何でもありの1on1でウェルビーイングを目指す

株式会社PHONE APPLIは人材スキルの可視化、居場所表示、名刺管理、安否確認など企業向けコミュニケーションアプリ「PHONE APPLI PEOPLE」をはじめとした、アプリの開発・販売などを手掛けているITベンチャー企業。2008年に創業し、現在は従業員300人弱。「PHONE APPLI PEOPLE」は3,500社に導入され、ユーザーは200万人、売り上げは2019年の17億円から22年度には33億円となり、3年間で2倍近い成長を遂げている。

同社の特徴は、ウェルビーイング経営を全面に押し出していることで、ウェルビーイング経営のコンサルティング事業も経営の柱の1本である。本書を発行するため、石原洋介代表取締役をチーフとして社内に出版プロジェクトチームを結成したほどだ。

ウェルビーイングの中核となるのはコミュニケーションだ。特に上司と部下のコミュニケーションが希薄だと部下が能力を発揮できず、企業全体のパフォーマンスが低下する。上司と部下との1対1での面談として「1on1」がある。最近では多くの企業で1on1が取り入れられているが、PHONE APPLI社の1on1にはいくつか変わったルールがある。まず、1on1を「心理的安全性をできる限り高めるための場」と定義していること。何かトラブルが起きたとき、部下がすぐ上司に報告・相談できる信頼関係を作るのが狙いだ。

多くの企業で実施されている1on1では、交わされる話題は業務に関するものに限定されるだろう。部下が業務で経験したこと、成功と失敗、考えていることを話し、上司は部下の成長を支援する。ある転職支援企業サイトの記事によれば1on1を実施するには「目的の決定・共有」「日時・場所の決定」「1on1の実施・記録」「次回日時・場所の決定」というステップを踏み、事前に「業務を通して得られた気づきや学べたこと」「業務で課題やつまずきを感じたこと」などをアジェンダとして準備しておくべきだという。

一方、PHONE APPLI社の1on1で話されるテーマは趣味、好きな映画、お勧め家電、家族のことなど、何でもありだという。もちろん将来のキャリア、希望年収、仕事のトラブルや進捗について「話すこともあります」。話題はすべて部下が選び、部下が希望すれば仕事のトラブルや進捗について話してもいいが、部下が旅行の話をしたければ、それに応じる。

重要なことは上司が話しすぎないようにすること。ついつい指導やアドバイス、自慢など上司は語りすぎてしまう。これでは1on1の意味がないので、上司からの発話は30%程度に抑え、聞き役に回らないといけない。発話状態の把握も自社開発したリモート1on1ツールで行っている。そして1週間に30分程度でのコミュニケーションを繰り返すのだという。

1週間で30分の1on1を維持するには上司と部下の人数比も重要だ。1人のマネージャが20人の部下を抱えていると、マネージャは週に10時間を部下との1on1に割くことになる。これでは本来の業務が進まなくなってしまい、現実的ではない。かといって2週間に一度、3週間に一度と間隔を開けてしまうと部下は遠慮して相談を控えるようになり、突然トラブルが露呈したり、いきなり退職したりといった問題にぶつかる。どこの企業でも人手不足に苦しんでいると思われるが、PHONE APPLI社では一人の上司につく部下の数は7人までというルールを設けているという。

目標管理にはV2MOMを採用し、情報を共有する

企業が使う目標管理手法にはピーター・ドラッガーが提唱したMBO(Management by Objectives、目標管理)、Amazonやメルカリが採用しているOKR(Objectives and Key Results、目標と主要な結果)などがある。PHONE APPLI社ではV2MOM(Vision・Values・Methods・Obstacle・Measures、個人のビジョン・価値・方法・障害・測定基準)を採用している。これはSalesforce.comの創業者マーク・ビニオフが提唱したもので、全従業員の目標と達成進捗を見える化し、全従業員にオープンにするもの。

それぞれの項目、ビジョン・価値・方法・障害・測定基準は「達成したいことは何か」「達成する上で大切な信念は何か」「達成するためにはどうするか」「達成の妨げになるものは何か」「成果をどう測定するか」に該当する。

たとえば、ビジョンは「この世のすべての働く人が、ウェルビーイングでいられる世の中をつくるため、情熱を捧げる仲間を増やす」、価値は「アサーティブであること、持続的であること、挑戦的であること、目的志向であること」、方法は「高いコンピテンシーを持つ人材に多く接触する」、障害は「知識・経験の不足、業務の属人化、コストおよび時間的な制約」などとなる。これらの項目はすべて社内でオープンにされ、共有される。組織における自分の貢献度合いや分担度合いが見える化されることにより、「自分だけが負担を背負っている」という思い込みを防ぎ、公平性を保つことにもつながるという。

新人は上司と同僚のV2MOMを見ることで何をやらなければならないかがわかり、1年ほど経った社員は他の部門で一緒に働く人のV2MOMを見ることでその人を理解し、3年以上になるとV2MOMをきっかけに一緒に取り組むプロジェクトを作り出すようになる。「自分が何のためにこの業務をやっているかを実感することが仕事のやりがいをつくり、自己効力感、自己肯定感が育っていく」という。

在宅勤務、リモートワークを導入すると同僚の顔を見ることが少なくなり、「サボっているんじゃないか」といったネガティブな感情も沸きがちだ。V2MOMを共有することでMeasuresを達成できていれば、その人がちゃんと会社に貢献していることも理解できるようになるのだ。

自宅よりもオフィスを快適にしなければ、社員は出社しなくなる

同社のオフィスは決まった席を持たないフリーアドレス制で出社義務は週1回。そうなると上司や同僚に相談したくても相手が出社しているのか、どこにいるのかがわからなくなる。自社開発したアプリPHONE APPLI PEOPLEでは、社員が現在どこにいるのか、応答可/不可などの状況がリアルタイムで把握でき、メール、チャット、テレビ会議などとも連動している。「今すぐ席に行って対面で相談しよう」とか、「取り込み中のようだからメールで要件を伝えておこう」など、時と場合によってコミュニケーションの手段を自由に選ぶことができる。

世界には本社オフィスを持たず、100%リモートワークで成長している企業もある。だが日本人のコミュニケーションはテキスト以外の表現に頼る部分が多く、表情を読む、空気を察するといった「芸当」が必要であり、完全リモートワークは難しいという。PHONE APPLI社ではリアルなコミュニケーションを重視し、そのためのツール類を充実させている。

コロナ禍を契機としてリモートワークを導入する企業が増えた。本書では「オフィスに人が集まるためには、カフェや自宅よりもオフィスが快適でなければいけません。そうでなければ、わざわざオフィスに行く理由がないわけです」と言い切っている。「最低でも週40時間オフィスで勤務せよ、さもなければクビだ」と従業員に突きつけたテスラのイーロン・マスク氏が聞いたら卒倒しそうなフレーズだ。

テスラのオフィスはそれなりに快適なのだろうが、ほとんどの日本のオフィスはあまり快適とはいえない。ぎっちり事務机が並べられ、書類が山積みになっているのは当たり前。エンジニアにWindowsが動く最低限のメモリとストレージ(しかも起動が遅いHDD)しかないパソコンを支給し、しょっちゅう画面がフリーズしている、といったSNSの投稿を目にする。それで仕事が遅い、生産性を上げろと言っても不可能だ。

PHONE APPLI社では前述のようにフリーアドレスを採用しているが、集中したい人のための「コンセントレーション」、オープンに会話しながら働く「ファミレス」、人が集まるための「パーク」など、いくつかのエリアに区切っている。社員はその日の目的や気分で作業するエリアを選ぶことができる。

ウェルビーイング経営のコンサルティングでは、クライアント企業にフリーアドレスを提案すると反対されることもあるという。それに対して同社は「これは従業員が成長するオフィスです」と伝える。席次が固定されているオフィスよりもフリーアドレスの方が先輩・後輩が並んで座って指導を受けながら作業するなど、チームワークを機能させやすい面もあるというのだ。

社内のコミュニケーションがうまくいってない、従業員の定着率が悪い、そもそも採用がうまくいかない……。こういった悩みを抱えている企業は多いだろう。もちろん給与など待遇面は一番大切な課題だが、経営トップの気持ちの切り替えとデジタルツールの活用で改善できるかもしれない。本書は、社内のコミュニケーションに悩む経営者、人事担当者、部下を持つマネージャなどにお勧めの一冊だ。

まだまだあります! 今月おすすめのビジネスブック

次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をスマートワーク総研がピックアップ!

『幸せに働くための30の習慣: 社員の幸せを追求すれば、会社の業績は伸びる』(前野隆司 著/ぱる出版)

幸せな従業員は、創造性が高く、生産性が高く、欠勤率が低く、離職率が低いこともわかっています。社員が幸せな会社では、利益が多く、会社価値が高く、株価が高いという研究結果もあります。幸せな人は健康であることもわかっています。幸せな働き方や生き方を身につければ、創造性や生産性が向上し、離職率や欠勤率が下がり、仕事にやりがいを感じ、仲間と働くことが楽しくなり、しかも健康長寿になるのですから、良いことだらけです。これはやるしかありません。
本書は、幸せな働き方と幸せな生き方を身につけるための30の習慣を、幸福学の第一人者が実例と共にわかりやすく解説します。

『実践!ウェルビーイング診断』(前野隆司、太田雄介 著/ビジネス社)

リモートワークが定着し、ビジネススタイルが変化した。「幸福学」で話題を呼んだ前野隆司氏とその弟子であり「幸福度診断」を開発した太田雄介氏が、社員の幸福度をアップさせ、チーム力向上を実現する方法を、具体的に提案する。17万人以上が測った幸福度診断 Well-Being Circleの公式参考書! ポジティブ心理学を生かしたマネジメント。大事なのは「以前より幸せになっているか」。客観的健康力ではなく「主観的健康力」が重要。「自分の幸せ」と「みんなの幸せ」を車の両輪に、など。

『ウェルビーイングのつくりかた 「わたし」と「わたしたち」をつなぐデザインガイド』(渡邊淳司、ドミニク・チェン 著/ビー・エヌ・エヌ)

本書は、「結局どうすればウェルビーイングになれるの? ウェルビーイングなものを作れるの?」という問いに対し、ウェルビーイング研究・実践の第一人者のふたりが案内する、思考と実践の手引きです。3つのデザイン領域「ゆらぎ・ゆだね・ゆとり」からウェルビーイングを捉える「ゆ理論」をもとに、製品やサービスを、チームや組織を、そして地域や社会を、よりウェルビーイングにするための手がかりを示した実用書。

『新入社員は78歳 小さな会社が見つけた誰もが幸せを感じられる働き方 働きがいがあるから、会社も人も成長する!』(市川慎次郎 著/かんき出版)

足立区綾瀬に本社を置く中央シャッター/横引シャッター。社員33人の中小企業だ。従来上げ下げしていたシャッターを横開きできるように開発して、「上吊り式横引きシャッター」として特許を取得、駅の売店などに多く採用されている。小さい会社だからこそできることを愚直に追い求めた結果、定年のない雇用、病気になっても安心して働ける職場づくりを行ってきた「横引シャッター」。その考え方の根本には、仕事を人に当てはめるのではなく、人に合わせて仕事をつくっていくという市川慎次郎社長の思いがある。「人を大切にする経営」に至るまでの道のりは平坦ではなかった。きれいごとだけでは経営はできないが、社員の幸せのために動くことで、会社の業績も上がった。働くとは何か、経営とは何か。懐かしくも新しい、幸せ経営が教えてくれること。

『人材を磨く経営 中小企業は社員の個性を活かして伸ばす』(鈴木康仁 著/幻冬舎)

「人材採用」および「人材育成」は、多くの中小企業経営者にとって悩みの種です。一般的に優秀とされる高学歴の人材などは大手が囲い込んでしまい採用そのものが難しいのに加え、ようやく採用した人材を定着させ、戦力として育成するのは至難の技です。本書の著者は、「中小企業においては将来、成長する可能性のある原石を見つけて採用し、『人材を磨く』ことに注力すべきだ」と主張します。人材確保に悩む中小企業経営者にとって、課題解決のヒントとなる一冊です。

著者プロフィール

土屋 勝(つちや まさる)

1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。