働き方改革のキーワード - 第1回

「同一労働同一賃金」の本音と建て前



影響を受けるのは非正規雇用だけではない

最近よく見かける言葉だけれども、実はあまり理解できてない――そんなキーワードをやさしく解説します。今回は、働き方改革の柱のひとつ「同一労働同一賃金」。いったいどのような内容で、誰に影響があるのでしょうか?

文/まつもとあつし


格差の解消が目的なのか?

 国を挙げた働き方改革の取り組みの中で労働時間の改善と並行して「同一労働同一賃金」への注目が集まっています。これを押し進める厚生労働省の特集ページには以下の様な一文が掲げられています。

我が国の非正規雇用労働者の賃金水準は欧州諸国と比べて低い状況にあり、不合理な待遇差の解消による非正規雇用労働者の待遇改善は重要な政策課題です

 この一文を読むと、非正規雇用労働者の賃金格差改善を目指したものと捉えてしまいそうになりますが、実は日本企業の雇用制度全体、つまり正規雇用で労働している人々にとっても大きな影響があるテーマなのです。今回はこの「同一労働同一賃金」がどういうものなのか? どんな影響があるのかを整理しながらみていきます。

 いまを遡ること15年ほど前、当時の小泉政権のもと「聖域なき構造改革」が進められていました。その中には労働市場の流動化を目指した労働派遣法の改正が含まれ、「認められた業種=ポジティブリスト」から、「認められない一部の業種=ネガティブリスト」へと規制が大幅に軽減されました。

 その結果、いわゆるホワイトカラーと呼ばれる職種にも、派遣・非正規雇用の形態で働く人たちが多く採用されるようになり、同じ職場で同じような仕事をしているにも関わらず、待遇に大きく差があるという状況が生まれたのです。

 すでに2018年には、改正労働契約法の施行に伴い5年を超えて有期契約が反復更新された場合には、無期労働契約への転換を申し込むことができるようになります。しかし、これだけでは待遇の改善には直接的にはつながりませんし、企業側が5年を超えて契約を更新しないよう対応する可能性もあります。

「1億総活躍社会」を掲げる安倍政権は、この非正規雇用労働者の中でも、子育て・介護などのために「不本意ながら」非正規雇用を選択している人たちが296万人(全体の約15%)存在していると推計しており、この待遇差の解消や、正社員化の促進を進めるべく、ガイドラインや法制度の整備を計画しています。具体的には、同一労働同一賃金を実現する企業への助成や、短時間労働者への保険適用の拡大なども盛り込み、「不本意非正規雇用労働者」の割合が2020年には10%以下となることを目指しているのです。

働き方改革実行計画でも「同一労働同一賃金」は真っ先に挙げられる重要なトピックだ。

日本型の着地点とは?

 この計画に対して、異論を唱える人は少ないはずです。しかし、現実には労使双方がこれまでの考え方を変えることが出来なければ、円滑な「同一労働同一賃金」の実現は難しいと指摘されています。

 この格差の解消とは、非正規雇用労働者の待遇の改善だけで実現できるものではありません。戦後のような経済成長が見込めない現況では、正規雇用労働者の待遇を見直すこととセットでなければ、この格差の溝は埋まるものではないからです。年功序列で給与が上がっていくという仕組みはいよいよ見直されなければなりませんし、一層、能力を重視した給与体系や雇用制度(突き詰めれば解雇規制のあり方も問われることになるはずです)へと移行できなければ、労働力を維持しながら格差を解消することは難しいと言えるのです。

 これまで日本の雇用体系は、「メンバーシップ型」であるとされてきました。ある会社に新卒一括採用で就職すれば、そこで様々な職種に就くことも珍しくありませんし、時には自分の専門スキルを超えて、課題に取り組むということも求められてきました。勤める会社を変えることは、そのメンバーシップを離れるということを意味するため、その後のキャリアに対して慎重にならざるを得ない面があります。

 一方で、欧米では「ジョブ型」、つまり何の職務を担うのかがまず問われます。職務内容とその経験で待遇が決まるため、転職、引いては解雇に対してもある程度の柔軟さがある、とされています。ジョブ型であるが故に「同一労働同一賃金」が実現しやすい、という面は否定できません。

 このように雇用体系を巡る環境の違いがあるため、日本で「同一労働同一賃金」を実現するには、「日本型」の待遇を設計する必要があるという見方が拡がりつつあります。具体的には、仕事内容で決まる職務給は、正規・非正規での格差を無くしつつ、ボーナスや退職金・福利厚生などでは差をつけるといった手法です。メンバーシップ型の雇用体系の中にあって、仕事内容は同じであっても問われる責任や、残業の有無などには違いがある、という前提での設計を、りそな銀行などではすでに導入しているのです。

 これは行き過ぎれば、格差が固定化されるという懸念もありますが、一方で柔軟な働き方という選択肢を採ることによって、待遇が変わるという公正さを実現できるという見方もあります。この着地点をどこに置けば良いのか、バランスを欠いた設計の場合はどのように是正が図られるべきなのかが問われており、まさに法制度とガイドラインの整備が急務なのです。

筆者プロフィール:まつもとあつし

スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ新書/堀正岳との共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。