若者たちにとって苦痛でしかない「1on1」

上司が部下と1対1で行う定期的なコミュニケーションである「1on1 ミーティング」。今では世代間ギャップを埋める施策として多くの企業で実施されている。本ビジネスブックレビュー第64回で取り上げた『最強の組織は幸せな社員がつくる』(PHONE APPLI出版プロジェクトチーム 著)でも、この「1on1」がテーマとなっていた。

だが、Googleで「1on1」と検索すると「やめてほしい」「話すことがない」「苦痛」「欠点は何ですか」「逆効果になることも」といった候補がずらっと出てくる。どうやら流行している割には嫌がっている人も多いようだ。

本書は金沢大学でマーケティング論を専門とする著書が「1on1」を中心として若者たちの考え方を解き明かし、上司はどう対処すべきかを分析している。

「1on1」には高度なスキルが求められる

著者は「1on1」を4つのパターンに分類する。①「目標の管理・設定・共有」、②「業務の振り返り・フィードバック」、③「他者理解・信頼関係の構築」、④「コミュニケーションやダイバーシティの促進」だ。

①「目標の管理・設定・共有」は、「1on1」という言葉が使われる以前から企業内で行われてきたもので「君の目標は何だ」「いつまでに達成できるか」と問い詰めてしまう人も多い。昨今では「1on1」というと②や③のパターンに移行している。

②「業務の振り返り・フィードバック」は、詰問ではなく、上司やリーダーによるフィードバック提供を中心としている。自身の取り組みを否定されることなく、業務の改善やスキル向上に役立てられる。

③「他者理解・信頼関係の構築」は、「メンター制度」の導入とセットになっていることが多い。メンターとなっている先輩がメンティーの後輩とフランクに話す場を制度的に導入しようというもの。著者によれば「制度としてやらないと、今の若者は後輩にすら話しかけられない」という。

④「コミュニケーションやダイバーシティの促進」は、著者お勧めのパターンで、他部署の先輩など斜め上(下)の関係での「1on1」となる。喫煙室や部活動など部署を超えてのコミュニケーションの場が廃止・縮小された現在、制度として斜め関係の風通しをよくすることが大切だという。

「1on1」を実効あるものにするには、特に上司や先輩側のスキルが不可欠だ。事前に何を話すか準備せずに臨んでアイスブレイクだけで終わったり、予定時間を超過してダラダラ続けては意味がない。意識・認識共有が目的なのに課題解決に走り、議論を白熱させたり批判したりしてもダメだ。それは別の場でやるべきである。具体的なフィードバックを出さずに評価や感想を述べることも求められていない。

それでは「1on1」に必要なスキルとは何か。本書ではコーチングとの対比で「1on1」のスキルを解説している。コーチは先輩でも上司でもないので「俺ならこうする」「私が責任を取る」とは決して言えない。それを言えるのは上司や先輩だ。コーチは成長を求めるが、上司は成長より成果を求める。上司はマネージャとしてチーム全体でどう成果をあげるかを考えなければならない。

回避志向の若者にどう接すればよいのか

それでは若者たちは「1on1」をどう捉えているのか。著者は6つのパターンに分類している。①「有効活用する積極志向」、②「あまり必要性を感じていない日常志向」、③「業務伝達の場として捉える合理志向」、④「無駄だけどお互いやらされていると捉える表面志向」、⑤「どうしても必要なら仕方がないという最低限志向」、そして⑥「なるべくならやってほしくない回避志向」だ。

著者が実際に若者と人事担当者、合計101人を対象に実施した調査によれば、⑥の「回避志向」が最多という結果が出たという。「自分は現状維持派なので不要」「上司の求める答えを返せるかの抜き打ちテスト」「自分の弱みに向かい合わなければならないので苦痛」「ただただ恐怖」といった回答が並んでいる。それでも制度だから仕方がない。普段から上司の言動を観察し、事前に同期に尋ねるなど理想の回答を準備して臨み、頑張ります風のアピールをして「1on1」を乗り切ることだけを考える。

回避志向の若者に対し、上司は「決してそのマインドを変えようとしないこと」「とにかくまずは理解しようと務めること」が大切だという。期待は若者にとって悪夢でしかない。重要な仕事は「圧」となる。それでも会社は仕事で成果を出してほしいから若者を採用する。若者に大事な業務を任せるとき、その案件の責任は上司がとることを理解させ、つまずきや失敗が起きたら直ちにリカバリーしなければならない。

ある日突然、退職代行会社経由で届けられる辞表

形式化した「1on1」では不満も出ない。若者は本音を出せないのだ。上司は若者が不満を持っていない、コミュニケーションが取れていると勘違いする。だが、ある日、退職代行会社を通じて辞表が提出され、若者は挨拶もなしに会社を去っていく。若者は不満を口に出せないし、辞めたいなどと言った際に引き留めされるのが嫌なのだ。引き留めは耐えられないストレスであり、赤の他人である退職代行会社を使ってさっさと辞めてしまう。上司や人事部にとっては大変なショックだろうが、普通に言ってくれればいいことを言えないのが、今の「いい子症候群」の若者たちなのだ。

いい子症候群の若者たちは素直でまじめ、協調性があり、人の話はよく聞き、仕事はきっちりこなす。だが自分からは質問はせず、先頭に立とうとせず、横並びが基本で場を乱さないために演技をし、悪い報告はギリギリまでしない。仮面を被っていることを上司や先輩は見抜けず、トラブルが発覚して大騒ぎになったりするわけだ。

「1on1」は上司、先輩にとって学びの場

「1on1」はここ数年浸透したものであり、上司や先輩にとっては未知の領域だ。それをわずかな研修だけでこなそうとしているのは、そもそも無理がある。コミュニケーションが取れないと悩んでいるのは、若者よりもむしろ上司や先輩たちなのだ。だから上司や先輩にこそ学びがある。著者は上司や先輩たちに「考えることだけはやめないで欲しい」「あなたの主観や共感を大事に、大切に育んで欲しいと思う」と願っている。

「1on1」は今後大企業だけでなく中小企業にも浸透していくだろうし、最近では公務員にも取り入れられている。本書は人事担当者だけでなく、「1on1」で若者と接する可能性のある上司や先輩たちにこそお勧めだ。

まだまだあります! 今月おすすめのビジネスブック

次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をスマートワーク総研がピックアップ!

『部下が自ら成長し、チームが回り出す1on1戦術 100社に導入してわかったマネジャーのための「対話の技術」』 (由井俊哉 著/ダイヤモンド社)

「そうだったのか、1 on 1! 」 世界有数の外資系製薬会社から、日本を牽引するIT企業、大手総合商社、テレビ局まで導入実績100社超! 圧倒的納得度の研修で支持を集める1on1の立役者が、その理論と対話の実践ノウハウを語り尽くす。この1冊で、部下が自ら動き、チームが回り出すスキルのすべてを網羅!(Amazon内容解説より)

『成長したい人のための 「1on1」活用バイブル 上司との対話で最大の成果を得る! 』(佐々木葉子 著/メイツ出版)

本書は、昨今企業で多く取り入れられる上司と部下で行う1on1ミーティングの効果を上げるコツを部下目線で紹介しています。企業で取り入れられている1on1は、コーチングとの共通点の多いアプローチです。特に、それを受ける側(部下)の成功や成長を支援するという目的や、対話によるアプローチが共通しています。効果を上げるには、コーチ(上司)だけでなく、受ける側(部下)も、技術や心構えが必要なのです。(Amazon内容解説より)

『離職率ゼロ!部下が辞めない1on1ミーティング! 』(竹野潤 著/自由国民社)

本書は、8年もの間1人も離職者を出さなかったマネジャーの人材育成術を、体系的にまとめたものです。具体的には、まず、人材育成の前提となるマネジメントの基礎を説明。次に、部下と上手くコミュニケーションをとるための基本的なスキル・マインドを紹介。そして、これらを踏まえて、「部下が辞めない1on1ミーティング」のやり方を、マネジャーと部下の対話例をまじえて、丁寧に解説しています。本書は、そこで終わらず、怒りをコントロールする方法や、部下が納得する人事評価の手法、マネジャーが備えるべきマインドセットなど、部下をもつ人であれば必ず知っておきたいことを、全て網羅しています。(Amazon内容解説より)

『7つの“デキない”を変える “デキる”部下の育て方』(井上顕滋 著/幻冬舎)

本書では、部下の「デキない」を「集中できない」のほかに、「スケジュールを守れない」「指示やアドバイスを聞かない」「指示待ちで主体的に動かない」「ほかの社員らと協力しない」「新しいことに挑戦できない」「失敗しても反省しない」の7つに分類し、それぞれ異なる対処をすることによって改善に導くメソッドを紹介しています。またマネジメント層のマインドセットについても触れ、部下の能力を最大限に引き出せる達人になるにはどうすればよいかを解説しています。「デキない」部下を貴重な戦力に変え、部下育成に悩みを抱える人の助けとなる一冊です。(Amazon内容解説より)

『若者に辞められると困るので、強く言えません: マネジャーの心の負担を減らす11のルール』 (横山信弘 著/東洋経済新報社)

ゆるくてもダメ、ブラックはもちろんダメ。若者が何を考えているのかわからない! 若者とどう関わるのが正解なのか? マネジャーの皆さんは、「最近の若者は、何を考えているかわからない」と思うかもしれない。しかし若者は若者で、「上司こそ何を考えているかわからない」といった切実な悩みを抱えている。であれば、上司こそが若者の心理を理解し、こうした状況に対処しなければならない。重要なのは、時代や環境に応じた適切な「バランス」を見つけることだ。本書はそうしたバランスに悩むマネジャーに向けて、マネジャーが直面する難しい局面での適切な行動を解説している。 (Amazon内容解説より)

著者プロフィール

土屋 勝(つちや まさる)

1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。