成果について聞いた。

文/豊岡昭彦


「働きがい」を感じるための「働きやすさ」

 さくらインターネット株式会社は、サーバーをはじめとするコンピューティングリソースを提供する、日本最大級のインターネットインフラ事業社だ。同社は1996年の創業後、2005年マザーズ上場、2015年には東証一部に上場するまでに急成長した。

 この成長を担ってきたのは、全社員約450人の6割強を占めるというエンジニアたちの技術力であり、人材こそが同社の最大の資産だ。そのような同社が2016年10月に導入したのが、「さぶりこ」。「さぶりこ」は、「Sakura Business and Life Co-Creation」の略称で、次のような制度が含まれる。

  1. 「さぶりこ ショート30」… 仕事が早く終われば定時の30分前に退社できる
  2. 「さぶりこ フレックス」… 勤務時間を10分単位でスライドできる
  3. 「さぶりこ タイムマネジメント」… 20時間分の残業手当をあらかじめ支給する
  4. 「さぶりこ どこでもワーキング」… 勤務場所の制限を撤廃。自宅を含め、都合にあった場所で勤務できる
  5. 「さぶりこ リフレッシュ(各種休暇)」… 心身のリフレッシュを目的とした休暇を付与する
  6. 「さぶりこ パラレル」… 副業やNPO、ボランティアなどを許可する

 この制度の制定に関わった、同社管理本部人事部で労務を担当する川村貴宏さんに導入のきっかけと、導入から1年を経過しての成果をインタビューした。

さくらインターネット株式会社 管理本部人事部 川村貴宏氏

「そもそものきっかけは、2015年に当社の社員を対象にしたアンケートで、働きがいを感じている社員の割合が55%にとどまるという調査結果が出たことです。
 当社は、これまで徹底して無駄を省く、効率化を方針としてきました。その結果、利益は出るようになったものの、社員の中に不満が高まっていました。そこで、効率化だけを求めるのではなく、余裕のある働き方ができる会社になって、社員がクリエイティビティを発揮でき、働きがいを感じてもらえるような会社にしようという方針が出ました。
 しかし、『働きがい』は個人がそれぞれ感じるものであり、会社が直接的に与えることは難しい。そのため、会社としてはまず、『働きやすさ』を社員に提供しようということを考えました」

 まず、経営サイドと人事部の意識をあわせるため、2016年1月に役員に集まってもらってワークショップを開催した。そこで打ち出されたのが、「性善説に基づいて、まず社員を信じよう」という人事についてのポリシーだ。

「社員を管理するのではなく、社員は基本的にまじめに働くのだから必要以上に管理しなくてもいいという労務管理上の大きな方針転換でした。このポリシーが提示されたことで、人事部として社員がもっと働きやすくなるためには、どうすればいいかを考えました。社員の意見を聞く機会も設けて、さまざまな人の意見を聞きました。その結果、それまで導入していたフレックスタイムなどの制度が使いにくい、残業の申請の手間が大きい、有給休暇の日数を増やしてほしい、などという意見が出てきました」

 こうした意見を集約して、2016年10月にスタートしたのが「さぶりこ」だった。

「さぶりこ」で働きやすくなったか

 それでは具体的に「さぶりこ」とは、どのような制度なのだろうか。

「『さぶりこ ショート30』は、仕事が早く終われば定時の30分前に退社できるというものですが、基本的には、早く仕事が終わったら早く帰れるようにしようということ。『定時』という時間に縛られるのではなく、社員が自分で判断していいという自由度を与えるとともに、残業は悪であるというポジティブな空気感を醸し出そうということです。また、『さぶりこ フレックス』は、従前からあったフレックスタイム制では、1週間前には利用予定をシステムに入力しなければならなかったものを、当日でも9時30分までに申請すれば、10分単位で変更できるようにしました」

 フレックスタイムやテレワークなどは最近ではよく聞く働き方であり、ことさら大きな変革ではない。だが、それを「さぶりこ」としてパッケージの形で打ち出したことに意義があると、川村さんは語る。

「従来の制度を少しずつ変更していくのではなく、パッケージという形で“ど~んと”打ち出したのは、社員に意識改革をしてほしいという意味も込めて、大きなインパクトを与えたかったからです」

 それは「さくらインターネットは、効率化だけを求めるのではなく、社員の働きやすさを重視し、よりクリエイティブで働きやすい環境を提供する」という、会社から社員へのメッセージだった。

「さぶりこ」は人事制度であると同時に、社員に対する会社からのメッセージでもある

 「さぶりこ」の導入に加え、グループウェアのSlack(スラック)とテレビ会議システムを全社的に導入。社内のコミュニケーションをよくすることで、朝礼や連絡のための会議を減らし、フレックスタイムを活用しやすくするなどの方策も同時並行で進めることで、働く時間の自由度を高めることも実施した。

 実際、社員の反応はどうだったのだろうか。

「歓迎する社員と、逆に反発する社員がいました。反発が多かったのはマネージャークラスで、『どうやって部下を管理すればいいのか』という不満が多く出ました」

 会社は「性善説」をベースに、マネージャーには管理することよりも、フラットな関係で社員の自主性を重んじることを求めていたわけだが、それが制度導入当初は、マネージャークラスには浸透しにくかったということでもある。

「一般の社員からはポジティブに受け取る意見が多かったですね。ただ、エンジニアといっても、物理的にサーバーの保守をする担当など、24時間体制で1日3交代でシフトを組んでいるので、勤務時間を自由に変更することができないチームもありました。そういう社員にメリットを感じてもらうにはどうすればいいかは、課題だと思います」

1年を経過してさくらインターネットは変わったか

 2016年10月に「さぶりこパッケージ」を導入してから1年を経過し、どのような成果があがったのだろうか。

「導入から1年間で、社員が『さぶりこ』をどのくらい利用したかという調査があるのですが、『さぶりこ ショート30』は約89%、『さぶりこ フレックス』約65%、『さぶりこ どこでもワーキング』約60%、『さぶりこ パラレルキャリア』約11%という結果になっています。大きな変化としては、なんとなくやっていた朝礼がなくなり、定例会議でもなくなったものがあります」

 ただ、担当する業務によっては「さぶりこ」を使えない社員に「不利益感」が発生しており、川村さんはそれを解決していきたいという。

「上長が『さぶりこ』に理解を示していない部署では、『さぶりこ』の利用率が低いという現状があり、部署間で差が大きくなっています。また、性善説とはいいながら、ルールに反する働き方をしている社員がいるので、それをどうするかは今後検討していかなければなりません。ただ、24時間3交代の部署でも、チーム内で融通しあって、フレックスタイムを使用した例はあります。また、物理的にサーバーを保守しなければいけないエンジニアも、最近は遠隔操作で保守することができることも増えてきましたし、また人事異動もありますから、いまは『さぶりこ』が使えなくとも将来的に使えるようになる可能性はあります。できるだけ多くの人に働きやすい環境を実感してほしいと思っています」

 気になる「働きがい」については、68%の社員が働きがいがあると回答。2015年の55%から大きく上昇している。さらに、離職率も大幅に減少していると川村さんは語る。

「離職率が急激に減りまして、ちょっと低すぎるかなと思うくらいです。さらに採用面で、応募者が非常に増えているために、全社的には残業が減っている中、人事部だけは残業が増えているという状態です」

 川村さんにはもうしわけないが、まさに嬉しい悲鳴というべきではないだろうか。全社的には残業が減り、労働時間が減っている一方で、同社の売り上げは右肩上がりとなっている。つまり、生産性は上がっているのだ。

「『さぶりこ』の導入から1年が経過し、これからは余裕のある働き方の中で、新しいイノベーションが出てくること、さらに売り上げや収益にも大きな躍進を期待しているところです」

さくらインターネットの東京オフィスは働きやすさに配慮してデザインされている。黒を基調としたインテリアは、思考に集中できる効果がある

自由な雰囲気で打ち合わせができるミーティングスペース

会議室にはテレビ会議システムが設置されており、自宅のパソコンからも会議に参加できる

一人籠もってじっくり考えたいエンジニア向けの個室。社員の発案で作られた

人事の戦略が企業戦略の中核になる時代

 これまで企業戦略というと、商品やサービスの戦略や営業戦略などが中心と考えられてきた。しかし、少子高齢化により将来的な労働人口の減少や人手不足が課題となっている日本では、人事の戦略が重要性を増してくることは間違いない。特にさくらインターネットのようにエンジニアが社員の6割強を占めるような企業では、どれだけ優秀な社員を雇用し、モチベーション高く働いてもらうかは、企業の命運を握るといってもよいだろう。

 さくらインターネットでは、「さぶりこ」導入以降、社員の紹介で知人・友人の採用を行う「リファラル採用」が増えているのだという。「リファラル採用」は「縁故採用(いわゆる、コネ入社)」とは異なり、採用した社員はおおむね優秀で離職率も低いという特長があり、また人材紹介会社を通した採用よりコストも低いというメリットがある。さらに、知人を紹介する社員は、会社に満足しているからこそ知人を紹介するので、「リファラル採用」の多さは社員の満足度が高いことの証明でもある。

「性善説で考える」ことからスタートした「さぶりこ」は、これからの日本の人事制度を考える上で示唆に富んだ試みではないだろうか。

筆者プロフィール:豊岡昭彦

フリーランスのエディター&ライター。大学卒業後、文具メーカーで商品開発を担当。その後、出版社勤務を経て、フリーランスに。ITやデジタル関係の記事のほか、ビジネス系の雑誌などで企業取材、インタビュー取材などを行っている。