センサーで牛の活動低下を事前に検知

–Agri Tech– とかち村上牧場

日本の生乳生産量でトップを誇るのが北海道だ。その酪農・畜産をICTによって効率化している牧場が、北海道の十勝地方にある。ICTによって変わる営農の現場を見ていこう。

約600頭の牛をITで把握する

 とかち村上牧場は、自然に恵まれた十勝北部の上士幌町にある総面積120ヘクタールの牧場だ。牛をつながずに自由に歩き回れるスペースを持ったフリーストール牛舎、牛をつなぎ止めて飼育するつなぎ牛舎、子牛を育てる哺乳牛舎、分娩前後の乳牛を飼育する乾乳舎などが点在しており、その中で約600頭の牛を保有・飼育している。その牧場内で活用されているのが、ファームノートが提供しているクラウド牛群管理システム「Farmnote Cloud」だ。

「敷地内に牛舎が点在している中で、牛に関わる情報を事務所でも現場でも確認したいと考え、導入を決めました。以前は、紙の台帳やExcelでの管理を行っていましたが飼育する頭数が増えてきたことにより難しくなりました。他社の牛群管理ソフトを導入して数年利用していた時期もありましたが、スタンドアロンタイプのため事務所でしか閲覧できないという欠点がありました」と振り返る。

 そこで6年程前に導入したのがFarmnote Cloudだった。Farmnote Cloudはクラウド型で提供しているため、牛舎からでも牛群の情報を記録・分析・共有できる。またPCだけでなくスマートフォンやタブレットからアクセスできるため、手軽な記録が可能だ。とかち村上牧場ではスタッフが約20名いるため、そのスタッフたちとの情報共有のインフラとして活用されている。「牛に関わる基本的な決定は人間が行いますが、その決定を左右する情報はFarmnote Cloudに保存されています。事務所では4台のモニターを設置して情報を把握しつつ、牛舎ではiPadやスマートフォンを使い、どこでも同一の環境で飼育できるようにしています」と村上氏。

反芻量から健康状態を可視化

 とかち村上牧場では牛の活動量を取得できるセンサー「Farmnote Color」も活用している。Farmnote Colorで取得したデータはFarmnote Cloudに転送され、牛の行動を可視化できる。

「特に反芻の量を数値化できる点がよいですね。牛の活動の中で、反芻の量は一つのバロメーターになります。牛は胃の中に入った餌を再度口の中に戻し、再び噛んでからまた飲み込む“反芻”を行いますが、調子が悪いと餌を食べないため反芻の量が下がるのです。今まで反芻の量を目視で把握することは不可能でしたが、Farmnote Colorを導入したことで量が下がったら通知が来ますし、通知が来る前に量が減ったことに気づくこともできます」と村上氏。

 もともと牛の健康状態の把握は普段の様子や乳量で把握していた。特に乳量は健康状態が悪いと搾乳量が減るため、数値的な指標として判断がしやすい。しかし反芻の量の低下は、乳量の変化よりも早く検知されるため、より迅速に健康状態の変化に気づけるのだ。村上氏は「早ければ早いほど治りがよいですし、健康状態を維持できるため、非常に重宝しています」と語る。

 また飼育している牛の中には搾乳していない牛もおり、そうした牛の健康状態も統一的に把握できる。とかち村上牧場では12カ月齢以上の牛全頭にFarmnote Colorを装着させており、きめ細かな活動把握を行っている。

「将来的にはFarmnote Colorで分娩検知ができるといいですね」と村上氏はファームノートへの今後の機能強化の希望を語った。

1.上士幌町にある総面積120ヘクタールのとかち村上牧場。敷地内に牛舎が点在しており、それぞれの牛舎で牛を飼育しながら場所を選ばずにその情報を閲覧・管理したいと考え、ファームノートのFarmnote Cloudを導入した。2.Farmnote Cloudに蓄積された情報は、事務所の4台のモニターで確認し、営農の判断に役立てられている。
3. Farmnote Cloudでは、牛の個体情報をスマートフォンやタブレットなどからタッチ操作で入力できる。アイコンを選択して記録するだけで記入が完了するため簡単だ。入力された情報はFarmnote Cloudで自動的に整理されて閲覧もしやすい。4.センサーデバイスであるFarmnote Colorは牛の首に装着する。反芻量の低下や発情の検知など、牛の動きから検知してFarmnote Cloudで通知する。

クラウド×センサーの組み合わせでデータを営農に応用する

–Agri Tech– ファームノート「Farmnote Cloud、Farmnote Color」

ファームノートが提供するクラウド牛群管理システム「Farmnote Cloud」。その開発のきっかけには、一人の酪農家からの要望があった。酪農・畜産向けIoTの開発から自社で牧場を立ち上げるに至るまでの変遷を追った。

開発のきっかけは現場の声

「世界の農業の頭脳を創る」をビジョンに掲げ、酪農・畜産の技術革新を進めるファームノート。もともとは2004年に設立したスカイアークというソフトウェア開発企業から始まった同社が酪農・畜産向けのIoTソリューションを手掛けるようになった背景には、創業者である小林晋也氏が実際の酪農家から受けた要望があった。

「牧場管理業務のIT化を進めたい」

 当時は、牧場の状況を共有する場合、紙や口頭などのアナログな手法が一般的だった。国内外問わず畜産における牛の飼育頭数は非常に多く、ビジネスチャンスの可能性を感じた小林氏は、酪農IT管理ツールのプロトタイプを作成。要望を受けた酪農家が導入することはなかったものの、他の酪農家にプロトタイプ版を紹介したところ、多くの酪農家から開発の背中を押されたという。小林氏はそれをきっかけに、2013年にファームノートを設立、2014年にはクラウド牛群管理システムであるFarmnote Cloudを正式に公開した。

 Farmnote Cloudは、一言で表すと「牧場の管理を一元化」できるシステムだ。日々の繁殖の情報や治療の情報、予定や牛群、センサーデバイスである「Farmnote Color」の情報などを集約して記録できる。これらの記録を応用することで、営農のヒントを生み出せるようになるツールだ。

 日々の記録は非常に簡単で、タッチ操作だけで1日の個体情報の入力が完了する。例えば発情や種付、分娩、牛群移動といった牧場に関わるさまざまな活動を、アイコンを選択して記録するだけでよいのだ。選択すると、どの個体に情報を登録するかなどの入力項目が表示されるため、ユーザーはその入力項目に沿って必要事項を記入していくだけでよい。

必要な情報を瞬時に探せる

 記録された活動の情報はFarmnote Cloudで自動的に整理され、個体情報にひも付いた「ストーリー」として、時系列順に確認できる。ストーリー上では活動低下は赤、繁殖は緑など、一目で牛がどのような状態だったか把握可能で、その牛が生まれてからどのような活動を行ってきたか一目で把握できる。また、ストーリーはフィルター機能で絞り込みもできるため、授精師が直近の発情履歴をまとめたり、獣医師が治療履歴を確認したりするなど、必要な情報を瞬時に探し出せる点も魅力と言える。

 このような活動記録を蓄積することでFarmnote Cloudではデータを営農に応用することが可能になる。例えば牛群リスト機能だ。どの牛舎に何頭牛が所属しているか一目で把握できる機能で、牧場全体の頭数把握に利用できる。例えば牛舎を選択して絞り込みを行えば、平均産次や空胎日数など牛群ごとの成績の把握や比較などに活用できるのだ。

 また、牛のステータス別、予定別、注意牛別などから牛を絞り込んで知らせる個体リスト機能も搭載している。例えば分娩後に日にちが経過していて繁殖対象だが、まだ授精していない牛や乳量が落ちてきた牛を知らせるなど、条件に当てはまった牛を自動的に絞り込んで通知する機能だ。条件設定は牧場側で行えるため、各牧場に最適な管理を行えるのだ。

センサーで精度の高い異常検知

 ファームノートでは、センサーデバイス「Farmnote Color」も合わせて提供している。Farmnote Colorはリアルタイムに牛の活動状況を収集し、取得したデータをFarmnote Cloudに保存して、活動や半数、休息を計算できる。それらのセンサー情報から、繁殖で重要な発情や活動低下の疑いなど、注意すべき牛を自動的に選別してスタッフに通知してくれるのだ。また、取得したデータはFarmnote Cloudでグラフとして表示されるため、活動量や反芻時間の変化、発情がいつ始まっているかなどを視覚的に把握できる。人手による活動記録の入力とFarmnote Colorのセンサー情報を組み合わせて活動することで、より営農活動を効率化できるのだ。前述した個体リスト機能での注意牛の検知も、Farmnote Colorを組み合わせることでより精度の高い異常検知が可能になる。

 Farmnote Colorで取得したデータは、人工知能が個体別に学習して個体差を考慮し分析を行う。そのため、データが増えるほど精度が高い異常検知が可能になる。

 ファームノートの親会社であるファームノートホールディングスでは、これらの酪農・畜産向けIoTソリューション製品のノウハウを生かし、酪農生産のDXを実現した自社牧場を北海道標津郡中標津町に立ち上げている。子会社であるファームノートデーリィプラットフォームが2020年に設立した本牧場は、ファームノートで蓄積したノウハウに加え、さらなるDX推進のためのIoT・AIソリューションの最適な活用方法や、牛舎設計から搾乳などの自動化技術、牛の遺伝改良技術、活動低下予防技術、繁殖改善などといった酪農現場のDX化を実現するための施設になる。Farmnoteシリーズの製品に加え、搾乳ロボットや糞尿処理機械を導入し、働く人と牛に配慮した、効率的で生産性の高い牧場の実現を目指している。この自社牧場で培われた生産技術を、今後広く酪農生産者に提供していきたい考えだ。

 ファームノートでは今後も、酪農・畜産現場のDX化に向けて、現場の視点を生かしつつ支援を続けていく。

牛の活動記録を手軽に行えるFarmnote Cloudは、PC、スマートフォン、タブレットからの記録に対応。飼育をしながら手軽に記録を蓄積していける。
スマートフォンから、発情グラフや行動分類グラフなど、牛の情報を閲覧できる。事務所に戻らなくても、現場で記録に基づいた判断を行える。
事務所ではPCから、Farmnote Cloudに蓄積された情報を閲覧できる。データを営農に応用することで、牛群ごとの成績把握や比較が行えるのだ。
牛の首に装着するFarmnote Colorは、人工知能が個体別に学習し、個体差に応じた異常検知を行う。反芻量の低下や、発情の検知など、牛の飼育の上で必要な情報を通知してくれる。