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第7回 セーフティネット


コロナ禍で「安全網」が貢献、デジタル化による変化も

生活や就業、事業継続への不安が世の中を覆ったコロナ禍の下、給付金や支援金、助成金への関心も高まりました。これらの仕組みは「セーフティネット」と呼ばれ、個人や企業を経済的破綻のリスクから守り、破綻が社会全体に波及することを防ぐ役割を持ちます。近年はデジタル活用による効果的・効率的な社会保障のあり方についても議論が進んでいます。

文/ムコハタワカコ


経済的破綻が社会全体に及ぶことを防ぐ

「セーフティネット」の本来の意味は「安全網」、つまり建設現場などで人の落下を防ぐ、または物が落下したり飛んできたりしたときに人を守るために張られる網のこと。ここから転じて、特に個人や企業を経済的破綻のリスクから守るための社会的な措置や仕組みのことを「セーフティネット」と呼ぶようになりました。年金・医療保険などの社会保障制度を含めることもあります。

日本では、安定した雇用を提供し、失業者の生活を保証するための雇用に関する公的セーフティネットとして、「公共職業安定所」や「雇用保険」、離職者などへの職業訓練期間中の「生活保障給付」といった制度が定められています。また、雇用保険をはじめとする援助や扶助のほか、保有する資産や能力など、あらゆるものを活用しても「健康で文化的な最低限度の生活」の維持が不可能な場合には、「生活保護」が適用されます。

中小の事業者向けには、中小企業信用保険法に基づく「セーフティネット保証制度」があります。これは、取引先が再生手続きを申請したり事業活動の制限を受けたりした場合や、災害、取引金融機関の破綻、大規模な経済危機による融資枠の縮小などにより、経営の安定に支障を生じている中小企業・小規模事業者(個人事業主を含む)が受けられる資金繰りの支援制度です。一定の要件を満たし、事業所の所在地を管轄する市町村長または特別区長の認定を受けることで、信用保証協会が一般保証とは別枠で融資額を保証します。

セーフティネットには、個人や企業をリスクから救済するだけでなく、一部の破綻が社会全体に波及することを防ぐ役割もあります。金融機関の破綻が波及しないよう中央銀行が資金を供給する機能や預金保険、雇用保険などはその例です。

コロナ禍でセーフティネットが果たした役割

2020年から猛威を振るった新型コロナウイルスの感染拡大は、経済活動の停滞をもたらし、それに伴って雇用や就業に大きな影響を与えています。日本国内の2020年4月の休業者数は597万人と大きく跳ね上がりました。また2021年4月の就業者数(男女計)は2019年同月の数字に比べて51万人減となっています。

緊急事態宣言による外出や移動の自粛などに伴い、収入や売上が減少した個人や事業者、要請を受けて休業した事業者・従業員には、手当や助成、経済的支援が行われています。

2020年には住民基本台帳に記録がある全員を対象に、一律で1人10万円の「特別定額給付金」が給付されました。また、離職によって住まいを失った人、失う可能性のある人に家賃助成を行う「住居確保給付金」制度の支給期間はコロナ禍の影響を踏まえ、2021年1月から最長支給期間を9カ月から12カ月へ延長されています。

このほか、コロナ禍で収入が減少したり、失業したりした世帯を対象に生活費の貸付を行う「緊急小口資金」「総合支援資金」等の制度も設けられています。

事業主が労働者に休業手当等を支払う場合にその一部を助成する制度としては、以前から「雇用調整助成金」がありましたが、新型コロナウイルス感染症の影響を勘案した特例措置により、この助成率と上限額が引き上げられました。雇用調整助成金は、雇用保険の被保険者に対する休業手当などが対象。学生アルバイトなど雇用保険被保険者以外の従業員に対する休業手当は「緊急雇用安定助成金」の助成対象となっています。

また、新型コロナウイルス感染症の影響で休業したにもかかわらず、休業中に休業手当を受けることができなかった従業員が国に直接申請できる「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」も創設されました。この休業支援金は、時短営業などで勤務時間が短くなった人や、シフトの日数が減少した人も申請可能です。

事業者向けには、感染症拡大により、特に大きな影響を受けている事業者に対して、事業継続を支援するための給付金の支給制度として「持続化給付金」が幅広い業種の事業を対象に設けられました。さらに緊急事態宣言に伴う飲食店の時短営業や不要不急の外出・移動の自粛により影響を受け、売上が減少した中堅・中小事業者には「一時支援金」制度も用意されました。

前述したセーフティネット保証制度についても感染症の影響を鑑みて、保証の指定や指定業種拡充、危機関連保証の発動などによる中小企業者対策が実施されています。

このように、コロナ禍を受けて政府は比較的速やかにセーフティネットとなる各施策を展開していると言えます。パート、アルバイトなど「シフト制」労働者が家計を支えている現状を踏まえ、こうした労働者への支援金の創設や拡充も行われています。

ただし、申請の煩雑さやデジタル化の遅れにより、給付金や助成金支給に遅れが出ている実態も明らかとなりました。また、給付金や助成金の不正受給など、制度の“悪用”も問題となっています。いざという時に真に困窮する人を迅速に救済し、社会へ及ぼす影響を最小化するためには、まだまだ多くの課題が残されています。

デジタル活用によるセーフティネットの強化

デジタル庁の設置が決まり、官庁においてもデジタル変革への機運が高まる中、デジタル活用により効果的・効率的な社会保障の提供を進めるべきだという議論が開始されています。

内閣に設置された高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)のもとで活動する「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」が、2020年12月に提出した報告(案)では、マイナンバーの利活用促進を提言。その中には「マイナポータルをハブとしたデジタル・セーフティネット構築の検討」「多様なセーフティネット:児童手当、生活保護等の情報連携等の改善の検討」などが盛り込まれました。

もともと2016年1月にスタートしたマイナンバー制度は、税務・社会保障・災害の分野で「公平・公正な課税」と「社会保障負担・給付の公平性・効率化」の2つの目的で活用するために導入されたものです。このうち後者の目的での活用をもっと進めるべきだというのが、この提案の趣旨です。

具体的には、マイナンバーを活用した情報連携を徹底し、国民の各種証明書の取得・提出や行政機関等の照会・提供の手間を削減することで、国民の負担軽減、行政のコスト削減・正確性がさらに向上し、正確な所得情報に基づく効果的・効率的な社会保障を提供するデジタル・セーフティネットの構築が可能になる、としています。

一方で、弱者救済がセーフティネットの本質であると考えれば、デジタル化によって救済から取り残される人が現れるようなことはあってはならないことです。平井卓也デジタル改革担当相が掲げる「誰一人取り残さないデジタル社会」という視点は、デジタル・セーフティネット構築の場面では特に重要なものだと言えるでしょう。

筆者プロフィール:ムコハタワカコ

書店員からIT系出版社営業、Webディレクターを経て、編集・ライティング業へ。ITスタートアップのプロダクト紹介や経営者インタビューを中心に執筆活動を行う。派手さはなくても鈍く光る、画期的なB to Bクラウドサービスが大好き。うつ病サバイバーとして、同じような経験を持つ起業家の話に注目している。