あの人のスマートワークが知りたい! - 第24回

米国流ジョブ型雇用は日本にそぐわない。日本独自のジョブ型雇用の創造を



~テレワークマネジメント田澤由利氏に聞く

新型コロナ禍のなか、テレワークの浸透に呼応するように、大企業の導入発表が続き注目を集めるジョブ型雇用。しかし、日本のテレワーク普及に注力してきたテレワークマネジメント代表取締役の田澤由利氏は、米国スタイルのジョブ型雇用の採用を急ぐことには不安を覚えると語る。

文/狐塚 淳


テレワークマネジメント代表取締役/ワイズスタッフ代表取締役
田澤由利
 上智大学卒業後、シャープでパソコンの商品企画を担当していたが、出産と夫の転勤でやむなく退職し、フリーライターとして独立。1998年、夫の転勤先であった北海道北見市で「在宅でもしっかり働ける会社を作りたい」とワイズスタッフを設立。2008年には、柔軟な働き方を社会に広めるためにテレワークマネジメントを設立。2015年 総務省「平成27年度情報化促進貢献個人等表彰」を受賞。2016年「テレワーク推進企業等厚生労働大臣表彰」個人賞受賞。

テレワークの生産性は可視化できる

―― 新型コロナ禍のなか、テレワークは非常に普及しました。田澤さんはずっとテレワークの推進を図るお仕事をされてきたわけですが、新型コロナ流行以降のテレワークの広がりでご自身のお仕事には変化はありましたか?

田澤 私自身は1月末からずっと北海道の北見市で在宅勤務しています。先日所用で一度東北に出かけましたが、それ以外は取材や講演などすべてオンラインで快適にできる環境を作って仕事をしています。これまで本当に移動が多かったのに、北見にいられる状況になりました。変わったのは私ではなく仕事相手なんです。以前は打ち合わせや講演は、相手先に赴くのが当然と感じられていた人でも、コロナ禍下では遠距離、非対面で済む仕事は会わずに済ませるのが当たり前になり、皆さんテレワークができる環境を整えています。その結果として私も、在宅でのテレワークを続けられるようになりました。

―― 現在、テレワークがあまりにも急速に普及したため、さまざまな問題を感じている企業や従業員も多いようですが。

田澤 よく言われるのは生産性が上がっていないんじゃないかということですね。集中できないとか長時間だらだら働きすぎてしまうなどの声も聞かれます。私自身毎日北見でスケジュール通り仕事をしていて夕方にはくたびれ果てているという状況で、本当に生産性が上がっているのかよくわかりませんでした。そこで、それを検証してみるために、6月の1週間分の仕事とそれに要した時間をグラフ化し、1年前の同時期のグラフも作成して比較してみました。その結果、一日に実行できた資料作成や社内会議、講演などの件数は、昨年5.4件だったのが、今年は6.2件。一日の労働時間は昨年10.8時間だったのが、今年は8.3時間に短縮していました。特に1年前には全体の28%を占めていた移動時間が今年はゼロになっています。夜の会合、飲み会もなくなりました。もちろん、テレワークならではの問題はあるし環境の変化で疲れることもあるでしょうが、私の場合は完全テレワークによって生産性が向上していることが証明できました。皆さんも、ご自分にとってのテレワークの有効性を確認したり課題を改善していくために、こうした可視化をしてみることが有効だと思います。各自の生産性が上がれば、日本全体の生産性も上がるはずですよね。

テレワークの生産効率を可視化したグラフ

テレワークの普及とジョブ型雇用は直接の因果関係はない

―― テレワークの普及に呼応するようにして、最近富士通や日立製作所、KDDIなどの大手企業がジョブ型雇用に前向きに取り組み始めています。これには何か対応関係があるのでしょうか?

田澤 日本においてジョブ型の定義が明確でないような気がしています。米国ならジョブディスクリプション(職務記述書)に基づいて、その専門の仕事ということで契約し採用しています。ディスクリプション通りのことが達成できればお給料も上がる一方で、契約内容が達成できないようならすぐに解雇されます。このアメリカ流のジョブ型は、現在の日本企業の雇用形態では無理で、じゃあ明日から来なくていいよというわけにはいきません。だから、日本の企業が言っているジョブ型というのは、単にこの人はこの職種ですと限定しているのに過ぎないでしょう。そうでないとしたら、アメリカのスタイルを目指していて、契約書をもとに、首を切りやすい契約を実現しようとしているという可能性も否定できません。

―― 契約によって進めるのが、職種の限定なのか、雇用形態の変更なのかという問題ですね。

田澤 今回のジョブ型騒動がどちらなのかは、それぞれの企業に聞かなくてはならないでしょう。この人はこういう専門職ということだけを規定して雇用形態が変わらないのだとすると、なぜ、今急がなくてはいけないのか? 単に成果で評価したいだけなのかも知れません。評価に成果主義を取り入れる点では、ジョブ型と成果主義はけっこう近いのですが、以前にも日本では成果主義を取り入れようとして失敗した事例はいくつもあるので、成果主義の採用には大きな危険があると思っています。そうじゃないとすると、ジョブ型は給料や雇用を企業側に都合をよくするための施策なのではないかという可能性も考えられます。

―― IT系の企業などでは、AIの人材を確保するために、海外企業に対抗できる初任給を払う目的での導入という形も考えられますね?

田澤 専門職では若い人にも適正な賃金を払えるようにするというのはとてもいいと思います。しかし、ジョブ型雇用を考える企業は、全体的な職種に広げようとしていますよね? 

―― そうですね。日本の場合新卒一括採用をしているのに、そんなことができるのかという問題があります。すでにその技能を持っている人を入れて翌日からバリバリ働いてもらうというスタイルと、新卒一括採用とは違いますよね。

田澤 ジョブ型はスキルがあることが前提ですから、普通に考えると中途採用になるわけです。しかし、企業が新卒だけをジョブ型から除外するというふうにはしなさそうなので、インターンシップなども併用するのでしょうが、大学や学部である程度選考して、ジョブを規定して対応するのではないか? 途中適材適所での切り替えの機会は設けるにしても、従来の年功序列の給与体系とは異なる設定を職種ごとに可能にするというのであればわかりやすいですよね。

―― どうもそれだけとは考えにくいわけですね。

田澤 単に人材確保のためのジョブ型なら理解はできるのですが、それはテレワークとはあまり関係ないので、テレワークの普及がジョブ型導入につながったというのではなく、もともと企業がジョブ型雇用に取り組みたかったということではないでしょうか? コロナ禍下でテレワークが注目され、テレワークの時間管理が難しいことが分かってきたので、時間管理の負担を低減できる成果主義、ジョブ型をこの機会に導入したいという意見が前面に出てきたような気がしています。高度プロフェッショナル制度や、裁量労働制もそういう流れですよね。今までのような時間労働制に縛られて企業がつらい思いをしなくてもいいように、そちらに動いているのではないかと思います。でもそれは、働き方改革で労働時間を削減しようとしてきた動きと逆行しています。裁量を持っていない人も裁量労働になっている現場もあります。時間を自由に決められるから健康になるわけではなくて、働き方改革で総労働時間の制限などを決定してきたのに、テレワークだから時間の管理も働く人任せというのは、企業にとっては雇用しやすい形に動き始めてしまうんじゃないかと危惧しています。

雇用責任を全うするために働く時間と場所を把握する

―― アメリカ流のジョブ型導入がはらんでいる危険性はわかりました。しかし、従来の日本の雇用形態が完全なわけではないし、社会の変化に合わせて変わっていかなくてはならないという側面もありますよね。

田澤 だからそれはだめということではなくて、どういうジョブ型、成果主義にしようとしているのかが重要です。アメリカと同じスタイルでは雇用契約を大きく変えなくてはならない。現在の日本の雇用契約の社員を守る部分を残しながら、独自のジョブ型雇用を企業が考えているのであれば、それを見定めて正しいコメントをしたいと思いますが、まだそれは見えてきていません。

―― 日本独自のジョブ型雇用を創造するためには、企業は何を必要とされるのでしょうか?

田澤 私は、テレワークでも時間管理をきちんとするべきだとずっと主張してきました。今までの管理が全面的に正しかったというわけではありませんが、管理しないのが正しいとは思えません。雇用する企業の責任として、働く時間と場所の把握は必要だと考えています。健康管理も安全管理も必要ですよね。どこで何時に働いてもいいよと言った時に、事故や災害が起こったらどうするんですか? 裁量労働だから関係ないですというのはおかしいです。会社は雇用契約に基づいて仕事をしてもらっているわけですから、責任があります。もうひとつ重要な問題として、評価があります。いかにその企業に貢献しているかという評価は、時間と成果というのがその指標の中で大きな要素だったのですが、従来の評価の中では成果より時間が重視されていて、給与も時間を重視しすぎていたことが問題でした。ジョブ型を考える上では、ここがポイントになるでしょう。

―― ジョブ型に移行するとしても、企業側は労働時間管理をきちんとしなければいけないということですね。

田澤 時間を管理するということと、成果主義とジョブ型雇用とテレワークってぜんぜん別のことなんです。それを一緒くたにして、さあ変革だみたいになっている。テレワークだから時間管理しなくていい、テレワークだから成果主義になるというのは短絡的なストーリーで、成果主義だったら企業は成果をきちんと見ていくべきです。心配しているのは、ジョブ型がダメだったら、やっぱりテレワークもダメだよねとなってしまうことです。ですから、今後の日本社会の課題に向けて、分けるものは分けて、ひとつひとつ考えていかなくてはならないんじゃないかと思っています。

テレワークと成果主義、ジョブ型雇用を混同して考えている

10年前のアメリカの働き方をまねてはいけない

―― テレワークも、日米では異なっているのですか?

田澤 アメリカはテレワークに向いた国ですが、けっこういい加減です。明日労働者を切れるからテレワークを真剣に考えなくてもいいんです。日本はそうじゃないから、けっこう考えます。その結果、日本型テレワークの方がいいものに育っていくのではないかと思っていますが、しかし、ビフォアコロナとアフターコロナで仕事の3つのポイント「仕事の進め方」「労働の評価」「雇用の形」が日本で変わろうとしています。「仕事の進め方」はチーム型から個人型へ、人材採用をジョブ型にするが、仕事はメンバーシップ型で進める。そこまでは切り分けられないという日本の矛盾点がある。「労働の評価」については、時間ではなく成果型に。しかし、成果型評価は前回挫折している。「雇用の形」は、終身雇用から有期雇用へ。これは必要なことで、新しい雇用の形を作らなくてはならないと私も思いますが、あまりにも首を切りやすい形にするとアメリカのように格差が広がる。そういう問題がわかっているのにアメリカ化しようとしている。つまり10年前のアメリカの真似をしようとしているのではないでしょうか? ただ、10年前のアメリカと今の日本では状況が違いすぎます。少子高齢化で一人でも多くの人に働いてもらわなくてはならない日本と、アメリカのように一定の失業率でどんどん循環していきましょうというスタイルでは、同じ形にはならない。労働力不足のなかでは企業は自分の首を絞めることになります。

ビフォアコロナとアフターコロナで変化した仕事の3つのポイント

―― 働き手の問題だけでなく、企業側にも問題となる可能性がある?

田澤 ジョブ型を声高に主張している人は、声の大きい優秀な人たちです。大学の先生や主席コンサルタントなど、仕事のできる人たちです。でも、そんな人は1~2割。きっちり働いている8割以上の人たちによって日本社会は成り立っている。成果のみを評価するのではなく、これから子育てや介護で、仕事に使える時間が限られてくる人がどんどん増えていきますが、短くても細切れでもちゃんと評価してくれる社会にならないと少子高齢化は乗り越えられない。今、コロナで労働環境が混乱している時だからこそ、こちらの方向へ進んでいかなくてはならないと思います。

時間当たりの生産性を正しく評価する

―― 評価の問題が重要なのですね。

田澤 評価の基準は、従来は成果+時間+行動(プロセス)評価でしたが、これだと長時間働ける人だけが評価されることになりかねない。これからは、成果割る時間で評価されるようにならなくてはいけないと思います。つまり、時間当たりの生産性です。政府も企業も時間当たりの生産性を高めたいと考えているのだから、評価もそれを反映する形にならなければだめです。それにプラスして行動評価が当然あっていいのですが、この評価で一番大事なのは時間です。分母がゼロや不明では評価はできません。成果の評価は難しいが、時間は測れる。この仕事をこの時間でやった人の時給に比べ、3倍の時間をかけてやった人の時給は低くするべきです。こういう形をテレワークでも規定できるようにすれば、いろんな人が自分の都合にあわせて働きながら、適切に評価される社会になるのではないかと思います。

―― 新しい評価体系が必要なのですね。それを作るうえで重要なのは何ですか?

田澤 どうやって評価して給与体系を作っていくのか。1時間当たりのその人のアウトプットを測り、働ける時間をそれにかけることで基本的な給与を決めます。それに、会社にとってメリットのある貢献があれば、出社手当やフルタイム手当などの手当てをプラスして働き方手当を足すというのが、まだ定式化まではいっていませんが、私たちテレワークマネジメントで実施しているフレックス賃金制度です。

フレックス賃金制度

―― 評価以外では、どんな点が課題になりそうですか?

田澤 日本の大部屋主義、チーム制の働き方を、アメリカの個人主義をベースにしたジョブ型の働き方に変えられるか? 成果主義にしようとしてもチームで仕事しているのに、そういうふうに考えると日本的なジョブ型は職種だけは決まっているがチームで働かなくてはならないメンバーシップ型のジョブ型になるのかなと懸念しています。

日本独自のジョブ型雇用への期待

―― これからの日本独自のジョブ型雇用にはどんな期待をお持ちですか?

田澤 私は日本型テレワークを10年提唱し続けてきました。離れていてもチームで仕事ができる。短い時間細切れの時間でもちゃんと評価される。そのように基準を明確にして、ジョブ型も進んでいってくれればと思います。テレワークでも時間管理できるし、仕事を見える化できるから、安易に欧米のジョブ型をまねはしないでほしい。日本の労働基準法やこれまでの仕事の仕方と合わないわけですから、無理が生じます。ジョブ型採用もこれまでの仕事の中で成立する日本型モデルを企業が作っていってほしい。

―― それは、従業員のメリットだけではなく、企業にとってもアドバンテージになるのでしょうか?

田澤 一つのジョブで3年、5年働いてスキルが高まれば、非常に転職しやすい人が出てきます。そのときにこの会社にいた方がいいと思わせる形を作っていかなくてはなりません。新卒もこの会社なら柔軟に働けるという希望を持って選択できる、愛着を持てる形を目指さなくてはなりません。日本のいいところは残して、テレワークもジョブ型も進めていかなくてはなりません。優秀な人をいっぱい採用できても、3年後に出ていってしまうのでは、人口減少の中、企業戦略として間違いになってしまうでしょう。日本の中小企業はジョブ型、成果主義に走ると働かせすぎになって、人がいなくなる。きちんと時間管理してきちんと払うのは企業としてしんどいですが、それが企業、従業員双方の安心につながることが大切です。

日本型ジョブ型雇用にも、テレワークと同様の基準が求められる

筆者プロフィール:狐塚淳

 スマートワーク総研編集長。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。インプレス等の雑誌記事を執筆しながら、キャリア系の週刊メールマガジン編集、外資ベンダーのプレスリリース作成、ホワイトペーパーやオウンドメディアなど幅広くICT系のコンテンツ作成に携わる。現在の中心テーマは、スマートワーク、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど。