三年後の日本はこうなる テクノロジー×データ×ワークスタイル (第2回)

写真右からインテル株式会社 井田晶也氏、MM総研代表取締役所長 関口和一氏


社会情勢や働き方が大きく変わろうとするなか、ICTを活用した企業や社会生活の変革に期待が高まっている。ICT市場で半導体分野を長年リードするインテル株式会社の井田晶也氏、ICT活用の調査分析をリードするMM総研代表取締役所長の関口和一氏を迎え、“三年後の日本はこうなる”をテーマに対談を実施した。全4回にわたって紹介していくうちの、第2回は企業におけるデータ利活用の重要性や“データの民主化”について語ってもらった。

文/古作光徳


データ利活用が企業価値向上の鍵に

関口 半導体の世界には「ムーアの法則」があります。パソコンなど人が活用するデバイスからIoTの時代となり、マイクロプロセッサーに加え、ストレージやネットワークの性能がそれぞれ1年半で倍くらいになっていることを考えると、あらゆるところで爆発的な量のデータが生み出されることになります。天文学的な量のデータをただ集めるだけでなく、必要なデータの抽出や有効活用するための処理も必要不可欠となるでしょう。集めたデータから実際にビジネスで収益を上げるケースは、世界的にみてもまだ少ないのが現状ではないでしょうか。ある調査では、世界の企業でデータを生かし収益に結びつけられている企業はわずか3%程度に留まっているそうです。同じ調査で日本は2%なので、平均をやや下回っています。最近よくいわれるデジタルトランスフォーメーション(DX)に向け、様々なデバイスからデータを集めようとする流れが世界的に起きていますが、日本はまだそこが弱いのかなと思っています。

井田 データ利活用はデータ収集の次の段階で、なるべく早くこのステップに行くことが大切だと思っています。我々は、この段階をデータ セントリック トランスフォーメーション(DcX)という言葉で説明しています。

関口 データをどう利活用するかは、企業が競争力をつける新たな機会になりますね。しかし、今の日本は働き方や企業制度、ICTインフラの整備などDcXに進むうえでの 課題も多いのではないでしょうか。あるいはそもそもDcXが日本でどの程度起こりうるのか、ということも大きな疑問だと思います。その意味では、まずインフラを整えていくことが大切ですね。新型コロナウイルスが広がる前から「働き方改革関連法」が制定され、ICTの活用支援が政府レベルで行われています。法整備と各企業のインフラ整備が喫緊の課題であり、そうした整備を行った後に、様々な利用シーンから生まれてくる問題を検討する必要があると思います。

特に菅内閣が誕生したことで、IT基本法の見直しやデジタル庁の創設、様々なICT政策のリニューアルの動きが活発になっています。多くの組織が、デジタル化されていない書面の承認や押印、形骸化した会議などにより、業務が滞るといった弊害を感じています。デジタル化を進めることで、業務フローの無駄がわかるようになるのではないでしょうか。

井田 先進的な企業はすでに動き始めており、データを利活用する企業には新しいビジネスが生まれてきています。多くの企業が、自らの制度や組織をどう変革していくかという悩みをお持ちになっているようですが、今年は奇しくも新型コロナウイルスの流行で、行動変容をせざるを得ない環境となり、データ活用を推し進める契機になったのではないでしょうか。

「データの民主化」が市場全体の価値をアップさせる起爆剤に

関口 自動運転は大量のセンシングデータを取得して実現します。クラウドにデータを貯めておくこともありますが、その多くは捨てられ、新しいデータが取り込まれるということが繰り返されています。その取捨選択は、データを取得した企業や団体に委ねられると思いますが、必要なデータは企業によって異なると思います。せっかく集めたデータも活用しなければ宝の持ち腐れとなります。こういった課題にどう対処すべきでしょうか。

井田 インテルは“データの民主化”というキーワードを掲げています。例えば、ひとつの企業がある種のデータを溜めるようになっていたとします。それを社会やステークホルダーと共有し、必要なデータを相互に活用することで相乗効果を上げる。というのが“データの民主化”の思想です。データ自体を収益化することに着目するのではなく、企業はデータを活用して付加価値を生み出すことを重視することになります。

関口 日本企業はどちらかというと情報を出さないという傾向が見受けられます。例えば、東日本大震災の直後、東北地区で車が通れなくなった時に、カーナビから得られるGPSのデータを活用し、グーグルマップ上にどこが通行可能かという通行実績マップを掲載して被災地支援に役立てましたが、1ヶ月程度で終わってしまいました。理由は、データを提供していた大手自動車メーカーの経営陣から「データは商売のために集めているのだから、もう震災も一段落してきているし、もういいだろう」という声が上がったからでした。公開を続けたメーカーもありましたが、市場のフィードバックによりサービスの付加価値を高めるという発想にはなかなかなりにくいですね。

先般、MM総研が主催し、日本経済新聞社の共催で、ノルウェーのCognite(コグナイト)というソフト会社と一緒にシンポジウムを行いました。北欧の石油・ガス産業は長期の原油価格低迷で業績が厳しく、単純なコストダウンだけでは生き残れないという背景から、デジタルツインなどのICTを活用してビジネスモデルを根本から見直そうとしています。コグナイトはノルウェーのアーカーグループという民間の大手石油ガス会社が出資するベンチャー企業ですが、国営のEquinor(エクイノール)や他の欧州の天然ガス・石油会社なども巻き込んで、一緒にデータを共有し利活用するという潮流を生み出しています。ビッグデータ分析は1社でやるより、何社も集まった方がより精度の高い結果が得られるからです。

井田 日本は、企業間のビジネス情報の共有だけでなく、消費者行動など個人情報の取り扱いに対しても敏感ですね。

関口 リスクマネジメントの視点が強過ぎ、データを共有し利活用することに二の足を踏んでしまうことが多いのではないでしょうか。企業が安心してデータ共有を進められる制度設計が必要です。データの利活用に向けた政府のイニシアティブも重要ではないかと感じています。ところで、インテルは技術を中心に企業のデータ活用を支援していると思いますが、具体的にどのような内容が多いのでしょうか。

井田 ネットワークを介してデータセンターにデータを蓄積し、AIを使って解析していくことは我々が得意とするところですし、様々な業種で幅広い応用ができる技術を持っています。

関口 例えば、物流でモノの個別管理や状態変遷を共有し、さらにブロックチェーンを使って偽物と入れ替わることを防ぐといったことも行っているようですね。

井田  少し前になりますが、農業分野の支援も行いました。具体的には砂栽培という手法のデータ活用を支援しました。砂栽培では、二毛作や三毛作の連作被害がなくなります。そこで得た様々なデータを、もっとも効率よく野菜を採るにはどうしたらいいかというレシピとして吸い出し、そのレシピデータを販売するというビジネスを行っていこうという取り組みでした。

関口 事業として考えると収益化も重要ですね。例に挙がった野菜の栽培レシピのように収集したデータを収益に変えるなど、データの利活用が高まれば、企業が収入を得る機会も多様になるでしょうね。

ネットワーク技術の知見を、中長期の社会変革につなげる

関口  インテルは低消費電力のAtomプロセッサーを提供し、手軽にモバイルPCを使える環境を作ろうとしたと思います。しかし、時代はそれを通り越してスマートフォンに行ってしまいました。残念ながら、スマートフォンのビジネスは少し取りこぼしたようですが、今後の5G技術の展望を含め、そのあたりはどうお考えでしょうか。

井田 5Gの技術開発には、実はインテルも関わっていました。4Gのモデムもインテルが関わっていて、大手メーカーのスマートフォンモデムにも、実はインテルの製品が入っていました。当初は5Gにも関わると言っていたのですが、現在はPCの中に組み込まれる5Gモデムに集中していこうという考えです。いずれにしても5Gは今後の技術の中で必要不可欠な注目分野だと捉えています。

関口 教育分野では「GIGAスクール構想」が様々なところで話に出ていますね。今年の前半は新型コロナウイルスで学校に行けない子供たちが非常に多い状況でした。しかし、実際にオンラインによる双方向授業が行えた学校は全体の5%以下という報告が文部科学省から発表されています。

井田 GIGAスクール構想では、端末と通信環境の整備を一体的に進めています。新型コロナウイルスの流行が落ち着き、子どもたちが普通に学校に通えるようになった後も、生徒が自由に学び方を選べるようになりますし、何かの事情で学校に通えない生徒さんも同等の教育を受けられるようになります。オンラインとオフラインの授業を同時進行させることも可能になるのではないでしょうか。

関口 通信と情報処理はどちらか一方だけから考えるのではなく、両方から社会変革にどのように活用できるのかを展望することが大事ですね。

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