DX Ready?
できることから今すぐやる

経済産業省は「2025年の崖」の警鐘から2年たった昨年12月、「DXレポート2」においてDXはレガシーシステムの刷新でも社内の業務改善でもないと、DXに対する誤解を指摘し、国内企業におけるDXへの取り組みが全く進展していないことを公表した。政府が掲げるITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開という目標の達成期限となる2025年まであとわずか。目指すべき真のDXの全容と、そこに向かう道筋や手立てはどのようなものなのかをひもとき、DXの進展に伴って生まれる商機を伺う。

ITベンダーとユーザーの垣根が消える
産業の境界を超えて機能が結び付く

Part 1 『DXレポート』を読み解く

DX Report

経済産業省は2018年9月に「DXレポート」を公表し「2025年の崖」という言葉を使って、企業での変革への取り組みの遅れに警鐘を鳴らした。さらにその2年後となる2020年12月に公表された「DXレポート2」でも、DXへの取り組みが全く進んでいないことを指摘し、企業へDXを進展させるよう促している。そのほか経済産業省はDX促進に向けた施策を数多く行ってきた。なぜこれほどまでに企業、さらには各産業界に向けてDXへの取り組みを促進するのだろうか。DXレポートの作成に当初から携わってきた経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長 博士(工学) 和泉憲明氏に話を伺った。

変化を支えるはずのITシステムが
変革の足かせとなっている

経済産業省
商務情報政策局 情報経済課
アーキテクチャ戦略企画室長
博士(工学)
和泉憲明 氏

 まずはDXレポートの内容を振り返ってみる。2018年9月に公表されたDXレポートの初版では企業の業務および事業、さらには経営をも支えているレガシーシステムについて、老朽化、複雑化、ブラックボックス化していることを指摘し、それが本格的にDXへ取り組む際の障壁となることに警鐘を鳴らした。

 また旧来のレガシーシステムを利用し続けることによる経済的な損失や、古いテクノロジーで構築されたシステムを保守、運用できる人材の減少、利用しているソフトウェアの保守が終了するなどの要因によりシステムが運用できなくなる恐れがあることなどを「2025年の崖」と表現して、2025年の完了を目標にレガシーシステムのモダナイゼーションを促した。

 経済産業省はDXレポートでDXへの備えを働きかけるだけにとどまらず、企業におけるDX推進を後押しするために具体的な働きかけとなる施策も数多く講じてきた。

 例えば2018年12月には「DXを推進するためのガイドライン」(DX推進ガイドライン)を、2019年7月には「DX推進指標」を公表し、企業がDXへの取り組み状況に関して自己診断するツールを提供するとともにベンチマークも提示するなど、企業内面への働きかけを進めた。

 さらに市場環境整備による企業外面からの働きかけとして2020年11月に「デジタルガバナンス・コード」の公表や「DX認定制度」の創設、さらには「DX銘柄」によるステークホルダーとの対話の促進や市場からの評価といった環境構築にも取り組んだ。

 DXレポートを作成し国内産業界に旧来のITのリスクとDXの重要性を語りかけた背景について経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長 博士(工学) 和泉憲明氏は「ITは本来、変化に対応するためのツールです。それにもかかわらず多くの企業で利用されているレガシーシステムは変化を妨げる障害となっています」と指摘する。

 そして和泉氏は次のように思いを吐露する。コロナ禍に直面し、テレワークが普及したことで巣ごもり需要が生じて、例えばある家電製品の販売量が増加した。するとその家電メーカーはコロナ下でも業績が下がらないことに自信を持ち、従来の仕組みのまま事業や経営を続ける。しかしこの業績は需要の先取りであるため、需要が一巡すると業績が急激に落ち込むことになる。

 窓の外の景色を眺めると、走っている自動車の車種やデザイン、街並みなどは常に変化しているはずだ。当然、消費者の価値観や嗜好、社会の仕組みも変化を続ける。企業を取り巻く環境が常に変化しているのだから、新しい発想で事業を創造し、企業自身が常に変化し続けなければ事業を継続することはできるはずがない。

 これはITも同様だ。コンピューターの画面は何十年も代わり映えしていない。多くの企業が何年も前に作ったシステムを使い続けており、変化しないシステムの上で行われているビジネスが変化するはずはない。しかも業務や用途ごとに別々のシステムを作って個別に保守・運用しており、企業の人的、財務的な資産を浪費して競争力をそいでいる。

 そして和泉氏は「このままでは国内企業は弱体化し、国内産業の国際的な競争力も低下するなど、日本経済が衰退する深刻な危惧がある」と強調する。

約95%の企業でDXが進んでいない
DXレポートのメッセージを誤解

 経済産業省がDXレポートや数々の施策で国内の企業と各産業界に向けてDXの推進を強く働きかけてきたにもかかわらず、DXレポートの初版が公表されてから2年後の2020年時点で、DXへの取り組みが全く進んでいないことが改めて指摘されたのはご存じの通りだ。

 先に触れたDX推進指標の自己診断結果をIPA(情報処理推進機構)が収集し、2020年10月時点での回答企業約500社におけるDX推進への取り組み状況を分析したところ、未着手あるいは一部部門での実施と回答した企業が約95%にも上り、部門横断的推進や持続的実施と回答した企業はわずか約5%にとどまった。

 つまり約95%の企業がDXに全く取り組んでいないか、取り組みを始めた段階ということだ。しかも分析の対象となったのはDX推進指標の自己診断を提出した企業であり、自己診断を提出していない企業が多数存在することを考慮すると、実態はもっと深刻な状況であることが推測できる。

 こうした実態を和泉氏はDXレポートを書いた当初から感じ取っていたようだ。というのも国内のデータセンター事業が成長を続けているにもかかわらず、サーバーの出荷台数が大幅に落ち込んでいないことに違和感があったという。そして市場調査を確認すると、ホストコンピューターの出荷台数が前年度比で大幅に増加していたのだ。

 和泉氏ら経済産業省がDXレポートでレガシーシステムの刷新と企業自身の変革を強く働きかけていたにもかかわらず、ほとんどの企業は既存の事業や経営の維持に力を入れていたというわけだ。これは冒頭で触れたコロナ禍における家電メーカーの例示そのものと言えよう。

 ではなぜDXレポートによる働きかけが企業に届かなかったのだろうか。これについて和泉氏は「DXレポートによるメッセージが正しく伝わっておらず、DX=レガシーシステムの刷新、あるいは現時点で競争優位性が確保できていれば現状以上のDXへの取り組みは不要、などといった誤解を生んでしまいました」と振り返っている。

 ただし和泉氏は「このような誤解が生じるであろうことは想定していました。しかし当時はDXというキーワードが世の中に認知されていなかったため、多少の誤解が生じても分かりやすい内容で多くの人にDXとは何か、DXはなぜ重要なのかということを広めたいという思いがありました。正しいことが伝わるスピードよりも、誤解が伝わるスピードの方が早いということも理解していましたが、想像以上に誤解が広がってしまいました」と説明する。

顧客起点でビジネスと企業を変革
デジタル前提での事業展開が必要

 DXレポート初版に対する誤解を払拭し、DXを加速するための課題や対応策を示すことで企業がDXに対してどのように取り組むべきかを示したのがDXレポート2だ。DXレポート2ではコロナ禍によってテレワークが急速に普及したことなどを取り上げ、DXの本質として「コロナ禍を契機に企業トップ主導で速やかに変革を達成」したことや「事業環境の変化への適応はITシステムだけではなく、企業文化(固定観念)の変革も必要」であることが示されている。


 そしてITを利用する全てのユーザー企業(ITベンダーも含む)が目指すべきDXの方向性と、ITを提供するITベンダーが目指すべきDXの方向性が示されている。そこでは改めてDXが次のように定義されている。


「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」


 つまりDXとは「顧客起点でビジネスと企業を変化に適応させて、競争力を高めること」だと要約できよう。

 そしてDXレポート2では企業とITベンダーが目指す方向性が示されているが、そもそもビジネスや社会はどのように変化すると捉えるべきなのだろうか。これはDXレポートおよびDXレポート2、さらには今年8月に公表されたDXレポート2.1だけで理解するのは難しいかもしれない。

 まず今年6月に経済産業省が公表した「半導体・デジタル産業戦略」を参照する。そこでは半導体・デジタル産業戦略検討の必要性が示されており、「DX、デジタル化は全ての産業の根幹であり、デジタル化なしには社会問題は解決できない」と説かれている。つまりビジネスや産業はデジタルが前提で成り立つということだ。

 そこに掲載された図解では、半導体(集積回路)がデジタルインフラを実現し、デジタルインフラ上でデジタル産業が展開され、デジタル産業が全ての産業を支えていくと表現されている。そして全ての産業はデジタル化が不可避であると強調されている。

 ここで留意すべきなのはデジタル=IT、デジタル化=IT活用、デジタル産業=ITベンダーあるいはITビジネスではないということだ。和泉氏によるとデジタルという単語を用いたのは「既存のITではない」ことを表現するためだという。そしてデジタル化は「サイバー空間を主体にビジネスを構築するなど、サイバー空間が前提で思考すること」だと理解すればいいだろう。

 和泉氏は「例えば中国のあるスーパーマーケットが30分以内に生鮮食品を顧客の自宅に届けるサービスを提供しています。これはネット販売を前提として商品管理や顧客管理などのシステムが構築されているから実現できるのです。さらに米国のスーパーマーケットではドローンを使って配送するようになるでしょう。いずれも各地にある店舗は店頭販売もする倉庫の位置付けです。ですから顧客に最も近い拠点から配達すればいいという仕組みになるのです。日本のスーパーマーケットは店頭販売が前提でシステムや店舗が構築されており、そこでデジタル化できるのはせいぜい電子決済くらいではないでしょうか」と説明する。

 そしてデジタル産業についてはDXレポート2.1において、デジタル変革後の産業の姿、その中での企業の姿として示されている。

デカップリングとリバンドリングで
産業が機能階層ごとにメッシュ構造に

 DXレポート2.1ではデジタル産業を「デジタル変革後の産業の姿、その中での企業の姿」として示しているが、まさにこれこそが日本の産業および企業が目指すべきDXの方向性であり、その実現に向けて次々と生じる変化に対して備え、適応するための仕組みや体制を整えることがDXへの取り組みとなるのではないだろうか。

 DXレポート2ではDXへの取り組みにおいてユーザー企業とITベンダーの共創の推進が示されている。そこでは企業がラン・ザ・ビジネス(現行ビジネスの継続)からバリューアップ(新しい価値の創造)へと軸足を移すにあたり、事業環境の変化に即座に適応するにはアジャイル型の開発などを用いて、課題解決や新しい価値創造にすぐに取り組みを始めて、改善を繰り返しながら目標達成に向けて進んでいく必要がある。この実践が進んでいくと、ユーザー企業とITベンダーの垣根がなくなっていくと示されている。

 ちなみに変化対応という観点から、DXレポート2では今後、大規模ソフトウェアの受託開発が減少することや、競争領域においてITシステムの内製化が進むと示されているが、和泉氏は「従来の受託開発を否定しているわけではなく、変化に即座に適応するには例えばアジャイル型開発や内製化という手段があると示しており、変化への即応が目的ということです」と解説する。

 話を戻そう。ユーザー企業とベンダー企業の垣根がなくなる、ここがポイントとなる。今年1月に公表された「デジタル市場に関するディスカッションペーパー ~産業構造の転換による社会的問題の解決と経済成長に向けて~」にデジタル化によって生じるであろう二つの事象が示されている。

 まず一つ目は「人の活動」が「機能」と「情報」に分離(デカップリング)される。日常生活や経済活動という人の活動が、道具や機械、ハードウェア、ソフトウェアなどに「機能化」され、同時にデータ(数値とコンテンツ)によって「情報化」される。

 次にデジタル化によって物事が分化の方向に向かい、それぞれで効率化と複雑化が進み、目的のために要素ごとに最適なものを組み合わせる「リバンドリング」が生じる。例えば乗り物を車両と運転手という要素に分化して、時間単位で利用者が目的に応じてシェアリングするというイメージだ。

 こうした構造の変化が産業界にも生じる。異なる産業で要素がデカップリングして、産業間の垣根をなくして縦(各産業)と横(機能)の要素をメッシュ構造とし、目的に応じてリバンドリングで横(機能)の階層ごとに最適なサービスを組み合わせて利用できる、あるいはサービスを組み合わせて新たなサービスを生み出したり、新たなビジネスモデルを構築したりすることができるようになる。これがデジタル化が進んだ先の産業の基本構造となる。

全てのクラウドが相互に接続され
デジタル産業と全ての産業を支える

 デジタル化の進展によって再構成される近未来の産業構造を支えるのが、デジタル産業と言える。デジタル産業もその基本構造はデカップリングとリバンドリングであり、組み合わせによる最適解あるいは組み合わせによる新たな価値創造ということになる。

 デジタル産業の業界構造としては協調領域においては共通プラットフォームを構築し、その上に業界ごと、機能ごとに特化したプラットフォームが構築され、さらにその上にユーザーが必要とする機能やサービスが提供されるイメージとなる。

 このデジタル産業を構成する企業としてDXレポート2では四つの企業類型を示している。まず企業の変革を共に推進するパートナー、例えばコンサルティング事業者だ。二つ目がDXに必要な技術を提供するパートナー、例えばSI事業者、三つ目が共通プラットフォームの提供主体、例えばプラットフォーム事業者、四つ目が新しいビジネスあるいはサービスの提供主体、例えば大手小売事業者だ。

 そしてデジタル産業および近未来の産業構造を支えるITシステムおよびITサービスのインフラとなるのがクラウドだ。経済産業省の半導体・デジタル産業戦略(2021年6月公表)では産業、政府、インフラ分野でのクラウド化を推進するにあたり、これらのシステムを稼働させる上での信頼に足るクラウドインフラを「クオリティクラウド」と称して開発・普及の検討を進めている。

 また経済産業省の半導体戦略(2021年6月公表)ではデジタル化の進展およびデジタル産業の実現に向けてクラウド需要の増加に伴うネットワーク負荷低減を目的に「超分散マルチクラウドハブ」を中心とした「超分散グリーンコンピューティング技術開発」の研究開発も検討している。これはハイパースケールクラウドデータセンターの機能を分解し、データの位置やサーバーの性能特性に基づいてソフトウェア技術によりクラウドデータセンターとエッジサーバーにデータ処理を全体最適配置するというもの。

 今後はハイパースケールクラウドと特定の用途に特化、あるいは各地域でサービス提供するニッチクラウドが相互に接続され、デカップリングとリバンドリングによって用途や目的に応じた組み合わせによるサービスが提供されるようになるかもしれない。いずれにしてもあらゆるクラウドが相互に接続されて、デジタル産業と近未来の産業を支えることは間違いない。

 最後に和泉氏は「DXはかつてない全く新しい事象です。新しいことに取り組むために先例を求めていては、変革を起こすことはできません。DXレポート2.1にも書きましたが、直ちに取り組むべきことからアジャイル型で進めなければ、いつまでたっても変わることはできません。まずは経営者がしっかりと意識してDXに取り組むべきです」とアドバイスする。

 なおDXレポートも変化を加速しており、次のDXレポート2.2も来年の春までには公表されそうだ。