法律と働き方が変わった

「最近の若者は……」というぼやきは何十年も、何百年も前から繰り返し発せられてきた。たぶん数万年前、人類の歴史とともに誕生したぼやきではないだろうか。いつも上の世代は若い世代の考え方や行動を理解できず、若い世代は上の世代についていけないと反発する。せいぜい外敵からの身の守り方と餌の採り方を教えれば良い動物の子育てと違って、さまざまな年齢層が集って社会を形成して生きていく人間にとって、世代間の反発は宿命なのだろう。

こうした世代間の違いを「××世代」とくくって論ずる世代論は根強い。団塊世代、新人類、ミレニアル世代、X世代、Y世代……。最近では1990年代から2000年代に生まれた、現在15歳から34歳ぐらいの若者たちを「Z世代」と呼んでいる。世界的に見れば人口構成比が高く、購買力が旺盛で多様性を重視し、生まれたときからSNSに浸かってきたSNSネイティブであり、環境問題や社会問題への関心が高いと言われる。

だが、そんな簡単に世代で区切れるものだろうか。著者は世代論というものを基本的に信じていないようだ。著者は所属するリクルートワークス研究所のデータを元に、次のように述べている。嫌なことをされたら相手に直接言うより接触を避ける、自分を含めた誰か一人が褒められることも嫌がる、といった傾向があると言われるZ世代だが、調査によれば「自分の情報のコントロールに関する部分は10代が高いが、他の部分には30代・40代とそれほど大きな差はない」という。若者が変わったのではなく、職場が守らなければならない法律が、そして働き方が大きく変わったのだという。

職場を巡る法律はこれだけ変わった

2010年代に入り、「ブラック企業」という言葉が流行し、2013年には流行語大賞トップ10に選ばれた。職場が危ない!と政府も危機感を持ち、2015年には若者雇用促進法が施行された。新卒者の募集を行う企業に対して平均残業時間数、有給休暇取得率、入社後の研修体制、早期離職率などの情報公開が努力義務となった。

著者は「重要なのは、情報開示をさせたこと自体ではなく、開示の義務化によって職場環境を改善するために努力するインセンティブが企業に生まれたことだ」という。企業が有給休暇取得率の高さや残業時間の短さを積極的に公表し、競争するようになった。

さらに2019年には時間外労働の上限規制や有給休暇の義務取得設定などを定めた働き方改革関連法、2020年にはパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)、2022年には育児休業取得が義務化された改正育児介護休業法が施行されるなど、ここ数年で労働法制の改正が続いている。

ゆるい職場は実現したけれど

法律が変わり、職場環境は強制的に変わらざるを得ない状況になっている。労働環境が改善されて若者は職場に定着するようになったのだろうか、離職率は下がったのだろうか。

大手企業の大卒以上の若手社員の労働時間は2015年では週44.8時間であったのが2022年には週42.4時間へと減少し、残業時間は週4.8時間から週2.4時間となっている。わずか7年間で残業時間が半減したというのだ。休みがとりやすい企業は、大手企業新入社員対象の調査で2000年前後の4割に対し、2020年前後では6割以上に増えている。管理職の姿勢も変わった。若手を叱りつける、怒鳴りつけるといったパワハラは法的に許されなくなったこともあり、「褒めてたたえて褒めまくる」が主流となっている。

著者はこうした労働環境が改善された職場を「ゆるい職場」と呼んでいる。ゆるい職場で若手社員はハッピーになり、仕事に前向きに取り組み、その企業で定年まで働くようになるわけではなさそうだ。景気の動向などもあるが、若手社員の離職率は2009年卒の20%から2019年卒には25%と増えているのだ。

この謎を解くキーワードは「キャリア不安」だという。職場に不満はなく、会社が危ないといった不安もない。だが自分が他社や他部署で通用しなくなるのではないか、学生時代の友人・知人と比べて差が広がっているのではないか、といった漠然とした不安を感じているのだ。

「仕事における負荷が低下するなど相対的に労働環境が好転しており、会社のことが好きになってきているが、他方でキャリアにおける不安に直面している」と分析している。ゆるい職場でのほほんと過ごせる社員は幸せだけど、ヤル気があり、向上心を持っている社員は彼らと一緒に歳を取っていくことが許せないのだろう。

著者はゆるい職場を「若者の期待や能力に対して、著しく仕事の質的な負荷や成長性が乏しい職場」とダメ出ししている。

若手はキャリア安全性を求めている

キャリア不安を逆関数で捉えたのが「キャリア安全性」という指標になる。成長できないのではないかと感じる「時間視座」、他社・他部署で通用しなくなるのではないかと感じる「市場視座」、友人・知人と差を付けられているように感じる「比較視座」の3項目の逆数で得られる指数だ。

社員が企業にどれだけ好感度を持つかについて、「心理的安全性」という指標がある。チーム内でネガティブなことを言い合える、リスクがある行動をとっても安心できる、自分を騙すようなメンバーはいない、自分のスキルが発揮されるという4項目で状況を把握する。職場の心理的安全性の重要性は広く共有され、改善が進められてきた。

ところが著者の検証によれば「若手の職場の心理的安全性認識とキャリア安全性認識には強い正の相関がなく、無相関である可能性が高い」というのだ。心理的安全性とキャリア安全性は社員にとって企業への忠誠度を大きく左右する要因だが、いくら心理的安全性が高くてもキャリア安全性が低ければ、仕事への活力・熱意・没頭を維持できず、ひいては社員の離職を防ぐことができない。

ヤル気の高い社員ほど離職が避けられない

学生時代に学業やアルバイト以外で、何かに打ち込んできたかを採用時に重視する企業が増えている。本書でも学生時代にゼミ・研究室で行った学外の社会人と連携して行う活動、長期のインターンシップ、ビジネスプランコンテストへの参加、社会人と一緒のチームで成果を出すプロジェクト・活動への参加経験がある人が若手社員の4割程度としている。一方で学生時代に社会的経験をあまりしていない人は3割弱。経験豊富な層と経験のない層の2極分化が起きている。

それでは社会的経験豊富な若手は仕事への活力・熱意・没頭度が高く、いきいきと働くことができ、会社への忠誠度も高いのかというと、そうではないようだ。

むしろ会社を冷めた目で見がちであり、キャリア安全性への不安を強く感じる傾向がある。つまり離職予備軍となる可能性が高いのだ。考えてみれば仕事への向上心が強く、能力が高い社員ほど会社や上司、同僚のダメさ、欠点が見えてくる。さらに社外の勉強会・交流会などに積極的に参加していれば、より条件の良さそうな転職先の情報も入ってくる。逆に向上よりも安定を求め、家族や友人としか付き合いがなければ転職するリスクをとるより、今の会社にしがみついていた方が楽だ。

本書ではヤル気にあふれた若手社員の離職を防ぐ方策として、「囲い込み策は無意味」「かわいい子には旅をさせよ。早々に外の体験を与え、自社の職場での仕事・キャリアの特徴(長所と短所)を認識させる」「褒めることとフィードバックは別物と心得たうえでフィードバックを行う」「やりたいことは尊重しつつ、加えて本人の視界に入っていない機会の”きっかけ”を提供する」ことなどをあげている。

6割を占める中間層には行動のための言い訳を与えよ

集団は2割の上位層、2割の下位層、そして6割の中間層に分かれるという。上位層に対しては前述の方針で対処するとして、多数派である中間層をどう育てるかも企業のパフォーマンスとしては大切だ。本書では「行動のための言い訳」を与えよという。言い訳というのは妙だが、たとえば外部のセミナーなどに「上司に言われて来ました」「社の都合で来ました」という理由付けが言い訳だ。そこでは自分の意思だけでは一生で合うことのなかった人や機会に出会える可能性がある。「まずは行動してみれば」と言っても、中間層にとってファーストステップを踏み出すことが難しいが「行動のための言い訳」を提供すれば、人は格段に動きやすくなる。

根性論・精神論、パワハラに走らず、合理的に若手を厳しく指導できるかどうか、上司・管理職の本領が求められるだろう。自分は悩みも苦しみもなく、今の仕事をしているといった姿勢で若手に接していても伝わらない。「自身も同じくキャリアに悩み、試行錯誤していることを若手に開示してしまう」マネージャこそが若手のロールモデルとなるのだという。本書は若手社員を指導しなければならない中間管理職、マネージャにお勧めの一冊だ。

まだまだあります! 今月おすすめのビジネスブック

次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をスマートワーク総研がピックアップ!

『新しい教え方の教科書 Z世代の部下を持ったら読む本』(北宏志 著/ぱる出版)

これからの上司に必要なのは、Z世代を的確にマネジメントする能力――そう言っても過言ではないほど、すでに欠かすことのできない戦力になりつつあるZ世代。しかし、依然としてZ世代への関わり方に悩むマネジメント層は多い。そこで本書では、元中学・高校教師で、17,000名以上のZ世代社員への指導実績を誇る研修講師が、Z世代特有の価値観や彼らを動かすコツを解説。彼らの考えを理解し、パフォーマンスを高めることで、組織やチームを円滑に運営していきましょう。(Amazon内容解説より)

『Z世代の取扱説明書 Z世代社長が語るリアルな本音』(白附みくる 著/サンクチュアリ出版)

Z世代に響く、ほめ方・叱り方・伸ばし方を徹底解説! インフルエンサーでもあり、Z世代経営者でもある著者が、Z世代の本音を語る! 目次:第1章 Z世代当事者から見た「Z世代」/第2章 「大人」が見ているZ世代、本当はどうなの?/第3章 16万人のアンケートから見えた!Z世代の実態/第4章 Z世代の取扱説明書~3タイプ別ほめ方・叱り方~/第5章 管理職に贈るZ世代の取扱説明書(Amazon内容解説より)

『はじめての課長の教科書 第3版』(酒井穣 著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)

選ばれ続けて15年、累計20万部突破! 日本の組織を強くする、中間管理職のスキル・心構え・戦略 「世界初の入門書」と大反響の名著、大幅増補改訂! 本書は、中間管理職の「世界初の入門書」として大反響のベストセラー第3版です。2008年2月の刊行以来、新任の課長さんをはじめ、マネジャーを目指す方、中間管理職を育てたい経営者の方、さらに学校や病院、NPOなど、さまざまな組織の方にお役立ていただきました。日本国内に加えて、韓国、台湾、中国でも翻訳出版され、長く、広く読まれています。本書では旧版の内容を、時代の変化に合わせて大幅にアップデートしました。(Amazon内容解説より)

『あの新入社員はなぜ歓迎会に参加しないのか:Z世代を読み解く』(廣瀨涼 著/金融財政事情研究会)

最近の若者はよくわからないというあなたへ。歓迎会を開催しようと思ったら、新入社員が欠席を希望。若者の「消費離れ」って本当? 推し活に勤しむのはなぜ? SNSをどう使っている? 社会貢献意識が高い? 若者の消費文化を追ってきた著者がZ世代ならではの価値観、行動を深掘りして徹底解説。「今どきの若者はよくわからない」と嘆く上司世代も、当事者世代も必読。目次:第1章 Z世代とは/第2章 Z世代が歩んできた道/第3章 Z世代と3つの市場変化/第4章 「ググる」より「タグる」―Z世代の情報処理の特徴/第5章 ウェルビーイング―何にお金を使いたいのか/第6章 画一化された幸福の消滅/第7章 変わりゆく消費文化/第8章 自己肯定感(Amazon内容解説より)

『Z世代のアメリカ』(三牧聖子 著/NHK出版新書)

機能不全に陥る民主主義、「保守」化する社会、脆弱な社会保障、拡大する経済格差――戦後国際秩序の盟主としてのアメリカが今多くの難題を抱え、転換期を迎える中で、人口の2割を占める米国のZ世代は、社会変革の主体として注目を集めている。テロとの闘いの泥沼化や金融危機など、自国の「弱さ」を感じながら育った彼らにとっては、機能不全に陥る民主主義、拡大する経済格差、脆弱な社会保障こそがアメリカの「現実」だ。長期的には政治・外交にも影響を及ぼすと見られる彼らは今、どのような価値観や対外政策への志向を持ち、アクションを起こしているのだろうか?米中対立、反リベラリズムからジェンダー平等、レイシズムまで。気鋭の国際政治学者が、アメリカの今と未来をさまざまな角度から描き出し、私たちの社会や政治の想像力を広げる渾身の書。(Amazon内容解説より)

著者プロフィール

土屋 勝(つちや まさる)

1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。