勤務形態は9種類+α! ワークスタイル変革を続けるサイボウズの現在



勤務時間や在宅、ワークスタイルの変革を実現させたサイボウズの風土とソリューション

サイボウズ株式会社は、あるきっかけでワークスタイルの変革を決断するとともに自社のグループウェアをフル活用することで仕事と生活の両立を実現した。ワークライフ・バランス向上の成功事例ともいえる制度改革の実際を、サイボウズ執行役員の中根弓佳氏にお伺いした。

文/飯島範久、写真/小林伸


 ワークライフ・バランスへの取り組みが重要な課題になりつつある昨今。とはいえ、勤務時間帯や場所の工夫、在宅勤務の導入といった制度改革を進めるにはいくつかのハードルを越えなければならない。

 日本のグループウェア市場をリードするサイボウズ株式会社は、あるきっかけでワークスタイルの変革を決断するとともに自社のグループウェアをフル活用することで仕事と生活の両立を実現した。ワークライフ・バランス向上の成功事例ともいえる改革の実際を、サイボウズ執行役員の中根弓佳氏に前後編でお伺いした。

 この前編では、ワークスタイル変革のきっかけからその内容・意図などについて、そして後編ではそのワークスタイルを十全に活かすべく作られた東京・日本橋の新オフィスをじっくり解説していただいた。

中根弓佳氏。2001年、サイボウズ株式会社入社。開発部テクニカルライティングチーム、知財法務部長にて、経営法務、契約法務、M&A、知的財産管理等を担当した後、人事、財務経理に職務を広げる。現在事業支援本部長、執行役員、子供2人(9歳、6歳)。

きっかけは事業拡大中に起きた、離職率の急上昇

―― グループウェア、つまり企業のワークスタイルに変化をもたらすツールを手掛けているサイボウズが、自社のワークスタイルを変革することになったきっかけは何だったのでしょう?

中根 11年前の2005年に、離職率が28%にまで達したことがきっかけです。その背景には、ワークスタイル以前に『そもそも私たちは何をモチベーションに働いているのだろう?』という問いがあったと思います。

 当時はM&Aによる事業拡大のフェーズでした。1年半でおよそ9社買収し、それに伴い人は増え、売上も増え、時価総額もかつてないほど上昇しました。でもなぜか、私たちにはワクワク感がなかったのです。これが離職率をグンと上げてしまった一因だと思います。

 社員が辞めたとなれば新たに採用する必要がありますが、当時の私たちは知名度が低く、社員採用には多大なコストがかかりました。そのうえ、採用した新社員が活躍し始めるまでには時間が要ります。

 そこで、社員に長く働いてもらえる、退職しなくても済む環境を整えなければという危機感が芽生え、「ワークスタイルを変えていこう」という流れになりました。

社員のモチベーションがカギだった

中根 そこでまず私たちは、何のために働きたいのか皆に聞きました。すると、開発メンバーから返ってきたのは「良いグループウェアを作って、それをお客さまに便利に使ってもらえること」。営業のメンバーからは「お客さまにグループウェアを提供して『良いものを教えてもらった』『自分たちの会社が良くなった』とよろこんでもらうこと」だという意見が挙がりました。

 つまり、「理想」が大切なのだということをそこで認識したのです。

 当時のサイボウズでは、「情報サービスを通じて世界の豊かな社会生活に貢献する」という堅い企業理念を掲げていましたが、これは今思うと、あえてサイボウズが掲げる必要はなく、また個性もない考えで、実際私たちもその理念を意識したことはありませんでした。

 では私たちは何を理想としたらよいのか考えたところ、ITツールを提供しているだけでなく、このツールを通じてお客さまの「チームワークを支援する」というところに落ち着きました。そこで、チームワークを支援するにあたって、私たちが自信のないものについては止めようということになり、買収した事業を今度は整理したのです。

2005年の離職率急上昇が、ワークスタイル変革のきっかけだった。

時間と場所を軸にした9種類の働き方を実現

―― 危機感を覚えてからの行動が素早いですね。せっかく買収した事業を数年のうちに売却してしまうとは大胆です。では、具体的にどのようなプランが動き始めたのでしょう?

中根 私は2007年に第一子を出産しましたが、それ以前の2005年に第一子を出産する女性社員が現れたのです。まさに離職率が高かった頃ですから、「できれば辞めたくない」と言ってくれる人が長く働ける方法を作ろうということになり、急遽2006年に「労働時間を選択可能に」しました。

 さらに、私たちが開発しているバーチャルオフィス環境ツール「サイボウズ Office」や「サイボウズ ガルーン」を使えば、チームメンバーとコミュニケーションはできるのだから、場所に縛られる必要もない。同時にリモートサービスも提供していましたので、この2つを組み合わせれば会社に来なくても働けるのでは? ということで、在宅勤務へのチャレンジも始まりました。

 時間の選択肢を増やし、場所の選択肢を増やし、現在では9つに分類した働き方を選べる体制になりました。

―― 9つに分類されているワークスタイルの従業員比率は?

中根 現在は、70%が長時間働く「A」の青色ライン、25%が中間のオレンジ色の「B」ラインで、5%が短時間の「C」ラインですね。

現在のサイボウズでは、時間と場所を軸にした9種類の働き方を選択できる。加えて「ウルトラワーク」という一時的な社外勤務制度も用意されている。

ツールがワークスタイルをサポートしてくれる

―― 在宅勤務を取り入れている方々も増えつつあるのですか?

中根 概ね在宅勤務という社員が2人ほどいます。とはいえ、必要に応じて自宅で働く人は大勢います。ワークスタイルの9分類は、あくまでも「いまのライフステージではあなたはどんな風に働きたいですか?」という平均的な働き方の選択に過ぎないのですね。

 そして選択後には「みんなに伝える」ことが大切です。「私は、18時で帰りたいです」と宣言することで、この人は18時に帰りたい人なんだという認識が生まれ、この人とのコミュニケーションはどうすべきなのか、チームワークのためにみんなで考えることができます。

 たとえば私の場合、来週授業参観日があるんです。授業参観というのは5時間目だけなので一般的なケースですと、午前中のみ会社に来て、午後休を取ることになると思うのですが、都内に住んでいても通勤だけで往復1時間以上かかるので時間がもったいないですよね。

 そんなとき、サイボウズ社員はその日だけ自宅で働く、という選択ができます。「学校に行く時間だけ抜けます」と宣言して授業参観に参加し、自宅に戻ったあと、また定時まで2〜3時間働くわけです。

 このように、通常の働き方から外れて働くことをサイボウズでは「ウルトラワーク」と呼んでいて、実行するときは宣言をします。そしてウルトラワークをしていることがわかるように、スケジューラーで公開します。そうすることで、『あれ、今日は中根さん見ないなあ』となったとき、私のスケジュールを見ると「ウルトラワーク在宅」となっているので、みんなが理解できるのですね。

中根氏の場合、お子さんが2人いらっしゃるので、短期間に2回ウルトラワークをする、という。一般的な企業では午後休を短期間に2回申請することがためらわれる場合も少なくないことを考えると、サイボウズではこうした制度が形骸化せず、活きて使われていることがわかる。

―― 在宅中に会議をしたいとなったら?

中根 テレビ会議のシステムがありまして、手持ちのパソコンから会議室とつながることができます。じつは先ほどまで会議をしていたのですが、私は東京から、ひとりは大阪から、もうひとりは子どもの体調が悪いため自宅からという3拠点間で、エクセルの資料も参照しつつ執り行いました。テレビ会議はスマホからも可能です。

 テレビ会議のシステムは、Ciscoさんの「Jabber」を利用しているのですが、これはリアルタイムでのコミュニケーションが必要な場合のみです。そこまで即応性が求められない場合は、サイボウズのグループウェアで会話します。会議で決まったこともグループウェアに残していくことで、誰と誰がどんな会話をしているのか、それに対して上司がどう判断したのか、いつでも見られるので、その日居なかった人でもあとから理解できます。

企業風土を制度に落とし込み、その制度をツールが助力する

―― サイボウズ Officeをはじめとしたツールが、制度を支えているわけですね。

中根 ツールの助けはとても重要です。ただ、いくら制度とツールがあっても、結局使われないこともあります。「在宅勤務制度があるよ」と言っても、「その制度が使いにくい」とか、「家で仕事をしていたらなんとなくサボっていると思われるのではないか」「在宅勤務を選択することで、評価が下がるのではないか」といった、社内の風土や雰囲気がある限り、その制度は形だけに終わってしまいます。

 私たちは「チームワーク」という企業理念を掲げた頃から、風土改革にも取り組んできました。

 たとえば、個人と個人は信頼関係を築けないと一緒に働けないのだとすると、「では信頼関係を形作るものは何か?」ということを深く考えていった結果、現在は公明正大だったり、議論するといったことを企業風土として根付かせようとしています。

 個人やチーム、物事に対しての意見を飲み会の席でぐちぐち言うのではなく、きちんと「違うと思う」と言い合って議論することが大事だという考え方を、青野社長が中心となって試行錯誤しながら作っていき、それを10年掛けて浸透させてきました。

―― 考え方を浸透させるためには、かなり時間を費やす必要があるのですね。

中根 やはり理念だけではそんなにすぐに理解できるわけもなく、繰り返し繰り返し伝えてきました。理念を絵に描いた餅にするのではなく、これは私たちの信頼を図るベースと考えて、採用基準にしたり評価軸に加えるなど、「企業風土や考え方を制度に落としこんで運用する」ことで、年々皆の理解が進んできたと思います。10年経ちましたが、今後もまだまだ変えていきますよ。

「企業風土」を「制度」に落とし込み、その制度を「ツール」が助力する。サイボウズのワークスタイルが機能する理由は、この三者がうまく噛み合っているからだろう。

個々人に合わせたワークスタイルを提供したい

―― どのあたりを変えていこうとしているのですか?

中根 ワークスタイルにおける時間や場所を、短期的にも長期的にも選べるようになりましたが、本当に一人ひとりの多様化や個性を重視できているのか、それを一人ひとりが認識して最大のパフォーマンスを出せるような役割分担であるとか、サポートやチームワークができているのかというと、まだまだでしょう。

 一人ひとりに価値観があって、それこそが潜在的に多様な部分だと思うのですが、「あなたはどのように働きたいの?」という問いに対しての、「私はA1(オフィスで長く働く)で働きたいです」という答えは、表面化された個性の1つでしかないのです。

 なぜこの人がA1で働きたいのか、どんな価値観をもって、どんな環境で生まれ、現在はいかなる環境で生活し、そのなかでその人が最も大事で価値あると思っているものは何か――。本当はそれらがすべて合わさったうえで「A1」という答えが出ているはずです。ですから、より深い個性に着目し、うまく理解したうえでチームに貢献してもらえるような方法を、まだまだ考えていかなければならないと思っています。

―― そこまで一人ひとりの個性に応じた働き方を提供できたら素晴らしいですね。

中根 自分は何に価値を感じて、どんな働き方をしたいのか? 自分が考えて、自分が責任をもって選択し自立する。ワークスタイルもそうですし、ひいてはキャリア選択にも通じると思っています。自立しながら幸せな働き方をしている個々人が、チームになって理想を目指していける姿を描けるように努力していきたいですね。

離職率の急上昇を受けて始まったワークスタイル改革。このグラフを見る限り、当初の目的は成功したと言ってよいだろう。次は「個々人に合わせたワークスタイルの提供」という第二の変革へ進もうとしているサイボウズ。今後もその働き方に注目していきたい。

筆者プロフィール:飯島範久

1992年にアスキー(現KADOKAWA)へ入社し『DOS/V ISSUE』や『インターネットアスキー』『週刊アスキー』などの編集に携わる。2015年に23年務めた会社を辞めフリーとして活動開始。PCやスマホはもちろん、ガジェット好きで各種媒体に執筆している。Microsoft Officeは95から使っている。