ダンクソフト星野晃一郎代表取締役

「昨年2~4月のコロナウィルス感染拡大(第一波)よりもはるか前から、通勤に伴う時間や体力には相当なコストが発生していることを私はさまざまな機会で発言してきました。在宅勤務では、このコストを大幅に削減することが可能になります。

もう1つの大きなメリットは、家庭で子どもが父親や母親の仕事の様子を見る機会が増えること。子どもが成人になった後の「未来への投資」になると言えるのではないでしょうか。

さらなるメリットは、仕事に集中しやすくなるために、労働生産性が高くなること。チャットツールやテレビ会議システムなどの社員間やクライアントとのやりとりは履歴として残ります。これをもとに互いに情報を共有することが可能になります。これが、顧客へのサービスの質の向上にもつながります。在宅勤務で、多くの人の生活が豊かになり、発想が柔軟になり、クリエイティビティが上がるのです」

主にWebサイトやアプリケーションのコンサルティング・制作・構築などを手掛ける株式会社ダンクソフト(東京都千代田区)の星野晃一郎代表取締役は語る。創業者の急逝に伴い、1986年に代表取締役就任。1990年代後半から、社員とともに働きやすい環境作りに力を入れてきた。特に残業時間の大幅な削減、柔軟な労働時間、副業の許可、在宅勤務、全国にSmartOffice(スマートオフィス=クリエイティブワークチームが集うスペース)を設置、オフィスのペーパーレス化に積極的に取り組んできた。

その進歩的な姿勢が評価され、2014年に「ダイバーシティ経営企業100選」、「テレワーク推進賞(優秀賞)」、2016年に「テレワーク推進企業等厚生労働大臣表彰(輝くテレワーク賞)」、「テレワーク先駆者百選」、2017年に「攻めのIT経営中小企業百選」などを受賞した。受賞はこの5年間で、10に達した。

ダンクソフト星野晃一郎代表取締役

地域密着のSmartOfficeで優秀な人材を採用

2021年1月現在、正社員19名、パートナーシップ契約3名、アルバイト1名。正社員19名のうち、全員が在宅勤務を継続中。SmartOfficeは徳島県の徳島市、阿南工業高等専門学校内、高知県の高知市、岡山県の津山市にある。SmartOfficeへの出社は義務ではなく、自宅で仕事をすることも可能だ。

SmartOffice(徳島市)

SmartOfficeで仕事をするデザイナー

1983年の創業時から職種ごとの採用を実施している。現在、最も多いのはデザイナー、エンジニアで18名。内訳は本社に13名、それぞれのSmartOfficeに1~3名いる

SmartOfficeの設置基準は、「その地(自宅のある地域)にいながらダンクソフトで働きたい人がいること」。入社時に労働契約を交わす際の話し合いで、本人が本社・自宅(在宅)・SmartOfficeのいずれかを決める。本社勤務であっても、状況に応じて在宅勤務にすることもできる。SmartOffice勤務の場合も、本社勤務や在宅勤務に変えることは可能だ。ただし、2020年4月の政府の緊急事態宣言以降、現在に至るまでは在宅勤務を徹底している。

それぞれのSmartOfficeには、1~3名のデザイナー、エンジニアがいる。全員が中途採用試験を経て入社した20~40代の即戦力だ。そのほとんどが入社前から現地に住居を構え、地元のメーカーなどにデザイナー、エンジニアとして勤務していたが、仕事や家庭の事情で退職した。これらの社員のほぼ全員に共通しているのは、今後も現在住む地域に住み、ダンクソフトで仕事をしていく考えをもっていることだ。

「ここ数年は、新卒採用試験や中途採用試験の求人広告をWebサイトに載せても、エントリー者が少ないのです。一方で最近は業績が拡大し、特にデザイナー、エンジニアが足りない状況が続く。全国にSmartOfficeを構えることで各地域の優秀な人材を採用できるので、大きなメリットを感じています」(星野社長)

SmartOfficeを設ける前に、まずは在宅勤務の態勢を段階的に整えてきた。2002年には、自宅からもアクセスできる社内イントラネットを開設した。2003年は残業時間の管理を厳格にする一方で、柔軟な働き方ができるように社員らと話し合い、就業規則を改訂した。

2006年、社員がアトピー性皮膚炎になり、体調不良のため自宅から外出することが難しくなった。本人の希望を踏まえ、在宅勤務とした。その後、女性社員が出産や育児で休業する。この場合も、復帰後は在宅勤務にした。

2008年に、最初のSmartOfficeを静岡県の伊豆高原に開設する。アトピー性皮膚炎で在宅勤務だった社員が完治後に、社長に提案した。「同社に在籍しながら、アウトドアスポーツを子どもたちに教えるNPO(特定非営利活動法人)を設立し、運営に関わりたい」という内容だ。会社として提案を認め、伊豆高原の別荘を購入し、NPOの事務所兼SmartOfficeにした。

「会社の人材育成の一環としても、提案の内容は好ましいと考えました。社員がNPO運営に関わることで経営に関心を持ち、会社への意見や提案がマネジメントをきちんと心得たものになってきました。

大切なことは、減った時間をどうするのか、という発想です。労働時間が減ることで、その時間で何かを新たに学び直す。こういう社員が増え、チームや部署、会社全体のレベルが上がり、新しいサービスや商品ができる。このサイクルが必要なのです。いかにクオリティーの高いものを出していくか。そこへのアプロ―チが必要です。政府や経済界、会社、社員個々は、ここまで描くべきなのです」(星野社長)

ペーパーレス化、労働時間の管理、残業時間の削減で在宅勤務を推進

2010年から現在に至るまで、ペーパーレス化に取り組む。星野社長は在宅勤務を進めるためには、本社とSmartOfficeの書類や資料を減らすことが不可欠と判断した。まず、社内の紙文書を精査し、不要な資料や書類を廃棄した。次に本当に必要な書類のみをデータ化して、スキャナをほぼ使わずにペーパーレス化を完成した。ペーパーレス化を推進したことで、2010年当時80坪ほどのオフィスであった本社を約30坪のオフィスに移転することができた。その後、現在の場所にオフィスを移転し、24坪とさらに小さくなった。現在は全員在宅勤務のため、社内外のイベント配信用スペースとしても使用する。

本社オフィスでオンラインイベントを開催

2011年、東日本大震災の発生を機にBCP(事業継続計画)対策のためにSmartOffice化を加速させた。2012年には、全社員を対象にフレックスタイム制度(コアタイムは10時から15時)を導入。現在は裁量労働制度も導入している。

さまざまな事情でフルタイム勤務ができないために短時間勤務を希望する社員は、会社との話し合いで労働時間を決める。通常、毎年3月、社長と本人で1年間の人事評価や次年度の賃金の昇給などについて協議する際に労働時間についても話し合う。現在は週30時間(週5日)契約が2名、週4日(1日8時間)契約が1名で、いずれも正社員である。

在宅勤務やSmartOfficeに勤務する社員は、出勤・退勤をメールや社内用SNSに毎日報告する。勤務時間中、本社と各自宅やSmartOfficeは原則としてオンライン会議システムに常時接続し、Webカメラで互いを画面上で見ることができる。社員が机に向かい、作業している姿や席を外したりする様子がリアルタイムで映る。ただし、全員在宅勤務になり 住宅事情でプライベートを見せたくないなどの事情もあって、現在は映像の常時接続は行っていない。

テレビ会議システムを通じて打ち合わせをする星野社長

仕事は数人のエンジニアがグループを作り、共同作業で進めることが多い。報告・連絡・相談はメールやチャット、Web会議システムを使い、行う。グループのリーダーは、本社に限らず、自宅やSmartOfficeに勤務する社員がなる場合もある。本社の社員のみがリーダーをしていると、SmartOffice化をスムーズに進めることができなくなると星野社長は考えているのだ。

「在宅勤務では勤務時間中、各自のオフィスへ電話がかかることは少なく、仕事に集中する社員が多い。時間が経つのも忘れてしまいかねません。36協定を締結するなどして残業時間が増えないように本社から社員全員に十分な注意を払っています。

労働時間が減ることで、その時間で何かを新たに学び直す。こういう社員が増え、チームや部署、会社全体のレベルが上がり、新しいサービスや商品ができる。このサイクルが必要です。政府や経済界、会社、社員個々は、ここまで描くべきなのです」(星野社長)

全社員参加のオンライン会議

年2回(5月、12月)、本社に全社員が集まり、「DNAセミナー」を行う。1日間で、経営理念や決算、チーム体制や各自が仕事をするうえでのルールの確認をする。労働時間の管理、残業時間の削減や有給休暇の消化率を上げることも話し合いのテーマとしている。

「私は、ワークライフバランスの内容や目的を初めて知ったのが2009年でした。そのとき、中小企業では絶対にできない、と思いました。当社は、それよりも10年程前から社員たちと話し合い、就業規則を随時、改訂してきました。状況に応じて、在宅勤務や副業、労働時間の大幅な削減などに取り組んできたのです。

多くの中小企業では、こういう試みは相当に難しいはずです。ワークライフバランスで謳われる労働時間の削減や副業・兼業をルールとして各企業に持ち込もうとすると、中小企業はまず持たない。たとえば、役員や管理職がいて、その下にヒエラルキーがあり、全体を統制しようとすると労働時間の削減は難しい。管理職のあり方を変え、一般職との関係をもっとゆるいものにして互いに歩み寄る組織作りをする。その1つが、Smart Officeであり、在宅勤務なのです」(星野社長)

今回取り上げたダンクソフトは、昨年春にコロナウィルス感染拡大に伴い、急きょ、在宅勤務を始めた企業ではない。30年以上前からさまざまな試行錯誤を経て今日に至っている。しかも、Smart Officeやペーパーレス化、労働時間の管理、残業時間の削減、テレビ会議システムを通じての情報共有など、常によりよき姿を目指し、バージョンアップを繰り返してきた。「不断の努力」が、企業のマネジメントにいかに大切なものであるかを示している事例と言える。

ダンクソフト社員の集い

「コロナに負けない!在宅勤務・成功事例」
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筆者プロフィール:吉田 典史

ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006年より、フリー。主に企業などの人事や労務、労働問題を中心に取材、執筆。著書に『悶える職場』(光文社)、『封印された震災死』(世界文化社)、『震災死』(ダイヤモンド社)など多数。