いますぐ読みたい「働き方ブック」レビュー - 第3回

みんなの疑問『なぜ働き方改革が必要なの?』にガツンと答えてくれる



『労働時間革命 残業削減で業績向上! その仕組みが分かる』小室淑恵著

忘れがちだが、一連の働き方改革の最終目的は人口減少に歯止めをかけること。つまり、子どもを安心して産み育てる環境が完成しない限り、いくらテレワークしても意味がない。今回は“最も効果的な少子化対策は長時間労働の是正”だと説く刺激的な一冊を紹介。

文/成田全


 今回取り上げるのは「女性活躍を推進しながら少子化対策にも効果がある施策は、長時間労働の是正である」と語る、企業の労働コンサルタントである小室淑恵氏の『労働時間革命 残業削減で業績向上! その仕組みが分かる』だ。「そんな八方丸くおさまる夢のような話があるわけないだろう」と思ったそこのあなたこそ「長時間労働・少子化・女性の活躍」問題が解決しない元凶である可能性が高いのだ。

改革のタイムリミットまであと数年!

 本書の冒頭で小室氏は、長時間労働は「勝つための手段なのだから働き方を変えるなんて無理」ではなく「負けている原因なのだから、今すぐ変えないと永遠に勝てない」と断言、「なぜ長時間労働がダメなのか」を説明する。

 小室氏はまず「若者の比率が高く、高齢者の比率が非常に少ない人口構造の状態」である「人口ボーナス期」での成功体験、1960年代〜バブル崩壊までの「高度経済成長期」の働き方を今すぐ捨てよ、と説く。現在は「支えられる側が支える側より多くなってしまう構造」である「人口オーナス期」に入っており、「一度人口ボーナス期が終わった国に、二度と人口ボーナス期は訪れない」というのがその理由だ。しかし「人口オーナス期に入ったこと」自体が問題ではなく、高齢化と少子化が急激に進み、諸外国に比べ猛スピードでオーナス期に入ったことが問題だと指摘。団塊ジュニア女性の出産適齢期が終わる、あと2、3年の間しか人口増の可能性はなく、日本の将来がどうなるか、今まさにタイムリミットを迎えている状態だと警鐘を鳴らしている。

 今の状態が続くと人口減少は下げ止まらず、2110年には日本の人口は4286万人に減り、逆に高齢化率(総人口に占める65歳以上の割合)は41.3%まで上昇すると推計されているという。しかしタイムリミットを回避して出生率が回復すると減り方は緩やかになり、2090年代半ばには人口減少が止まると考えられている。そのためには今すぐ「長時間労働の是正」が必要なのだ。

長時間労働を続ける会社は淘汰される

 高度経済成長期は重工業の比率が高く、力のある男性が働き、早く安く大量に物を生産するために長時間労働をして、均一な物を大量に提供するため同じ条件の人を揃えることが経済発展しやすい働き方であったという。つまり「女性は家に入って家事労働をして男性を支える」ことで「長時間労働で異動や転勤を断らない会社の言うことを聞くモーレツ社員」が活躍できたのだ。その成功体験を持つ人たちが会社の上層部にいること、そしてこの働き方が正しいと信じて疑わない悪しき伝統が今も脈々と受け継がれている。

 しかし今は人口オーナス期である。頭脳労働の比率が高く、労働力が足りないこの時期に経済発展をするには、男女をフル活用して働く組織であることと、子どもを産み育てる時間、高齢者を介護する時間が取れる短時間労働が適しており、多様化する世間のニーズに応える人材が揃っていることが条件になるという。つまり、「女性活躍の推進、少子化対策、長時間労働の是正」をセットにして進める必要があるのだ。

 これからは少子化対策のため、男女とも育児がしやすい環境であること、介護で休む(または辞めてしまう)団塊ジュニア世代が劇的に増えるため、いかに短時間で成果を上げられるかがポイントとなり、どんな条件であっても働ける=ダイバーシティを推進することで、働く人たちから「選ばれる企業」にならないと生き残れなくなってしまうのだ。目先の利益にとらわれ、残業時間を増やして少ないパイの取り合いをする企業はいずれ疲弊し、社員は辞め、新しい人材も採れなくなっていく悪循環に陥ることになる。しかも人口オーナス期で成長できる企業になるには、人口ボーナス期の働き方をすべて捨て、新しいやり方へ飛び移らねばならない。グズグズしていると取り残され、やがてその会社は沈んでしまうという危機感、さらには100年、200年先の日本を救う責任感を持っているのか、と小室氏は発破をかける。この現実を知ってもなお、労働時間の改革は必要ないという人は……いるだろうか?

総務省統計局公式サイトより抜粋。2017年には日本の人口のボリュームゾーンである団塊世代が70代に突入し始め、要介護者が増えていく。

残業をしている会社は負け組である

 「課題が山積みで仕事は増えているが、人員は減らされている。そんな状態で働く時間を減らしたら、とてもじゃないけど仕事が回らない」と思ったあなたは、問題が解決しない元凶であることを自覚してほしい。

 本書では様々な企業や自治体で行われた労働時間改革の方法と、劇的な結果が報告されている(なんと24時間動き続ける警察での労働時間短縮の取り組みまである)。労働時間を短縮して売上を上げ、さらには出生率までアップさせていることを知れば、読んだ人の目からはウロコがボロボロ落ちることだろう。ただ、「アサイン」や「エビデンス」といったカタカナ語が頻出するので、読みにくいと感じる人もいるかもしれない。しかし情報は有益なものばかりなので、メモを取るなどしてポイントを理解してもらいたい。

 会社のトップが「働き方を変える」と強く推進しない限り、社員の意識は変わらないと小室氏は言う。そのため本書には「どうやったらトップにわかってもらえるのか」を様々な社員の立場から意見するためのヒントも載っているので、これを参考にぜひ提言してほしい。政府が主導する「残業時間の上限規制」が話題になっているが、そもそも残業をしている会社は負け組なのだ。今こそ古いやり方を捨て、新たな働き方へシフトすべき時なのだということを教えてくれる一冊となることだろう。

筆者プロフィール:成田全(ナリタタモツ)

1971年生まれ。大学卒業後、イベント制作、雑誌編集、漫画編集を経てフリー。インタビューや書評を中心に執筆。文学、漫画、映画、ドラマ、テレビ、芸能、お笑い、事件、自然科学、音楽、美術、地理、歴史、食、酒、社会、雑学など幅広いジャンルを横断した情報と知識を活かし、これまでに作家や芸能人、会社トップから一般人まで延べ1500人以上を取材。