音環境分析でコミュニケーションを豊かにする
話し合いを見える化する「Hylable」の事業展望【前編】

ハイラブルの水本武志氏は大学でロボットに聴覚を装備して音に応じて動作させる研究に取り組んだ。またカエルの合唱を調査し、カエルのコミュニケーションについても研究した。いずれも音という目に見えない情報を数値化する、すなわち見える化するという経験を生かして独自の発想からシステムを開発し、事業化した。今回の前編ではハイラブルの非常にユニークなシステムを紹介する。

発言者の発話量に着目して
話し合いの状況を見える化する

角氏(以下、敬称略)●水本さんとは共通の友人を介して1年半ほど前にお会いしましたね。それから頻繁に情報交換させていただいています。ありがとうございます。ところで水本さんの会社、ハイラブルは設立されてどのくらいたちましたか。

水本氏(以下、敬称略)●こちらこそ、いつも面白いお話を聞かせていただいて、ビジネスのヒントになっています。ありがとうございます。当社は設立から6年たちました。

 2016年に設立して、最初は学校向けの「話し合いの見える化」システムを開発して事業化しました。そして2018年にはこの事業を企業の研修向けに拡大しました。2019年には3件の特許を取得し、マイクロソフトの「Microsoft for Startups」に採択されました。

 そして2020年に話し合いの見える化システムをオンライン会議で利用できる「Hylable」を開発し、「日本e-Learning大賞」で「厚生労働大臣賞」をいただきました。

●話し合いを見える化すると聞くと会話をテキスト化することを思い浮かべますが、そうではないのですよね。

水本●違いますね。会話をテキスト化すると会話の内容は記録できますが、会話の状況を知ることはできません。当社は会話の中で誰が、いつ、どのくらいの時間話をしたのかという、発話の量に着目して分析しているのが特長です。また誰が誰の後にどれだけの時間話をしたのかなど、発話の量に加えて出席者との関係性も知ることができます。

(左)ハイラブル株式会社 代表取締役 博士(情報学)水本武志 氏
(右)株式会社フィラメント 代表取締役CEO 角 勝 氏

分析結果を行動改善に生かす
人だけではなく動物にも利用可能

たまご型レコーダーの角度表の角度から発話者の位置を特定して、氏名を設定する。本体の下の箱の中にはバッテリーが収納されている。なお本体はWi-Fi および有線LAN でネットワークに接続できる。

●発話量と出席者の関係性を知ることで、何に役立てられるのですか。

水本●いろいろと用途は考えられるのですが、共通する効果として行動改善が挙げられます。まずHylableの仕組みと使い方から説明しますと、対面の会議などの話し合いの場合は、その中心あたりにたまご型レコーダーを置きます。このレコーダーには角度が示されたシートが付属しており、このシート上の中心にたまご型マイクアレイが置かれる構成になっています。シートの角度表は誰がどこに座っているのかを設定、記録するのに用います。

 このデバイスには8個のマイクを内蔵しており、話し合いの音声データを録音します。音声データはリアルタイムでクラウドに送信され、そこでデータを分析します。分析した結果はブラウザーからリアルタイムで参照することができます。ちなみにWeb会議版の製品も似た仕組みでリアルタイムに分析できます。

●分析された結果から、どのようなことが分かるのでしょうか。

水本●例えば「発話量の時間変化」では、誰がいつ、どのくらいの時間、誰の後に話をしたのかなどが確認できます。この分析結果から、誰が話している時間が長いですとか、誰と誰のやりとりが多いですとか、話し合いの流れや状況を把握できます。

 会話内容ではなく音を認識するため、日本語や英語といった言語に依存しません。さらに言うと、人の音声でなくても利用できます。鳥やサルなど音を発する動物にも利用可能です。

 先ほどもお話に出ましたが、Hylableは音声認識によるテキスト情報の記録および分析ではなく、音環境を分析します。誰が、いつ、どれだけ話したのか、話し合いの盛り上がりや発話のバランス、重なりの量など、話し合いの内容を数値で捉えます。

 会話内容を認識してテキスト化する仕組みの場合はテキストを読む必要があるので、特定の人の発話量や誰と誰のやりとりが多いなど、話し合いの現場の状況を把握するのに時間がかかります。また複数の人の自然な会話をシステムで音声認識する場合はテキストを読む必要があるので、認識の正解率が世界でトップレベルのシステムを用いても70%程度と、不正確な部分が少なくないことも課題となります。

エドテックサービスとして認知
自身の行動を知り改善につなげる

●先ほどHylableは行動改善に利用できるとの話でしたが、発話量や発話者同士の関係性を把握することで、どのような行動改善が行えるのですか。

水本●Hylableは現在、主に学校で利用されており、エドテックサービスとして認知されています。学校の授業でグループディスカッションを行う場合、複数のグループに分かれて実施しますが、1人の先生が全てのグループの話し合いの内容を聞くことは不可能です。また話し合いが活発になるほど声が大きくなり、発話量も増え、発言の内容が聞き取りにくくなります。

 本来は先生が児童や生徒の一人ひとりの発言や行動を確認して評価しなければなりませんが、複数の会話を1人で全て聞くことはできないので、先生の主観的な印象に頼って評価するしか方法はありません。

 そこでHylableで分析したデータを見ることで、参加者の全ての発話量や発言の活性などを確認することができ、先ほど触れました発話量の時間変化の画面でグラフの気になる部分をクリックすると録音データが再生されます。こうしたHylableの機能やデータを利用することで、児童や生徒の公平で行動改善につながる評価が可能になります。

 さらに児童や生徒本人がデータを確認することもよくあります。例えばHylableで分析したデータをテーマにした振り返りのディスカッションをすることで「私は話し過ぎたようだから、次回は聞くことを増やそう」とか、「ほかの人と比べて発言の回数も時間も短かったので、次回はもっとたくさん発言しよう」というように、可視化されたデータを見ることで自分の行動が確認でき、改善への気付きが得られます。Hylableは成績の評価をするのではなく、自身の行動を知って改善につなげるためのツールなのです。

次回の後編ではHylableを利用した具体的なビジネスの紹介と、新たなビジネス展開に向けたアイデアを角氏が解説します。