ワーキング革命 - 第17回

目指したのは優秀な人材を惹きつけて育てられる環境

世界4大会計事務所の一つであるPwCグローバルネットワーク。その日本における法人の集まりPwC Japanグループは、東京の大手町に新オフィスを開設し、PwC あらた有限責任監査法人、PwC アドバイザリー合同会社とその関連法人が順次移転している。新オフィスは、先進的なファシリティと経営理念を融合し、働き方改革のモデル拠点となる。

文/田中亘


この記事は、ICTサプライヤーのためのビジネスチャンス発見マガジン「月刊PC-Webzine」(毎月25日発売)からの転載です。

公式サイトはこちら→ PC-Webzine

PwC Japanに学ぶ“思想”のある働き方改革

 ワーキング革命というと、ITの導入やファシリティの再構築を真っ先に考える例が多い。しかし、PwC Japanでは働き方を改革する根本的な目的を「優秀な人材を惹きつけて、育てる環境の構築」にあると定義している。その目標の根底にあるのは、PwCの経営理念とも言えるべきものにあるようだ。

 PwC Valuesというコンセプト(行動指針)を掲げている同グループは、一人ひとりのスタッフが自社に誇りを持って、最大のパフォーマンスを発揮できる働き方の実践と進化を理想としている。その理想のために、会社としてできることが「各自のワーキング革命」を後押しできるオフィス環境の整備だった。PwC Valuesとファシリティを融合させた現時点での完成形が、大手町の新オフィスになる。

 設計コンセプトは、「作業の場所」から「コラボレーションの場」への進化だ。

 各自の働き方の多様性に対応し、フリーアドレスのオフィスは各自の目的に沿った多様なレイアウトを可能にしている。例えば、テーブルは通常の四角形ではなく平行四辺形になっている。これは、対面する人同士が真正面にならないようにという配慮。斜めに角度をずらして座ることで、お互いの視線が逸れるので、同じテーブルを共有しても気まずくならない。

 社内で使われている椅子は、経営のトップから現場のスタッフに至るまで、座る人に合わせて快適な姿勢を保てる高機能な椅子が、職員の階級に関係なく均等に導入されている。高機能な椅子を平等に配備することで、分け隔てなく各自がパフォーマンスを発揮できる。この他にも、立ちながらミーティングできるスペースや、個人で電話をかけたり、集中して作業のできるフォーカスルームという個室型のブースも用意されている。

 さらに魅力的なのは、ペーパーレスを促進するためにデュアルモニターが装備されたフロアだ。フリーアドレスというと、各自がノートPCを持ち歩いて作業するイメージが強いが、IT機器を長年にわたって使いこなしてきた同グループだからこそ、用途に合わせたファシリティの設計が充実している。このデュアルモニター装備の共有ワークスペースは、ワーキング革命の提案にとって、新鮮な注目を集めるかもしれない。

PwC Japanグループが東京の大手町に開設した新オフィス。

10年近い経験があるモバイルワークの先進企業

 PwC Japanのワーキング改革が軌道に乗っている背景には、10年近くも前からオフィスや個人のデスクに依存しない働き方を実践してきた経験がある。2008年にはいち早くスマートフォンの導入を推進した。「スマートフォンを導入する以前から、PCと通信カードなどを使ったモバイルワークを推奨していました。通信コストが高かった時代には、月の通信費と家賃が拮抗することもありました」と新オフィスの設計に携わってきた総務部の杉山優子ディレクターは振り返る。

 2009年になるとWeb会議システムを導入し、並行して社内システムの改革にも乗り出した。さらに、購買システムを改良したり、2011年にはスタッフのIDカードでどのプリンターからでも印刷できる仕組みも構築した。こうして、働く場所への依存度を低くしていく一方で、PwC Japanの目指した働き方改革のもう一つのテーマが「できるだけお客さまの近くで働ける環境の整備」だったという。

 大手企業や金融関係の顧客を多く抱える同グループでは、大手町という立地条件が最適だった。しかし、大手町というとオフィス街のイメージが強く、作業をするためだけに通う場所と捉えられがち。そこで「カフェで仕事をすると作業がはかどる」という若手スタッフの意見を取り入れて、新オフィスでは1フロアを「X-Los エリア/カフェ」というカフェスタイルのレイアウトにした。さらにカフェの椅子やテーブルの移動を女性スタッフでも容易にこなせるようにするために、軽量な椅子とキャスター付きのテーブルを導入している。こうすることで、少ない人数でも効率よく短時間でレイアウトを変えられるので、イベントやパーティーなども開催しやすくなっている。

 取材した日も、カフェフロアには多くのスタッフがいて、集中してPCを操作する人や、数人で談笑したり、ミーティングをしている様子があちこちで見られた。福利厚生の一環として「社員食堂」を整備する企業は多いが、もう一歩踏み込んで考えると、カフェテリアが働き方に与える「創造性の高さ」に注目するべきなのかもしれない。

新オフィスのカフェフロア。

ワーキング革命は「攻めの投資」が成功の鍵を握る

 大手町の新オフィスは、内堀通りに面した窓から皇居が一望できる絶景にある。この特等席を役員クラスが独占するのではなく、多くのスタッフや来客が楽しめるように、会議室などに割り当てている。眺望に優れた空間は、人を心地よくするだけではなく、作業や会議などのモチベーション向上にもつながる。

 さらに会議室では、天井に高性能な集音マイクを据え付けて、各自が顔を上げたままテレビ会議やWebミーティングができるようにと配慮されている。些細なことかもしれないが、全員がテーブルに置かれた通話マイクに向かって話しているような会議では、雰囲気が低く沈んでしまいがちになる。そんな経験から、積極的な議論が交わされることを期待して、天井マイクを採用したという。

 PwC Japanの新オフィスに見られる数々の革新的なファシリティ設計や職員のことを考えた「思想」は、多くの働く人たちの憧れだろう。人的資源の優劣が企業の競争力に直結するからこそ、同グループでは「攻めの投資」と考えて、新オフィスに高性能な設備を投入している。もちろん、その背後にはG Suiteなど、いつでもどこからでも業務にアクセスできるIT環境の整備もある。テクノロジーと経営思想、そしてそれを支えるオフィス設計があってこそ、これからの時代に求められる働き方の改革と優秀な人材の発掘や育成が可能になる。

「私たちが求めているのは、進化に対応できる人材です。これまで多くの人を見てきましたが、変化できる人は進化します。新しい働き方を自ら創出できるパフォーマーは、仕事においても問題を自分で解決しようと頭を巡らせます。そうした能力の高い人材を一人でも多く輩出するためにも、この大手町の新オフィスのような環境が大切なのです」と杉山氏は話す。

 人的な資源の育成や発掘のための攻めの投資は、あらゆる企業に共通して求められる経営理念なのかもしれない。

(PC-Webzine2017年8月号掲載記事)

筆者プロフィール:田中亘

 東京生まれ。CM制作、PC販売、ソフト開発&サポートを経て独立。クラウドからスマートデバイス、ゲームからエンタープライズ系まで、広範囲に執筆。代表著書:『できる Windows 95』『できる Word』全シリーズ、『できる Word&Excel 2010』など。

この記事は、ICTサプライヤーのためのビジネスチャンス発見マガジン「月刊PC-Webzine」(毎月25日発売)からの転載です。

公式サイトはこちら→ PC-Webzine