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第11回 スマートワーク


「スマートワーク」を理解するには「働き方改革」を知る必要がある

スマートフォンにスマートシティ、スマートファクトリー、そしてスマートワーク。スマートが付く言葉が溢れる現代の日本。当サイトの名前にも含まれるスマートワークは、どんな意味なのでしょうか。単純にスマートな働き方でいいのでしょうか。スマートワークの正しい理解のために、さまざまな角度から解説します。

文/狐塚淳


スマートワークは「テレワークのようなもの」ではない

スマートワークを「テレワークのようなもの」と考えている人は少なくありません。両者の違いをうまく説明できる人もあまり多くはないかもしれませんが、どちらもITを利用した新しいワークスタイルで、自由で柔軟な働き方を可能にし、生産性向上に貢献するものです。新型コロナウイルスの流行が始まって以来、世間の関心はテレワークが中心になりました。その影響もあって、テレワークに比べ、スマートワークという用語の登場頻度はやや減少している感じがします。

しかし、テレワークとスマートワークは厳密には意味が異なり、これからのワークスタイルを考えるうえでも、その違いを理解しておく必要があります。両者の違いを理解するには、まず、働き方改革について正しく知っておくべきでしょう。

働き方改革を推進していくとスマートワークが実現する

現在日本で進行している働き方改革を法制面で見てみると、2015年に第3次安倍内閣が国会に提出した「労働基準法等改正案」に始まります。しかし、同改正案にはサービス残業を助長するなどの懸念が示され、最終的に廃案になりました。2018年には「働き方改革関連法案」が内閣提出法律案として国会に提出され、裁量労働制に関わる部分が削除される形で成立し、翌年より順次施行が始まりました。

働き方改革関連法案の主な内容を以下に示します。ただし、施行時期は各法ごとに、また、大企業と中小企業でも異なっています。

・時間外労働の上限規制
・年次有給休暇取得義務化
・勤務時間インターバル制度の導入促進
・労働時間状況の客観的把握
・フレックスタイム制の見直し
・高度プロフェッショナル制度導入
・中小企業の月60時間超の残業時間に対する割増賃金率引き上げ
・雇用形態に関わらない公正な待遇の確保

これらは、従業員の健全かつ健康的な労働が実現できるように、企業の取り組みを促すものです。日本企業の抱える課題としては人手不足や長時間労働、低い生産性などが挙げられますが、こうした課題を解消する前提となる労働環境の整備を促進する役割を担うのが働き方改革関連法案です。

企業はこうした規制に対応しながら、一方では労働生産性を向上させ、競争力を確保していく必要があります。しかし、従来のビジネスのやり方にこだわっていては達成は困難です。そこで大きな役割を果たすのがITです。働き方改革関連法案はIT導入について具体的な指示はしていませんが、効率化を実現するツールとしてITが必須なのは自明でしょう。

こうした流れから、ITを活用した自由で柔軟な働き方という、働き方改革を実行していった先のワークスタイルが見えてきます。もちろん、働き方改革とは一過性のイベントではなく、完全なゴールはありません。常に改善を重ねていくべきなのですが、途中の状態ではあっても、この労働改善に向かっているワークスタイルは意識されるべきであり、それこそがスマートワークだといえるでしょう。場所を選ばないテレワークは働き方改革のための一つの手法、アプローチに過ぎず、その意味ではワーケーションやフリーアドレスなどと同じレベルの言葉ですが、スマートワークは「働き方改革を推進した結果として、到達しつつあるワークスタイル」のことなのです。

スマートワークは働き方改革推進の先にあるワークスタイル

もっとも、働き方改革との結びつきをあまり意識せずに、スマートワークという言葉を使用しているITベンダーもあります。技術的な視点に立ち、ビジネスにおけるDXまで包含したIT活用をスマートワークと呼んでいる例も少なくありません。しかし、働き方をITにより改善することだけにこだわっていると、視野が狭くなってしまいます。ITは必須ですが、より良い働き方を実現するためには、ITだけでは不十分です。法制によって労働環境の基盤を整備し、企業が従業員の幸福を前提に働き方がどうあるべきか考えていくなかで、ITの活用が選択される必要があります。

スマートワークの理解を混乱させたもの

一部にこうした誤解が生じているのは、「スマート」という言葉が抽象的なためでもあります。20世紀の日本では、スマートという言葉は痩せ型の男性を指していました。太宰治や坂口安吾などの小説に登場するスマートという言葉は見た目がよいくらいのニュアンスでしたが、作家たちのイメージが筋肉質ではなく痩身なこともあり、スマートは痩せて格好いいことだと受け止められていました。

次の段階では、スマートフォンの普及が影響しました。スマートフォンという言葉自体は、1998年にノキアが発売した電話機能付きPDA端末で使用されたのが最初だといいますが、広く日本で受け入れられたのは2007年のiPhoneと2008年のアンドロイドの登場からです。現在、多くの人はスマートワークと聞いてスマートフォンのスマートを連想し、スマートフォンが従来型のフィーチャーフォンと比較して実現した、便利さや効率性、快適さを、仕事においても実現する、テクノロジー依存の強い概念として受け取っています。スマートフォンのスマートも、もともとは「賢い」の意味合いでつけられたのだと思いますが、いつのまにか機能の利便性として理解されるようになりました。

スマートという言葉の解釈を混乱させたのは、スマートフォンの普及

スマートフォンとフィーチャーフォンの違いは、インターネットの幅広い利用が可能な点と、特別な入力デバイスを必要としない、専用OSによるフィンガーアクションです。これにより、どこにいようがインターネットを利用した情報の授受が可能になり、情報利便性は大幅に向上しました。スマートデバイスを利用した働き方がスマートワークだと考えている企業さえあり、そうした企業のサイトでは従業員にスマートデバイスを配布してスマートワークを推進していると述べられています。

また、スマートフォンという言葉が定着するとともに、さまざまな言葉の頭にスマートを付加して先進性や利便性をアピールするようにもなりました。スマートシティやスマートハウスなどはこれから実現に向かう段階ですが、電力を最適化できる送電網のことを意味するスマートグリッドなど、すでに実用段階に達しているものもあります。最近、スマートインダストリーやスマートファクトリーなどの用語をよく使用するのはIBMですが、同社は「賢い」という意味合いで、以前からソリューションなどの紹介にスマートをよく使用してきました。

もちろん、働き方改革との関連でスマートワークを使用している例もあります。国内ではNECがスマートワークとビジネス変革をペアにして使用しています。海外でも韓国政府が働き方改革を推進するなかでスマートワークという言葉を使い、それをサポートするために、国内にリモートワークを行うための複数のスマートワークセンターを展開しています。

スマートワークという言葉の利用に混乱が生じているのは、働き方の改善のために、具体的にどんなアクションを起こせばいいかという点に多くの企業の関心が集まっているためでしょう。達成目標より達成手段が優先されているわけです。繰り返しになりますが、テレワークやモバイルワーク、リモートワークなどはワークスタイルを変革していくための一つの手法を示す言葉ですが、スマートワークはその先の実現すべき働き方の全体像を描き出します。スマートワークを実現することで、労働者は生産性の高い、より満足できる働き方が可能になり、企業もより良いビジネスの成果を目指せるようになるはずです。

筆者プロフィール:狐塚淳

スマートワーク総研編集長。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。インプレス等の雑誌記事を執筆しながら、キャリア系の週刊メールマガジン編集、外資ベンダーのプレスリリース作成、ホワイトペーパーやオウンドメディアなど幅広くICT系のコンテンツ作成に携わる。現在の中心テーマは、スマートワーク、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど。