特集:ペーパーレス最前線 2020

ペーパーレスを成功に導くワークスタイル改革の進め方とは?
~新庁舎移転で紙を半減した渋谷区役所


ペーパーレス化を始めることはそれほど難しくないが、開始したからと言ってすべての書類を無くせるわけではない。これから取り組むなら、環境整備と導入手順の構築は、すでに成功しつつある組織の体験を参考にしたいところだ。2019年に新庁舎に移転した渋谷区役所は、移転を契機にスマートワーク化を推し進め、紙の書類の半減に成功している。

文/狐塚淳


バックキャストで検討した新庁舎のコンセプト

今の時代、ペーパーレスは、それ自体が目的というより、生産性を向上させるための手段であり、その達成度を測るためのバロメーターといったニュアンスが強い。ペーパーレスが進んでいなければIT活用はうまくいってないだろうし、フリーアドレスの導入などにも大きなハードルとなる。

2019年1月に新庁舎を開設した東京都渋谷区役所は移転前の1年で職員一人当たりの文書保管量を54%削減することに成功したが、それはペーパーレスへの取り組み単独によって達成されたのではなく、移転を契機に新しいワークスタイルを実現するためのチャレンジの成果だった。

渋谷区役所で新庁舎のコンセプトを検討するワーキンググループが組織されたのは2014年に遡り、2015年からは部長級も加わって二次検討が開始されている。

「ワーキンググループでは内部の仕事と区民への対応の両者について、課題を解決し、ありたい姿を描くことが話し合われました」と、渋谷区総務部人事課ワークスタイル改革主査の岩本直樹氏は振り返る。

渋谷区総務部人事課ワークスタイル改革主査 岩本直樹氏

ここで利用されたのが、現在SDGsへのアプローチなどでも注目されているバックキャストという手法だ。バックキャストでは、未来を予測するうえで、実現したい姿・状況を想定し、現在に立ち戻って具現化すべき課題を考える。

渋谷区ではこのために、先進事例の見学や将来動向の確認といったインプットをもとに、将来的な執務環境整備方針とワークスタイルコンセプトを立案し、現状の改革の具体策として、空間やICTツール、運用、意識などをどうすべきかを検討していった。

区役所は基本縦割りの組織で、部署を越えたコミュニケーションをとるのは難しいが、ワーキンググループは若手を中心に横断的な構成とし、枠にとらわれない連携で検討が行われ、ワークスタイルコンセプトとして「ワクなくつなぐワクワクうみだす」を決定した。

そして、イノベーションを促すワークスペースを作り出すために必要なこととして、「コミュニケーションの活性化」、「生産性の向上」、「ABW(Active Based Working)」、「庁舎内外を問わないシームレスな勤務」をピックアップした。

部署単位でのグループアドレスを実現

目指すワークスタイルを具体化するためにはまずオフィスの設計が必要になる。部門間や職階の壁をなくし、職員同士の交流を創出するために「オープンオフィス」化を実現した。以前は、部署間にキャビネットが置かれ視線を遮っていたが、150cm以上の什器を無くし、デスクからは書棚を無くしてフロアの見晴らしをよくした。また、以前は会議室不足だったが、すぐに話せるミーティングスペースをフロア内に多く設ける形にして、コミュニケーションの活性化を図った。

フロアを見晴らすことが可能な「オープンオフィス」

執務デスクに近いミーティングルーム

また、執務デスク以外に業務の内容に合わせて場所を選べるよう、各フロアにワークラウンジを設けた。移転前の仮庁舎は6階建てだったが新庁舎ではフロア数が倍近く増えたため、違うフロアの人間とはなかなか会う機会がなくなる。これを避けるために、少人数用と大人数用のワークラウンジを別フロアに設け、ミーティングの種類によってフロア間の移動が必要になることでコミュニケーションの向上を図った。

さまざまな打ち合わせに使えるワークラウンジ

デスクには個人用の引き出しを設けず、パーソナルロッカーをフロアの両端に設置する形にした。来庁者の窓口もあるため、一気に全庁をフリーアドレスにするのではなく、まず、部署単位で自由にデスクを使えるグループアドレスを実施した。

コミュニケーションを活性化させるMicrosoft Teamsの導入

こうしたフロアのインフラ環境を利用して働き方改革を進めるためには、ITツールの活用が必要になる。

フロア内での、そしてフロアを超えた自由な動きを可能にするために、ほぼすべてのエリアで無線LAN環境を整備し、PCはモバイル性能を重視した2in1型のSurface Pro 6を選定し、執務席には大きな画面で効率的に作業できるよう外部ディスプレイを設置した。

また、職員のコミュニケーションを円滑に進めるためにビジネスチャットなどに使えるMicrosoft Teams(以下、Teams)を全職員に導入した。従来、デスクと紐づいていた内線電話がSkypeに着電するようにしたことで座席に縛られない働き方が可能になった。

Teamsについては、チーム作りに制限を設けず、案件単位で誰でもメンバーを選択することが可能で、スムーズなコミュニケーションを可能にしている。

導入の不安を払しょくした「パイロットエリア」の存在

Surface ProとTeamsの正式導入のタイミングは新庁舎開設時だったが、しかし、ここで問題になるのが導入と同時に職員全員に使ってもらい、業務に役立ててもらえるかだ。

「組織風土的に従来のやり方を重んじるところがありますので、変化に対し職員の不安を払しょくする必要がありました。また、ベテランの職員もスマホは使っていることから、新しい技術を業務に活用していくことは十分に可能と考えました」(岩本氏)

その解決のために、仮庁舎内に新市庁舎と同様の仕様の「パイロットエリア」が設けられた。企画部、総務部など一部のセクションが移転前の8か月間、実際にこのエリアで仕事を行い、ペーパーレス会議などの新しい取り組みを、課題を発見しつつ実践していった。そして、他の部署の職員に見てもらうために全26回の見学会を実施した。トライアルに参加した職員は実践結果をもとに課題を洗い出し、ルールの改正やノウハウの提示を行った。「パイロットエリア通信」というニューズレターを作り、情報を共有した。

新庁舎への移転後、従来の環境からのデータ移行は各自で行い、移行の期間は1カ月としたが、当初は不明点も多く出るだろうと予測して、そのサポート体制も充実させた。

「ヘルプデスクを契約し、チャットと電話で質問ができる形にすると同時に、どの部署でもつまずくところは一緒なので、Teamsに相互扶助チャンネルを設け、職員同士が質疑応答できる形にしました。また、ICT推進員を各部署に置き、教育的役割をサポートしてもらいました」(岩本氏)

実は6割削減された紙の書類

こうした取り組みのなかで、ペーパーレスに向けた歩みも着実に進んでいった。

移転に当たり、職員一人当たりの文書保管量の4割減を目標として設定し、春・秋2回の全庁削減活動期間を設けた。これまで紙で保存されてきた大量の書類の電子化は、移転前に庁内の会議室の一つに電子化センターを設置し、そこにスキャンを集約、委託した。一方、ルール上紙で残さなくてはならないものもあるため、新庁舎の各階には従来よりもスペースを削減した書庫を残し、ほかにリクエストを出すと翌日届く外部倉庫も活用するなど、さまざまな手段が取れるようにした。今後発生してくる書類を電子化するために、複合機を各階に入れた。

「新庁舎への移転で、文書の総量はキャビネット収録分で目標を超えて6割減となりました。資料のうち常用するものはかなり電子化、共有化が進んでいます。実は、旧庁舎から仮庁舎へ移転した時にも多くの紙を削減しているので、3年ごとの2回の移転で、さらに多くの紙を削減できたことになります」と、岩本氏は説明する。

「実は6割の紙が削減できていた」と語る岩本氏

これからの渋谷区役所の働き方に向けて

新庁舎でのワークスタイル変革の目的は、職員のルーチンを減らし、クリエイティブな仕事や区民とのコミュニケーションに今まで以上に時間を使えるようにするためだという。そのために渋谷区役所では、ここで紹介した以外にも、時差勤務やテレワークの導入、庶務事務のアウトソース、電子決裁の財務システムとのシームレスな連携など、さまざまな取り組みを進めている。新庁舎移転後は「オフィス改善委員会(快全組)」という組織を立ち上げ、今後のワークスタイル改善に向けた自由なアイデア出しを行っている。

渋谷区役所の取り組みを見ると、ペーパーレスが働き方改革の中で、どういう位置を占め、どんな手順を踏んでいくことで効果的に成し遂げられるかが理解できるだろう。

筆者プロフィール:狐塚淳

 スマートワーク総研編集長。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。インプレス等の雑誌記事を執筆しながら、キャリア系の週刊メールマガジン編集、外資ベンダーのプレスリリース作成、ホワイトペーパーやオウンドメディアなど幅広くICT系のコンテンツ作成に携わる。現在の中心テーマは、スマートワーク、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど。