創造的な仕事のためには「出社」をやめる?
━━「信州リゾートテレワークフォーラム in 東京」レポート

働き方改革のテーマの一つは働き方の多様性を実現することだ。在宅ワークやサテライトオフィスなど、働く場所の選択肢を増やすことで、働き方の自由度が広がる。3月1日に大手町サンケイプラザで開催された「信州リゾートテレワークフォーラム in 東京」では、新しい選択肢として、リゾートワークという働き方が提案された。

文/中尾真二


 新しい働き方、働き方改革を語る場合、2つの側面を認識する必要がある。ひとつは、制度や運用(ワークスタイル)からの視点。もうひとつは、それを可能にする技術や社会的な要因の存在だ。

 大企業では、フレックスタイム、残業制限、定時退社日(ノー残業デー)の導入の他、男女問わずの出産・育児休暇制度の整備も進んでいる。地震や台風、インフルエンザでも出社するのが社会人という常識も薄れつつある。テレワークやリモートワークという働き方は、近年のトピックだ。

 とはいえ、テレワークや働き方改革なんて別世界の話という企業もけっして少数派ではない。3月1日に開催された「信州リゾートテレワークフォーラム in 東京」では、働き方改革について、リゾートテレワークという提案が行われ、2人の識者が講演を行った。

移住ではないテンポラリーなテレワーク=リゾートテレワーク

阿部守一長野県知事

 ここでいうリゾートテレワークは、従来の用語でいうとワーケーション(ワークとバケーションを合わせた造語)に近いもので、在宅勤務やパブリック(ワーキング)スペースで働くリモートワークや、移住や拠点異動を前提としたテレワークとは違い、TPOによって働く場所を考える取り組みのことを意味する。

 長野県では、茅野市、軽井沢町、白馬村などをモデル地区とし、リゾートテレワークに力を入れている。シェアオフィス、コワーキングスペースの整備や観光地やリゾートエリアのビジネス活用を誘致、推進している。フォーラムの冒頭では、阿部守一長野県知事が登壇し「リゾートとテレワーク技術を融合させることで、生産性の向上と持続可能性の高い事業を実現できる」とリゾートテレワークへの取り組み意義を語っていた。

 フォーラムで基調講演を行った識者は、グーグル・クラウド・ジャパン 代表 阿部伸一氏、NTTコミュニケーションズ 経営企画部ビジネスイノベーション推進室 湊大空氏。2人は、リモートワークや新しい働き方について、それぞれの立場から自社での取り組みや持論を展開した。これからのワークスタイルを考える上で、非常に示唆に富んだ内容だった。

グーグルが支援するワーケーションと海外交流

グーグル・クラウド・ジャパン 代表 阿部伸一氏

 最初の講演は、グーグル・クラウド・ジャパンの阿部氏。グーグルは設立以来、21年間ひとつのミッションでビジネスを続けている。それは、世界中の情報をインデックス化し、誰でも自由にアクセスできるようにするというものだ。阿部氏の会社は、このミッションを具現するGoogleクラウドの機能を業務に生かすビジネスも行っている。

 長野県との接点は、茅野市が取り組んでいる「ワークラボ八ヶ岳」の事業がきっかけだという。ワークラボ八ヶ岳とは茅野駅の商業施設を改装し、最新のネットワーク環境のワークスペースとして整備したものだ。ここを作業拠点とし、八ヶ岳や諏訪、松本など周辺観光と宿泊も楽しんでもらおうという狙いがある。阿部氏は「家族と仕事を両立させるとき、自宅ではないリゾート地に、オフィスのように働けるという環境はすばらしい取り組み」とワークラボ八ヶ岳のオープニングに協力している。

 オープングセレモニーで、文部省のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に認定されている諏訪清陵高校とも接点ができたと阿部氏。同校が実施している生徒の海外研修でもグーグルならではの協力を行ったという。諏訪清陵高校は、毎年短期の海外研修でシリコンバレー訪問や地域の高校と交流をしているという話を聞き、「短期訪問でも、事前に生徒同士がコミュニケーションを取れれば友好が深まり、お互いの理解も深まるのでは」(阿部氏)と、グーグルのクラウド環境やツールを使ってのテレビ会議で事前交流を実現させた。

 利用したツールは、Gmail、Googleドキュメント(ワープロや表計算などのオフィスツール)、ハングアウト(動画対応のチャットツール)、ChromeBookだ。これらは、米国の学校での普及率は高く、多くの中学・高校で標準的に利用しているものだ。コミュニケーションに技術的な問題はなく、事前のオンライン交流はうまくいったとする。言語の違いについては、生徒たちが自らGoogle翻訳を駆使していたという。

グーグルではテレワークでチームワークを強化

 グーグルで働く人は、実はすでにこのようなツールを使い、日常の業務をこなしている。もちろん、クラウドを活用し、いつでも、どこでも、誰とでも仕事ができる環境だという。このとき重要なのは「一人で仕事をしないことと、チームワーク」(阿部氏)だという。

 クラウドやコミュニケーションツールは、一人での仕事をしやすくすると思いがちだが、むしろチームで仕事をするためのものだと考えていると阿部氏は言う。テレワークなどで、それぞれのスタイルや都合で仕事が可能になるが、それをチームの総合力を発揮させるために役立てる。ポイントは情報の共有化。そしてリアルタイム性。一人で情報や書類をため込まず、全員で同じファイル、情報にアクセスする。そのためには、クラウド環境が不可欠だ。

 リモートワークをしても、それぞれが別々のファイルで作業し、集約して、確認して、といった作業をしていたら意味はない。ファイルが分散していたり、バージョンが同時に複数存在したりするのも、効率化を阻害する。

 グーグルでは、連絡や打ち合わせはメールからチャットに移っているという。メールはどうしてもリアルタイム性に劣る。ハングアウトでチャットを行いつつ、必要ならばすぐにビデオ会議に切り替える。そんな方法が浸透している。

 社内で、グループごとのパフォーマンスを分析したところ、以上のような活動で、情報に透明性のあるグループほど業績を上げているという結果も出ている。

VDIとシンクライアントを進めるNTTコミュニケーションズ

NTTコミュニケーションズ 経営企画部ビジネスイノベーション推進室 湊大空氏

 続く湊氏は、NTTコミュニケーションズで、ワークスタイル改革について研究を行っている。一般的な調査の他、ワークスペースを探すアプリやリモート会議を支援するデバイスや、それと連携する大型ディスプレイなども開発している。

 NTTコミュニケーションズとしては、オフィスの固定電話の廃止やVDI仮想デスクトップ)によるシンクライアント環境の整備を進めている。VDIとシンクライアントによって構成されるのは、クラウド上に作業ファイルや各自のPC、アカウントを用意し、手元のデバイス(PC、タブレット、スマートフォン)は、ネットワーク越しで入出力だけ(マウス、キーボード、タッチ操作と画面表示)を行い、ファイルやデータは手元にいっさい残らない環境だ。

 制度面では、理由を問わない在宅勤務の許可、フレックスタイム、インターバル勤務(退勤後、次の出社まで一定の間隔を空ける必要がある)、コワーキングスペースの活用などに取り組んでいるという。湊氏自身も、午前中はほぼ在宅で作業し、出社は午後からということが多いそうだ。

30年前の働き方を変える必要がある

 働き方改革というと、よく残業をしないという議論に陥りがちだが、残業をしなければ働き方改革になるわけではない。湊氏は、働き方改革は社会的課題の解決だとする。日本は世界有数の長寿国であり、先進国共通の課題として少子・晩婚という問題を抱えている。現在の高齢化率は27%、2052年に38%にもなると予想され、世界でこのレベルで高齢化が進んでいる国はない。少子高齢化は、終身雇用の崩壊や年金の破綻を引き起こそうとしている。年金は破綻しないまでも、支給年齢の引き上げが進んでいる。

 なぜ、働き方改革するのか。しなければいけないのか。「それは、いまの働き方が持続可能ではないからだ。自分の子どもたちに同じ働き方でいいといえるのか」と問いかける。

 これまでは、満員電車で9時に出社し、オフィスに集まって仕事を行う。電話と会議、雑用に追われ、島型のデスクで顔をあげれば正面の人と目が合う。目が合えば、「ちょっといい?」と別の作業や相談をされる。定時後にようやく仕事にとりかかり、深夜まで仕事をする。風邪をひいても休むなど考えられない状態だ。

 それでも我慢して仕事を続けるのは、30代、40代で家を建て、老後は退職金と年金がもらえると思うからだろう。しかし、これは昭和の働き方だと湊氏はいう。30年前はうまくいっていたかもしれないが、将来が保証されない現在、持続可能な働き方を実現するためには、このような我慢をする働き方をやめる必要がある。

仕事=出社という産業革命で確立されたスタイル

 我慢しない働き方とは、具体的にはどういうことになるのか。湊氏は、郊外に住み通勤しない、出社や働く場所は自由に決める、残業はしない、休みはしっかりとる、体調が悪い時は仕事をしない、ことを例に挙げた。

 しかし、多くの人は「そんな働き方はできるわけがない」というだろう。なぜそうなるのか。湊氏は「仕事=出社という文化が悪い」と断言する。

 歴史的にみると、いまのような会社、働き方の形態は産業革命で生まれた工場が原型だという。18世紀前半は、農業と家内制手工業の時代だ。市民は同じ場所に住んで生活し、農民も職人も自宅(周辺)で仕事を行っていた。その後、産業革命により、工場や会社が生まれた。大量生産と大量消費の時代の幕開けとなり、人は都市に集中し、リソースは工場に集約される。ここで、職住の分離が発生する。人々は働くために工場に出勤しなければならなくなる。通勤の始まりであり、仕事=出社という文化が生まれた。

 20世紀のオフィスは、工場のラインのように業務手順を効率よくこなすことが重視され、管理者のためのレイアウトや機能が優先された。20世紀中ごろにはオフィスランドスケープのようなコンセプト、労働環境とロイヤリティを意識したオフィス構想も生まれたが、例えば日本の島型オフィスは、固定電話を配置、使いやすくするための産物といえる。

21世紀はオフィスの役割が変わった

 このように働き方の変遷を分析する湊氏だが、転機は21世紀に入ってから訪れたという。ITによる技術革新がオフィスの役割を変化させた。ITにより、テレワークが可能になり、クラウド活用などで生産性や効率的な働き方が変わってきた。

 2019年現在、オフィスは集まることで価値を生む場所と考えられる。集まって価値を生むということは、すなわちコミュニケーションの場所という意味だ。近年の成長企業やスタートアップで、オフィスにキッチンがあったり、カフェテリアを整備したり、おもちゃを置いたりするのは、コミュニケーションを円滑にするという意味がある。

 今後AIが広がってくると、専門性がある仕事や創造的な仕事の価値が相対的に高まることが予想されている。このとき重要なのは、コミュニケーションだ。コミュニケーションによって情報を集め、それを集中して考えることで成果につなげる。

 リモートワークを活用すれば、情報収集や打ち合わせなどコミュニケーションが必要なときだけ、会社やワークスペースに出向き、それを処理して付加価値をつける作業を自宅や集中できる場所で行うことができる。100%のリモートワークができなくても、リゾートテレワークを活用することはできる。

 東京でコミュニケーションを行い、リゾートで考えアウトプットにつなげる。発想を重視したいとき、リフレッシュにもなるリゾートエリアでのテレワークは効果が期待できるというわけだ。

 湊氏がいうような、非日常をフックとした働き方は、それが定常化すれば意味が薄れてしまう。そのため、ワーキングスタイルを本質的に変える施策ではないかもしれないが、働き方改革の過渡期における施策としては多くの企業でも導入しやすいはずだ。まずは、多様な働き方を実践することで、改革を進めていくとよいだろう。

筆者プロフィール:中尾 真二(なかおしんじ)

フリーランスのライター、エディター。アスキーの書籍編集から始まり、翻訳や執筆、取材などを紙、ウェブを問わずこなす。IT系が多いが、たまに自動車関連の媒体で執筆することもある。インターネット(とは当時は言わなかったが)はUUCP(Unix to Unix Copy Protocol)の頃から使っている。