あの人のスマートワークが知りたい! - 第2回

面白ければOK――あえてICTに頼らないスマートな仕事環境作り

株式会社カヤック 柳澤大輔CEO/柴田史郎氏/原真人氏

文/まつもとあつし


面白法人カヤック 人事部 柴田史郎氏

面白法人カヤック 技術部・人事部 原真人氏

全員が「人事部」

―― サイコロで給料を決めるなど、ユニークな働き方で知られるカヤックですが、まず原さんはどんな風に働いておられるのですか?

 ハードワーカーですね(笑) 個人的には昼夜を問わず働いていたいタイプです。僕の場合は、VRアプリの試作や研究の時間をできるだけ長く取りたい、という気持ちが強いので。

柴田 彼はそうですね。ただ、カヤックは本当に多様な働き方をしている人たちが集まっていて、例えばカヤック創業メンバーである50代のある社員は、朝8時半に出社して16時には帰る、と決めて働いています。

―― カヤックの方と名刺交換した際に驚かされるのが、すべての社員の肩書に「人事部」とあることです。

柴田 皆さん驚かれますね(笑) 私たちの会社が一番に挙げる定義が“面白く働くこと”です。そんな、仕事を面白がれる環境を皆で作って行こうということで、全員が人事部に所属しています。採用活動も皆でやり、評価も給与も皆で相互評価して決めています。

 たしか原さんも先日良い人材を見つけて紹介してくれましたよね。

 ファーストパス/ラストパスという制度があるんです。書類選考を免除できる券と、いきなり最終面接に進める券を皆がもらっていて、「これは!」という人に渡せるんです。

―― なるほど。それで皆さんが人事部所属、なんですね。

柴田 基本的に裁量労働制度をとっていますので、原さんのような働き方もあれば、早めに出社して早めに帰る、などの選択も皆さんにお任せしています。働き過ぎにならないように総労働時間だけ上限を設けている、という形ですね。

カヤックでは、いわゆる相互評価の仕組みも実力ランキングというユニークな形で確認できる。

ICTに頼らないコミュニケーションの最適化術

―― 人事については全員参加で、柴田さんがその仕組みを統括・メンテナンスされているという風に理解しました。ICTの面では、カヤックさんは特別な仕組みを入れていたりはしないのでしょうか?

柴田 GoogleAppsは導入されていてドキュメントの共有やスケジュール管理はそちらで行っています。あとチャットツールはSlackで統一しています。

 Slackのお陰でどこでも仕事ができるようになりましたね。われわれ技術者としては、自分の土俵感があります(笑)

社員全員が人事部に所属しているカヤック。原氏の名刺にも「技術部・人事部」と記されている。ちなみにコミック調でデザインが統一されているのもカヤックの特徴だ。

―― メールと違ってSlackだとリアルタイムのやり取りが求められてしまう、逆にストレスを感じてしまう、ということはないですか?

 それはないですね。Slackだとメールのように全て目を通さないと、というプレッシャーがないのと、そもそも“常に(リアルタイムでのやり取りを追わねばならないような)クライマックス状態での仕事の進め方にならないような”マネジメントを心がけているのが大きいと思います。もちろん、案件のリリース直前になるとそうも言っていられませんが(笑)

―― クライマックス状態=誰かに仕事が集中してしまったり、仕事の山が予期せぬタイミングで訪れたり、といった状態を極力さけるために使っているツールなどはあるのでしょうか?

柴田 それが――特にないんですよね(笑)

―― ほお!

柴田 でもそこにカヤックの肝もあるのかもしれません。

オフィスの出入口に貼られたシールに注目。ICTに頼らないカヤックの働き方の真髄は、案外この言葉に集約されているのかも。

―― プロマネがしっかりしている、ということでしょうか?

柴田 もちろんしっかりしている人もいるのでしょうが……総じてガチガチに管理する会社ではないんです(笑) ただ、言えることは、『ホントはいまオフのはずなのに、連絡が来てしまうのは、事前の調整がマズかったな』と、他人のせいにせず、自分の課題として捉える人の方が多いのだと思います。

 周りがフォローできる、そのための情報の共有は徹底している、ということはあるでしょうね。

スマートに働くために顔の見えるオフィスが必要

柴田 情報共有という意味ではカヤックの特徴は、客先にチームで行くという点も挙げられるかもしれません。企画や営業だけでなく、デザイナーやエンジニアもです。役割分担がきちんと分けられているのではなく、あえて、その範囲が被るようになっているんです。そうすれば、誰かが他の案件で手一杯でも、自分のところで巻き取ることが可能です。他人事にせず、自分事にできるスタンスで仕事をしているとは思います。

―― プロジェクトマネジメントを徹底すると“誰が何をやる”というのは明確になりますが、さらにその先を行く考え方、文化かもしれませんね。だから、あまりツールには重きを置かないというか。

 僕たちのチームではRedmine(プロジェクト管理ソフト)は使っていますが、基本的には“あの人じゃないとわからない”“この人に連絡が集中する”という状態を作らない文化が定着しているというのが大きいと思いますね。

柴田 そんな具合に、誰が何をやっていても、自分のこととして問題を捉えられるようにするために、一箇所で仕事ができる環境作りというのはずっと取り組んできたテーマではあります。カヤックは創業以来ずっと鎌倉にオフィスを構えていて、少し歩けば誰とでも直接話ができる、という環境を維持してきたのですが、さすがにソーシャルゲームなどに事業を拡大して以降は手狭になってしまいました。

 そこで2012年から、ここ横浜にワンフロア借りているのですが、先日発表したように、あらためて鎌倉に広めの土地を確保できたので、開発拠点にする予定です。

 テレワークという話からは逆行するような話ですけれどもね(笑)

“やぐら”のようにせり上がっているミーティングスペース。ちょうど取材日が取り壊し日だったとのことで、急遽記念写真を撮らせていただいた。

―― ただ、最近、一つの場所で仕事をする=コロケーションへの回帰といった話題もよく目にするようになりました。そういった場所が確保されているからこそ、テレワークが成立するということなのかもしれませんね。

柴田 特にプロジェクトが“走りながら考える”といった段階の場合は、直接会話をしながら進めなければならない場面はどうしても多くなります。

 連絡が付かないと、話が進まないというか、一歩を踏み出せないこともありますからね。こっちの島でわからないことも、向こうのチームのあの人なら知っているかも、といった具合に。

柴田 ぜんぜんスマートワークっぽい話ではないかも知れませんが(笑)

“常に同僚を助力するための余力を全員が持っている”のは理想的な働き方だが、カヤックのようにその環境を自然と維持できている会社は稀有だろう。

―― いえいえ、ICTに頼らないスマートなワーキングスタイルを知るのも大切だと思います。そんな中、Slackなどが活用されているのはどういった場面なんですか?

 冒頭にあったように裁量労働である、というのもありますし、客先に皆で行きますから、外に出ている時間が多いスタッフもいます。僕のチームがまさにそうで、僕がオフィスにいないことも多いのですが、そういった人たちとも、ほぼリアルタイムで情報共有ができるツールはどうしても必要になります。

 私が手掛けているVRは、先行事例がまだ少なく、客先でやり取りをした人間、つまり僕とディレクターが仕様を策定することになります。その要件を満たすプログラムの実装を、社内に残っている開発チームがどんどん形にしていく、という流れですね。

利益や目的ではなく面白さで走り出せるのが「面白法人」たる所以

―― よく“あるある話”にもなる、“客先で営業が無理のある要求を預かってしまい、現場が疲弊する”ということも避けられるわけですね(笑) 最後にお二人がスマートな働き方=スマートワークをどう捉えているか教えてください。

柴田 まず、スマートワークを実現するためにどういった手法をとるかという判断が求められることになります。ICT・非ICTを問わず。一般的な会社がそうであるように、それが利益になるか、というのはもちろんあるのですが、われわれは「面白法人」と名乗ってますから、面白いかどうか? というのが最も重要な判断基準になっているのです。

 それって儲かるの? 目的は何なの? という疑問に答えられなくて立ち消えになってしまうアイデアって一般的には多いと思うんですが、ウチは「面白そうじゃん」でスタートできる。目的は後付けで良いんです。そこがカヤックを特徴付けているように思えます

 トップから、あるいは人事部のような担当部署から、ではなく“社員発”で行事が始まって、それが面白いので制度になる、ということがよく起こっていますね。社員が好きなプロダクトを作って、それを発表する「作っていいとも」というイベントを月一回開催しているのもその一例です。そういった取り組みの積み重ねで、個々人の求める働き方に最適化もされていくのがスマートワークではないか、というのが僕の理解ですね。

柴田 そういった取り組みを社内限定のネットラジオで紹介するという取り組みも始まりましたね(笑) もともとは離職率を減らしたいという目的で始まったネットラジオなのですが、突き詰めるとみんなが面白いから続いている、という感じです。面白がることもカヤックの社員の仕事の一つなんです。そうやって、ルールもあるんだけど、それに縛られている感がない。そんな働き方が僕の考えるスマートワークの姿です。

カヤックが“面白さ”を維持できる理由

―― カヤックさんは、「サイコロの出目で基本給に加えてプラスアルファを支給」などわかりやすい面白さもさることながら、「地方創生に賛同して鎌倉に本社を置く」「ネット環境を整えればどこでも働けることを証明するため世界各地に臨時支社設立」といった、“理想の働き方を追い求める”ことに関しても極めて独創的です。じつは面白さを維持する秘訣こそ、この“働く環境作り”にあるのではと思うのですが、カヤックさんのワークスタイル制度はどのように固まっていったのでしょうか?

柳澤 面白法人という言葉からすべてが生まれてきました。

 そこから、面白く働くためには、という発想が生まれています。会社も、家に帰ってからも楽しければ、最強なのですよね。街づくりをしているのも、地域活動をすることで自分の住む町が好きになり、人生が2倍面白くなるからです。

面白法人カヤック CEO 柳澤大輔氏