ビジネスやインフラに影響する携帯電話大規模障害

 筆者はITジャーナリストという肩書きのため、IT関連の事件が起きるとメディアからリサーチ依頼などの電話がかかってきます。2021年10月にNTTドコモの障害が起きた際には、筆者の電話番号がドコモだったため「ドコモ障害の件で三上に連絡したいのにドコモなので繋がらない」という困った事態が発生しました。

 困った筆者は、偶然にも契約していた楽天モバイルの電話番号をTwitterで晒すことでなんとか急場をしのぎました。SNSに電話番号を晒すのはおすすめできませんが、筆者としては緊急事態であり、結果として翌日のテレビ出演につながっているので「2台めの電話番号を持っていたよかったなあ」と改めて実感したのでした。

 9ヶ月後の2022年7月に起きたKDDIの大規模障害は、日本の携帯電話史上もっとも大きい障害になりました。61時間にも及ぶ障害であり、110番や119番が使えないというだけでなく、宅配便が遅れる、JR貨物のダイヤが乱れる、天気予報のためのアメダスのデータが一部取れなくなるなど、社会インフラにも影響が出ました。

最近の携帯電話大規模障害

最近の携帯電話大規模障害

 この2つの携帯電話障害でわかったことは、単にデータ通信や電話ができなくなるだけでなく、社会インフラ、企業活動、私たちの生活までがストップしてしまうということ。ITにどっぷり浸った現在では、携帯電話障害=社会の混乱に繋がるのです。上記の表を見ても分かる通り、携帯電話障害は繰り返し起きており、システムが複雑化していることもあって今後も障害が起きることは避けられないでしょう。

ローミングの検討進むもKDDI大規模障害時には対応できず

 総務省は携帯電話障害を重大事件として扱っており、障害時に有効な事業者間ローミング(契約時の事業者とは別に提携している事業者のサービスを使うこと)の検討会を2022年夏から開いてきました。

 この検討会の第一次報告書が2022年11月にまとまっています。それによると障害や災害での非常時のローミングについて、以下の基本方針が決まっています。

非常時における事業者間ローミング等に関する検討会 第1次報告書の要旨

  1. 携帯電話各社は呼び返し可能なフルローミングをできる限り早期に導入し、障害時の運用ルールを定める(MVNOを含む)
  2. コアネットワークの障害ではローミングに限界があるため、利用者に公衆Wi-Fiや複数SIM端末など、ローミング以外の手段を利用することを促す
  3. コアネットワーク障害時に有効な「緊急通報の発信のみ(呼び返しなし)」を可能とするローミングについては来年6月ごろまでに第二次報告書にまとめる

 呼び返しとは110番などにかけた際に、警察や消防が発信元に折り返し電話をすること。この呼び返しができるフルローミングをできるだけ早く導入することが決まりました。災害などで基地局が止まった場合は、1のフルローミングが役立つでしょう。

 ただし残念ながら2022年7月に起きたKDDI大規模障害のようなパターンでは、このフルローミングは有効ではありません。KDDIの大規模障害は、電話番号など契約自体を管理するしくみを含めたコアネットワークがストップしたためです。

 3の緊急通報の発信のみのローミングであれば、KDDIの大規模障害への対策にはなったでしょうが、使えるのは緊急通報のみであり、データ通信はできないため企業活動や個人の生活には有効でありません。

 そうなると残るのは2の「利用者の準備」で、KDDI大規模障害のような時には自助努力が必要になります。普段からフリーWi-Fiの準備をしておくこと、そして複数SIM・複数契約があることが理想です。

2台の使い分けかデュアルSIM利用

 複数の携帯電話契約を使うには2台のスマホを使うか、デュアルSIM対応のスマホを使うことになります。

 2台のスマホを使うのなら、1台は仕事用やデータ用、もう1台はプライベート用もしくは電話のためと使い分けるのがわかりやすいです。2台めはサブスマホですから、機種変更後の古いスマホを使ってもいいでしょう。仕事とプライベートを物理的に切り分けるには、2台のスマホ利用をおすすめします。

 それに対して1台のスマホに2枚の携帯電話契約を入れるデュアルSIMは、スマートに1台で利用を切り分けながら、災害・障害時にも1台で済むのがメリットです。

 デュアルSIMは、現在販売されているAndroidスマホの多くが対応していますし、iPhoneも2018年9月に発売されたiPhone XR/XS/XS Max以降の機種で対応しています。

 iPhone XR/XS/XS Max以降とAndroidの一部機種では「物理SIM+eSIM」という組み合わせで、デュアルSIMを利用できます。契約の1つめは従来の物理SIMですが、2つめの契約はデータとしてスマホに登録するeSIMになっています。

 eSIMの登録は簡単で事業者が用意する定義ファイル(プロファイル)を導入するだけ。QRコードや専用アプリなどで設定できる場合もあります。ただしeSIMは店頭では扱っておらず、オンライン契約した上で自力で設定する必要があります。スマホに不慣れな高齢者には難しいかもしれませんが、マニュアル通りに実行すれば誰でも簡単に設定できるのでそれほど心配する必要はありません。

契約の組み合わせは利用シーンに合わせて選ぶ

 ではデュアルSIMはどんな組み合わせで携帯電話会社を選ぶのがいいのでしょうか。ここでは物理SIM+eSIMの組み合わせでの利用シーン別おすすめを紹介します。iPhoneXR/XS/XS Max以降のほか、Galaxyシリーズ、Google Pixelシリーズもこのタイプです。

eSIMが使える携帯電話会社は以下の通りです(主要なものを掲載)

  • キャリア:楽天モバイル
  • キャリアのオンライン専用プラン:ahamo、povo、LINEMO
  • サブブランド:Y!モバイル、UQモバイル
  • MVNO:IIJmio、mineo、BIC SIMなど

 この中で利用シーンに合わせて筆者のおすすめを以下にまとめてみました。

おすすめの物理SIM+eSIMの組み合わせ

おすすめの物理SIM+eSIMの組み合わせ

 もっともオーソドックスなパターンは(1)の「緊急用にMVNOやオンライン専用プラン」を入れておくことです。普段は大手3キャリア(ドコモ、au、ソフトバンク)をメインとして使い、サブとしてeSIMにMVNOやオンライン専用プランを入れるパターンです。大手3キャリアの通常プランなら5Gなどのフルサービスが使えますし、万が一の場合はMVNOやオンライン専用プランを使えるので安心です。

 注意点は携帯電話会社の系統を必ず別にすること。たとえばメインがNTTドコモなら、MVNOやオンライン専用プランはKDDI系かソフトバンク系を選んでください。1社で障害が起きても別系統の携帯電話会社なら利用できる可能性が高いためです。またeSIMに入れるMVNOやオンライン専用プランは、普段は使わないので月額固定料金が低いpovoやMVNOの格安プランがいいでしょう。

 (2)は「できるだけコストを抑えたい人向け」で、1つはY!モバイルやUQモバイルなどのサブブランドかMVNO、もう1つは大手3キャリアのオンライン専用プランにします。どちらをメインにするかは料金次第で、大容量のプランを安く使える方をメインにして、そうではない方を予備として使います。このパターンでも別系統の携帯電話会社にしてください。

 最後の(3)はビジネス利用で「電話使い放題+データ無制限」とフルに使いたい人向けです。筆者はこのパターンで、NTTドコモの電話使い放題(4G)と、楽天モバイルのデータ通信を組み合わせています。

 都市部であれば楽天モバイルのデータ通信は十分使い物になりますし、圏外になる場所ではNTTドコモのデータ通信に切り替えればいいわけです。また仕事の都合で電話を多くかける・受けるため、NTTドコモなら安心です。

 筆者の場合は、あえてドコモ側は4G契約のままで電話使い放題にして、楽天モバイルをデータ通信のメインにしています。この方がNTTドコモだけで電話+データ使い放題にするよりも、月額料金が若干安くなるためです。特殊な利用シーンではありますが、電話の利用が多い人におすすめできる組み合わせです。

企業のBCPとしての携帯電話障害対策

 ここまで紹介したのは主に個人ベースの障害対応ですが、企業のBCP(災害など緊急時の事業継続計画)としての対応も考えておく必要があります。特に公共インフラや工場などでのIoTでは障害対策が欠かせません。

 注目されているのは携帯電話SIMの冗長化ソリューションです。冗長化ソリューションとは複数の携帯電話会社の契約を入れておき、緊急時には自動切り替えできるものです。

 たとえばNTTコミュニケーションズが法人向けに提供している「ドコモIoTマネージドサービス」は、NTTドコモとKDDI、2つの回線をワンストップで利用・遠隔管理できます。2つのSIMを入れるゲートウェイが提供され、障害時には自動切り替えできます。サブ回線側は従量課金になっているため、小さなコストで対策ができることが特徴です。

 KDDIでも冗長化ソリューションを提供しています。IoT機器や広域ネットワークサービス (KDDI Wide Area Virtual Switch2) 向けに、複数の通信キャリア回線を利用するものです。デュアルSIMを入れたルーターに、メインのKDDI回線に加えて、サブとしてNTTドコモかソフトバンクのSIMを入れることで、障害時に切り替えることができます。

KDDIが提供している[IoT向け冗長化ソリューション](https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2022/11/24/6406.html)。SIM1枚で複数の携帯電話会社の回線を自動切り替えできる 

KDDIが提供しているIoT向け冗長化ソリューション。SIM1枚で複数の携帯電話会社の回線を自動切り替えできる 

 面白いのは1枚のSIMで他の携帯電話会社の回線も使える「シングルSIM」のプランがあること。1枚のSIMカードでメイン回線とバックアップ回線を両方利用できる特殊なSIMカードが提供されます。バックアップ回線は従量課金制なので、基本料金はかからず回線を使っていないときの費用を抑えることができます。

 これら冗長化ソリューションの特徴は、複数の回線を一括管理できること。サブ・バックアップ用の回線も、同じコンソールで管理できるため、IoTなどの遠隔管理に向いています。企業のIoTでは今後必須となりそうなソリューションです。

 このように複数の携帯電話回線を切り替えて使う環境が、個人向け・企業向けのどちらでも提供されるようになりました。今後起きるであろう携帯電話の障害や、日本では覚悟しなければならない巨大災害のへの対策として準備しておきたいものです。

著者プロフィール

三上 洋(みかみ よう)

東京都世田谷区出身、1965年生まれ。東洋大学社会学部卒業。テレビ番組制作会社を経て、1995年からフリーライター・ITジャーナリストとして活動。専門ジャンルは、セキュリティ、ネット事件、スマートフォン、Ustreamなどのネット動画、携帯料金・クレジットカードポイント。毎週月曜よる9時に、ライブメディア情報番組「UstToday」制作・配信。Ustream配信請負、ネット動画での企業活用のコンサルタントも行う。