武内一矢さん

株式会社NAVICUS 代表取締役。1985年、 静岡県生まれ。早稲田大学では、早稲田大学グリークラブに所属。大学卒業後、Q&AコミュニティサービスOKWAVEを運営する株式会社オウケイウェイヴに入社。TwitterなどSNSを活用した企画を担当。その後、株式会社ディー・エヌ・エー、ふるさと納税ポータルサイト大手「ふるさとチョイス」を運営する株式会社トラストバンクなどを経て、2018年、株式会社NAVICUSを起業。武内さん1人からスタートした同社は2023年7月現在、社員55人の企業に。
https://www.navicus.info/

フルリモートでも合理的に働くことはできる

──株式会社NAVICUSは、全社員が在宅で働く「フルリモートが基本」ということですが、最初にどのような企業なのかご紹介ください。

武内 NAVICUSは、2018年に私が1人で創業した企業で、日本語の「人をなびかす」と、英語の「NAVIGATION+CUSTOMER」の2つの意味をかけてNAVICUSとしました。エンドユーサーに向き合い、導き、動かしていく存在でありたいと思ってこう名付けました。

事業は大きく2つあります。1つがSNSマーケティングの支援で、TwitterやInstagram、Facebook、TikTok、YouTubeなども使って、企業のプロモーション、公式アカウントの運用代行などを主に行っています。もう1つの事業が自治体向け、とりわけ「ふるさと納税」のプロモーション支援です。

どちらの事業も、基本は「コミュニティマーケティング」です。人と人のつながりが「コミュニティ」ですが、例えばクライアントがゲーム会社ならゲームの利用者同士のつながりもコミュニティだし、ふるさと納税であれば自治体と寄付者のつながりも一つのコミュニティです。そういう人と人のつながりをより大きく太い物にしていくことで、そこから価値を生み出していこうというのが私たちの考えるコミュニティマーケティングです。コミュニティを作る方法はいろいろあるわけですが、とりわけ私たちが得意なものがSNSであるという、そういう立ち位置の会社です。

具体的には、最初に戦略を立て目標を設定し、それを達成するためにはどうするかというブレイクダウンを行っていきます。特に大切なのが、そのコミュニティにどのようにアプローチするのが共感につながるのかを考えることです。ふるさと納税の場合には、寄付金の8〜9割はふるさと納税のポータルサイトを通して納付されますから、各サイト上でどう見えるかが非常に重要です。そこで写真やキャッチで他の自治体や返礼品との違いを出すためのノウハウを提供できるのがNAVICUSの強みだと思います。


「コミュニティマーケティングでは、コミュニティの人にいかに共感してもらえるかが大切」だと語る武内さんは、「会社もコミュニティ。仲がよくなければいい仕事はできない」と語る。

「コミュニティマーケティングでは、コミュニティの人にいかに共感してもらえるかが大切」だと語る武内さんは、「会社もコミュニティ。仲がよくなければいい仕事はできない」と語る。

──NAVICUSが設立された2018年は、新型コロナのパンデミックの前ですが、全社員をフルリモート(在宅)にしたのはどういうきっかけだったのでしょうか。

武内 最初に一緒に働かないかと声をかけた人が結婚して大阪に行くということだったので、通勤はできないことがわかったのですが、会社をやっていく上で通勤は特に必要ないということがわかったので、とりあえずリモートでやってみようというところから始まりました。その後、社員は増えましたが、必要があれば集まればいいので、あくまでも合理的な働き方がリモートだったということです。

東京・秋葉原に7人が座れるオフィスはありますけれども、新入社員の研修や幹部の打ち合わせで使われるくらいで、ほとんど使われることはありません。オフィスを作ったのは、さまざまなクライアントとお仕事していく中で、本社がないと何か胡散臭いということ、実際「本社がない会社って大丈夫なのか」と言われたことがあったので、私たちはあくまで合理的に仕事をするためにオフィスを設置していなかったのですが、クライアントがあったほうがいいというのであれば作りましょうと。創業から1年後にオフィスを設置しました。

最近は、基本的に全社員がフルリモートです。社員は現在55名いますが、北海道から沖縄まで全国に点在していて、オンラインで仕事を行っています。

武内さんが1人で始めたNAVICUSは、今年5周年を迎え、仲間は55人になった。写真は2023年7月に開催された5周年パーティで。

武内さんが1人で始めたNAVICUSは、今年5周年を迎え、仲間は55人になった。写真は2023年7月に開催された5周年パーティで。

5周年パーティでは、5時間に渡って、エンターテイメント系の企画を実施。「コミュニケーションが生まれる関係性を作ることが目的」と武内さん。武内さんは漫才にも挑戦した。

5周年パーティでは、5時間に渡って、エンターテイメント系の企画を実施。「コミュニケーションが生まれる関係性を作ることが目的」と武内さん。武内さんは漫才にも挑戦した。

リモートワークのメリットとデメリット

──リモートワークでデメリットを感じることはありますか。

武内 今年初めて新卒の社員を採用し、社会人経験がないので半年間対面で仕事をすることにしたのですが、新卒社員の場合、私たちが思いもしない所でつまずいていることがあります。一時間ぐらいでできると思った仕事に半日かかっているので、何をやっているのかと思ったら、予想外の作業をしていたりします。本人が悪いわけではなく、誰でもあることだと思うのですが、ドラッグ&ドロップなどのパソコンの基本操作がわからない人や、デスクトップをファイルだらけにしている人など、対面ならすぐに気がついて改善できることも、リモートだと難しいこともあります。

それから、リモートワークの弱点として、社員同士の関係性が弱いと思っています。オンラインでは、要件については話すのですが、いわゆる雑談的な周辺の会話が生まれづらいと思っています。相手の人となりもよく分からないですし、踏み込んだ相談などが起きづらい面があります。「負担だとは思うけどなんとかお願い」とか、「別件だけど相談してもいいかな」みたいなことは言いづらい。そのため、リアルに会う機会をできるだけ多く設定するようにしています。新年会や社員歓迎会など節目のイベントは、全員に集まってもらって対面で行っています。それ以外にも、たとえば管理職の会議は2カ月に1回は対面で行っていますし、新しいメンバーが入社した時にはその部署単位で1週間くらいの出社日を設定します。場所は、東京の本社でも避暑地のコテージでもいいのですが、そこでその部署のメンバーが集まって一緒に働きます。ワーケーション制度を利用して、メンバーが集まって合宿のようなことをすることもあります。そうして一定期間過ごしたメンバーとなら、オンラインになってもその人の性格や距離感がわかってスムーズに仕事ができます。リモートワークは、あくまでも対面で培った関係性をオンラインに持ち込んでいる状態だと考えています。

NAVICUSではワーケーション制度も採用。個人でも、部署単位でも利用できるため、合宿に利用する部署も。

NAVICUSではワーケーション制度も採用。個人でも、部署単位でも利用できるため、合宿に利用する部署も。

武内 リモートワークがうまくいくために重要なのは、何よりも「仲がいい」ということ。どんなにいい制度があっても仲の悪い上司・同僚とは話したくないと思うんです。社員同士の関係が良好であることが大切で、そのために私たちの会社では自己開示の機会をたくさん作っています。

自己開示の例として、私が立ち上げた「75 Days Ago(セブンティファイブデイズアゴー)」というコーナーがあります。全社会議の最後に毎回15分間、入社順に自分が入社の75日前にどこで何をしていたかを話すという時間です。前の職場で、次のキャリアについて悩んでいたなど当時の自分をふり返ってもらい、なぜこの会社を選んだのか、この会社で何をやりたいのかを言語化してもらいます。それを周りの社員に聞いてもらうと、共感する人や、中にはもらい泣きする人までいるんです。こうしたことが、お互いを人として認め合うことにつながります。今一緒に働いていること自体がとても嬉しいと感じるなど、本当の仲のよさが醸成されていきます。

同じ目的で「ご当地飲み」というコーナーもやっています。これは日本各地にいる社員の1人が幹事になって、地元の特産品を5つピックアップし、その中から参加者が投票で選んだものを会社の費用で各自の自宅に送って、幹事の解説を聞きながら食べるというオンラインの飲み会です。幹事は自分のバックグラウンドなどを織り交ぜながら解説するので、人となりがわかるし、家族が参加することもあって、参加者のいろいろな面が垣間見えます。相互理解や信頼関係づくりをするためには、こうした自己開示の機会が非常に大切だと思います。

今年の7月にちょうど創業から5周年だったので、全社員が集まって記念パーティをやったのですが、伝言ゲームやチャットの発言を画面に出して、これを投稿したのは誰でしょうとか、そういうエンタメ企画を5時間くらいやりました。私は漫才にも挑戦したんです。いろんなコミュニケーションが生まれるような関係性を作れるように労力をかけて企画しました。

リモートワークには、デメリットだけでなく、メリットもあって、その1つはオフィスが7人分だけなので固定費が安くあがります。そのため、社員教育などにもお金をかけられるので、人数が少なかったときから、幹部候補生にはマネージメントのセミナーなどに参加してもらいました。また、ワーケーションなどの費用が出せるのも固定費を安価にあげている成果だと思います。

さらに、通勤が必要な会社は、だいたい通勤時間一時間前後の圏内の方が採用の対象になることが多いと思いますが、私たちはリモートワークを採用しているため、日本中どこに住んでいる人でも対象になるので、住んでいる場所にこだわらずに優秀な人を採用できます。

最近も東北に住んでいる人が入社してくれたのですが、このメンバーの場合は、SNSマーケティング歴も10年以上、それ以前もマーケティングの仕事をやっていたので、スキルもマインドも完璧だったのですが、ただ家庭の事情のために地元に住むというところがほかの会社だと難しい。でも、NAVICUSなら、そこもクリアできる。リモートワークを採用していることで、地元で働けることが彼女のモチベーションにもなるし、私たちにとっても得がたい人材を採用できました。

オンラインでの「ご当地飲み」の様子。幹事が地元の特産品や郷土料理などについて説明しながら、みんなで楽しむ。

オンラインでの「ご当地飲み」の様子。幹事が地元の特産品や郷土料理などについて説明しながら、みんなで楽しむ。

「明日が楽しみになる居場所を作る」

──NAVICUSが働く上で大切にしていることはどんなことですか。

武内 私たちの会社は「明日が楽しみになる居場所を作る」ということをビジョンに掲げています。会社は人の集合、コミュニティそのものですから、収入や仕事内容よりも「その仕事に自分の存在価値が感じられる」ことがその人の幸福そのものだと思います。ですから、社員が物理的につながるだけでなく、そのつながりがあることで明日の仕事が楽しみになる、働きがいを感じられることが重要です。月曜日に職場に行くのが楽しみとか、週末のイベントが楽しみとか、そういう関係を築けるようにしていきたいと思っています。

私は、社員に働きがいや生きがいと言えるものをアレンジしていくのが会社の役割だと思っているので、そのためには本人の努力もあると思いますが、本人がやりたいことに手をあげてもらうような方法で仕事に関わってもらうようにしています。人はやりたいことをやっている状態が一番パフォーマンスが出るし、会社としてもその方が得をすると思っているんです。私たちの仕事は、クライアントワークですから、クライアントもその方が得をするし、究極的にはエンドユーザーも得をすると思っています。若手や新卒社員の場合には、何がやりたいか分からない場合もあると思うのですが、ただそれも先輩社員が自分の経験則で「まずはここからやってみよう」というところを手伝ってもらう中で手応えを感じることができるようなマネージメントを心がけ、社員教育にはとりわけ力を入れています。


──最後にこれからこんなことに挑戦してみたいということがあれば。

武内 やりたいことはたくさんあるのですが、今、強烈にやってみたいというのが教育です。会社のマネージメントも社会人教育みたいなものですが、もっと若い人たちに教育してみたいなと。

実は、今年の4月から山梨学院大学で授業を1コマ持たせてもらって、セルフブランディング、自分自身の可能性をどうやったら広げられるかを教えているのですが、「いままで公務員しか頭になかったけど、自分にはどんな可能性があるんでしょうか」と聞いてくれる学生もいて、非常にモチベーションを感じています。そういう一人ひとりの視野を広げるような教育をしていきたいなと。ただし、大学生だと大学や学科を選んだ時点で、ある程度選択肢を狭めてしまっているので、もっと若い、中学生ぐらいに教えられないかなと思っています。それをやるには収益もあげて、人脈も作らなければいけないので、課題は山積みですけれども、いつか挑戦してみたいと思っています。

武内さんは「将来的に若い人への教育にも挑戦してみたい」と語る。

武内さんは「将来的に若い人への教育にも挑戦してみたい」と語る。

著者プロフィール

豊岡 昭彦(とよおかあきひこ)

フリーランスのエディター&ライター。大学卒業後、文具メーカーで商品開発を担当。その後、出版社勤務を経て、フリーランスに。ITやデジタル関係の記事のほか、ビジネス系の雑誌などで企業取材、インタビュー取材などを行っている。