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第3回 DX(デジタルトランスフォーメーション)


コロナ禍をきっかけに官民でDX推進の機運が高まる

日本でもDX(デジタルトランスフォーメーション)推進への機運が高まっています。その背景には、国際的な競争力の低下に対する不安に加え、新型コロナウイルスの影響で急速に変化する事業環境にいかに適応するか、デジタル活用により本質的な変革を実現するには何をすればいいのか、といった企業の課題感もあります。

文/ムコハタワカコ


DXはIT化を超えたデジタルによる変革

デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)をひと言で説明すると、「デジタル技術を活用して事業や組織、社会に変革をもたらすこと」。この言葉は2004年、ウメオ大学(スウェーデン)のエリック・ストルターマン教授が提唱した、「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面で良い方向に変化させる」という概念が発祥とされています。

「DT」ではなく「DX」と略されることが多いのは、英語圏で「横切る・超える」という意味を持つ接頭辞「trans-」をしばしば「X」と省略することから。日本の経済産業省が取りまとめた「DX推進ガイドライン」の中では、DXは以下のように定義されています。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」(デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン (DX推進ガイドラインVer.1.0)

DXとよく似た言葉に「デジタイゼーション(Digitization)」「デジタライゼーション(Digitalization)」というものがありますが、これらはいずれもDX実現の前段階にあるプロセスを表す言葉です。「デジタイゼーション」とはデジタル化、つまり紙などに収録されているアナログ情報をデジタル形式に変換することを指します。もう一方の「デジタライゼーション」は、デジタル化した情報を活用して、事業や業務を効率化すること。情報フォーマットのデジタル化だけでなく、プロセスそのものをデジタルに置き変えることを意味します。

これら2つの段階を経て実現するDXは、単なるデジタル化、IT化とはまったく異なる、よりドラスティックな変化を意味します。DXは企業・組織の中の変化だけではなく、ユーザーや社会に新しい価値をもたらす変革です。企業・組織が本当の意味でのDXを進めるためには、既存のビジネスモデルや組織の構造をはじめ、文化や風土など、そこに所属する人の意識の変革も求められます。

実際にDX推進に取り組む企業は1割以下

経済産業省は2018年9月に「DXレポート」を公表し、老朽化・複雑化・ブラックボックス化した既存システムがDX推進の障壁となることへの警鐘を鳴らしました。その後、DXガイドラインの策定、DX推進指標による企業の自己診断の促進や、経営者に求められる対応(デジタルガバナンス・コード)の提示、DX認定の制度化やDX銘柄選定など、企業におけるDX推進を支援する施策を展開してきました。

このため近年、デジタル変革に対する危機感を持つ企業は増え、DX推進への機運は高まっています。ただし、実際にDX推進に取り組む企業はほんの一握りです。情報処理推進機構(IPA)がDX推進指標の自己診断結果を収集し、2020年10月時点で企業約500社のDXへの取り組み状況を分析した結果、全体の9割以上の企業がDXに「まったく取り組めていない」か「散発的な実施にとどまっている」状況にあることが分かっています。

2020年12月、経済産業省は再度、企業がDXを加速するために取るべきアクションと必要な政策を検討した「DXレポート2」の中間報告書を公開しました。この報告書では、DXレポート以降のこの状況を「『DX=レガシーシステムの刷新』といった本質的ではない解釈が生まれてしまった」「現時点で競争優位性が確保できていれば、これ以上のDXは不要と受け止められてしまった」と分析しています。

一方で、2020年は新型コロナウイルス感染拡大により、事業環境の変化に迅速に適応できた企業とそうでない企業の差が急激に開きました。押印、客先常駐、対面販売など、これまで疑問とされてこなかった企業の慣習・文化が変革の阻害となっていることが目の当たりとなり、企業が先送りしてきた課題が一気に表出した形となっています。

奇しくもコロナ禍によって明らかになった「すばやく変革し続けること」「システムのみならず、企業文化を変革すること」の重要性とは、DX推進で求められること、そのものです。DXは単なる「既存のレガシーなITシステムの更新」の問題ではなく、企業に根強くあった固定観念、文化を変革する「既存のレガシー企業文化からの脱却」の問題であることが、改めて認識されつつあります。

コロナ禍という外的要因によるものではありますが、この環境の変化は「DX推進の契機であり、チャンス」とも言えます。主要先進7カ国の中では最も低いとされる日本の労働生産性を一気に向上させるためにも、ポストコロナ時代の日本はこれまで諸外国に後れを取ってきた「DX」を官民が協力して、推進していかなくてはなりません。テレワークやビデオ会議、電子契約をはじめ、デジタルによる社会活動の変化に触れた人々の行動は、もうコロナ以前の状態には戻らないでしょう。

DX推進で企業が具体的に取るべきアクションとは

DXレポート2の中間報告書は「今すぐ企業文化を変革しビジネスを変革できない企業は、確実にデジタル競争の敗者としての道を歩むだろう」と警告します。その上で、DXに未着手の企業、散発的な実施にとどまっている企業には、まずはDXを知ること、理解することと、市販製品やサービスの導入により業務のオンライン化や業務プロセスのデジタル化などを進めてみて、成功体験をつくることを“直ちに取り組むべきアクション”として勧めています。

続いて取るべきアクションとしては、DX推進に向けた体制の整備や戦略の策定、推進状況の把握が挙げられています。体制整備については、経営層、事業部門、IT部門の間でDXの目的や自社の戦略・進め方についての理解を共有すること、戦略的にデジタル活用施策をリードする経営層(最高情報責任者や最高DX責任者など)の役割・権限の明確化、多様な人材とのコラボレーションにより外部環境の変化やイノベーションを自社に取り込む体制づくりを勧めています。

DX戦略策定においては、コロナ禍による環境変化を踏まえた業務プロセスの再設計が、DX推進状況の把握には、DX推進指標などによる定期的な確認が求められています。

中長期的には、デジタル企業として「迅速に変わり続ける能力」の獲得が目標となっています。その中では、DXを1社1社で実現しようとするのではなく、競合他社も含めた協調により無駄な投資を削減し、余力を競争領域へ投入する「デジタルプラットフォームの形成」や、環境の変化に応じて迅速な製品・サービス開発が行える内製の体制づくり、DX推進にあたって対等な立場で伴走できる企業とのパートナーシップ構築などが重視されています。

また、DXを実現する人材の確保も重要です。中間報告書では「変革を遂行する人材の確保も先送りできない」として、社外を含めた多様な人材が参画する時代を見据えたジョブ型人事制度拡大の検討や、変革を主導する人材を確保するための評価の仕組み、スキル・知識の学びの場を設けるための仕組みの整備も推奨しています。

報告書には「具体的にどのようにすれば競争優位を獲得できるかということに決まった一つの答はない」とあります。DX推進において企業が目指すべきは、ビジネス環境の激しい変化に対応し、そこで活躍する競争力の獲得に向け、繰り返し変革のアプローチを続けること。DXには「完了」という状態はありません。環境に合わせて迅速に変わり続ける能力の獲得こそが、DX推進では求められています。

筆者プロフィール:ムコハタワカコ

書店員からIT系出版社営業、Webディレクターを経て、編集・ライティング業へ。ITスタートアップのプロダクト紹介や経営者インタビューを中心に執筆活動を行う。派手さはなくても鈍く光る、画期的なBtoBクラウドサービスが大好き。うつ病サバイバーとして、同じような経験を持つ起業家の話に注目している。