スマートワークは自分と社会の可能性を広げていく



あの人のスマートワークが知りたい! - 第3回

慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授 夏野剛氏

慶應義塾大学の特別招聘教授であり、ドワンゴやグリーなど国内有数のIT企業の取締役も務める夏野剛さん。TVやニコニコ動画、Twitter、ニュースサイトNewsPicksでの発言も注目を集めます。忙しい日々を送る夏野さんに、「スマートワーク」とは何か? その実現に必要なものは? 詳しくお話を伺いました。

文/まつもとあつし


慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授の夏野剛氏。iモード、おサイフケータイの生みの親として知られる。現在はドワンゴをはじめ数社の取締役を兼務。

サイフも不要! 夏野流スマートワーク

―― 二足どころではないわらじを履いておられる夏野さんですが、その働き方をまずは教えてください。

夏野 自宅で仕事することがあるのはもちろんですが、オフィスが3カ所に分散しています。それぞれのオフィスにはMacBookが置いてあり、完全クラウド環境にしてありますので、どこでも仕事ができます。手元にはiPad miniが納まったファイルのみ。現金、サイフは一切持ち歩きません。

―― グループウェアなどクラウド環境はどのように整えられているのですか?

夏野 開発現場では皆Slackを使っていて、僕もメンバーになっていますけれど、そこにアレコレ書き込むということはほぼないですね。コミュニケーションの中心はLINEやFacebookメッセンジャーかな。もちろんメールも使っていますけれども。

 LINEは仕事でもよく使っています。「既読」が付くのが便利で(笑)

 Facebookはノイズも多いので。友だちを多くし過ぎて、タイムラインが知らない人の生活で埋まっている(笑) ちょっと仕事では使いにくいなあ、という感じですね。メッセンジャーだけ使っています。

 あとはGoogleカレンダーとGmailですね。これがないと何もできません。

―― オフィスが3カ所ということは、それぞれに秘書の方がいらっしゃって、各々がスケジュールを埋めていくことになりますね。

夏野 僕自身もどんどん予定を入れちゃうので調整は大変だと思います(笑)

 ドキュメンテーションには基本的にEvernoteを使っています。そして、メールで届いたドキュメントの閲覧にはKindleアプリを使うことが増えました。動作が速くて、読みやすいので。

 iPad miniの128GBモデルを使っていますので、どんどん内蔵メモリーにドキュメントを入れてますね。僕は入力もiPad mini上です。

―― そういえば通話用のガラケーは相変わらずですか? 夏野さんと言えば、iPad miniとガラケーの二台持ちというイメージです。

夏野 電話としての使い勝手を重視して、僕はずっとガラケー派だったのですが、新型iPhoneにFeliCaが搭載されたので、そっちへの移行も考えています。本当は、バッテリーの持ちが良いiPhone SEにも搭載されるとベストなんだけどね(笑)

―― なるほど、いよいよ夏野さんがガラケーから「卒業」するかもしれないのですね。時代の変遷を感じさせるトピックと言えます。

スマートワークの本質は「適材適所」

夏野 僕はスマートワークの本質って何だろうって考えたときに、確かにこのように環境を整えることはとても重要なんだけれど、それ以上に大切なことがある、と考えています。それは「適材適所」です。

 つまり、能力とか性格とかライフスタイルにあった仕事にめぐり会えている人は、どこでも仕事ができるし、どこでも知恵が出るし、どこでも連絡が「したくなる」。仕事がすごくスムーズに、スマートに進むんです。

 ところが、形だけ自宅勤務の仕組みを整えたり、ITツールを整えても、「適材適所」じゃないと、その人にとってはその仕事環境って辛いだけになる可能性すらある。

 だから適材適所が重要なんです。適性・特性にあわせた仕事の与え方とスマートワークは、実は表裏の関係にあるのではと最近つくづく感じるんです。

―― それは、夏野さんが色々な会社の社外取締役を務めて目のあたりにされていることでもあるわけですね。

夏野 僕はいま上場会社8社の取締役(社外6社・社内2社)をやっているのですが、どこの会社でも“生産性が上がらない”という問題が出ています。ところが、いずれの会社においても、生産性が低いと思われていた人を他のポジションに移した途端、生産性が上がりアウトプットが向上したという事例が、共通して存在するのです。

 とはいえ、社内だけで適材適所を図ることには限界があって、もっと会社を跨がって移動したほうが良いのかもしれないと(計8社での事例を見ているからこそ)つくづく感じますね。そこは日本はまだ遅れていると思います。個人の意識と会社の意識、両方が。会社は個人の面倒を見続けないといけないと思っているし、個人もその会社の中で仕事を見つけたほうが楽だと思っている。確かにいま日本で転職するというのは、すごく大変なことですからね。

 でも、自分にあっている仕事ってなんだろうって突き詰めて考えたときに、思い切って会社を変えたり、仕事を変えることも、1つの大きな選択肢ではないかなって思うのです。外に出たほうが自分に向いた仕事を見つけられる可能性は高まります。

 家でも電車でもオフィスでも、どこでやっても苦にならない仕事が見つかったときに、本当の意味でのスマートワークが実現するのだろうなと思います。

夏野氏が肌身離さず持ち歩くのは、iPad miniが収納できるファイルケース、そしてサイフ代わりの携帯電話のみ。基本的にカバンを持たず、PCその他が必須になる作業は各所のサテライトオフィスで集中的に済ませる。モバイルワークの1つの理想と言える働き方だ。

「時間」で仕事を測るのを止めよう

―― 巷では、スマートワークがいわゆる労働強化につながるという懸念から、導入に二の足を踏んでしまうという話を聞きます。

夏野 スマートワークは、「時間で仕事をしない」ということとおそらくイコールだろうなと思います。もちろん、“トータルで何時間”というのはあると思いますが、例えば子育ての間におむつを取り替えながら仕事のことを考えているワーキングマザーが沢山います。それは仕事の時間なのか、それともプライベートな家事の時間なのか、というのはハッキリとは切り分けられないわけです。

 それでも20世紀は、職場にいる時間が働いている時間だと「みなされていた」わけですが、現在はデバイスやテクノロジーが進化したので、どこでも仕事ができるようになりました。ということは、仕事時間に拘る必要はもうなくなっていて、空いた時間はアウトプットに集中したほうがいいんです。会社の側も、個人の側も。

―― おそらく「スマートワーク総研」の読者は、共感するところだと思います。

夏野 人事を担っている人たちからすると、わかりやすい「時間による管理」を否定する考え方なので、抵抗感があるとは思います。経営層、マネジメントはアウトプットに着目するのが本来の姿である一方、管理部門は管理することが目標なので、なかなかスマートワークは馴染みません。公平性を意識しますから、短時間でアウトプットできる人をむしろ好まない傾向すらあるのでは。皆等しく、ある程度働いてほしい、という。

 だから、人事の考え方も根本から変えないといけない時代が来ていると思います。

―― 制度面からはいかがでしょうか? ホワイトカラー・エグゼンプションのような制度の変化に期待する向きもあるかと思いますが。

夏野 労働基準法の問題は大きいですね。ホワイトカラー・エグゼンプションも、実は給与所得者の2%以下しか対象にならないような話をしているにも関わらず、大騒ぎしています。年収が1075万円以上の専門職を対象にしていますから、労働組合が守るような人たちではないのです。もっと大らかにやってみて、制度がどのように機能するか見守っても良いと思うのですよ。

―― 夏野さんご自身も時間とは関係のない働き方ではあるわけですね。

夏野 まったくないですね。僕がいま社外取締役を務めるドワンゴも、完全に裁量労働制ですから。そのほうが効率は上がるのです。全員が揃わないと仕事ができなかったり、仕事ができる人ほど仕事量が多くなってしまったりするのは、かえって不公平ですよね。時間という概念は補助的に使ったほうが良いと思います。

―― 「適材適所」という考え方を貫くこと、そして「時間で仕事量を測るという考え方は止めていく」ということですね。

夏野 そうですね。そうしないとスマートワークは実現しないと思います。人事における仕事の測り方の変更や、制度も含めたツールの整備など、環境を整えた先にあるのは、先ほど申し上げたような会社の枠組みを超えた適材適所ということになります。

 そして20世紀にできたルールで現状に即さない最たるものは、「兼業禁止規定」です。これは外さざるを得なくなります。1年間に睡眠などプライベート以外の時間は約8000時間あり、そのうちの純粋な労働時間は約2000時間と言われています。これだけで、週40時間といった縛りを設けてやっていても、1年のうちの4分の3は労働時間ではない。その時間に他の収入を得てはいけないというのはおかしいと思います。

 ロート製薬など各社が兼業禁止規定の廃止を始めていますが、これはどんどん進めていくべきです。

ロート製薬は2016年2月、兼業制度にあたる「社外チャレンジワーク制度」を設けた。

―― それは個人の時間を有効活用するだけではなく、もっと大きな意味を持っているわけですね。

夏野 そうです。まさに適材適所という話に通じます。不幸にも今の仕事が自分に向いていなくても、兼業での取り組みで他の可能性が見つかるかもしれません。個人的な幸福につながる話でもありますし、ライフスタイルの多様化に関わる部分も大きいのです。

 いま日本では50歳での未婚率が男性20%、女性10%です。皆が皆、家族を養っているわけではありません。彼らは時間があるはずで、3つくらい仕事ができるかもしれない。そうすると視野も広がるし、自分の能力を活かすチャンスも広がる。それは個人的なハピネスだけではなく、社会にとっての人材の有効活用ということにもつながっていきます。多様性があるのだから、もっと働きたい、社会に貢献したいという人たちに門戸を開くべきなのです。

 そのように兼業の動きが広がると、スマートワークは極めて重要になってきます。ちょっとした本業のすき間時間に、兼業先のクライアントからメール連絡があったら、答えたいじゃないですか。

―― わたしのようなフリーランスはそうせざるを得ないですけれども(笑)

夏野 「兼業禁止規定の禁止」というのを僕はいま行政に提案していますよ(笑) 労働人口の減少にも役立ちますし、能力があるのに働けないというのは社会にとっても個人にとっても不幸なことですから。スマートワークは、実は社会課題の解決にもつながる話なのです。

―― マイクロソフトの小柳津篤氏も、別のインタビューで、育児や介護のお助けツールとしてスマートワークを捉えてしまってはもったいないというお話をされていました。それにも通じますね。

夏野 いま日本の経営層も団塊の世代からの代替わりが進んでいます。これまで経営層のITリテラシーがボトルネックで停滞していましたから、今後はIT活用からスマートワークまで一気に進展する可能性が見えてきますので、そこにも期待しています。

夏野流「仕事の本質」

―― スマートワークという面から、夏野さん自身が働き方で心がけていることは?

夏野 仕事って自らの意思をもって広げていくという面もありますが、もう1つ「思ってもみなかったことをやらなければいけない」という場面も訪れます。社会が、天が授けると言いますか――それこそ天命的なものですね。

 たとえば僕の場合、最近では五輪の新エンブレム募集に携わりました。まさか自分が関わるとは思っていなかったのですが、結果的に4つの案を先行公開したり、審査風景をニコ生で生中継するなど、IT業界での知見が役立ったと思います。新エンブレムはその甲斐あって、すっかり定着しましたね。

 この件などは、まさに社会の要請で取り組んだものですが、これからはそういった側面がさまざまな人の前に現れると思います。会社の中で明確に決められた仕事だけが仕事ではなくなっていくでしょう。

 そうなると、普段からどれだけフレキシブルに、オープンに、間口広く生きているかがすごく重要になってきます。これまでのように会社の中で情報に浸り、業務をこなすだけでは自分の能力、才能を生かし切っていない可能性が出てくる。自分の「可能性=機会」をオープンな状態にしておくために、このスマートワークという考え方はとても重要だと思っています。

 情報収集はもちろんですが、アイデアが生まれたら共有して、いつでも誰とでもコミュニケーションをとることが重要です。それによって、社会の一部として自分の才能を組み込むことができます。結果、チャンスも広がっていくはずですよ。

―― スマートワーク総研ではSNSとの向き合い方を語る連載があり、そこでは慎重な振る舞いを促すことが多いようです。夏野さんが留意されていることは?

夏野 人を揶揄したり、中傷したりしないというのは大原則ですね。あとは、自分が思っていないようなことを書かない、それだけです。自分が本当に『こうなんだ!』と思う意見を発信している限りは、どんな批判が寄せられても、揺らぐことはありませんから。

―― なるほど。夏野さんがTwitterなどのソーシャルメディアで積極的にオピニオンを投稿されているのは、スマートワークという面からも重要な取り組みでもあるわけですね。最後に「夏野さんが考えるスマートワークとは?」という締め括りの質問をさせてください。

夏野 スマートワークとは賢く仕事をするということですが、それは自分にとってカッコイイことでもあるのです。苦行じゃない仕事の仕方を実現すること、それは賢く、格好良く仕事ができること。もちろん仕事を進めていく上では辛いこともあるけれど、スマートに上手くいったときの喜びは何物にも代えがたいものがあるはずです。

―― 本日はお忙しい中ありがとうございました。