ビジネスバズワード - 第9回

兼業・副業――もはや「小遣い稼ぎ」ではないその重要性



日本人の働き方を根本から変える可能性を秘めている

長らくタブー同然の扱いだった「副業」がここにきて脚光を浴びている。働き方改革を進める政府が原則として副業・兼業を認める方針を打ち出したからだ。従業員の副業を積極的に後押しする企業も登場。日本人の価値観がまたひとつ変わろうとしている。

文/まつもとあつし


もう「こそこそ」しない

 これまで副業というと、会社の仕事とは別の収入源、いわば「小遣い稼ぎ」のようなイメージが強かったのではないでしょうか? この言葉も働き方改革という考え方が社会に拡がるにつれ、変化しつつあります。

 「副業禁止」を就業規則で定める会社がまだまだ多数派です。副業を認めてしまうと本業が疎かになるのではないか、あるいは、複数の会社で勤務した場合、社会保険料をどちらがどのように負担するのか? という懸念や疑問がそこにはあるからです。しかし働き方改革を進める政府は、厚生労働省の「モデル就業規則」からも現在は原則禁止としている副業・兼業を原則として認める方向に転換する方針です。

厚生労働省労働基準局監督課「モデル就業規則 平成28年3月」より。いまのところ副業は原則禁止となっているが、政府はこれを見直す方針。

 副業を認める、ということは、就労時間・社会保険といった労働基準法の根幹にも関わるトピックスに切り込んでいくことにもつながっていくため、社会全体としてこれにどう取り組むのか、という観点からはまだまだ議論が求められるテーマでもあります。

 しかし、早くも会社の制度として副業を認める方向に舵を切った会社が登場しています。グループウェアを提供するサイボウズは、副業を前提とした人材採用を「複業採用」と銘打ってスタートさせると発表しています。あえて「副業」という言葉を選ばなかった理由として、そこに「並行するキャリア(パラレルキャリア)」を持つ人材への期待が込められていると言います。

サイボウズの「複業採用」募集ページ。

 また、非IT企業からもロート製薬が、「社外チャレンジワーク制度」を導入しました。これは審査を経て就業時間外に収入を伴う仕事に就くことを認めるものですが、東証一部上場企業からもこのような動きが出てきたことは注目されています。

社会と個人が目指す幸せな働き方へ

 副業とあわせておさえて置きたい言葉に「兼業」があります。副業があくまでも本業の補助的な意味合いが含まれるのに対し、兼業は「兼業農家」という言葉が示すように、2つ(以上)の仕事がそれぞれ同じくらいの重要度と、関与度合いがあるというニュアンスがあります。サイボウズが使った「複業」という言葉も、並列・パラレルという意味合いが込められていますから、この兼業に近いものだと捉えておくと良いでしょう。

 国は、副業の推進とあわせて、職業訓練に特化した大学のコース新設も推進する構えです。これは職場内でのOJTを重視していた従来の姿勢を転換するもので、いま身を置いている職場以外で異なる能力を身につけてもらおうという意図があります。産業構造が変化したにもかかわらず労働力の流動化がなかなか進まなかったこと、それがここ20年ほどの経済停滞の一因です。リストラや転職といったリスクの伴う手法ではなく、いまの仕事も維持しながら、より自分が活躍できる場・機会を求めていくというのは、「スマートワーク総研」でのインタビューで夏野剛さんが「適材適所」と表現した働き方そのものです。いまやこれが個人の幸せだけでなく、国の成長戦略としても位置づけられようとしているのです。

 なかには「専業禁止」を謳う会社も現れています。

エンファクトリーの人材理念ページより。

 Webサービスを展開するエンファクトリーでは、「パラレルワーク(副業)」が本業にも効果を生む、という考えのもと、社員の副業を積極的に認める方向を明確にしています。このパラレルワークを進めた結果、起業・独立のために退職をすることになっても「フェロー」として自社との関係を維持することができる、と定めているのも特徴的です。

 CCCの調査によると、現在副業をしていると答えた人は全体の約1割に過ぎません。またその中でも月に10万円以上稼いでいる人は約1割と、副業はまだまだ存在感が小さいというのが現状です。しかしもはや、副業は会社に隠れて、あるいは遠慮しながら行うものではなくなる――そのための環境整備が進んでいるなか、これから数年で副業に対する価値観は大きく転換されていくはずです。私たちも副業とどう向き合うのか、そこにどんな可能性を見出しておくのか? 一人一人が考え始めなければならなくなったと言えるでしょう。

筆者プロフィール:まつもとあつし

スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ新書/堀正岳との共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。