「人間にしかできない仕事」はどこにある?

――AIの活用が進むと、ホワイトカラーの仕事がなくなるとよく聞きます。私たちの仕事は、どうなっていくのでしょうか。

その質問は、本当によく聞かれます。AIが今後5~10年でもたらすインパクトは、はかり知れません。

日本経済は長きにわたって低迷しました。「失われた30年」とよく言われますが、最大の理由は「企業が変わらなかったから」です。イノベーションを起こすには、「知の深化」と「知の探索」の2つを両立させる「両利きの経営」が必要です。「知の深化」とは、現在の事業を深掘りして効率化し、磨き上げていくことです。「知の探索」とは、現状からなるべく遠い分野を探索し、新たな知と知を組み合わせて新しい事業を創造することです。バブル崩壊後、日本企業は「知の深化」ばかりに注力し、「知の探索」を怠りました。イノベーションを起こせなかったのです。

ここで重要なことは、「知の深化」はAIにもできるが、「知の探索」は人間にしかできないということです。なぜか。「知の探索」を進めるには、「失敗の可能性があってもやる」とか「困難があっても挑戦する」という判断が求められるからです。AIは過去のデータを学習する中から導き出せる「普通の答え」しかできないため、失敗の可能性を受け入れるような「冒険的な判断」は苦手です。

逆に「知の深化」は、現状の業務を効率化する作業であり、AIが最も得意とすることです。バブル崩壊以降、日本企業が進めてきた「知の深化」は、今後急速にAIに置き換わっていきます。AIの方が、人間よりはるかに効率的にできるからです。ここに早くAIを導入していくことが、企業経営の重要な意思決定になります。また、この話は後述するWindows 11やCopilotのような最新のIT環境を整備することとも関連してきます。

早稲田大学大学院経営管理研究科
早稲田大学ビジネススクール 教授
入山 章栄 氏

早稲田大学大学院経営管理研究科
早稲田大学ビジネススクール 教授
入山 章栄 氏

オックスフォード大学教授のマイケル・オズボーン氏は「AIに人間の仕事の47%が奪われる」と言っていますが、私も同感です。ただし、奪われるのは「知の深化」に関する仕事であり、「知の探索」は奪われません。つまり、「知の深化」はAIに任せ、人間は「知の探索」をやればよいわけです。オズボーン氏との対談でこの話をしたところ、彼も同意していました。

――生成AIは、企業の中でどのように使われていくのでしょうか。

生成AIの真の凄さは「自然言語が使えること」にあります。生成AI は人間と普通に対話できる、人間に近いコンピューターです。プログラミングができなくても自在に操れるようになることで、想像もできないようなイノベーションが起きてくるはずです。

生成AI は、3つの方向で革命を起こします。1つは、「検索」です。これまでは単語で検索していましたが、これからは人に尋ねるように会話して検索できます。2つ目は、「抽象化」です。これは、Microsoftが発表した「Copilot」が得意とすることで、大量の情報を人間の代わりにまとめてくれる機能です。3つ目は、「言語変換」です。例えば、あるテキストを女子高生が書いたような文体に変えるとか、自然言語で目的を伝えてアプリを作ってもらうなどです。

DXの要点は、全員が同じものを使えるようにする「標準化」にある

――企業がAIを使いこなし、DXにつなげるには何が必要でしょうか。

DXの要点は「標準化」にあります。全従業員が同じ環境を使えるようにすることです。私が理事をしている「生活協同組合コープさっぽろ」のCIO(チーフ・インフォメーション・オフィサー)を務める長谷川秀樹氏が、DXで最初にやったのはチャットツールを全従業員に使ってもらうことでした。

例えば、函館市の鮮魚担当の人とも、理事の私はチャットツールでつながっています。そこで何かのトラブルが起きれば、瞬時に全員が共有し、迅速な対応が可能になります。AIもチャットツールと同じように、皆が使えるようにすることが大切です。コープさっぽろでは、すでに全従業員がAIを自由に使っています。

――AIのセキュリティに関するリスクについては、どのようにお考えですか。公的な生成AIサービスに「機密性の高い情報を出すな」という企業が増えています。

企業によって考え方は違うと思います。問題は、生成AI の裏側に誰がいるかということでしょう。悪用される可能性があると考えれば、セキュリティ上のリスクを考える企業もあって当然です。AIやDXにおいてセキュリティ対策は重要です。コープさっぽろでも、あらゆる環境を常に最新版にアップデートし、セキュリティを強化しています。その意味で、AIを使いこなすには、高い親和性とセキュリティを備えたWindows 11へのアップデートは急ぐべきだと考えます。

また別の問題として、生成AIでは「何がオリジナルかわからなくなる」という課題があります。AIは外部データを学習してコンテンツを生成する仕組みなので、学習する基になったオリジナルを作った人たちの権利があるからです。

――そうした課題を踏まえたうえで、今後、私たちは自分の仕事をどう考えていけばよいのでしょうか。

生成AIが持つ特徴の「逆」を考えていくことがカギとなるでしょう。ある専門家からの受け売りですが、生成AIの特徴は、大まかに3つあります。第1に「普通のこと」を言うのが得意なこと。第2に「形式知」、つまり文章や図表などで表された知識を使って表現するのが抜群にうまいこと。第3は「実存性」がない、つまり当事者能力がなく責任が取れないということです。

そこで、これらの逆を考えてみます。まず、AIが「普通のこと」を言うのが得意なら、「普通じゃないこと」をやれば人間の価値が出てきます。2つ目は、形式知。生成AIは基本的にすべて文章や図表などで表せる知識なのですから、形式知化されないものに人間の価値が出てきます。その例として、私はよく「五感で考えましょう」と言っています。人間の五感のうち、デジタルで代替できるのは視覚と聴覚のみです。味覚、触覚、嗅覚の3つは、当面、代替されません。つまり、ここに人間の価値が出てきます。

3つ目は、実存性です。AIに実存性がない以上、常に人間の実存性が求められるわけです。生成AIが進めば進むほど、皆が同じようなものを作れるようになります。つまり、内容の違いはあまり重要ではなくなり、「誰が言ったか」が重要になっていきます。同じ内容でも、「あの人(企業)が言うから価値がある」となるわけです。人や企業のブランドの価値が向上していきます。

AIによって起きる変化は、人間にとって「良い変化」

――お話を聞いていると、AIを使いこなすことで人間の価値が向上するようにも感じます。

その通りです。例えば、これまでは「資料のデザインは立派だが、プレゼン内容が面白くない」という人がたくさんいました。でも、「Microsoft 365 Copilot」が出てくると、誰でも美しい資料が作れるようになります。

ロイヤルホールディングス会長の菊地唯夫氏は、「肉体労働」や「頭脳労働」の時代は終わり、これからは「感情労働」の時代が来ると言っています。人間のやるべき仕事は、よりエモーショナルな方向へシフトするのです。プレゼンでも、資料の美しさより本人のやる気や本気度を伝える「感情」が決め手になっていきます。

――本来の人間らしさを生かした仕事に集中できるようになる。良い変化ですね。

そうです。良い変化なのです。AIへの投資は積極的に進めるべきです。その際のポイントは、AIが「知の深化」を高めるものであることをしっかりと認識することです。「知の深化」へのAI活用を考える際は、「目前の脅威への対策」と「将来ビジョンの実現」の2つに分けて考えるとわかりやすいです。

まず、「目前の脅威への対策」の基本となるのは、IT環境を常に最新の状態に保つことです。セキュリティを飛躍的に向上させ、日々の業務にAIを自然な形で統合していくWindows 11 Proの導入は、重要な選択になります。少しでも早く環境を整えることが、AI活用を成功に導くと考えます。

一方、「将来ビジョンの実現」については、「目的の明確化」が重要です。これからの企業やビジネスパーソンにとって重要なのは、「何がしたいか」です。「共感」「感情」「チャレンジ」「世界観」などがキーワードになります。それ以外のことはAIが自動化し、コモディティ化していきます。当たり前のことを普通にやるという、いわゆる労働的な仕事が減っていくわけです。確かに大きな変化ですが、人間が人間らしくなっていくわけですから、良い変化だと思います。