スマホ、携帯、固定電話、公衆電話から
自身の脳の健康状態を無料で診断できる

〜『脳の健康チェックフリーダイヤル』(NTTコミュニケーションズ) 前編〜

NTTコミュニケーションズの「イノベーションセンター」では新規事業の創出に向けて「DigiCom」(デジコン)と呼ばれる社内新規ビジネスコンテスト、ビジネスアイデアを事業化する伴走型支援プログラム「BI Challenge」、そしてスタートアップ企業などの技術・アイデアと社内のアセットやリソースを掛け合わせて新規事業を生み出すオープンイノベーションプログラム「ExTorch」(エクストーチ)の三つの取り組みが行われている。ここで紹介する「脳の健康チェックフリーダイヤル」はDigiCom発のビジネスアイデアをBI Challengeで事業化した成功事例となる。

祖父の在宅介護の経験から
認知症の早期発見に挑む

左:NTTコミュニケーションズ
  ビジネスソリューション本部
  第一ビジネスソリューション部
  営業課長代理
  武藤拓二 氏
右:フィラメント
  代表取締役CEO
  角 勝 氏
  https://thefilament.jp/

角氏(以下、敬称略)●「脳の健康チェック」というユニークなビジネスアイデアを思い付いたきっかけは何ですか。

武藤氏(以下、敬称略)●業界を問わず社会の課題を解決するサービスを提供したいという観点で、自分の身近な問題に目を向けてみました。そして私の体験から誰もが手軽にできる脳の健康チェックというアイデアが生まれました。

 その体験というのは、ある時祖父母が認知症になったことなんです。祖母は介護施設に入り、祖父は在宅介護で暮らしました。在宅介護はとても大変なことなのですが、私の両親は親孝行の一環と考え、2人を介護する決心をしました。しかし次第に祖父が自分の子どものことすら認識できなくなっていくと父の気持ちも折れていったんです。

 親孝行と思いつつも、ありがたみを感じてもらえないのに親に尽くさなければならないという葛藤の中で、両親は祖父と心もとない会話をして神経をすり減らし、家族の絆が徐々に失われていくような雰囲気を経験しました。私はもう少し手前の段階で認知症を遅らせることができていたら、もう少し長く家族としてみんなが幸せに過ごせたのではないか、本人ももう少し幸せに老後を過ごせたのではないかと考えたのが脳の健康チェックを考えたきっかけでした。

わずか1分で認知機能の変化を判定
フリーダイヤルから無料で利用できる

「脳の健康チェックフリーダイヤル」のサービス概要
https://www.ntt.com/business/lp/brainhealth.html

●認知症を完全に回復させることは難しいと聞きますが、進行を遅らせることはできるのですか。

武藤●私は2年ほど前にDNA検査を受けたのですが、その際に読んだレポートではアルツハイマー型認知症は遺伝子要因が約6割、環境要因が約4割で発症するそうです。どちらかといえば遺伝子が発症の要因となりますが、4割を占める環境要因を改善すれば進行を遅らせたり、発症を抑えたりできるのではないかと考えました。

●脳の健康チェックフリーダイヤルのサービス内容や使い方を教えてください。

武藤●フリーダイヤルの電話番号に電話をかけて質問に答えるだけで、認知機能の変化をその場で検知してお知らせするサービスです。フリーダイヤルですから発信側に課金されることなく無料で利用できます。また固定電話、携帯電話のほか公衆電話からも利用できます。

 実際に電話するとガイダンスが流れて年齢と日付をご自身で答えてもらいます。するとAIが脳の認知機能の変化を検知して回答します。利用時間は全体を通して1分ほど、判定自体は20秒くらいで済みます。

 そもそも脳の認知機能を確認するサービスと聞くと、不都合な真実を知りたくないと思う人がたくさんいるかもしれません。しかし最近はPCR検査やDNA検査など自身の状態を客観的に理解することが浸透してきているので、脳の健康チェックも受け入れられると考えました。誰にも知られず1人でこっそり、自分の都合の良い場所と時間に利用できるというのがこのサービスの特長の一つです。

判定結果を知ることにより
医療機関での検査や生活の改善を促す

●AIは何を見て判定しているのですか。

武藤●認知機能の判定に関しては見当識という指標があるんです。これは現在の年月や時刻、自分がいる場所など基本的な状況把握の機能のことで、見当識が保たれているかどうかで認知機能を判定します。その見当識の中で脳の健康チェックフリーダイヤルでは時間見当識を利用しています。電話をかけた際に答えた日付が合っているかを見るほか、発話した時に、例えば声の音圧や音色などを人間が認識できない波長も含めて検出して、認知機能が低下している人のデータと照合して判定します。

 医療機関で診断する場合はPETなどの画像解析による検査や、20から30くらいの質問の回答をスコアリングして認知機能の低下があるかどうかを調べますが、受診する側も手間と時間がかかるため積極的に受けるにはハードルが高いかもしれません。簡易的ではありますが、わずか1分ほどでその場で確認できるなら利用してもらえると考えています。

●日付の答えが正しいかどうかだけではなく、言いよどみなど音声要素についても複雑な工程で判断しているわけですね。

武藤●日付が合っていても認知機能が低下傾向にあるという判定が出ることもありますし、日付が間違っていても音声や発話の傾向から認知機能が維持されていると判定されることもあります。現在の正答率は93%です。

 脳の健康チェックフリーダイヤルの目的は判定結果を伝えること自体ではなく、判定結果を知ることにより医療機関でより詳しい検査を受けたり、普段の生活に気を配ったりするといったきっかけになることです。例えば体重計も乗ると体重のことを気にしたり、食生活や運動に気を配ったりするのと同じです。

 脳の健康チェックフリーダイヤルを利用して判定結果が出るまでのわずかな時間、多くの人は不安を感じると思います。判定の結果いかんにかかわらず、サービス利用後の日常生活に良い変化を起こせればと考えています。

●現在の正答率は93%とのことですが、精度を上げていくことも考えていらっしゃいますか。

武藤●例えば正答率を93%から96%にするというのは、一般に広く提供できるサービスの領域を志向する考え方かと思います。ただ医療機器認定を目指す場合、取り扱いを含めて気軽に使ってもらうことが難しくなります。

 我々が将来的に目指しているのは軽度認知障害(MCI)という、病気ではないのですが脳の記憶能力が低下しているような症状の疑いがある人をフィルタリングすることであり、早い段階でそうした症状に気付いてもらうきっかけを提供することです。ですから現時点での軽度認知症の疑いをフィルタリングする際に、今以上の正答率の精度向上には重点を置いていません。

 当社は「声」を扱っている会社なので、データや音を伝送するだけではなく、伝送する中身をきちんと確認してその情報も伝えることに価値を見いだせると考えています。構想段階ではありますが、脳の健康チェックフリーダイヤルの仕組みを認知機能以外の症状、例えばうつ病など、声の特徴で変化を捉えられる症状に応用したいと考えています。(つづく)

次回予告
次回の後編では「脳の健康チェックフリーダイヤル」のビジネスアイデアを事業化するプロセスについて、そして現在は無料で提供しているサービスを収益化するためのプランについて2人の対談を進めていきます。