特集 働き方改革再入門 - 第4回 

働き方改革先行企業に聞く ~株式会社スリーエス~



社員の問題に応え社員を大切にする、スリーエスの改革

東京都北区にある小さな専業メーカーが時代に先駆けた “働き方改革”を進めている。取り組み始めたのは世の中で“働き方改革”が言われ始めるずっと前の2006年から。家族同然の社員だからこそ、大切にしたい……。時代を先取りした同社の働き方について取材した。

文/豊岡昭彦


ITによるリモートワークの活用

 東京都北区にある株式会社スリーエスは、従業員70名弱の“ポジショナ(自動調節弁付属機器)”の専業メーカーだ。“ポジショナ”とは、化学工場や製鉄所、製紙、発電所などのさまざまなプラントで、パイプ内の流体(液体や気体)の量を調節する“バルブ”を制御する機器のこと。ポジショナによって、パイプ内の流量を精緻にコントロールすることがプラントの製造する製品の品質やプラントの安全に大きく関わる。ポジショナは、人間でいえば全身に血液を送る心臓の“弁”を動かす筋肉のような、プラントにとって非常に重要な機器だ。

スリーエスの「スマートポジショナ MP100」。デジタル式で自己診断も可能な最新のポジショナだ

 スリーエスは、この市場で約30%のシェアを持ち、専業メーカーとしては日本唯一の企業。専業であるがために、ユーザーの要望に柔軟に対応することができることが特長だ。機種や型式はあるものの、顧客の要望に合わせて、仕様やチューニングをその都度変更し、個々のオーダーに合わせて製品を製造している。

1つひとつの製品がオーダーメイド。品質へのこだわりが同社のモットー

 スリーエスの“働き方改革”の中心となっているのが、代表取締役の吉田秀樹氏。吉田氏が社長に就任したのは2012年だが、改革を始めたのは、吉田氏が同社に入社した2006年からだという。義父である当時の社長の跡を継ぐことが決まっての入社だったというが、最初に取りかかったのは営業の仕事の効率化だった。

「弊社の営業マンは、ユーザーであるプラントがある土地を訪問し、そこに何日も留まることが多いんです。化学工場や発電所などのプラントがある場所というのは、都市から離れた場所にあることが多く、その出張の間、ホテルで空き時間ができることもしばしばです。営業マンはその間、時間はあるのに仕事が進まず、会社に戻ると仕事が山積みという状態でした。ホテルで待っている間や、打ち合わせの合間などの空き時間に仕事が進められれば、営業の効率化が進められると考えました」

 そこで、ITの専門家に相談し、クラウド上のデータベースにアクセスし、受発注や見積もりを行ったり、製造のスケジュールを確認したりできるシステムを構築した。2008年には、事務と営業の全員にノートパソコンを支給し、出張先からもこうした作業ができるようにしたほか、社員同士でチャットができるChatWork(チャットワーク)を導入、出張先でもグループ内のコミュニケーションを図れるようにした。これによって、営業マンの無駄な時間を有効に活用できるようにした。ChatWorkでおおよその連絡は済むようになり、会議の時間を大幅に減らすこともできたという。

 また、大阪にある西日本営業所やベトナムの子会社と、チャットシステムやWeb会議システムの活用によって、コミュニケーションの円滑化を推進している。

通勤や介護、育児の問題にも対応

 ITを活用したテレワークやWeb会議システムをさらに推し進めたのがある社員の在宅勤務だ。購買課の女性社員が配偶者の転勤により神奈川県鎌倉市に転居、通勤時間が片道2時間、往復で4時間かかるようになってしまった。通勤だけで疲労してしまい、転職も検討していた彼女に吉田さんが提案したのが在宅勤務だ。周囲からは反対意見もあったそうだが、思い切って実施。週に1日だけ出社し、それ以外の日は自宅からパソコンと携帯電話で業務を行っているが、問題は特に起こっていないという。それどころか、部品メーカーの担当者との無駄話などがなくなり、いい緊張感でやり取りするため、効率もアップしたそうだ。

「部品メーカーから部品を購入する購買という仕事は、メーカーにとって肝となる仕事なんですね。部品が足りなかったら、製造がすべてストップしてしまうわけですから。それを取り仕切っている彼女が思いきった在宅勤務に取り組んでくれたおかげで、ほかの人も在宅勤務がやりやすくなりましたね」

 それ以降、他の人が在宅勤務をしても誰も驚かなくなったと語る。現在は、さまざまな部署の人が家族の病気などに対応して、在宅勤務(リモートワーク)を仕事の中に取り入れているという。   

株式会社スリーエス 吉田秀樹代表取締役社長。金融業界に就職後、2006年にスリーエス入社

休暇を積極的に取る文化の醸成

 営業向けを中心としたテレワークのシステム構築に続いて、吉田氏が取り組んだのは、産休や育休などの取得を活性化し、有給休暇を遠慮なく取れる文化を社内に醸成することだった。いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」である。

「弊社でも他の人に迷惑をかけるからと、有給休暇や育児休業などを取る人が少なく、こうした制度が形骸化していました。そこでまず、トップから始めようと、2009年に自分の子どもが生まれたことを機に、私自身が育児休業を取りました」

 さらに、有給休暇の取得とは別に「会社の定める休日」をつくり、「年間営業日数240日」(つまり、休日が年間125日。これは週休2.4日に相当する)を実践。また、工場は基本的に月曜日から木曜日の週4日操業とし、金曜日は予備日とし、特別に働きたいというパートさんなどに仕事をしてもらう日にしている。余裕を持った働き方を目指しているのだ。

「製造業の平均と比べると、年間で2週間ほど営業日が少ないことになりますが、効率化を図ることでなんとか実現しています」

 時短の勤務時間についても、従来は「3才未満の子ども」がいる社員は「10時~16時」の時短勤務を認めていたが、これを見直し、「中学生未満の子どものいる」社員は「時間について個別に協議」した上で、さらにリモートワークを絡めてもよいこととした。

工場では34人が働く。約8割が女性のパートタイマーだ

経営者が目指せば改革は実現する

 吉田氏の進める改革は、順調に推移しているように見える。それによるデメリットはないのかを尋ねてみた。

「柔軟な働き方をする社員が増えることで、電話対応やゴミ出しなどの『皆でやる仕事』に関し、オフィスに出勤する社員の負担が増えることは事実です。こうした問題をどう解決していくのかは課題ですが、子育てや介護は社会全体の問題でもあります。『お互い様』という気持ちで協力し合うことが大事だと思います」

  同社では、社員間のコミュニケーションをよくし、仲間意識を醸成するために、年に1回の社員旅行、4半期ごとの懇親会、家族を職場に呼ぶファミリーデーなどさまざまなイベントも行っている。

2018年の社員旅行の様子。若い人が多い

 こうした改革に取り組む理由として、吉田氏は次のように語る。

「中小企業は人数が少ないですから、1人ひとりを大切にしなければという思いがあります。ただ、社員はこうした働き方に共感してくれたとしても、それだけで離職率が低くなるということもありません。大企業からヘッドハンティングがあれば、引き抜かれてしまうこともあります。ですから、これからはこうした改革によって一層業績を向上させ、社員の待遇をより高めることが必要だと思っています」

  吉田さんは、改革の成果はまだ出ていないと謙遜するが、同社の収益は順調に推移しているという。

「国内では、大きなプラントが新規で立ち上がるということはほとんどありません。多くは更新需要ですが、ここ数年業績のよい企業が積極的に設備を更新する動きがあります。また昨今取り組んでいる海外展開の成果も出始めています」

  同社は、今後の東南アジアの成長を見込み、積極的な海外展開を行っている。2013年には、ベトナムに駐在員事務所を開設(現在は法人化)したほか、2019年は中国企業と合弁会社を設立する予定だ。国内で安定的な収益を得ながら、その技術力で海外へ進出する……。吉田氏の戦略はしたたかだ。 中小企業の働き方改革は、成果を収めている大企業の制度だけをまねているケースも少なくない。特に、残業の削減や有給休暇の消化など、「労働時間」に注目が集まることが多い。だが、社員数が少ない中小企業では、一律に時間を制限することよりも、1人ひとりの問題に真摯に向き合って行くことが大切だ。スリーエスの働き方改革は、その好例といってよいだろう。何よりも経営者が率先して、取り組んでいることが好循環を生み出している。「どんな会社にしたいか」という経営者の思い、つまり経営哲学こそが改革を進めるのだ。

スリーエスは、Safety(安全)、Speed(スピード)、Service(サービス)の3つの「S」という意味で、同社のモットーを表している

筆者プロフィール:豊岡昭彦

フリーランスのエディター&ライター。大学卒業後、文具メーカーで商品開発を担当。その後、出版社勤務を経て、フリーランスに。ITやデジタル関係の記事のほか、ビジネス系の雑誌などで企業取材、インタビュー取材などを行っている。