これからの働き方の重要キーワード「従業員エクスペリエンス」と、新指標「eNPS」


企業の「働き方改革」の取り組みは残業を減らす次の段階を模索している。こうした中、注目されているのが「従業員エクスペリエンス」という考え方だ。従業員の満足度を高め、モチベーションを高く保たせることで、生産性を上げ、離職率を低くし、企業に大きな価値をもたらすことが可能になる。

文/豊岡昭彦


「従業員エクスペリエンス」で遅れをとる日本

「アメリカでは株主の利益を最優先し従業員を大切にしないのに対し、日本は終身雇用で従業員を大切にする……。こうした考え方はもう古く、従業員を大事にすることについて、むしろ日本はアメリカよりも遅れています」

 そう語るのは、従業員の満足度を調査・分析し、業務改善や企業戦略に活かす「Employee Tech(エンプロイー・テック)」というクラウドサービスの開発を担当した、株式会社Emotion Tech(エモーションテック)(https://www.emotion-tech.co.jp/)マーケティング部部長兼HR事業責任者の須藤勇人氏だ(HR=Human Resource)。

株式会社Emotion Tech マーケティング部部長兼HR事業責任者 須藤勇人氏

「日本では終身雇用制が一般的でしたが、ビジネス環境の激化と人手不足に伴い、雇用の流動性が高まっています。その一方で、社員の採用コストはどんどん上がっていることに加え、せっかく育てた熟練社員が辞めることによるダメージは、会社にとって計り知れないということがようやく日本企業にも認識されるようになってきました」

 そこで注目されているのが「従業員エクスペリエンス(体験)」(Employee Experience=EX)だ。従業員の満足度を高めることが、モチベーションを高く保たせることになり、生産性を上げ、離職率を低くすることがわかってきた。アメリカでは2000年頃には注目され始め、iPhoneで有名なアップル社が店舗で働く従業員の離職率を低くするために、エンゲージメントを調査し、マネジメントに活用し始めたことで有名になった。その指標がeNPS(Employee Net Promoter Score)で、Emotion Techが「Employee Tech」に採用したものだ。

従業員の満足度を調べるための質問と、そこから算出する指数eNPSのイメージ

 eNPSは、従業員エンゲージメント(職場に対する愛着・信頼の度合い)を数値化した指標で、アメリカの大手コンサルティング会社であるベイン・アンド・カンパニーのF・ライクヘルド氏が提唱した、顧客エンゲージメントを可視化する指標であるNPS(Net Promoter Score)を従業員エクスペリエンスに応用したもの。

「NPSは、アメリカで発明され、現在世界中で研究されている指標ですが、当社はいち早くこれを採用し、どのように質問すれば適切かというノウハウを習得、同時に独自の解析技術を作り上げ、調査から分析までをクラウド上で行えるサービスを開発しました」

 Emotion Techは、2013年3月に設立されたベンチャーで、設立当初は顧客体験マネジメントに関する調査やクラウドシステムを提供する企業だったが、導入先の企業から、離職率を低くしたいという相談を受け、従業員エクスペリエンスを調査・解析するサービスの開発に着手、2017年8月にリリースしたのが「Employee Tech」だ。

「Employee Tech」の特徴

 「Employee Tech」は、従来の従業員満足度調査とは、どのように違うのだろうか。その特徴は、下記のようにまとめることができる。

1)eNPSにより、従業員の本音がわかる

2)アンケートの設問数が少なく、従業員の負担が少ない

3)調査だけでなく、分析までがクラウド上のシステムである(特許)

4)分析結果がほぼリアルタイムで見られる

5)数値とジャーニーマップで従業員の感情を見える化できる

6)詳細なレポートで、改善施策の優先度や重要度を定量的に示唆してくれる

7)コストが安価で導入が容易

「従業員の本音」がわかる理由は、その質問の仕方にある。「あなたは現在の仕事に満足していますか」という直接的な質問ではなく、「あなたは現在の職場で働くことを、親しい友人や知人にどの程度おすすめしたいと思いますか?」というように、人に勧めたいかを問うことで、より本音に近い回答を得ることが可能だという。この質問がeNPSの特徴で、0点から10点までの11段階で答えてもらうと、7点や8点が中間点になり、9点・10点がロイヤルティが高いことになる。この9点・10点のパーセントから、0~6点のパーセントを引いたものがeNPSの値だ。

「eNPSの値は、対面型販売などを行う社員の場合、販売の業績と強い相関関係があることがわかっています。つまり、販売成績のいい営業所では従業員のエンゲージメントが高く、モチベーション高く仕事に取り組んでいるため、それだけ営業成績がよくなると考えられます」

 逆にeNPSの値が低い場合には、その理由が何かを探り、その問題点を解決すれば、エンゲージメントだけでなく、業績も改善できる可能性が高いわけだ。例えば、eNPSの値が低い理由が上司とのコミュニケーションであれば、それを改善するために上司が積極的に話しかけるとか、商品知識が乏しいことが原因であれば、それを改善するためにマニュアルを充実させたり、講習を行うなどの施策を打つことができるわけだ。

 エンゲージメントについての質問に続いて、その原因を探るための質問に答えてもらうわけだが、それらの質問は企業の業種や要望に合わせてカスタマイズすることができる。また、その質問数が「Employee Tech」では約20問(調査テンプレートが用意されている)、3分程度で回答できるため、多くの従業員満足度調査に比べて、従業員への負担が圧倒的に少なく設定されている。従来型の従業員満足度調査では50~70問と質問数が非常に多く、極端な場合には150問以上というケースもあると聞く。

 質問数がこれだけ少なくていい理由は、分析のノウハウが確立されており、無駄な質問は必要ないことに加え、「Employee Tech」がクラウド上でシステム化されたサービスであるため、リアルタイムに解析結果が出る点にもある。従来の調査では、従業員が回答するのに1時間以上もの時間がかかり、解析結果が出るまでに3カ月ほどかかっていたため、調査は年に1度しか行われなかった。

 ところが「Employee Tech」では、必要なら毎月でも調査を行うことが可能で、データが集まると同時に解析結果が出るため、あらかじめ準備された約20問で全体観を掴み、そこで見つかった問題点を次の調査時に深掘りすることで、問題点を明確にすることができるのだ。このため、1度に多くの質問をする必要はないのだ。また、施策が有効だったかもすぐに確認できるため、問題点への迅速な対応も可能となる。

アンケート調査から分析、アラートの発信までの全体像

 解析の結果は、グラフやレポート(ジャーニーマップ)として見える化されるため、部署ごとのリーダーや人事部が見れば、問題点が把握でき、緊急を要する問題点がある場合にはアラートを出すことも可能だ。慣れないうちは、データの見方などを教えてもらった方がよい場合もあるが、多くの場合、2度目以降はデータを見るだけで問題点が把握でき、課題を容易に発見できるようになるという。

 さらに、経営にとってうれしいのは、投資が少なくて済むことだ。企業規模等によって異なるが、年4回調査を行うスタンダードプランでも500名くらいの企業であれば、月額15万円程度で導入できる。

 実際の調査は、人事部からのメールに記載されたURLをクリックし、各人のパソコンやタブレット、スマホなどのブラウザ上で記入する。解答データだけの分析ではなく、部署ごとのデータ、役職別のデータ、雇用年数によるデータを紐づけた分析も容易に実施することができるのだ。

部署ごとのeNPS指数と回答数の比較

部署や個人ごとに満足度に関係する事柄の重要度が数値で示される

各要因の重要度と満足度合いを重ねると、優先的に解決すべき課題が明確になり、迅速な対応をすることができる

満足度の見える化で「働き方改革」推進に貢献

 「Employee Tech」のリリースから1年以上が過ぎたが、その評価はどうだろうか。 「Employee Tech」は、すでに数十社に導入されているという。顕著な例としては、全国に外食レストランを展開するチェーン店で、直営店に「Employee Tech」を導入した。その成果について、須藤氏は次のように語る。

「このチェーン店では、分析の結果から店舗内のコミュニケーションが改善され、これによって、従業員のモチベーションや離職率に大幅な改善が見られました。さらに、顧客の満足度とも相関が見られ、従業員の満足度が高い店舗では、顧客の満足度も高くなっていたことから、従業員満足度は、業績アップにも貢献していると考えられます。このチェーン店では、今後は「Employee Tech」を直営店だけではなく、フランチャイズ店舗への展開もお考えいただいている状況です」

 また、大手広告代理店では「Employee Tech」の調査で、残業時間を減らすために、オフィスの消灯時間が設定されたが、これに対する不満が従業員の中に多いことが判明した。

「仕事量は従来のままで、労働時間だけ減らすことに対する不満が多かったのですが、自宅からでも仕事をすることができるテレワークを促進することで、不満を大幅に低減することができました」

 単純に労働時間が短くなっても、従業員の満足度がアップしないことは、この調査からも明らかで、生産性向上にはつながらないのだ。

 Emotion Techでは現在、顧客満足度調査と従業員満足度調査をあわせて300社のクライアントがあるが、このような調査によって、業界や業種別に、回答の傾向と問題点への対処方法のノウハウが蓄積されてきた。このようなノウハウにより、より適確なコンサルティングが可能になってきたという。

また、離職率を改善するという意味では、社員の知人や友人を採用する「リファラル採用」で採用された社員は採用コストが低いと同時に、会社への定着率も高いという傾向があるという。

「eNPSで、9・10点を付けたような社員は『リファラル採用』に適しており、特にエンジニアの採用などには向いていることがわかってきています」

 「従業員エクスペリエンス」、中でもその満足度を見える化する「Employee Tech」は、現在の日本企業が抱える様々な問題解決の道筋を示唆してくれる。

最近の研究では「幸せな社員は創造性が約3倍に、労働生産性も1.3倍になる」というレポートもある。また、社員の健康を優先する健康経営などに注目が集まるのも、従業員の満足度を高める施策の1つといえる。

従業員がどう感じているのかという「満足度」を感覚によってではなく、数値として知ることができることは、これからの「働き方改革」を進めるための重要なファクターになるのではないだろうか。

筆者プロフィール:豊岡昭彦

フリーランスのエディター&ライター。大学卒業後、文具メーカーで商品開発を担当。その後、出版社勤務を経て、フリーランスに。ITやデジタル関係の記事のほか、ビジネス系の雑誌などで企業取材、インタビュー取材などを行っている。