今読むべき本はコレだ! おすすめビジネスブックレビュー 第28回

ベンチャー・キャピタルの第一人者が書いた本格的教科書


『VCの教科書 VCとうまく付き合いたい起業家たちへ』
スコット・クポール 著、庭田よう子 訳/東洋経済新報社

新しい技術やビジネスモデルを開発し、短期間で急成長するスタートアップにとって、資金獲得は極めて切実な課題となる。スタートアップに投資するベンチャー・キャピタル(VC)は彼らを支える大切なパートナーだ。しかし、VCからの投資を受けると会社を乗っ取られてしまうのではないのか、身ぐるみはがされてしまうのではないかなど、疑いの目で見ている人もいるだろう。伝説のVC共同経営者がVCの内幕から付き合い方を語る。

文/土屋勝


FacebookやTwitterを育てたベンチャー・キャピタル

本書は、アンドリーセン・ホロウィッツの第1号社員で、現在も共同経営者を務めるスコット・クポールによる、ベンチャー・キャピタル(VC)についての本格的な教科書だ。同社はFacebook、Twitter、Skype、Airbnbなどを創業期から支援してきたVC。VCはどのように資金を集め、利益を生み出しているのか、起業家はVCとどう付き合えばいいのか。豊富な事例をもとに解説している。

なお、アンドリーセン・ホロウィッツのアンドリーセンは90年代初頭、はじめてテキストと画像を同時に表示できるWebブラウザーNCSA Mosaic、そしてNetscape Navigator(FireFoxの前身)を開発したマーク・アンドリーセンだ。Web時代を切り開いたスーパープログラマーは稀代のベンチャー・キャピタリストに転身していた。

VCの役割は

著者のクポールはまず、VCの役割をこう述べている。「VCはスタートアップに関わり、5年から10年のライフサイクルで企業を成長させる」。これこそが短期的な利益を求める投資ファンドとの違いなのだという。VCにとって、成長し、株式公開するか買収されて巨額のリターンをもたらすスタートアップを見つけ出し、関わり合うことが存在基盤だ。

「リスクを回避してはいけない」。スタートアップへの投資のほとんどは失敗に終わる。成長せず、途中で退場する企業の方が多い。だが、Facebookに最初に投資するラウンドは、もう決して巡ってこない。次のFacebookやGoogleを失うことは、VCにとってキャリアの終わりとなる。

VCにとって投資先が凡打やシングルヒット、1倍から数倍のリターンをいくら打っても話にならない。ホームラン、つまり10から100倍のリターンをもたらさなければ生き残れない。大事なのは打率ではなく、本塁打率なのだ。

VCはどういう基準でスタートアップを選ぶのか

それではVCはスタートアップをどのような基準で選ぶのか。クポールは「人」「製品」「市場」の3つの要素が大切だという。

人はもちろん創業者のこと。創業者は万能であったり、スーパーハッカーである必要はない。企業のミッションについて優秀なエンジニアや経営幹部、販売やマーケティングなどの人材を引き付けられるような、説得力のあるストーリーを生み出す能力を持っているかどうかに着目するべきだという。

そして製品、これはアーリーステージではアイデア段階のことも少なくない。VCから見ればアイデアはその企業だけが思いつくことは少なく、ライバルが存在する前提で考えるという。その中でどうしてこの会社に投資するのか。「明日現れるかもしれない、マーケットのニーズにさらに優れた対処ができるチームを思いつくだろうか? 答えがノーならば、目の前のこのチームを支援するべきなのだ」。

また、創業者の成功を予測するものは、実際の製品のアイデアではなく、あれこれと求めて迷うアイデアのプロセスである。確固たる信念を抱き、その過程でよく吟味すること。現実世界のフィードバックにもとづいて方向転換できることが大切である。信念がぐらついてはいけないけれど、最初の考えに拘泥してはいい製品はできない。いかに早く、いかに柔軟に方向転換できるか。大企業には望めない、これこそがスタートアップの最大の武器だろう。

VCにとってもっとも重要なのは市場の最終的な規模だという。小さな市場で成功してもVCに必要なリターンはもたらされない。具体的には7年から10年で数億ドルの売上高が出る市場を狙えという。数億ドルということは数百億円に該当するので、日本市場だけを対象にしていると難しい。VCからの投資を受けるには、日本国内でまず成功しようなどと考えず、最初からアメリカかアジア全域をターゲットにする必要があるだろう。

VCはどのようにして投資資金を集めているのか

VCがどのようにして投資資金を集めているのかも、VCと付き合う上では大事なことだ。会社のイグジット、つまり株式公開か売却の期限に関係してくる。

VCはLimited Partner(LP)と呼ばれる出資者が持つファンドから、分散投資の一環として資金を投資されている。LPには大学基金、財団、企業年金基金、ファミリー・オフィス(富裕層家族の代理投資マネージャー)、政府系ファンド、保険会社などが該当する。

アメリカの大学ではVCに投資する基金の運用で運営費や奨学金をまかなっているところが少なくないという。これについては大学基金の中でも特に優良とされるイェール大学基金モデルについて詳しく解説している。イェール大学基金は総額294億ドル、日本円で約3兆円に達する。さまざまな分散投資による資金運用で年間8%の利益を生んでおり、大学の年間売上の3分の1を占めている。学生が払う授業料などは総予算の10分の1にしかならないので、いかに基金運営が大学経営の潤沢な予算を支えているかが分かる。

そして大事なのは、VCはある時点で投資先企業の株式を売却するか公開し、LPに出資金を返す必要があるということだ。

VCから資金を調達するには

著者のクポールは資金調達について、基本的なことがら「VCから資金調達するべきか? するならば、その金額は? どんなバリュエーションで?」と問う。起業家の考え方、つまり市場機会が十分に大きく、7年から10年で数億ドルの収益が出て、高成長で儲かる事業を築けると自分とVCをしっかり納得させることができなければ、VCから資金を調達するべきではないという。大きな市場規模が狙えないのであれば、小規模VCや銀行からの借入も選択肢と考えるべきだ。

現在の資金調達ラウンドで資金を集めるときには、次の資金調達ラウンドのことを考えておくべきだともいう。一度に必要な資金を調達するのではなく、1年から2年という期限で段階的に資金を調達するほうがリスクが小さくなる。全額を一度に調達する条件はひどく高くつくし、資金調達額よりも少ない金額で会社を売らなくても済む。初期のスタートアップが過剰な資金を調達すれば、破綻の原因にもなる。「ラーメンだけ食べて床の上で寝ろとは誰も言っていないが、限られたリソースしかないほうが、会社にとって重要なマイルストーンに磨きをかけるために役立つし、どの投資も最終的な機会費用と確実に比較検討するようになる」という。

取り上げている法制度、商習慣はアメリカの事例なので、日本で起業しようとする人にはすぐには役立たないかもしれない。だが、すでに述べたように市場規模が小さすぎる日本国内での起業では、そもそもVCからの投資対象にならない。世界をターゲットにビジネスを立ち上げようという意欲のある起業家にお勧めするが、人口減少が避けられない日本の将来に悩んでいる現役の経営者にも読んでもらいたい。

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次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をスマートワーク総研がピックアップ!

『シリコンバレーのVC=ベンチャーキャピタリストは何を見ているのか』山本康正/東洋経済新報社

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『僕は君の「熱」に投資しよう――ベンチャーキャピタリストが挑発する7日間の特別講義』佐俣アンリ/ダイヤモンド社

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『ファンベースなひとたち ファンと共に歩んだ企業10の成功ストーリー』佐藤尚之、津田匡保/日経BP

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筆者プロフィール:土屋勝(ツチヤマサル)

1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。