「これからの日本の『働き方』」セミナーレポート



デジタルファースト時代における「働き方改革」の未来

2017年11月21日、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)が主催するシンポジウム「これからの日本の『働き方』」が、永田町グリッドで開催された。今回のシンポジウムは日本政府が推進する「働き方改革の国民運動」をデジタルの面から考え、官のデータと民のデータがスムーズに流れる社会ビジョンを具体化するための考察を行う連続セミナー「デジタルファースト×スマートワーク(DF×SW)」の4回目(最終回)にあたる。

文/豊岡昭彦


デジタルファーストで日本の「働き方」を変える

 司会を務めた国際大学GLOCOM主任研究員・准教授の庄司昌彦氏が「デジタル技術の可能性をフル活用することで古くなった仕組みを打破し、労働生産性の向上やワークライフバランスの改善などを進めていくことは、日本社会全体の重要な課題だ」とシンポジウムのテーマを紹介した。

 これまでの3回のセミナーでは、デジタルファースト時代におけるスマートな働き方について多方面から議論を行い、社会全体の働き方を変えていくために官民双方で改革を進めること、また特にその連携部分でデジタルの変革を加速していくことの重要性や手法が検討されてきた。最終回となる4回目では、これら3回の事例や議論を踏まえ、これからの日本の「働き方」を講演とパネルディスカッションで展望した。

デジタル・ガバメント推進のために

 最初に登壇した内閣官房IT総合戦略室参事官の奥田直彦氏は、内閣官房IT総合戦略室のこれまでの活動と今後の取り組みの方向性を紹介した。

 内閣官房IT総合戦略室は、ITの活用による国民の利便性の向上と行政運営の改善を推進する組織。これまで行政サービスの効率化、サービス向上を目指して、申請書類の電子化などを進めてきたが、少数の手続きに利用が集中し、作成した手続きの9割以上はほとんど使われない状況だったという。今後は、より効果的な部分に集中して作業を進めることで行政サービスの向上を目指すという。具体的には、登記事項証明書の添付省略、住民票の写し・戸籍謄抄本などの提出の原則不要化、国・地方手続のオンライン化の実現、マイナンバーポータルの活用による子育てワンストップサービス、政府情報システムのAPI(外部連携機能)整備などを行って業務改革を推進する。

 また、「働き方改革」を実現するために、IT政策効果の最大化を目的に「働き方改革」を積極的に推進していくことを決定。まず「塊より始めよ」ということで、IT総合戦略室内を全体戦略班、テレワーク班、モバイル班、ペーパーレス班の4班に分け、自分たちの業務を改革する活動を開始した。

 印象的だったのは「これまでの行政は申請主義で、申請した人だけが得をするようなシステムだったが、デジタルを活用することで、これからはプッシュ型に変えていきたい」という発言。また、「役所がサイトを整備するよりも民間のサービス、具体的にはGoogle検索などを利用したほうが利用者にはわかりやすいことも多く、民間との協力を進めていきたい」と今後の方向性を説明した。

内閣官房IT総合戦略室参事官 奥田直彦氏

パネルディスカッションで官庁と自治体の取り組みを紹介

 続いて地方自治体と中央官庁の事例、さらに各府省の電子申請・届出などの案内・受付窓口を一元化したポータルサイトe-Govに対応したアプリケーション「SmartHR」が個別に紹介された後、それぞれのスピーカーによるディスカッションが行われた。

 最初に、総務省行政管理局企画調整課長の箕浦龍一氏が、「働き方改革」の一環として総務省で行ったオフィス改革を解説。紙中心の働き方からデジタルファーストの働き方に変えるため、個人デスクをなくし、フリーアドレス化や無線LANの導入、ペーパーレス化を行った事例を紹介した。場所にとらわれずに働く「シームレスワーク」が可能になったが、他部門や他の官公庁へ導入する場合は、仕事の内容や性質に合わせてカスタマイズが必要だと述べた。しかし、民間企業や外国政府からの視察があり、実際に総務省のオフィスを参考に同様の改革を行った事例もあるとのことだった。

総務省行政管理局企画調整課長 箕浦龍一氏

 続いて、北海道森町総務課情報管理係長の山形巧哉氏が同町のデジタル化を紹介した。車の運転ができない老人が役場まで来るには8時間に1本しかないバスに乗ってくるしかなく、これは行政サービスとして非効率。従って、デジタル化して役場まで来なくてもいいシステムを作るか、役場の仕事を効率化することで、公務員が老人宅を訪問するように行政サービスを変えていかねばならない。つまり、過疎化と高齢化の進む田舎にこそ電子行政は必要だと語った。「働き方改革をするのではなく、時代にあった働き方」こそが必要で、そのためにITを最大限活用するとともに、情報のオープン化も積極的に進めており、民間との協力でヒグマの目撃情報などを公開して住民の役に立っているという。

 次にプレゼンテーションしたのは、労務管理クラウド「SmartHR」を提供する株式会社SmartHR 取締役副社長兼最高プロダクト責任者の内藤研介氏。各府省の電子申請・届出などの案内・受付窓口を一元化したポータルサイト「e-Gov」がAPI(外部連携機能)を公開しているため、これに対応することで、SmartHRでは社員が入力したデータをそのまま電子申請に活用できるようになり、総務の作業効率を格段にアップすることができたと説明。API公開や情報のオープン化によって、民間と官公庁の連携が可能になることを紹介した。

 このあと、上記3名に、先に講演したIT総合戦略室の奥田直彦氏を加え、国際大学GLOCOM主任研究員・准教授の庄司昌彦氏の司会でディスカッションを行った。

 森町の取り組みを東京23区などの大都市にそのまま持ってくることは難しいが、同規模の自治体では十分に可能だろうという指摘や、総務省行政管理局のオフィス改革は部署ごとに書類の使い方や業務内容に合わせて机の配置などを変えていること、可能な限り情報をオープンにすることで電子行政はさらに進化するが、例えば「捺印が必要」というような日本の文化をどのように解決するかが問題という意見も出た。「デジタル化することはあくまでも手段で、行政を効率化し、サービスを向上させていくという本質を見失わないことが大切」という意見が大勢を占めていた。

パネルディスカッション「デジタルファースト×スマートワークについて」(左から庄司氏、内藤氏、山形氏、奥田氏、箕浦氏)

地方と都市での新しい働き方についてのディスカッション

 次いで、地方と都市の新しい働き方に向けた活動を紹介し、その事例を検証する「都市と地方の関わり・働き方と生き方について」をテーマとしたパネルディスカッションが行われた。

 このパネルディスカッションでは、最初に新潟県南魚沼市商工観光課主事の小林亮平氏が南魚沼市「グローバルITパーク」について紹介した。「グローバルITパーク」は、同市にある国際大学との連携で2030年までに海外のIT企業350社を招致し、若者向けの雇用創出や地域活性化を目指す構想だ。現在、スリランカやインドの企業5社が入居しており、同時にサテライトオフィスを国際大学内に設け4社が利用している。小林氏からは、「グローバルITパーク」の利用にはビジネス内容によっては認可が必要となり時間がかかる点や、地元でのIT人材の採用が難しい状況にあることなどが挙げられ、これらの課題の解消に向けて取り組んでいることが説明された。

新潟県南魚沼市商工観光課主事 小林亮平氏

 続いて登壇したのは、デロイトトーマツベンチャーサポート株式会社プラットフォーム事業部副事業部長の前田亮斗氏。ベンチャー企業をサポートし、イノベーションを創出することを目指す活動を紹介した。シリコンバレーで起こった数々のイノベーションを参考に世界各地でこうしたベンチャーを集めた“イノベーションディストリクト”を人工的に作る動きがあるという。同氏がアドバイザーを務めるシェアオフィス「SENQ」(日本土地建物が京橋・青山・霞ヶ関で運営)は、複数のベンチャーが入居することで、こうした環境を提供するとともに、官公庁とベンチャーの距離を近づけ、その相乗効果により地方創生などのテーマで、イノベーションがより活性化することが期待されている。

デロイトトーマツベンチャーサポート株式会社プラットフォーム事業部副事業部長 前田亮斗氏

 この後、上記2名に前出の国際大学GLOCOMの庄司昌彦氏を加えた3人でディスカッションが行われた。地方の人材不足や情報不足をIT、特にSNSなどの活用で補っていくこと、また都市のほうがイノベーションを起こすには有利であるが、農業やバイオなどの分野ではむしろ地方のほうが多様性という意味でも有利になる可能性があるなど、興味深い意見が交換された。

パネルディスカッション「都市と地方の関わり・働き方と生き方について」(左から庄司氏、小林氏、前田氏)

「働き方改革」をブレイクダウンするには

 最後に、元厚生労働副大臣の橋本岳衆議院議員による講演が行われた。

 バブル崩壊後の20年は「失われた20年」という言われ方をしたが、生産年齢人口が減少するなか、就業者数の減少を軽微に食い止め、なんとか経済成長を続けてきた20年と捉えることもできる。しかし、これからは一層少子高齢化が進み生産年齢人口はさらに減少するため、日本が経済成長していくためには、「地方創生」、「女性活躍/一億総活躍」、そして「働き方改革」が必要になると語った。

 橋本氏は、「働き方改革」をブレイクダウンすると、経営者は「どんな人材でも受け入れる覚悟が必要」であり、従業員は意識改革をして「24時間戦うビジネスマンは生産性が低い」と考えるべきで、消費者は「サービスや専門性に、敬意と対価を払う」という意識が重要だと訴えた。

 講演の中で「コンビニが現状のように24時間開いているようでは、日本の生産性はなかなか上がらないだろう。しかし、必ずしも24時間営業をやめさえすればいいというわけではなく、夜間は価格を上げ、消費者が適正な価格を支払うことで解決するというやり方もある」との発言が印象的だった。

効率化とともに考慮すべき「イノベーションを起こす働き方」の必要性

 今回のセミナーでは、これまでに開催された3回のセミナーを踏まえ、官公庁と民間の連携に力点が置かれたため、公的機関のプレゼンターが多く、効率化やサービス向上にスポットが当たっていた印象が強かった。巷間、過労死やブラック企業、保育園の待機児童問題がマスコミを賑わすことが多いため、いかに作業を効率化し、残業を減らすか、テレワークを活用して自宅で仕事をこなすかといったことが「働き方改革」だと思われることが多い。だがそれで、人口減少が続く日本経済を成長させていくことが可能なのか。効率化を図る一方で、イノベーションをいかに起こすかということも非常に重要になる。その意味で、デロイトトーマツベンチャーサポート株式会社の前田亮斗氏のプレゼンテーションは示唆に富むものだった。「イノベーションを起こす働き方」こそが「働き方改革」の鍵になると感じた。

筆者プロフィール:豊岡昭彦

フリーランスのエディター&ライター。大学卒業後、文具メーカーで商品開発を担当。その後、出版社勤務を経て、フリーランスに。ITやデジタル関係の記事のほか、ビジネス系の雑誌などで企業取材、インタビュー取材などを行っている。