大胆予測!「働き方改革2021はこうなる」

~日本のビジネスマンに押し寄せる「能力開発」の大波


新型コロナウイルスの感染拡大で揺れた2020年。半強制的に広がったテレワークから、ビジネスマンのワークスタイルは大きく変化してきた。そして、再度の緊急事態宣言から始まった2021年、私たちはどんな働き方の変容を迫られるのだろうか?

文/大久保惠司


「働き方改革 2020」を振り返る

2019年に施行された「働き方改革関連法」で、2020年4月に新たに適用されたのは、中小企業における残業時間の罰則付き上限規制と大企業における同一労働・同一賃金でした。

中小企業の残業規制に関しては対応が遅れているのが現状のようです。日本商工会議所の「人手不足の状況、働き方改革関連法への対応に関する調査」によれば、4月の施行以前に対応を終えている企業は 3割程度でした。また、内容すら知らないと答えた中小企業も22%ありました。対応が遅れている要因の一つとしてあげられるのは、中小企業経営者の法律に対する意識の低さでしょう。違反すれば30万円以下の罰金か6ヵ月以下の懲役となり、違法残業をさせた場合の訴訟や企業イメージが悪化するなどのリスクが大きいことが認識されていないことが考えられます。

同資料の同一労働・同一賃金の適応前の企業の対応状況では、すでに必要な対応は終えたとする企業は6.6%にとどまり、その時点で「取り組んでいる企業」と「具体的な対応が決まり、今後取り組む予定の企業」を合わせても半数に満たない状況でした。対応に際しての課題としては、同一労働・同一賃金の内容がわかりづらい(50.1%)、増加した人件費を価格に転嫁できない(49.2%)、非正規社員の処遇改善に充てる原資がない(21.1%)となり、そう簡単には進まない状況です。中には正社員の手当を廃止し、待遇を下げて非正規社員との格差を解消しようとする企業も出てきていますが、なんだか本末転倒のような気がします。

日本商工会議所 「人手不足の状況、働き方改革関連法への対応に関する調査」2020年5月:https://www.jcci.or.jp/research/2020/0520133000.htmlより

新型コロナに揺れた「働き方改革」

中国の武漢から流行が始まった新型コロナウイルスは、瞬く間に世界中にひろがり、多くの犠牲者を出しました。日本でも、2020年4月前後と言えば、新型コロナウイルスの蔓延により、感染者が急増。4月7日に緊急事態宣言が発令されました。解除されたのは5月25日。およそ1ヶ月半にわたって、学校は休校し、イベント等は中止、百貨店や映画館など、多くの人が集まる施設などの使用制限が行われ、不要不急の外出の自粛が求められました。当然、職場への出勤についても自粛の圧力が強まりました。東京都など特定警戒都道府県では「出勤者の7割を削減」することを目標に、テレワークやローテーション勤務、時差出勤など人との直接の接触を減らすための取り組みが行われました。

その結果、労働者の労働時間は短縮され、2020年5月の毎月勤労統計調査(厚生労働省)によると、残業代などを示す所定外給与は1万4601円と前年同月比で25.8%減りました。この下げ幅は比較可能な2013年1月以来で最も大きなものとなったのです。企業は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で残業時間を減らしました。労働時間が減ることで給与自体が減る傾向が鮮明になったのです。一部のエッセンシャルワーカーを除くと、新型コロナの感染拡大が規制に頼らずとも残業時間を減らしてしまいました。

一方の同一労働・同一賃金の主役、非正規労働者も新型コロナの感染拡大の影響を大きく受けます。8月の労働力調査(総務省)によると非正規の雇用者数は前年同月から120万人減っています。IT関連企業や介護などの人手不足の業界を中心に正規雇用を増やしているという例外はありますが、それ以外の企業は、新型コロナの感染拡大による先行きの不透明感から雇用調整を本格化しているのです。非正規雇用者に関しては、待遇の改善もさることながら、雇い止め対策や雇用の確保にその軸足が移ってきています。

新型コロナの感染拡大という大波は、私たちの働き方にも大きな変化をもたらしました。中でも緊急事態宣言下で一気に普及した「テレワーク」は今後の働き方の方向性を決めるほどの大きな変化だと思います。

一気に普及したテレワークの功罪

緊急事態宣言下、企業がテレワークを導入するスピードは眼を見張るものがありました。厚生労働省の「テレワークを巡る現状について」によれば、2019年には導入企業の割合が20%程度だったのが、2020年の3月の段階で26%。緊急事態宣言後(2020年6月時点)には67.3%に飛躍します。特に300人以上の大企業では90%となり、わずか3ヵ月で一気に普及したのがわかります。もちろんZoomなど、使いやすいクラウドサービスがあったればこそなのですが、働く人たちは、テレワークの利便性に気づいてしまったのです。

働く人たちが感じるテレワークの効用としては、通勤時間や移動時間を削減できる(79.9%)、自由に使える時間が増える(30.1%)、業務効率が高まる(29.3%)、オフィスで仕事をするよりも集中できる(28.5%)と概ね評価する人々が増加します。さらに企業側としても、働き方改革が進んだ、時間外労働が削減できた(50.1%)、業務プロセスの見直しができた(42.3%)、定型的業務の生産性が上がった(17%)などの評価となっています。緊急事態宣言解除後は微減していますが、ここまでのところテレワークはある程度定着しているようです。

テレワークが一巡し、その生産性はどうだったのか?ということが問われるようになりました。レノボが実施した国際調査「テクノロジーと働き方の進化」によると「在宅勤務での生産性は、オフィスで勤務するより下がる」と答えた回答者の比率は13%でした。ところが、日本は平均を大きく上回る40%となっています。同時に調査されたアメリカ、ドイツ、フランス、中国、ブラジルなど10ヵ国中ダントツの高さです。一方で「コロナ禍による在宅勤務開始時に、新たに導入したIT機器、ソフトウェア等への支出金額は最下位でした。

レノボジャパン合同会社 「テクノロジーと働き方の進化」について 2020年7月https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000018.000013608.htmlより

日本のビジネスマンがダントツに生産性が下がったと答えた要因は、おそらく、他国との雇用形態の違いが大きいのではないかと考えられます。アメリカを始め諸外国はあらかじめ仕事の内容や労働時間を定めた「ジョブ型雇用」が一般的です。ジョブディスクリプション(職務記述書)に書かれた内容で仕事をするわけですから、オフィスと在宅で働き方に大きな差がありません。

それに対して日本では、多くの企業が従業員の職務に限定がない「メンバーシップ型雇用」を採用しています。チームワークが重視され、個々の職務についても曖昧な部分があります。オフィスでは上司の指示を仰げますが、在宅では何をやればいいかわからなくなる人も多くなるでしょう。上司の方もオフィスにいれば部下の仕事ぶりをいつでもなんとなく見ていることができますが、在宅勤務のテレワークではそうもいきません。上司が部下の仕事ぶりをチェックするために、仕事中は絶えずパソコンのカメラをオンにしておかなければならないという企業もあります。

いずれにしても、新型コロナウイルスによる感染拡大によって、日本のビジネスマンは準備運動もなしに、いきなり海に放り込まれ、遠泳をやっているような状況に違いありません。このような現状から、テレワークの導入を機に、日本企業も「メンバーシップ型」から「ジョブ型」へと転換する企業が増えてきています。

「働き方改革 2021」のトレンドは「メンバーシップ型」から「ジョブ型」へ

それでは「ジョブ型」とはどのような雇用形態なのでしょうか。「メンバーシップ型」と比較してみましょう。

「メンバーシップ型」と「ジョブ型」の比較

「ジョブ型」雇用は、別に新しい雇用形態ではなく、欧米では一般的な雇用形態です。誤解が多いようですが、「ジョブ型」は成果主義とは違います。ジョブディスクリプションで定義された仕事を決められた報酬で行う、というスタイルですので、その仕事をこなせればOK。こなす能力が不足している場合は契約解除されるだけです。

ジョブ型の仕組みだけを見てみると、テレワークのみならず、高い報酬を出さなければIT人材を採用できない問題や、同一労働・同一賃金にしなければならない問題、今春から努力義務として設定される「高年齢者雇用安定法」によって、社員が70歳まで働けるようにしなければならない問題などに対応できるように見えてきます。

とはいえ、日本の雇用慣習とはそぐわない面も多々あります。例えば、新卒定期採用や定期昇給、解雇規制などをいきなり無くすことはできないでしょう。全面的に移行するとなると、労働政策研究所の濱口氏が指摘するように、「企業の根本的な仕組みを変え、入り口である教育制度から出口である社会保障とも連動するなど、社会の仕組みの根幹に関わってくる」ことになるでしょう。そのため、当面、部分的なジョブ型雇用契約などによって、徐々に転換していくのが現実的かもしれません。

ただ、基本的に労働者が昨年と同じ職務しか遂行できなければ昇給はありません。収入を増やそうと思ったら、より高い報酬の職務を行えるように、自分自身の能力を高めなければならなくなります。個々人がキャリアパスをしっかり考えて、より高い報酬の職務を遂行できるスキルを身につけるための「能力開発」が必要となってきます。

日本のビジネスマンに「能力開発」という大波がやってくる

日本の企業が能力開発についてどう考えているのかを見てみましょう。2018年に厚生労働省が発表した労働経済白書の「我が国の能力開発をめぐる状況について」に掲出されている、「GDPに占める企業の能力開発費の割合を国別に比較したデータ」を見てみると、2010年~2014年の平均値で、アメリカは2.08%、フランスは1.78%、ドイツは1.20%、イタリアは1.09%、イギリスは1.06%ですが、日本は0.10%です。ここでいう能力開発費とは企業内外の研修費用等を示すOFF-JTの額を指し、OJTに関する費用は含まれていません。

GDP(国内総生産)に占める企業の能力開発費の割合の国際比較について(厚生労働省「労働経済白書」2018年:資料出所 内閣府「国民経済計算」、JIPデータベース、INTAN-Invest databaseを利用して学習院大学経済学部宮川努教授が推計したデータをもとに作成 ※能力開発費が実質GDPに占める割合の5箇年平均の推移を示している。なお、ここでは能力開発費は企業内外の研修費用等を示すOFF-JTの額を差し、OJTに要する費用は含まない)https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/dl/18-1-2-1_02.pdfより

何故、日本の企業は能力開発費を使わないで済んできたのか? それは使う必要がなかったからです。「メンバーシップ型」の雇用形態では「能力開発」をしなくても昇給するわけですから、「能力開発」に対する労働者のモチベーションは低く、能力開発費を使う必要がなかったのです。裏を返せば「ジョブ型」への移行は労働者の「能力開発」が必須ということになります。自社の社員が「能力開発」を行い、スキルアップしてより高いレベルの仕事につけるようになれば、会社の生産性も上がることになるでしょう。事実、前述の「我が国の能力開発をめぐる状況について」の中でも、国際比較によると、「能力開発」の実施率の高い方が、労働生産性の上昇率が高い傾向にある、と指摘されています。「ジョブ型」雇用が中心の欧米の企業はそのために「能力開発費」という人材投資をしてきたのだとも言えます。

ジョブ型に移行する企業の本気度は、「能力開発」に対する投資の額でわかるようになるかもしれません。日本の企業が欧米並みにGDP比1%の能力開発費をかけることになると、単純計算で総額5兆円の投資が必要になります。もしこれが実現するとしたら、すごいことが起こると思います。どんな能力開発を選ぶのかは個人で、学ぶ場は少子化時代の大学、企業がお金を出すというのが理想的な形でしょうか。しかし、企業が人材投資をしなくても、ジョブ型に移行した時の労働者は自腹を切ってでも「能力開発」をしなければならなくなるでしょう。

本来大学で学ばなければならなかった、リベラルアーツや歴史、数学や外国語、哲学などを通して読解力を学ぶとか、ロジカルシンキングやデザインシンキングなどの思考法や統計学など、能力開発する分野はいくらでもあるような気がします。いずれにしても一生をかけて学ぶという習慣が、人生100年時代には求められます。70歳まで現役で働かないといけない社会がくるわけで、学び直しが必要になります。

それこそ、残業する暇があったら「能力開発」のための勉強をしようとする労働者が増え、必然的に残業時間が減って、労働者の労働生産性が上がるという、真の働き方改革が実現できるかもしれません。

筆者プロフィール:大久保惠司

株式会社ウオータースタジオであらゆる業界の商品開発の業務に携わり、株式会社コプロシステムで、UXデザインとブランディングを融合させた「Brandux Design」を立ち上げる。これまで、様々な企業のブランディング、商品開発、サービス開発に関するプロジェクトを多数手がけ、グッドデザイン賞などを受賞。現在は、企業などの組織が社会というエコシステムの中で、よりよく共生できる活動を支援する「SOCIALING LAB LLC」を立ち上げ代表となる。