特集 働き方改革再入門 - 第6回

外国籍人材が活躍できる会社づくりのキモ――エンジニア5割が外国籍のHENNGEに訊く


外国人雇用は決して怖くない!

外国人労働者の就労拡大を政府は推進中。しかし不安や疑問を持っている企業、担当者も多いことでしょう。そこで今回は、多くの外国籍エンジニアが活躍する先進企業・HENNGE株式会社の新井めぐみ氏にお話を伺いました。高いスキルを持つ外国籍人材が集まる理由は? そのために講じた取り組みは? 一足先を行く企業ならではのエピソードが満載です。

文/まつもとあつし


HENNGE株式会社について

 HENNGE株式会社(2019年2月1日に株式会社HDEから商号変更)は、「テクノロジーの解放」を理念に、独自の技術や時代に即した新しいテクノロジーを探し出し、他社に先駆けてテクノロジーと現実の間のギャップを埋めるサービスを開発するIT企業。

 主力製品はクラウド型シングルサインオンサービス「HENNGE One」。HENNGE Oneは「Microsoft Office 365」「Google G Suite」「Salesforce」「Box」などのクラウドサービスに対して、包括的でセキュアなサービス(SSO、アクセス制限、情報漏えい対策など)を提供するサービス。

 当たり前にクラウドサービスを利用する「クラウドネイティブ」な企業が増えている昨今、クラウドサービスごとにIDとパスワードを別々に管理するのは難しく、そのために使い回しが多くなり、セキュリティに問題が生じる。HENNGE Oneによって、アカウントの一元管理が可能なほか、社用と私用デバイスごとにアクセス権限を区別するデバイスセキュリティ機能や、クラウド型メールサービスに対応したメッセージングセキュリティ機能などを利用できる。社名の“HENNGE”には「変化する時代に、自らを変革しながら世の中を変えていく」という意味が込められている。

5割を超える外国人エンジニア
日本語を諦めて優秀な人材を獲得

新井めぐみ氏
HENNGE株式会社
Business Administration Division
Human Resources Section
Section Manager

── 「外国人雇用が非常に多い日本企業」という話題になるとHENNGEさんの社名を耳にすることが多いのですが、社内的には外国籍従業員がどのように関わっているのでしょうか?

新井 弊社には、開発を担当するエンジニアチーム、プロダクトを企業に販売する営業チーム、契約したお客様にスムーズに導入をしてもらう導入コンサルチーム、サービスを継続的に使ってもらうためのサポートチームといった部署があります。弊社の根幹を成しているのはエンジニアチームなのですが、総勢約30人のエンジニアチームの5割が外国籍メンバーとなっています。

── 5割というのは非常に多い印象ですね。社内に「公用語」はあるのでしょうか?

新井 2016年から英語を採用しています。公用語といっても常時というわけではなく、日本人従業員同士のコミュニケーションでは日本語を使っています。ただ、外国籍メンバーが打ち合わせの席に1人でもいたり、Slackなどのコミュニケーションでグループ内に外国籍メンバーが含まれていたりすれば、必ず英語を使うことになっています。

── そもそも、これほど多くの外国人を雇用しようと思ったきっかけは?

新井 外国籍メンバーを雇用しようという方針になったのは、2012年頃のことで、実際には2013年にインターン制度を開始しました。そもそも弊社はそれほど大きい企業ではないので、日本人の優秀なエンジニアを採用するのにも苦戦していました。もちろんそれは他の企業と同様だと思うのですが。

 また、グローバルITカンパニーを目指す当社では英語でコミュニケーションができなければ世界に通用しないという思いと、日本人でも英語を使うことができればビジネスの選択肢が広がっていくという考えがありました。

 そのため、エンジニアの採用でも英語ができることを重要視しています。そんなこともあり、「優秀なエンジニアスキルを持ちつつ、英語も話せる日本人」を見つけることはなかなか大変なことでした。そこで、『どれか1つを諦めるとしたら?』と考えたとき、それは「日本語」だと。英語ができるなら、日本人ではなくても優秀なエンジニアを受け入れていくようにすればよいのでは? という考え方から、外国籍メンバーを採用する活動が始まりました。

── 外国人に優秀なエンジニアがいるという確証はあったのですか?

新井 もちろんそんな確証はなく、弊社も最初は手探りで始めました。当初はAIESEC(アイセック)というNPO法人を頼りました。世界126ヵ国で活動する学生組織で、海外インターンシップ事業を運営している団体です。世界各国で外国人と企業をマッチングするような事業を展開しています。

 AIESECで人材を募集し、いきなり入社してもらうというわけではなく、まずは数名のインターンとして受け入れるところから始めました。2013年1月のことです。インターンについても、はじめから労働を提供してもらうのではなく、弊社の環境を体感してもらうことを目的としました。また、外国籍の学生や留学生のアルバイト雇用も積極的に行いました。その中から縁があって入社する人が増えてきたのです。

法律改正はエンジニア採用に影響する? しない?

── 2013年に数名をインターンとして迎えたところから、わずか5年で20名以上の外国籍エンジニアを採用したというのは急激な変化だと思います。取引先とのコミュニケーションや就労ビザといったいくつかの「壁」があったと思うのですが、HENNGEさんではそれぞれをどう乗り越えたのでしょうか?

新井 外国籍メンバーはエンジニアなので、開発の現場でもお客様と直接お話をすることはまずありません。営業チームの担当者がお客様の声を拾い上げ、それをエンジニアに伝えてプロダクトに反映する、というやり方なので、外部とのコミュニケーションで問題が起こることはありません。

 ビザについても大きな問題や厄介事が起こったことはありません。これには入社を希望する人たちの多くが修士や学士の資格を持っていることが影響しています。逆に、弊社の場合なら営業職のような、特別なスキルを必要としない職種ですとビザを通すのは難しいのではないかと思います。学士や修士といった資格がないため、エンジニアの試験をフィリピンなどで受け、就労ビザに必要なスコアを獲得して入社したというケースもあります。

── 現在政府が進めている外国人就労に関する法改正については、HENNGEさんの外国人採用にとって追い風になりますか?

新井 実質的には、大きな影響はないと思っています。弊社で申請している就労ビザの種類は、「技術・人文知識・国際業務ビザ」なので、あえて「特定技能1号」「特定技能2号」といったビザで申請しなくても取得が可能な状況です。そのため、法改正があってもあまり変化はないと考えています。また、現在採用を検討している外国籍エンジニアについても、優秀な大学で開発を勉強している大学生をメインに検討しているので、スキルを持っている人物なら新たな制度でもビザは問題なく取得できると考えています。

── 外国人エンジニアの採用を積極的に進めているHENNGEさんが、法律が変わるということで何らかの対処を考えているのでは? と思ったのですが、逆に慌てず騒がずこれまで通りなのですね。後進の企業にとっては大きなメッセージになるでしょう。

新井 個人的には、「特定活動」というビザの種類ができたということで、外国人が日本で就労する機会が間違いなく増えたと思います。ただ、その枠組みだけ決めて中身がカラッポのまま法改正だけを性急に進めるのはどうかと思いますね。日本に来て就労した外国人の皆さんが『日本に来なきゃ良かった』と思うようなことにならないといいなと思います。

── おっしゃるような面がクローズアップされることも少なくありませんよね。法律が変わろうと変わるまいと、HENNGEさんのようにダイバーシティを実現されている企業が少なくないことを広めたいものです。

働き方に影響を与えるのは
文化の違いではなく「人」

── 言葉やビザなどの環境面についてはよくわかりました。次に気になるのは文化の違いです。文化が異なることで、日本人と外国人とで仕事の進め方が違ったりすることはないでしょうか?

新井 「○○の国の人はこういうスタイルだ」というカテゴライズがあるかもしれません。しかしそれは必ずしも当てはまらないと考えています。日本人だと「これをやって」と1つ言えば、その先を汲み取って10までやってくれたりすることもあります。だからといって外国人だから1と言えば1しかやらないというわけではないと思います。最終的には国籍に関係なく「個人がどういう考えを持っているか」というところによるので、私たちも手探りで対応する必要があるのではないでしょうか。スタートからゴールまで、1から10までそれぞれを「やってほしい」という自分の期待があるのであれば、それをきちんと口で発して伝える必要があると考えます。

── 技術職としてみたとき、外国人エンジニアのスキルやセンスが日本人より優れていると感じたことはありますか?

新井 日本人エンジニアが1しかできないところを、彼らなら同じ時間で10できる、という「量」の面で優れているところもありますし、成果物の「クオリティが高い」という話もマネージャーから聞いています。ただこの件も、一概に「外国人と日本人」ということで比較できるものではないと思っています。ご縁があって弊社にジョインしてくれている外国籍メンバーがかなり優秀なエンジニアスキルを持っている、だからこそそういう優れた面が見えてくるのでしょう。ほかにも、どのエンジニアも「改善していこう」という意識が強いと思うのですが、特に弊社の外国籍エンジニアにはそういう感覚がより優れている人が多いと聞いています。

── 「HENNGE One」の開発において、この仕組みや機能が外国人エンジニアの発想やスキルで誕生した、競合製品との差別化になった、というような具体的な事例はありますか?

新井 外国籍エンジニアは、ゼロを1にするというよりも、1を10に、10を100にするというように「スケールする」のが上手い、テクニックをもっているという印象があります。現在「HENNGE One」は400万ユーザー・3500社を越える企業で利用されていますが、単にユーザー数が増えただけでは利益の拡大にならないところを、スケーラブルな仕組みを導入していったことが利益の拡大につながっています。このスケールしていく仕組みは、AWSなど最新の技術を利用する必要がありました。その最新の技術情報は英語なので、翻訳を待っていると後れを取ってしまうことになりかねません。そこに英語ができる外国籍エンジニアが活躍することで大きなメリットを生み出してくれました。

── 確かに、日本語圏のサービスだと、スケールの部分でグローバルな発想が少ない気がしますね。中国やアメリカのような国土も広く、言語を利用する人数も多い国だと、ユーザーが増えていく上昇曲線も異なりますから、サービスがスケールして当たり前、というような思想があるのかもしれませんね。

まだまだ魅力にあふれる日本
ダイバーシティによる「変化」を恐れるな

── 私(聞き手まつもと)は何人かHENNGEの社員の方とFacebookでつながっているのですが、HENNGEさんの日常の様子をみていると、従業員との接し方でほとんど外国人と意識しないでビジネスをしている印象があります。

新井 仕事においては、外国人だから日本人だから、ということで区別したり対応を変えたりということはなるべくしないようにしています。人事としては、従業員全員が同じ環境を享受できることを意識して対応しています。

── ダイバーシティが進んでいる社内で、人事制度について経営陣からの意見はありますか?

新井 たとえば日本人だと、ほとんどの人は年末年始(12/29~1/3)に休みますよね? しかし中国人は春節(旧正月。1月下旬~2月上旬)に休む代わりに年末年始は休みません。年末年始は就業規則で会社の「休業日」になっているのですが、外国籍社員が多くなると、休業日も自分の好きなタイミングで取得できた方がよいのでは? というアイデアが出ました。

 しかし日本の労働基準法では、会社の休業日が減る、つまり営業日数が増えることで、労務管理的に「不利益変更」とされることもあるのです。日本人でも外国人でも同じように働きやすい環境を追及していきたいとは思うのですが、この休業日の問題のように、会社単位では動かし難い事柄もありますね。

── 優秀なエンジニアになればなるほど、海外のIT企業とも取り合いになるかと思うのですが、HENNGEさんを選んでもらう動機付けはどこにあるのでしょう?

新井 代表の小椋がよく言っているのですが、「東京」「秋葉原」「渋谷」という場所・キーワードは外国人にとってまだまだ魅力があるのだそうです。「あのアニメの聖地で働ける」「きれいで安全な街で働ける」というようなことに関して喜びを感じる若者、エンジニアというのは世界にたくさんいるということです。そして、シリコンバレーやアメリカ東海岸に行って働いたとしても、物価が高くて給料を数千万円もらわないと生活できない……というようなケースも少なくないそうです。それに比べれば、東京の物価は低いし治安的にも安全と考える人たちは、特に東南アジア圏に多いようです。弊社の外国人採用では、東京という街の魅力で引きつけ、さらに「社内で日本語不要」と言い切っています。そのため、かなり優秀な人が入社を希望してくるのです。

── なるほど。物価の話は特に興味深いですね。実質賃金や安全の面から見ると、シリコンバレーよりも東京の方が有利になる場合もあると。日本で働いているとわからない「魅力」をアピールすることで得られることがまだまだありそうです。

新井 このHENNGEという会社は「課題先進企業」だと思っています。日本はいま、人口減のためにロボット化やテクノロジーで技術を補うか、他の国から労働力を補うかという選択を迫られています。そんな中、弊社では新たなテクノロジーの導入でトライ&エラーを繰り返したり、積極的に他国籍のエンジニアを採用しています。しかし実は弊社は、2011年ぐらいまでは非常にドメスティックな企業でした。

 当時は「一般的な企業ではこうしているから」ということで、割と堅苦しい規則が多かったのです。コンプライアンスについても気にし過ぎのきらいがありました。しかし、外国籍社員が増えていくにつれ、お祈りの時間が必要だったり、特定の食事が食べられない、場合によっては就業時間もまちまちだったりと、社内の多様化がどんどん進んでいったのです。

 そうなると、規則に沿わない部分を叩いて潰していくよりも、いろいろな考えを認めていった方が仕事は楽しくなる、というところを経営陣はじめ社内全体が感じるようになってきました。これこそが弊社にとっての「最大の変化」ではなかったかと思っています。誰しも、慣れ親しんできた日常が変化する、ということは基本的には嫌うものです。しかし、実際に「変化」に接すると、考え方が若々しくなる、楽しくなるということが理解できるのです。

 今後日本においては、さまざまに働く環境が変化していくと思うのですが、それを恐れる必要はないのではと思っています。ダイバーシティが進んでいけば日本独自の良さもわかるし、他国の良さもわかってくるはずです。明治維新のときだってそうじゃないですか? ちょんまげを切り洋服を着ろ、と言われても日本人は柔軟に対応してきました。日本人はそういう「変化」に対応できる民族だと感じています。

── 熱いメッセージ、ありがとうございます。外国人従業員の採用を検討している企業にとって後押しになるお話だと感じました。本日はありがとうございました。

筆者プロフィール:まつもとあつし

スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ新書/堀正岳との共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。