特集 働き方改革の基礎知識 2017 - 第4回

テレワークは大企業でなくても効果大――実践企業2社に聞くその実際



「アンリツプロアソシエ」「エフスタイル」の代表取締役社長に訊いた

働き方改革を実現する有力なツールとして注目を集めるテレワーク。今回はその導入によって、事業を成功させている2つの会社を紹介します。いずれも、特色あるビジネスを進めるにあたって生じる課題を、テレワークが解決しています。あなたの会社でも役立つヒントがそこにあるはずです。

文/まつもとあつし


経理・財務の専門組織としてのテレワーク活用――アンリツプロアソシエ

株式会社アンリツプロアソシエ
代表取締役社長 大貫英雄氏。

「帰れるときは14時に帰ろうと言っています」

 そう語るのは株式会社アンリツプロアソシエの大貫英雄社長。9時~14時をコアタイムに設定するこの会社は、電子計測機器大手のアンリツグループ各社の財務・経理(※連結部分を除く日々の伝票処理など)・営業バックオフィス業務に特化したスタッフが約100人集まった専門家集団です。

 工場で機械を用いる業務に比べ、デジタル化・オンライン化が進む間接部門はテレワークに適していると話す大貫社長。コアタイムに加え、1日2時間まで労働時間を短縮できる制度はグループ共通となっていますが、アンリツプロアソシエでは、日という単位ではなく、月で集計する制度を追加で取り入れることによって、さらに弾力的な働き方改革を進めているといいます。

「アンリツプロアソシエだけ2時間以上短縮できるなんて……という反応もありました。しかし実際にお子さんの看病にあたる場合、2時間では足りないこともあります。そうなると休まざるを得ません。会社からすれば、終日休んでもらうよりも、例えば4時間の短縮があろうとも、その後働いてもらった方が、お互いに助かる場合もあります」(大貫社長)

 時短勤務を積極的に取り入れていったアンリツプロアソシエ。並行して取り組んだのが、その結果生まれたニーズに応える形での在宅勤務=テレワークでした。現在アンリツプロアソシエでは本社・新宿・本厚木駅前の3ヵ所にサテライトオフィスを整備。VPN・VDIも段階的に取り入れ、自宅・サテライトオフィスでも本社同様の作業を可能とするべく、インフラ・運用方法を整備中とのこと。加えて仮想オフィスツール「Sococo」と出退勤確認ツール「F-Chair」もトライアル導入いたしました。

「時短勤務の背景にある育児や介護などのニーズに応えたという面はもちろんあります。しかし、これは戦略という側面もあるのです。グループ会社の日々の業務を預かる以上、仕事を止めるわけにはいきません。震災のような災害に備えたBCP(事業継続計画)の一環であることはいうまでもありませんが、たとえ計画があっても普段からテレワークでも仕事が回るようになっていなければ、いざという時に機能するはずがありません」(大貫社長)

 その他、遠隔地の優秀な人材の採用という面でもテレワークは「攻め」の戦略だと大貫社長は言います。2016年1月から総務省のテレワーク推進トライアル企業に選ばれたアンリツプロアソシエでは、当初週1回丸1日のテレワークを一部の社員に認め制度を整えていきました。現在、全体の3割ほどの対象者が「Skype for Business」を活用しながらテレワーク勤務で仕事をしていますが、社内イントラネットには課題や意見なども含め日々ノウハウが蓄積されているといいます。


ミーティングスペースには、スタートアップのオフィスなどでよく見かける“ファミレス席”も。

「テレワーク導入によって、逆にコミュニケーションが密になったという手応えを感じています。テレワークで救われるのは在宅ワーカーだけでなく、会社そのものなのだ、とわたしは思います。事業継続、人材確保、引いては競争力の強化にも直結するのです。とはいえ、一気に移行しても上手く行きませんから、その都度アンケートを採り、国の制度なども利用しながら段階的に導入を進めたのが、ここまで来られたポイントだったと言えるでしょう」(大貫社長)

グループ内で表彰されたQU(Quality Up)提案も働き方改革の一環だった。

 ここまでの取り組みを振り返って、問題は色々と出てきたと率直に振り返る大貫社長ですが、「それは当たり前のことです。しかしそれを克服してなお得られるものは大きいのです。アンリツプロアソシエで得られた成果をグループ各社に適用していくことができれば、グループ全体としての業績の向上とグローバルな競争力の強化にもつながります」と言います。

 世界中に支社のあるアンリツグループでは、各拠点での仕事がいわばテレワークだと語る大貫社長。その仕組みを整え、コミュニケーションと成果物の品質を高めることは極めて重要だというわけです。アンリツプロアソシエがテレワークへの取り組みを通じて改善した台帳システムは全社的な効率向上(1500時間以上の工数削減)に貢献したとして、表彰もされています。

『大企業のグループ会社だからこそ可能だったのではないか』と思われる読者がいるかもしれませんが、大きな組織の中にあればこその、思い切った改革を進めることの難しさがあるのも事実です。しかしアンリツプロアソシエは改革に最も必要とされる「推進力」を失わないよう、あえて満点を求めず前へ前へと進み続けることを意図的に行うことで、着実に成果とノウハウを蓄積していったのです。最初の一歩を踏み出すことができない企業が多い中、同社の働き方改革への取り組み方には学ぶべき点が多いと言えそうです。


専門媒体作りもテレワークで実現できる――エフスタイル

株式会社エフスタイル
代表取締役 宮田志保氏。

 テレワーク導入事例として次に紹介するのは、株式会社エフスタイルです。資本金1000万円、従業員10名規模の会社ですが、医療や科学の分野に強みを持つ編集プロダクションとして業界内で存在感があります。

「2000年ごろ、まだ常時接続が一般的ではなかった時代に、在宅で仕事ができる環境作りを支援しようとホームページを立ち上げ、NPO法人フラウネッツを設立したのが、今の仕事につながるきっかけでした」と語るのは、代表取締役の宮田志保氏。カメラマンやライターのような単独で作業をすることが多い職種は、ブロードバンド普及以前からテレワーク(当時はSOHOという言葉が一般的でした)を当たり前のように活用していたものの、医療や科学といった専門知識を扱うスタッフ同士が、相談しながらプロジェクトを進める場面に、テレワークが導入できたのは大きな変化だったと話します。

「エフスタイルのメディカルチームは、メディカル・サイエンスに特化したディレクター&ライターチームです。クライアントのご要望を聞き出し企画を出したり、医療論文を読み込んだり、またさまざまな医療従事者などに取材を行いながら原稿を執筆しています。大学などで学んだ知識を存分に活かせる一方、結婚や出産、家族の転勤などで青山のオフィスに通勤できない、といったケースも出てきました。そこで思い切ってディレクター職のテレワークの活用に踏みきりました」(宮田社長)

 結婚のため地方に引っ越すことになった社員の「仕事を諦めずにキャリアを継続したい」という希望を受け入れたことがきっかけとなり、テレワーク協会の田澤由利さんに相談し、アンリツプロアソシエ同様、仮想オフィスツール「Sococo」と出退勤確認ツール「F-Chair」を導入しました。

 はじめは宮田社長も社員の方々も上手く行くのか不安があったものの、「あたかもその場にいるような感覚で相談ができる」「離れた場所の様子がわかるので、タイミングよく声を掛けることができる」といったアプリの効果を、次第に実感することができるように。また、マイナスに影響するのではないかと心配していた売上も向上し、交通費に代表される固定コストも低減。現在ではテレワークが当たり前の存在となっていると言います。

 仕事の効率化という概念の他に、社員のワーク・ライフ・バランスを考えるうえでもテレワークは有効だと宮田社長は言います。ライフイベントに対応することはもちろん、日々の仕事においても、“時間”を意識しながら仕事をすることはとても重要。編集プロダクションという仕事柄、遅くなることが当たり前の業界ですが、エフスタイルでは、定時退社を推奨し実践しています。自身も何度も徹夜を経験したそうですが、「良いコンテンツ」を生み出すには、疲れていてはダメだという結論に達したと言います。

「オフィスの様子はこのようにカメラで確認ができるようにしてあります。これも特別な機材を入れたわけではなく、一般的なウェブカメラを掛け時計の上に取り付けるというとても手軽なものなんですよ(笑) 監視が目的ではありませんから、これで十分なんです」と宮田社長。メッセージのやり取りはチャットワークを採用し、社内だけでなく社外のスタッフと連絡を取り合いながらプロジェクトを進めていると言います。

オフィスに設置されたカメラは監視用ではなく、相手の“仕事時間”を邪魔しない配慮の一つとして、遠隔地で働くスタッフが“声を掛けるタイミングをみるため”に有用という意見から設置されたもの。


オフィス内のカメラは監視用ではなく、遠隔地で働くスタッフが“声を掛けるタイミングをみるため”に有用という意見から設置されたもの。オフィス全体を見渡せるよう、天井近くの掛け時計の上に設置。

 記事編集ではスケジュールやデータの管理がとてもシビアになります。エフスタイルでは現在、スケジュール管理が「G Suite」のGoogleカレンダー、ファイル共有に「Dropbox」を使用しているそうですが、テレワーク導入以前からプロジェクト管理に「ブラビオ」、コミュニケーションツールとして「chatwork」を採用しているのも特徴的です。

スケジュールを元に素早くガントチャートが作成できる「ブラビオ」を利用中。

 掛け時計に設置されたカメラが象徴するように、背伸びせず、ツールの「良いとこ取り」でテレワークを実現したエフスタイル。紹介されたツールも無料で始められるものも含まれています。「予算がないので、テレワークは難しい」という方にはぜひ参考にしていただきたいと思いました。

公開中! 〈第5回〉
藤沢久美氏に聞く、“働き方改革にいち早く反応した経営層の共通点”

働き方改革実行計画にも明記されている「女性活躍推進」のために経営層がしなければならないこと、そして「働き方改革の流れにいち早く反応した経営層たちの共通点」について、国内外の経営層と交流を持つシンクタンク・ソフィアバンク代表の藤沢久美氏に語っていただいた。改革は短期的に非効率だが、それを受け入れることで長期の効率を生み出せるという。

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筆者プロフィール:まつもとあつし

スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ新書/堀正岳との共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。