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第5回 ダイバーシティ&インクルージョン


組織の活性化と日本社会の未来を拓くキーワード

最近、様々な場面で聞かれるようになった「ダイバーシティ&インクルージョン」。この言葉と概念はこれまでどのように議論され、広がってきたのか。組織の活性化と日本社会の未来における可能性について整理してみます。

文/古井一匡


「ダイバーシティ&インクルージョン」とは?

ダイバーシティインクルージョン」という言葉は、日本語では「多様性とその受容」などと訳されます。

様々なバックグラウンドや属性、志向を持つ人たちが共生できる環境を整えることで、組織や社会を活性化し、新たな価値を生み出すのがその狙いです。

「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉と概念が登場したのは、20世紀後半のアメリカだといわれています。

1965年、公民権法に基づき米国雇用機会均等委員会(EEOC)が設置され、「ダイバーシティ(多様性)」は、「ジェンダー、人種・民族、年齢などにおける違いである」とされました。こうしたダイバーシティが理由と思われる不合理な雇用差別に対して訴えを起こせるようになったのです。

1980年代以降、アメリカではさらに大手企業を中心に多様な人材を採用し、融合する「ダイバーシティ&インクルージョン」の考えが広がっていきました。性別や人種などにとらわれず、優秀な人材を活用することが組織としての競争力や生産性を高めると認識されるようになったのです。

注目されるのは、このあたりから「インクルージョン(受容、包摂)」に重点が置かれるようになったことです。組織に多様な人材を集めても、壁があったり反目し合ったりしていては逆効果です。お互いを認めて受け入れること(インクルージョン)によって、多様性のメリットがより発揮されるのです。

実際、「ダイバーシティ&インクルージョン」を経営戦略に取り入れることで大きな成果を挙げるグローバル企業などが増えました。

その結果、いまや「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉と概念は、アメリカだけでなく世界中の国々に広がり、ビジネスや政治における重要なキーワードとして定着しているのです。

日本における「ダイバーシティ&インクルージョン」の経緯と現状

日本における「ダイバーシティ&インクルージョン」は、言葉の普及はともかくとして、第2次世界大戦後の「女性の社会進出」から始まったといえます。

日本は、1979年の第34回国連総会において採択された「女子差別撤廃条約」を1985年に批准し、同年「勤労婦人福祉法」を改正した「男女雇用機会均等法」が成立、女性総合職が誕生しました。その後、1992年には育児休業法が施行され、1999年には「男女共同参画社会基本法」もできました。2000年代に入ると「ワーク・ライフ・バランス」が流行語となり、2018年の女性の就業率は全年齢ベースで51.3%と、50年ぶりに5割を超えました(総務省調べ)。

ただし、いまだ日本では男女格差の度合いを示す「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」(世界経済フォーラム発表)の順位は、世界156カ国中120位(前年121位)と、世界的には低いままです。日本における女性の社会進出は道半ばといったところでしょうか。

女性の社会進出と並んで、日本社会の内なる「ダイバーシティ&インクルージョン」といえるのが、高齢者や障がい者の就業増加です。

日本の総人口は2019年(令和元年)10月1日現在で1億2600万人あまり。うち65歳以上は約3600万人で、総人口に占める割合(高齢化率)は28.4%に達します。

これにともない、2018年の高齢者の就業者数は過去最高の862万人となり、2004年以降、15年連続で増加しています。近年は70歳以上の就業者数が急速に増えており、2021年4月からは従業員を70歳まで雇用する努力義務が事業主に課されています。

障がい者については現在、身体障害、知的障害、精神障害を合わせて1000万人近くいるとされますが、そのうち2020年6月時点で約58万人が働いており(厚生労働省調べ)、こちらも年々増え続けています。

なお、日常生活において何らかの不自由があるという点では、要介護(要支援)者も同じです。その数は2020年では約657万人とされ、前述の障がい者と要介護(要支援)者を単純合計すると、人口比で軽く1割を超えます。

これは家族の介護をしている人が多数いることも意味し、その数は現在約628万人。うち仕事を持つ人が半分以上の約346万人にのぼります(総務省「平成29年就業構造基本調査結果」)。

そのほか、総人口の約8%、1000万人ほどいるとされるLGBT(性的マイノリティ)や、2018年時点で100万人を超えるガン患者(そのうち3人に1人は治療をしながら働いている)の存在も、日本社会の内なる「ダイバーシティ&インクルージョン」といえるでしょう。

日本社会の多様化は外部からももたらされつつあります。それは外国人の存在です。

2019年6月末の在留外国人数は約283万と過去最高を更新しました。最近、特に増えているのが外国人労働者です。

日本は長年、外国人労働者を受け入れてきませんでしたが、1981年に出入国管理法が改正され、外国人研修制度が設けられました。1993年には技能実習制度が開始され、研修終了後も追加で最大1年(後に2年に延長)の滞在が許可されました。

そして2019年、深刻な人手不足を背景に、限定的ではあれ単純労働者の受け入れに踏み込むことになりました。出入国管理法の改正により「特定技能」という新しい在留資格をつくり、建設、介護など14業種において外国人の単純労働を認めることになったのです。

2020年10月末現在、「特定技能」資格を含めて日本には約172万人の外国人労働者がおり、その数は今後も増え続けるでしょう。

日本はこれまで、どちらかといえば同質性が高く、多様性が少ない社会だといわれてきました。

しかし、周囲をよく見てみれば、日本社会の「ダイバーシティ&インクルージョン」は思った以上に進んでいることに気づくはずです。

日本をより希望に満ち、豊かな社会にするために

「ダイバーシティ&インクルージョン」は近年、多くの日本企業において組織を活性化したり、無駄を省いて生産性を上げたりするための戦略として重視されるようになっています。

しかし、「ダイバーシティ&インクルージョン」が持つインパクトは、企業経営のレベルにとどまるだけではないでしょう。

「ダイバーシティ&インクルージョン」を深化させることによって、性別、年齢、障がいや病気の有無、性的志向などを問わず、また外国人も含めて一人ひとりがその能力と意思を発揮できる新しい社会の形が見えてくるはずです。

それはおそらく、明治維新や第二次世界大戦での敗戦に匹敵するくらいの大きな変化を日本の社会にもたらす可能性があります。

幸い、欧米に比べると日本では宗教や人種などによる社会の分断が相対的に少なく、これまで対応が遅れていた面がある分、伸びしろがあるとも言えます。

すでに、「働き方改革」における「同一労働同一賃金」の義務化、人事制度における「ジョブ型雇用」の普及、上場企業において2030年までに「女性役員比率を30%」に引き上げるとする政府や経団連の方針など、実際にそうした方向へ向けた動きが急ピッチで展開されています。

それに加えて、私たち自身の意識の見直しも不可欠でしょう。かつて「総中流意識」とよくいわれましたが、いまだに多くの日本人は無意識のうちに、自分のことを「ふつう=多数派」として捉えている傾向があります。

しかし、実際には「多数派」がいつの間にか「少数派」になるケースは少なくありません。

多様な個人が多様な働き方や生き方を通して、それぞれの人生を充実したものにしていく。そのためには、「ワークスタイル」や「ライフスタイル」という言葉があるように、一人ひとりの「ココロスタイル」ともいうべき内面の多様性をお互いが認め合い、また各人が「自分らしいココロのあり方」を磨き上げていくことが欠かせないと思われます。

そうした幅広い「ダイバーシティ&インクルージョン」の取り組みの先に、より希望に満ち、豊かな社会が見えてくるはずです。

筆者プロフィール:古井一匡(ふるい・かずただ)

1960年、富山県生まれ。大学卒業後、編集プロダクションを経てフリーに。金融、投資、経営、不動産などのビジネス系書籍、雑誌、ネットコンテンツの企画・編集・ライティングを手がける。著書に『矛盾の経営 面白法人カヤックはどこが「面白い」のか?』(英治出版)、『マンガFX入門』(原作、ダイヤモンド社)、『住宅脳クイズ100問』(共著、住宅新報社)など。