有識者に訊く働き方改革の“今”すべきこと――第1回

日本と世界ではこんなに違う!? 海外の事例に学ぶフレキシブルな働き方とは?



リクルートワークス研究所 村田弘美 氏

働き方改革が声高に叫ばれるようになり、動き出した感のある日本。すでに取り組んでいる企業、まだ躊躇している企業があるなか、日本が、企業が今後取り組んでいく上でどう舵を取るべきか。さまざまな視点をもつ有識者にお話を訊くシリーズ第1回は、人と組織の「新しいコンセプト」を提起する研究機関である「リクルートワークス研究所」で、世界の国々の働き方を調査・研究する村田弘美さんに、世界と日本の労働環境の違い、そして今後日本が取り組まねばならない働き方改革の課題について伺った。

取材・文/成田全 撮影/岡田清孝


村田弘美 氏
リクルートワークス研究所 グローバルセンター グローバルセンター長。日本および世界の労働環境や雇用、フレキシブル・ワークなどを研究。また次世代社会へ向けた労働市場の構築に関する啓蒙活動なども行っている。

ほとんどの国が“働き方改革”で揺れている

―― 村田さんは世界の国々の人の働き方を調査、研究されていますが、今一番進んでいると感じた国はどこでしょう?

村田 ここ何年かのうち実際に見た感想ですと、シリコンバレーのスタートアップ企業ですね。アメリカは国主導で制度を変革しているわけではなく、個々の企業に任せているのですが、人手不足が深刻化しているエンジニアを採用することと、会社に定着をさせたいということから、企業はできるだけ彼らに自由にやらせようとしています。犬がいたり、ルンバが何台も動いていたりなど、オフィスなのか生活する場なのかわからないような感じですね。

 アメリカでは“ホットワーク”と呼ばれる、寝食を忘れて没頭する働き方がある一方、労働時間や休暇制度、テクノロジーをいかに活用するかといった働き方の自由度を高めるもの、そのどちらも選べるようになっています。また社員の個人的な生活の部分にまで踏み込んで、サポートを提供する会社もあります。例えば、子供のいる人が今日どうしても残業しないといけないというときに、業務委託している会社から3時間以内に家へベビーシッターを呼ぶ、子供を預ける場所を探すといったいくつかのオプションが提示されるのです。自分が働かないのではなく、働きながら何か他でケアできるものはないかという考え方で、みんなが同じルールではなく、働きたいという意志がある人に合わせていくのが、アメリカの中でも先進的な働き方を推進している企業の特徴ですね。

―― ヨーロッパはどうでしょう?

村田 北欧はちょっと変わっていて、朝6時半〜7時くらいから働き始めて、昼休みもサンドイッチを2つくらい食べてコーヒーを飲むくらいで、できるだけ短縮して早く帰ります。午後3時半くらいには帰宅ラッシュが始まりますね。これは冬が長いといった気候の問題であったり、延長保育ができないから自分で迎えに行くしか選択肢がないこと、物価や外食費が高いことなどが原因です。ノルウェーではハンバーガーとサラダ、ドリンクで4000円以上することもめずらしくないです。ですので、北欧の人たちは家でシンプルな食事をされてますね。スウェーデンでも午後3時、4時に帰って、5時に家族全員揃って家で夕食というのが普通のことなのです。

 一方、フランスは、もともと宗教的に「働きすぎ=悪」という考え方もありますが、新大統領になったマクロン氏が経済・産業・デジタル大臣当時(2015年)に、週35時間制を導入しました。これには多くの反対もありましたが、経済が活発になった現在では、実際には週39時間くらい働いています。ただフランスの場合は働くときはぎゅっと働いて、終わったらバカンスを取るので、1年間を均して見てみるとバランスが取れていて、ラテン的な働き方といえるのかなと思いますね。

 イギリスでは、子供の就学に沿った働き方のメニューがたくさんあって、子供と一緒に夏休みが取れたり、学校が終わった時間には家にいられる働き方が主流になっています。こうした制度は最初、育児をする女性のためのものだったのですが、それが配偶者に広がり、最近は祖父母が孫のために休暇が取れる制度まで整備されています。これはイギリスでも高齢化が進んでいるからで、三世代、四世代がひとつの社会、労働市場の中で共存しようという動きがあるためです。

 またスペインではお昼休みが3~4時間ある「シエスタ」が古典的な働き方のスタイルだったのですが、地方から都心へ働きに出るようになったり、オフィス環境が変わってきたことで、その間の居場所がない人が増えています。昼休みは一部のデパートや駅以外、お店が開いていませんからね。しかも昼休みをそれだけ取ると午後は3時、4時から仕事を再開するので帰りが遅くなってしまうこともあって、公務員はシエスタ禁止になりました。地方は今まで通りのところが多いのですが、ここ数年は変わってきていますね。

―― アジアだとまた違いますよね?

村田 東南アジアは週35〜50時間労働で、ブルーカラーも多いですし、新興国になればなるほど労働時間が長いという傾向が顕著に出ています。若い人たちが多い国では働けるだけ働いて、たくさん稼いで親を楽にさせるというような意識があって、日本の高度成長期にあった働き方や価値観と似ています。このように世界では国によって働き方も違うし、フレキシブルの幅も違いますね。

―― 世界的に働き方が変化してきたのは、いつ頃からとお考えですか。

村田 労働時間に対する考え方を変えていこうというのは、だいたい2000年くらいからの動きです。今ではほとんどの国が働き方改革で揺れていると言ってもいいのではないかと思います。リクルートワークス研究所では2006年発行の『Works』で「フレキシブル・ワーク ~臨機応変・伸縮自在な働き方~」という特集を組みました。その当時、働き方改革は家族との時間を作るためのものでしたので「ファミリー・フレンドリー」、略して「ファミフレ」や「フレキシブル・ワーク」と呼ばれていましたが、「ワーク・ライフ・バランス」という名称に変わってから爆発的な広がりを見せ、流れができましたね。

2006年2月発行の『Works』No.74の第2特集に、「フレキシブル・ワーク−臨機応変・伸縮自在な働き方」を8ページで紹介。村田さんもフレキシブル・ワークとは何か、諸外国の事情も含めて執筆している。

成果報酬はマネジメントが鍵

―― 日本の“働き方改革”では今後どのようなことが予想されますか?

村田 近年、ヨーロッパでは、1日6時間労働制を導入する大手企業が増えてきました。その理由のひとつは「テクノロジー」です。今は「パソコン=職場」です。会社でも、紙に書くものは少なくなって、パソコンやスマホ、タブレット自体が職場で、どこに行っても仕事ができる。ちょっとしたことも調べられたり、コミュニケーションツールにもなる。テクノロジーが進み、AI化することでどんどん自動化されて働き方が変わり、その分、自分の時間に余裕ができるという変化がありますね。

 会社との契約も今の日本では「就業規則」があり、みんなが同じルールで同じ時間働くことになっていますが、今後は個別化していくでしょう。そうなってくると一番大変なのはマネジメントする人たちです。今までは席に座って部下を見て、指示や管理をしていましたが、個別に対応する必要に迫られます。北欧の企業では時間管理の仕方が柔軟で、例えばスウェーデンの会社では月~木曜日まで働いて、仕事が残った人は金曜日に会社、もしくは自宅で働く。もしノルマが早く終わったら、金曜を待たずに休める。毎週金曜日がフレキシブルデーという考え方なのですが、これは政府が主導したわけでも、特に誰が言ったわけでもなく、自主的にそうなっているというのが特徴です。それができるのは、基本的には「この週はこのくらい働く」というタスク管理ができているから。自分の仕事はこれで、自分の中で生産性を上げると休みが取れる、という単純な話なのです。でも日本人は「ここまで終わった。よし、次ができる!」って押し込みますよね。で、終わらないという(笑)

―― 「これをやっておけば来週楽になる!」と思ってやるのですが、結局はその繰り返しです(笑) 今後、働き方がフレキシブル化していくと、マネジメントは重要な問題になっていくのですね。

村田 国際比較の調査をしていて気になるのが、このマネジメントの問題です。自分の部下がその場にいることで安心するという意識……いわゆる「いないとサボってるんじゃないか?」ということですが、ほかの国の職場では、必ずしもそうではありません。それは時間で管理するのではなく、部下の「アウトプット」を見ているからです。アウトプットではなく「アウトカム(成果)」と言っていいかもしれませんね。

 これは時間に対する報酬ではなく、成果に対して報酬を払うということです。この週にこの成果が出ていればいいという考え方なので、別に昼休みを11〜12時に取ろうと、朝何時から仕事を始めようが関係ない。どういうやり方でも、最終的な成果が上げられている状態であれば上司的にはOKですよね?

 そうやって働き手が働く時間を変えてみると、今まで会社に決められていた時間軸ではなくて、24時間ある自分の時間のどこをどれだけ仕事につぎ込むのかは個々で選んでもいいのかなと思うんです。そして管理する側も「この人はどういう働き方をするのか」ということを知っておくのも大事になってくるでしょう。

平等な働き方では“マイナス要素”も受け入れることが肝要

―― さきほど1日の労働時間が短縮するというお話がありましたが、休日は増える傾向にありますか?

村田 今後は週休3日制が増えるでしょう。これは高齢化が視野に入ってきて、週5日働くのがしんどくなる人たちが増えてくることがあります。高齢者は体の状態や気持ちの問題が個人で違ってきますから、週4日、週3日だけ働く、もしくは1日の働く時間を短くするなどして、社会と共存していく選択肢が出てくるでしょう。

最近Yahoo! Japanが、条件付きなものの週休3日制を導入するということで話題になったが、ユニクロは2015年に一部で週休3日制を導入しているのをはじめ、幾つかの企業がすでに導入している。

 また定年後に嘱託や継続雇用をする企業が増えていますが、ヨーロッパでは「段階的な退職」というのが増えていて、年代で働き方を変えていくことがあります。例えば50歳前後で親の介護の問題が出てきたら、週に数日だけ出勤するといった働き方です。そこで大事なのが、働き方を変えた時には報酬が減ることも必ず意識の中に入れておかないといけません。本当の平等という考え方では、自分のマイナスの要素をきちんと受け入れていくことも大事なのです。残念ですけれど。

 日本は今、社会がそんなに深刻な状態ではないので、労働に対して見返りがあるのは当然だと思っているのですが、これは短い労働時間で生産性が高い人はきちんと評価をするという前提があってこそです。そこで必要なのが「きちんと評価できるか?」ということ。現在は成果に対しての評価のシステムが明確でない職場が多いので、それをどうやって見える化をするのかというのが今後の課題ですね。ただ全員が楽な働き方をするというのは難しいので、労働市場のサイズが適正なのかどうか、バランスを見ていく必要があります。

 私はどちらかと言うと「市場に合わせていく」という考え方なので、働き方が違うということは賃金も違う、みんな一緒じゃない、という考えはあっていいと思っています。もちろん最低限の保障やセーフティネットは必要です。

―― そのためには一人ひとりが生産性を上げていくしかないんですよね。そして個々で働き方を変えていかないといけない。

村田 必ずしも会社が一律のルールを決めるのではなく、「私はこうしたい」が選べるのが大事だと思います。ヨーロッパでの労使交渉は、労使関係、労働組合と雇用者代表で決めたりと、話し合いが非常に重要です。同じ会社で働いている人たちでも属性や職制は違いますし、その会社に合った働き方、その人に合ったやり方を選んだ上で現在の制度に落ち着いてるのが今のヨーロッパ各国の働き方なのです。そうしたことが少しずつ積み重なって、働き方は変わっていくのだと思います。

制度を作ると、きちんと守る日本人

―― 現在進んでいる「働き方改革」によって日本は変わってきていると思われますか?

村田 確実に変わってますね。ここ5、6年の推進力はすごい強いです。あまり言い方はよくないですけど、日本人って「みんながそうしていると、そうしなくちゃいけない」という気になってくるのです。働き方を変えるというのは後押しがないとできませんが、そのきっかけが「みんながやってるから」になれば、北欧のように「じゃあ朝7時半に行って働いてみようかな」という人も出てくるかもしれない。

 そしてここ何年かだと、やはり女性の働き方が変わりましたね。保育園の受け入れの課題などはありますが。でも確実に変わっているのだなと思いますね。

 ただ女性管理職はまだそれほど増えていませんね。スウェーデンですと、女性の部長職や役員が増えない問題があって、そういう人たちのために国が主導して経営塾のようなものを作って、話し方からマネジメントのやり方、財務諸表の見方までトレーニングを行いました。そうした努力があって、今は女性の管理職が増えたのです。アメリカやイギリスですと女性がトップでないと公共入札ができないというルールが一部にあったりしますね。女性の管理職を増やそうと言ってもいきなりは増えませんが、こうした努力を続けるうちに確実に増えていくと思います。

 日本では'90年代くらいまでは「ルールは守るものだ」という考え方が多かったのですが、2000年になった辺りから「ルールは変えるものだ」「規制に対してどうアイデアを出して変えていくか」という方向へ変わりました。

 それまでは昭和22年にできた労働基準法や、既存のルールが大前提だった時代があって、その後たくさんの法律もできて、そういうことを経た上で出てきているのが「働き方改革」なのです。働く時間は本当に1日8時間でいいのか、いや7時間でもいいんじゃないか、休日は週1日でよいのか、週2日、週3日は可能か、とみんなが考えるようになったのです。日本では、企業にも働き手にも、ルールを遵守するマインドが強いので、例えば3年に一度長期休暇を取得するという制度ができると、実際にそのような休暇の取り方に変わっていくかもしれません。

―― 日本での働き方改革、今後はよい方向へ向かうのでしょうか?

村田 今は、国や企業が積極的に働き方改革を推進していることもあって、長時間労働の改善や育児、介護をする人を中心に労働時間の柔軟化が進んでいます。他国を例にとると、この先はその対象者も拡大し、新しいテクノロジーとも共存しつつ、労働者全体にフレキシブル・ワークが拡大していくでしょう。

筆者プロフィール:成田全(ナリタタモツ)

1971年生まれ。大学卒業後、イベント制作、雑誌編集、漫画編集を経てフリー。インタビューや書評を中心に執筆。文学、漫画、映画、ドラマ、テレビ、芸能、お笑い、事件、自然科学、音楽、美術、地理、歴史、食、酒、社会、雑学など幅広いジャンルを横断した情報と知識を活かし、これまでに作家や芸能人、会社トップから一般人まで延べ1500人以上を取材。