第1回
スマートワークで実現するのは攻め・守り・拡がり

「スマートワーク総研」創刊の辞に代えて

文/まつもとあつし


転換点はスマートフォン

 スマートワークに関わる話題のテクノロジー、潮流、文化などについて、スマートワーク総研所長のまつもとあつしがさまざまな視点から解説します。第1回はこのサイトの名前ともなっている「スマートワーク」です。

 「スマート家電」「スマートシティ」など、アタマに「スマート」が付く言葉を目にする機会は増えました。そのきっかけはやはり2008年にiPhoneの登場によって「スマートフォン」(スマホ)という言葉が一般に広がったことでしょう。

 それまでスマートという言葉は、日本では本来英語の訳にはない「痩せている」という意味で用いられることが多かった印象がありますが、スマホ普及以降は、本来の意味である「利口な・賢い」というニュアンスが定着したのではないでしょうか?

 フィーチャーフォンに比べて広大なタッチスクリーン、位置情報センサー、ジャイロセンサーなどを備え、常にインターネットと繋がり、アプリを自由に入れ替えて、自分好みの機能を追加していくことができる――電話サイズのこの「賢い」コンピューターデバイスが私たちの暮らしを一変させたことは疑いようがありません。

 スマートフォンの爆発的普及をきっかけにコンパクト化、低価格化が進んだセンサーなどの技術と、インターネットに常につながっていることによる私たちの働き方も含めた生活様式の変化は、スマホの枠を超えて拡がっていきました。冒頭に挙げた「スマート○○」と銘打たれたもの以外にも、例えば「ドローン」や「ロボット」「クラウドサービス」などがテレビのニュースでも当たり前のように取り上げられるようになったのです。

 ドローンは、スマートフォンで培われた技術のまさに集合体です。小型化され大量に生産されることによって価格も低廉になったバッテリー、カメラやジャイロセンサーが搭載された小さな機体は、Wi-Fiによって操縦され「鳥の視点」を私たちに与えてくれています。

 ここ数年での進化が著しいロボットも、サーボモーターなどの部品が安く簡単に手に入るようになったことが大きく貢献しています。本サイトで紹介していくことになる、さまざまなクラウドサービスも、ノートPCとは比べものにならない機動力を持ち、携帯通信によってサッと情報をチェックできるスマホあってこそのものです。

「スマート」が変える私たちの働き方

 では「スマートワーク」とはいったいどのようなものでしょうか? 耳馴染みの良いこの言葉ですが、意外にもインターネットを検索してもそれほど多くの情報はありません。日本では主に在宅勤務を推進するためテレワークという単語が使われてきましたが、2010年代に入り、発達したITを利用することで在宅勤務に限らない働き方全般の改善が可能だとの共通認識が生まれ、テレワークを含めた単語として「スマートワーク」が出現。最近はこちらの単語で言及されることが徐々に増えているようです。

 これまで見てきた言葉の意味だけを捉えれば、スマホやクラウドサービスなどの新しいテクノロジーをフル活用した「賢い働き方」ということになりますが、それだけではない奥行きが実はこの言葉には込められています。

 働き方について、私たちの誰もが変化の必要性を感じたのは、やはり2011年に起った東日本大震災でしょう。地震や津波による甚大な被害、そして放射能への恐怖は、私たちがどのように持続可能な社会や事業を構築していけばよいのか、そのために私たち一人一人が働くことを通じてどのように貢献できるのかを問いかける出来事でもありました。皆さんの周りでも、震災をきっかけに働き方を見直す動きがあったと思います。

 純粋に技術という枠組みだけでも、オンプレミスからクラウドへの流れが加速した印象があります。日本に拠点を置く以上は、これからも地震による被害は常に想定しておかなければならず、貴重なデータと事業の継続性をどのように保っていくのかが、あらためて検討された結果といえるでしょう。

 ただ、それだけではなく、スマートワークは広く働き方全般を見直すニュアンスで語られるようになっていきました。IT環境が変化するだけでは、働き方は変わりません。そこでの主役である私たちのワークスタイルそのものも、変化に適応したものにならなければいけないからです。

 では、具体的なポイントを挙げながらスマートワークの3つの側面を見ていきましょう。

『働き方・休み方改善ハンドブック』(厚生労働省)より抜粋。

スマートワークで実現するのは攻め・守り・拡がり

 まず高齢化・少子化が進む日本において、育児や介護に対応した柔軟な働き方が求められています。多くの人にとって避けられないこれらの時期を、テレワークなどの技術インフラと、勤務体系によっていかに支えることができるかが、これからの企業の競争力を定義する要因となっています。介護や育児のために退職を余儀なくされる、といったことが起らないよう、スマートワーク環境を整えていく必要があるのです。

 育児や介護による労働力の低下を避ける、という守りの側面の他に、スマートワークには生産性の向上という攻めの部分も期待されています。

 世界基準でみると日本のホワイトカラーの生産性が低いという問題は長く指摘されてきました。先日、労働基準法も改正され「ホワイトカラー・エグザンプション」制度もまもなく始まりますが、スマートワークによって、QOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)を下げてしまう残業をいかに減らし、生産性を高めることができるのか、引き続き検討し改善を続けていかなければなりません。それは、会議や残業のあり方、データの共有方法、オフィスのレイアウト、人事評価制度など多岐に及ぶものになります。

 そして、スマートワークによって新たに生まれてくるのが、働き方の多様性=ダイバーシティです。

 育児や介護でオフィスに留まる時間が短くなってしまっても、それまでと変わらない生産性を発揮することが期待されています。テレワークによって、オフィスでは得られなかった視点を提示できるといった場面も増えるはず。そしてこれも長く指摘され続けている女性の社会進出にもスマートワークは更なる貢献ができるはずです。

 さらに、多種多様な文化・民族的背景を持つ人々と、共働し成果を出していくためにもスマートワークは欠かせない存在となっていくでしょう。

 少子高齢化への備えという「守り」と、ホワイトカラーの生産性の向上という「攻め」の側面、そして多様性=ダイバーシティという「拡がり」。この3つの側面がスマートワークという言葉には含まれています。スマートワーク総研では、これらを実現するためのサービスや取り組みを紹介していきたいと考えていますので、よろしくお願いします。

筆者プロフィール:まつもとあつし

スマートワーク総研所長。ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程でデジタルコンテンツビジネスに関する研究も行う。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『スマートデバイスが生む商機』(インプレス)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。

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